デッサン・番外編 「透明ママ」 4:抱擁 「ママ〜!!」 「太陽!!」 学校の帰りに水里が身を寄せる民宿へ立ち寄ることが日課に なってきた。 それは陽春も承知しており太陽は水里に会えることが 嬉しく堪らない。 「それでね。パパはおりょーりの記憶はあるみたい。 とってもじょーずなの」 豆大福をほおばりながら話す太陽。 水里は口元をティッシュで拭く。 「ねぇママ。まだ”とーめいにんげんママ”のまま?」 「・・・うん・・・」 「・・・。でもボク我慢する。ママと会えるし。 でもね・・・。もう少しパパとママが仲良くなればいいな」 「太陽・・・」 大人の事情がいつも子供を巻き込み、苦しませる。 それは水里自身が一番知っていることなのに・・・。 「・・・!?みーママどーしたの!?」 「なんでもない。なんでもないから・・・」 ただ・・・こうして抱きしめてやることしかできない 「ママ・・・」 けれど子供は抱きしめてくれることが一番嬉しい お金なんかいらない おもちゃなんかいらない 自分を包んでくれる手があれば・・・。 水里は長く長く・・・ 太陽を包んでやっていたのだった・・・ 「・・・こうね・・・。ママがぎゅってしてくれたんだ」 ダイスキなピカチュウ”お茶碗お箸”でごはんをほおばりながら話す太陽。 「ぎゅ・・っていいね。パパ」 「あ・・・そうだね。その人が”大切だよ・・・”って 気持ちがそうさせるんだよ。きっと」 太陽の口元についたご飯粒をとる陽春。 「・・・。パパはしたくない?」 「ん?」 「みーママに”ぎゅッ”」 「・・・ブハッ!!」 味噌汁を拭く・・・ 「・・・パパ、だいじょーぶ?」 「あ、う、うん・・・(汗)」 ふきんを陽春に手渡す太陽。 「パパもみーママに”ぎゅ”ってしたら 思い出すかもしれないよ!きっと」 「え・・・?」 「うん!そしたらみーママも「とーめいにんげん」は 終わりになる!!うん!!」 太陽は妙案を思いついたとばかりに嬉しそう。 ごはんをぱくぱくかきいれる。 (・・・。分からないな・・・。だが・・・ オレの知らない”オレ”と山野さんが何か関係があったことは 確からしい・・・) それがどんな”関係”なのか・・・ 「・・・太陽。水里ママとパパは・・・その、仲はよかった? 事故にあう前までは・・・」 「うん!!あのね・・・」 (あ・・・。そうだ。みーママのことは内緒だったんだ) 「太陽?」 「あ、え、えっとえっと・・・。仲良かったよ。 夏紀おじちゃんともみんなとも・・・」 しゅん・・・と箸をおく太陽・・・。 (・・・やっぱり・・・夏紀・・・か。太陽・・・。 オレに気を使って・・・) 「いいんだよ。無理に言わなくて・・・。パパも 頑張って思い出すから・・・な!」 「・・・うん!!」 陽春の言葉に太陽、元気復活。 味噌汁をゴクゴクと飲み干す。 (・・・太陽に・・・沢山負担かけてる・・・。早く・・・ オレもすっきりしなければ・・・) ”オレは水里に惚れてるんだ” すっきりしない・・・ 夏紀の言葉・・・。 (・・・しゃんとしろ!しゃんと・・・) バシャン! 風呂の鏡の中の自分に・・・ 水をかける陽春だった・・・。 「ゲットだぜ〜♪」 陽春が帰ると台所で水里と太陽がピカチュウの歌で 盛り上がっていた。 「あ・・・。お帰りなさい!藤原さん」 (・・・えッ) ”おかえりなさい!” 水里に接するたびに起きるデジャヴ・・・? 「あ、ああただいま・・・。山野さん来たらいらしたんですか」 「すみません。つい料理一緒にしていたら楽しくて・・・」 「いえいいんです。助かります。今日、夕食の材料買ってきてないから・・・」 ほっと息をつく 「そうですか?よかった・・・。もうすぐ出来上がります。 藤原さんは座っていらしてください」 (・・・。どうしてなんだろう・・・当たり前に入ってくるのは・・・) 記憶の中にない人物なのに 当たり前に自分の視界に入ってくる・・・。 「あははー!それでね、まりこちゃんがね・・・」 「あー。太陽君のまりこちゃん病が始まったね」 「ふふ。太陽顔が赤いよ」 「むー!」 太陽の笑顔が絶えない 心地いい もしかしてこれが記憶の一部なのか・・・? だからこんなに・・・ 馴染めるのだろうか・・・? (・・・だとしたら・・・。だとしたら・・・”彼女”は・・・?) 自分にとってどんな存在だったのか・・・? (単なるベビーシッター・・・だよな) ”単なる・・・?” 「藤原さん」 「・・・!!」 水里がぼうっとしていた陽春を覗き込む。 「あの・・・。太陽君眠そうだったのでベットに寝かせてきました。 じゃ、私はそろそろ失礼します」 水里が玄関へ向かう その背中に 寂しさが込み上げて・・・ 「あ、あの・・・よかったら珈琲いかがですか?」 陽春はココアの粉をカップにいれお湯を注ぐ。 「すみません。珈琲きれてて・・・」 「いえ。ココア、私も好きですから。いっただきまーす!」 子供のようににこにこしながらココアをこくこく飲む・・・ 「・・・くす」 「え・・・。な、なんの笑いですか?ソレ?」 「いや・・・。貴方は何でも本当に楽しそうに食べたり飲んだりするなぁ って思って」 「・・・ほ、誉め言葉として受け取って起きます(汗)」 こんなやりとりさえも ごく自然にこなす・・・ 「・・・ふぅ・・・でも藤原さんの淹れるものは本当に・・・ 体も心も癒されます」 「そ、そんなことは・・・」 「私・・・ファンだったんです」 「ファン?」 (あ・・・。や、やばいッ。今、そんなこと言ったらまた 混乱する・・・) 水里はぐっと言葉を押し込んで代わりの言葉を探す・・・。 「え、あ、夏紀くんの本の・・・」 「あ・・・。夏紀・・・の」 (・・・) (・・・) 何だか微妙な空気が流れる・・・ 「・・・あ。わ、私・・・ココアの瓶しまいますね」 水里はココアの瓶を戸棚に しまおうとあけて背伸びする・・・ 「わッ」 「山野さんッ」 バランスを崩して倒れ・・・ ドサッ!! 「・・・イタタ・・・」 (え・・・) 陽春を下敷きに・・・水里は倒れ・・・腕の中にいた・・・ 大きな腕の中に・・・ 「・・・」 「・・・」 気がつくと・・・ 互いの顔がすぐそこに・・・ (か・・・からだが動かない・・・) ”パパもぎゅってしたら・・・思い出すよ!” (・・・) 心地いい小さな温もりを・・・ 包むことができたなら・・・ (え・・・ッ) 起き上がろうとした水里の背中を・・・ 陽春の腕がしっかりと抱きしめる・・・ (・・・しゅ・・・春さん・・・) 「・・・暫くだけ・・・」 囁かれる優しい声は・・ 今も変わらない・・・ (・・・あったかい・・・) 全てを委ねてもいい まるで大きなゆりかごのように・・・ 安心できる・・・ 大きな腕に・・・ その身を任せる・・・ (・・・。優しい・・・匂いがする・・・) 抱きしめる陽春も・・・ その心地よさを確かに感じて・・・。 記憶はないのに・・・ 腕の中の温もりは”大切”だと 当たり前に感じるのは何故・・・? いや・・・ 理由なんていらない 自分はこの温もりと笑顔に・・・ (・・・心底癒されたんだ・・・。きっと・・・) 「・・・山野さん・・・貴方は・・・」 (え・・・?) カタン!! 「・・・!」 何かが・・・。陽春の足元に落ちた・・・。 ・・・雪の・・・写真たて・・・。 「・・・あ、す、すいませんッ」 陽春は夢から醒めたようにぱっと水里から 離れて・・・ 写真立てを拾う・・・ 水里が家を出て行くとき・・・ わざわざ飾ったものだった。 陽春の記憶にあわせて・・・。 (もしかして・・・) ドキドキ・・・ 水里の胸の鼓動はやまず・・・。 (春さんもしかして・・・もしかして・・・) 「・・・。雪・・・」 ズキ・・・ 写真立てを拾う陽春が呟く・・・。 (雪・・・さん・・・) 一瞬の陽春の記憶が戻る”チャンス”を・・・ 雪が止めたように水里には見えた・・・。 「・・・わ、私失礼します」 「山野さん」 「は・・・はい」 (・・・や・・・やっぱりもしかして・・・) 微かな期待が再び過ぎる・・・ 「・・・。今日の事は・・・。忘れてください・・・。 何もなかった・・・と・・・」 「・・・」 「・・・。混乱していただけです・・・。僕の心には・・・。 雪だけですから・・・」 「・・・。あ、ははは、お、おやすみなさい・・・!」 バタン・・・ッ。 ドアが閉まる音が・・・ 陽春の胸を突き刺す・・・。 ゆるい坂を走る水里・・・。 ”忘れてください・・・。混乱していただけですから・・・” 一瞬でも自惚れた自分が情けない ”オレの心の中には・・・。雪だけですから・・・” 引導を渡された気分だ・・・。 雪の”最後の宿題”は 簡単じゃない ”雪だけですから・・・” (・・・私はもっと・・・頑張らなきゃ・・・。 春さんを支えられるほどの人間に・・・) 陽春の言葉の痛みを堪えながら・・・ 水里はぐっと涙を目のふちで我慢して暗い暗い坂道を・・・ 歩いて帰ったのだった・・・ 一方・・・ 雪の写真立てをそっと戻す・・・。 「・・・雪・・・」 (そうだ・・・。オレは雪の笑顔が誰より好きだったはずだ・・・。 他の誰かなんて・・・) 写真の中で笑う雪・・・ はかなくて・・・ 守ってやりたいと思わせるような・・・ なのに・・・ ”美味しい・・・藤原さんの珈琲は最高です” 即席の珈琲を本当に美味しそうに飲む水里の笑顔が・・・ 心から離れない (・・・) 陽春は自分の両手を見た。 さっき・・・ 水里を抱きしめたその手・・・ ”もっと抱きしめたいたかった” もっと・・・ ”オレ、水里に惚れてるんだ” ”私ファンだから・・・夏紀くんの・・・” (・・・。消さなければ・・・。この感覚を・・・) 目の前の現実を忘れそうな 心地いい”デジャヴ” (弟の・・・恋路を塞ぐような・・・感覚は忘れなければ・・・) 自分に言い聞かせるが・・・ それでも消えない 小さな水里の温もり・・・ 体中に広がる安堵感を・・・ (・・・山野さん・・・) 水里がつかったマグカップをそっと 包んでいたのだった・・・