デッサン・番外編 「透明ママ」 〜君はきっと其処に居る〜 5:秘密 「水里ちゃーん!お布団あげといてねー!」 「はーい!」 民宿「たじま」 水里が今、居候している民宿で、水里の父がよく泊まっていた民宿だ。 朝から水里は仲居姿でドタバタと仕事に精をだす。 ”今日のことは・・・忘れてください” (・・・) 陽春の言葉が突き刺さって・・・思い出しては痛む。 (今は・・・。今は自然の流れに任せるだけだ。私は遠くから 二人を見守る・・・。それしかないんだ) 「よーし!!やったるぞーー!」 水里は着物の袖をめくって気合を入れ、布団を運ぶ。 だが・・・なんだか体に力がはいらない・・・。 (・・・。なんか・・・体・・・。だるいな・・・) 風邪ぎみなのか・・・。 (ふん!負けてられない!) 「水里ちゃん。お昼、出来たからたべましょ」 民宿の女将が食堂でカツどんをつくってまっていてくれた。 「ふふ。水里ちゃんの大好物でしょ♪昔、 お父様がよく言ってたわ」 「へへ・・・。ではいただき・・・」 (・・・う・・・な、なんか・・・) カツ丼の蓋を開けると・・・脂くささが異常に鼻につく。 カツに滲む油がやけに苦痛に・・・。 「あれ?どうしたの?水里ちゃん」 「・・・。なんか・・・油くさくて・・・」 「食欲ないの?風邪でも引いた?」 「そんなことはないんだけど・・・。変だなぁ・・・。 昨日の夕食のすき焼きどんは2杯お代わりしたのに」 水里はお茶をずずっと吸う。 「・・・。水里ちゃん。ちょっと熱は図りなさい」 「え?」 女将は何を思ったか水里の耳に体温計をつっこんで・・・。 PP! 『37.2度』 「・・・。やっぱり・・・!」 「え?熱有りました?あー。んじゃ寝冷えしたかなぁ」 ぽりぽりと鼻をかく水里。 実は昨日、夜遅くまで小説を読んでいた。 「違うわよ」 「え?寝冷えじゃない?じゃあ・・・お風呂で湯冷めしたかなー」 水里は前髪をぽりぽりとかく。 実は昨日、風呂場でも小説を読んでいた。 「違う・・・。新しき生命のメッセージよ」 (あ・・・。新しき生命?なんじゃそ・・・) 「・・・!」 女将の言いたいことがようやく理解した水里。 「その反応・・・。”身に覚え”があるのね?」 女将はにやっと笑って水里を肘突つく。 「・・・(汗)い、いや、あの・・・」 「嗚呼・・・ッ。感激ッ!」 (な、なんだ??) 女将は瞳をキラキラさせて水里の手を握った。 「お父様の・・・あの有名画家の山野水紀様のお孫さんを 私がとりあげられるなんて・・・ッ!!」 「え(汗)」 実は女将、産婆の資格を持ちこの街の若者はほとんど 女将がとりあげたという伝説の人。 「ちょ、ちょっと待ってください。女将・・・。 ま、まだ決まったわけじゃ・・・」 「いいえッ!!産婆歴30年の私の勘に間違いはない!! 水里ちゃん!!もう仲居の仕事はいいから休みなさい!」 「え!??あ、あのちょっと!!」 女将は水里の手をひっぱり民宿で一番いい部屋に連れて行って 布団をしいてねかせた。 「嗚呼、着物なんてお腹によくないわ!」 しゅるるしゅる! 女将は着物の帯をすばやく取り、水里にパジャマを着せた。 「はい、それから腹巻きして!」 「あ、あの・・・お、女将・・・」 水里は子供のように赤い腹巻をさせられて寝かせられた・・・ (お、女将・・・さすが産婆歴30年伝説の人・・・(汗)) 「ふぅ。とりあえずこれでよし・・・。あと、今、口当たりのいいもの 作ってきてあげるからまっててね」 「あ、女将・・・!」 「あ・・・。それと。水里ちゃん、これ・・・」 女将は枕の下にあるもの、を隠した。 「じゃあ、あんせいにね!」 女将は口笛をふいて部屋を出て行った・・・。 自分の体のことは自分が一番良く分かる。 (・・・違うと思うけど・・・。食欲はあるしなぁ もうお腹減ってきたよ。でも・・・) ”身に覚えがあるんでしょ?” (///だ、だからそれは・・・(汗)) 「・・・。ハァ・・・」 体が重い・・・。 水里の瞼が閉じていく・・・。 (・・・太陽・・・。春さん・・・。どうしてるかな) 二人の笑顔が・・・ 浮かぶ・・・。 水里はためらった。 (春さんがまだ混乱しているときに・・・。このことは 言えない。まだ”確か”かも分からないのに・・・) そしてその日、水里は一日を休みをとり、 太陽の元へは行かなかった。 「・・・今日・・・。みーママに会えなかったんだ」 しょんぼりして食器棚から皿をだす太陽。 「みーまま、ビョーキなんだって」 「山野さんが?」 太陽は心配そうに頷く・・・。 (・・・。まさか・・・オレがキツイこといったせいで・・・?) ”オレには雪だけですから・・・” 野菜炒めをいためる陽春の手のフライ返しが止まる・・・。 「パパ!ごけてる!!」 「あ・・・!」 あわてて火を消す・・・。 「・・・焦げた・・・。ごめん。太陽」 「いーよ。僕、おごけも好きだから・・・。それより・・・。 みーママが心配。びょーきだったらお見舞いに行きたい・・・」 (・・・) 「わかった。太陽・・・。明日は休みだ・・・。 お見舞いにいってみよう」 「ほんと!?わーい!!」 太陽は万歳三唱して大喜び。 「お見舞いになにもっていこっかな♪」 冷蔵庫を覗いて選ぶ・・・。 そんな太陽の様子を見て陽春は・・・。 (・・・もし俺がいったことを気にしているなら・・・。 ちゃんと謝らないとな・・・) でもそれ以上に 水里の様子が知りたい。 ・・・会いたい。 「パパ!!お味噌汁にえてるにえてる!」 「わぁ!」 藤原家の台所・・・ 太陽と陽春の笑い声が久しぶりに響いていたのだった・・・。 翌日。 「みーまま!!」 「た・・・太陽君!?しゅ・・・じゃなかった藤原さん」 民宿に二人が訪ねてきた。 丁度、水里が玄関を掃除機で掃除していた。 「みーママ!びょうーきじゃなかったの?」 「え・・・。あ、ああ、ちょっと疲れてただけで、 昨日一晩寝たからもう平気!ほら!お掃除もばりばり やってます!」 水里は掃除機をウィーンをかけてみせた。 「よかったぁ!僕心配しちゃった」 「ごめんね。心配かけて・・・」 水里と陽春の視線がバチっと合った。 「・・・あ、よ、よかったですね・・・」 「はい!でも元気だけが私の取り得ですから! 藤原さんも元気出して!」 バン!! 陽春の背中を思いきりたたいた。 「藤原さん!なんか浮かない顔してますね〜!! 元気だして!太陽君が心配しますし、私も 何だかリズムがとれません」 「リズム?」 「はい!藤原さんと太陽君の笑顔が私、本当に ダイスキなんです!!だから、お二人が元気じゃなくちゃ 私もエネルギー沸かないから・・・」 「山野さん・・・」 陽春は 自分が気を使って見舞いに来たのだと察しられて 逆に水里が気を使っているのだと思った。 「わかりました。じゃあオレも元気だします。ふふ! 山野さん!明日・・・。ちょっと仕事が遅くなるんです。 太陽のことお願いできますか?」 「はい!おっまかせください!」 ボン!と胸をたたく水里・・・。 (この人は本当に・・・。優しい人なんだな・・・。自分より 相手をいつも優先して・・・) 水里の笑顔がいじらしい・・・。 (オレも・・・。見習わないと・・・。 わからない記憶にこだわっていちゃいけない) 陽春は水里に精一杯の笑顔で 帰っていったのだった・・・。 (春さん・・・) 民宿の前で陽春と太陽の背中を見送る水里・・・ 「・・・水里ちゃん。よかったの・・・?」 「女将・・・」 心配そうに女将が玄関から出ていた。 「・・・混乱・・・。させたくない・・・から・・・」 「水里ちゃん・・・でも・・・」 「・・・。混乱させたくないんです。あの・・・。 ただでさえ、春さんの記憶はちぐはぐだろうし・・・。 お願いします。明日ちゃんと病院行ってきますから・・・」 水里は女将に頭を下げた。 「・・・わかった。でも・・・これだけは 約束してね・・・?一人で背負うはないこと・・・。いいわね?」 「・・・はい・・・」 「・・・よし。じゃあ・・・私が色々”いろは”を教えてあげる」 「え、えええ!??」 女将に首根っこ捕まれて、水里は食堂へ拉致されていく・・・。 (こ、これが一番体に負担かかるって・・・(汗)) 二人の会話の一部始終を 夏紀が茂みから聞いていた・・・。 「・・・今の会話の要点は・・・。俺が・・・”叔父さん”に なるってことか?」 (ふふ。こりゃー。面白くなってきた・・・。 兄貴に探りいれてみるか・・・) 恋愛小説家・夏紀。 話の展開にワクワクしながらも一方で・・・ 微かな衝撃が走った。 嫉妬に似た・・・。 「やっほー!」 「夏紀」 夜遅く。 太陽も寝静まった頃。 夏紀は陽春を尋ねた。 「こんな遅くになんだ・・・?」 「・・・いや・・・。ちょっと大変なことが起きましてねぇ・・・」 夏紀は冷蔵庫から缶ビールを取り出してプシュっと栓をあけた。 「お前の暇な話につきあってられない。 朝食の準備があるんだ」 「・・・。兄貴。どーしよー」 「何が」 「オレッち・・・。”パパ”になるかもしんない」 「・・・!?」 ポト・・・ 陽春の手からボールペンが落ちた・・・。 「お、お前・・・ッ」 「相手はー・・・。三つ編みのー背がちっこいー・・・」 (そ、それって・・・) 「・・・太陽の”ベビーシッター”さん」 「・・・!!」 ”ミーママ、びょうーきみたい” 太陽の言葉が・・・陽春の脳裏に過ぎった・・・。 陽春の体が・・・ カっと熱くなる・・・。 「・・・って言ったらーぁ。兄貴、どうするぅ・・・?」 「・・・!?お、お前・・・嘘なのかそれとも・・・」 「さぁー・・・。どーでしょう??でもオレ・・・、 アイツのこと好きだし?出来ちゃったナントカ って奴してもいいかなって思うけど」 ガっ!!! 思わず陽春は夏紀のスーツをつかんだ。 「お前・・・ッ。適当なこと言うな・・・ッ!! 話が本当なら・・・大変なことだろう!!」 「別にもんだいはないじゃない?ねぇ。兄貴。 なんでそんなにムキになるの?」 「む、ムキなんて・・・!オレはただ、山野さんに対して いい加減な態度をとるなとお前に言ってるんだ!」 そんな言葉とは裏腹に・・・ 陽春のつかむ手は・・・ 明らかに・・・ 敵意を感じる・・・ 「・・・ふふ。まぁいいさ。どっちにしてもオレの気持ちは変わらない。 兄貴・・・。祝福してくれるよな・・・?」 「・・・。あ・・・ああ・・・」 「よかった☆それが効きたかったの。じゃあね。オニイチャン」 パタン・・・。 軽快な足取りで・・・。 夏紀は帰っていった・・・。 (・・・) ”オレっち、パパになるみたい” (・・・) ”相手はー三つ編みでー太陽のベビーシッターさん” (・・・) 陽春の体の力が抜けていく。 まるで自分の存在を否定されような・・・ 失恋したような・・・ いや 激しい 嫉妬 「・・・くそッ!!」 ガシャンッ!! 夏紀が飲んだ缶ビールを 冷蔵庫に投げつけた・・・ ”藤原さん!元気出してくださいな!” 水里の笑顔・・・ あれは 自分だけに向けられていたと思った (・・・。オレは・・・何を期待して・・・、 何を・・・。考えて・・・) もしかしたら・・・ 失った記憶の真実は・・・ 水里と自分が・・・ 特別な関係だったのではないかと・・・ (・・・。自惚れすぎた・・・。馬鹿だ・・・オレは・・・) 例え・・・ 水里へ好意を持っていたとしても・・・ もう何かが変わることはない。 (・・・。雪・・・。これはお前の・・・。お前の 怒りなのか・・・?) 他の誰かに惹かれてしまったことへの・・・ 「・・・。わかったよ・・・。ごめんな・・・。 雪・・・。オレ・・・もう迷わないから・・・」 雪の写真立てを抱きしめる・・・。 その陽春の頬に流れる涙は・・・ 悲しみと嫉妬が入り混じっていたのだった・・・ 同じ頃・・・。 「・・・よし・・・。描くぞ!」 水里は久しぶりにスケッチブックを取り出していた。 (・・・。早く・・・。春さんの笑顔がみたいな・・・。 太陽とみんなで笑いあって・・・) 3人の食事風景をスケッチブックに描いてみる・・・ 女将からもらった赤い腹巻を 巻いて水里。 ”お腹ひやしちゃいけないでしょ?” (女将は準備がいいこと(汗)) 「・・・」 水里はそっとお腹を撫でてみる・・・ (どんな結果でも・・・。流れに任せるしかない・・・。 大丈夫だから・・・) 翌日。水里は女将から紹介された病院へ朝一でいったのだった・・・。