デッサン・番外編 「透明ママ」 1:最後の宿題 ママ。僕のミーママ。 「とうめいにんげん」になるよって言って本当にいなくなった。 ママ。僕のみぃーまま。 でも僕は知ってるよ。 いつでも僕とパパのとなりにいてくれたことを・・・。
「じゃーん!!やっととれました〜♪」 山野水里 二十○才にしてやっと車の免許を取りました。 「ママ、よかったね!!」 「水里さん頑張りましたものね」 教習所から帰ってきた水里。 太陽と陽春がご馳走を用意して待っていてくれた。 「おいしそう!!」 「ふふ。二人で頑張って作りました。ね、太陽君!」 「うん!」 太陽と陽春はパン!手を合わせる。 「春さん、太陽ありがとう!ふふ。これで いつでもどこへでもいけるね!!」 「・・・水里さん。僕のために・・・」 陽春は水里の手を握って見つめる・・・。 「あ、あ、いえ・・・///」 (あーあ。すぐラブラブになっちゃうんだから。へへ) 両親の仲のよさに少し戸惑うお年頃の太陽。 でも仲がいい二人のそばはとってもあったかくて・・・。 「さー。食べよう!ご馳走だよー!」 3人本当に仲良く 楽しく 幸せな時間を過ごしていた。 ・・・3人で家族に・・・。 「送っていきますよ!太陽も春さんも乗ってください!」 免許を取ってまもない水里。 (大丈夫!!私はもう免許は頂いたのだから) 緊張気味の水里だが 学校と職場が家から遠いふたりのために今日は送迎を することにした。 「・・・だ、大丈夫ですか(汗)」 「はい!あ、安全運転だけは任せてください!」 (でも手が微妙に震えている・・・汗) ちょっと不安げな陽春と太陽ですが・・・。 水里の気遣い。 無駄にはしたくない。 「それにしても・・・。不甲斐ないです」 「え?」 「こうして・・・。家族でドライブって・・・。 でも普通は男親が運転するものなのだろうけど・・・。 すみません」 「や、やだなぁ・・・。気にしないでくださいよ。 春さんは、今のお仕事、頑張ってるんですから・・・」 申し訳なさそうな顔の両親に・・・ (二人とも優しすぎるなぁ) 年頃の太陽、両親の関係にとても敏感。 「僕も免許とります!決めました」 「え?で、でも・・・」 「でもそれまでは・・・。可愛い奥さんのお世話になりたいと 思います」 (か・・・///) 素で時々照れくさいことを言う陽春の天然さは相変わらずで それに慣れない水里も相変わらずで(笑) (二人が仲がいいことが一番僕はうれしいな) 優しさに溢れる両親に太陽も笑顔がこぼれる。 ずっとこのまま3人で幸せに暮らしたい。 そう思っていたのに・・・ 思っていたのに・・・。 「よ、よーし!じゃあ私も頑張るぞー!」 ふっと目の前を・・・ 白い影が水里の瞳に移った・・・ (えッ・・・。雪さん・・・!?) 白い・・・ 笑顔・・・ キキキキーーー!!! 水里の車は・・・ 道路脇へと転げ落ちた・・・ (・・・春さん・・・。太陽・・・) 薄れ行く意識の中・・・。 水里は夢を見た・・・。 (雪さん・・・) ”最後の・・・宿題” (最後・・・?) ”最後・・・。貴方へ私からの・・・” (雪さん・・・) ※ 「・・・あ・・・。気がついた!」 (・・・ここは・・・) 白衣の看護士の顔が水里の瞳に入った。 (はっ、そ、そうだ!確か車が横転して・・・!!) 水里はすぐに状況を思い出してがばっと起き上がった。 「あ、あの!!私の家族は・・・ッ!!」 「落ち着いて・・・。貴方だって怪我してるのよ」 「だって!!」 「大丈夫・・・。お二人ともご無事ですよ」 看護士の言葉に水里はふっと力が抜けて・・・。 「でも・・・」 「でも・・・?」 少し不安そうな表情の看護士・・・ 「た、太陽ッ!!!」 処置室のドアの影に・・・。 頭に包帯を巻いた太陽がたっていた。 「太陽!!太陽ッ!!」 「ママッ!!!!ママッ!!!」 水里に抱きつく太陽・・・。 涙をぽろぽろこぼして・・・。 「太陽・・・。よかった・・・。よかった・・・」 「ママ、ママ・・・」 腕の中の温かな温もりに 太陽の生を確かに感じる・・・。 「・・・あ、あの・・・っ。春さんは、春さんは!?」 「ご主人は・・・。お隣です」 カーテンをさっと開ける・・・。 「春さん!!」 腕を頭に包帯を巻いた陽春が眠っていた・・・。 「ご主人も命に別状はありません。念のためもう少し検査はしますが・・・」 「・・・春さん・・・」 水里は陽春の手をにぎって・・・ ぬくもりを確かめる・・・。 (よかった・・・。生きてる・・・。春さん・・・) 同時に 水里は未熟な運転で無理をしたことを後悔した・・・ (調子に乗った罰だ・・・。私のせいだ・・・ 太陽と春さんを怪我させてしまった・・・) 「春さん・・・。ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」 陽春の手に水里の涙が落ちる・・・ 「ん・・・」 「春さん!!」 静かに目を開ける陽春・・・。 「・・・春さん!!」 「パパ!!」 「・・・。太陽・・・」 陽春の瞳に映るのは・・・。太陽の姿と・・・。 「・・・春さん・・・」 「・・・。雪・・・?」 (え?) 聞き間違いか・・・? 「や・・・やだな。何っいってるのパパ。雪じゃないよ。 水里ママだよ」 「・・・。そうだよな・・・。雪は死んだんだ・・・。そうだ・・・。 雪は死んだ・・・」 混乱しているのか・・・独り言のように呟く・・・。 「雪は・・・事故で死んだ・・・。オレのせいだ・・・太陽・・・。ごめんな・・・。お前のママ・・・。 雪は俺が殺したんだ」 「??パパ・・・。水里ママがわからないの!?」 「水里・・・?誰だ。知らない。そんな名前は・・・」 知らない・・・? 自分のことを知らない・・・? 「奥さん。ちょっとお話が・・・」 混乱する気持ちを押さえ、水里は看護士から話を聞く・・・。 「・・・あ、あの・・・。看護士さん・・・。 春さんは・・・」 「ご主人は以前・・・脳の衝撃をを受けておられますよね?」 「え、ええ・・・。で、でもそれも大分完治して・・・」 「・・・今回は”強打”こそしなかったものの・・・。軽い脳震盪を 起こされて・・・。勿論、命の危険はないんですが影響が”ゼロ”とは 言えないんです・・・。軽い後遺症も出ることも・・・」 (こ・・・後遺症って・・・) ふっ・・・と雪の姿が脳裏に浮かぶ・・・。 ”一時的なものだと思いますから・・・混乱なさらないで 奥さんは奥さんの怪我を治されてください” 看護士からそういわれ・・・ 水里と太陽の二人は先に病院をあとにした。 「ねぇ・・・。みーまま。パパ・・・。 大丈夫だよね」 「うん・・・。大丈夫。きっと・・・」 不安そうに水里の手を握る太陽・・・。 (・・・お約束的な展開がそうあるわけない。そんな都合のいい 記憶喪失が・・・) だが ”都合のいい記憶喪失”が再び陽春に訪れた。 「太陽。退院したら・・・。雪ママのお墓まいりをしよう」 太陽のことは覚えているものの自分と雪の間に生まれた息子だと思い、 「春さん・・・あの・・・」 「・・・どちら様ですか?」 水里のことは・・・全て忘れていた。 太陽のことはどうしてだか息子だと信じ込んで・・・。 記憶ほ破片がなくなったり 変にくっついたり・・・。 それは病院を退院する日になっても直らず・・・。 ”宿題・・・。これが最後の宿題・・・” (雪さんの・・・仕業なのか・・・。雪さんの・・・) あの夢を思い出す・・・。 (雪さん・・・) 水里はあることを決意した・・・。 (雪さんの宿題・・・。頑張る・・・。私・・・) あることを・・・。 「・・・お世話になりました」 太陽と陽春が手をつないで病院から出てくる・・・。 「あ・・・。太陽君!藤原さん!お待ちしました!」 タクシーから水里が降りてきた。 「・・・あ・・・。えっと・・・”山野”さんでしたね? 夏紀の友達の・・・」 「はい!今日、夏紀君がつごうで来られないって いうので変わりにお迎えに来ました!」 ”初めまして!私、夏紀くんの親友の山野水里申します” 二度目だった・・・。 水里が陽春に始めましてを言うのは・・・。 一度目は最初に記憶を失ったとき・・・ そして・・・。 「すみません。弟がご迷惑を・・・」 「いーえ!どーせ私は時間が有り余る身ですから。 ね、太陽君!」 「・・・う、うん・・・」 ”太陽君” 言われ慣れぬ呼び方に戸惑う太陽。 『太陽・・・。みーママはしばらく・・・。 透明人間になろうと思う』 『とーめいにんげん?』 『うん・・・。パパの・・・。春さんの記憶が戻るまで 水里ママはいなくなるんだ』 『・・・いつになったら帰って来るの?いつ??』 『・・・分からない・・・でも・・・。二人のそばにはいるから・・・ だから安心して』 水里とそう約束した太陽・・・。 (みーママ・・・。ボク・・・つらいよ。 みーママのことお母さんって呼べない・・・。でもがまんする・・・。 一番つらいのは・・・ボクじゃないから・・・) 太陽は見てしまった。 昨日の夜。 水里が赤い目をして家にあった写真、自分に関するものを 全て家から出していたことを・・・。 ・・・泣いていたことを・・・。 「・・・さぁ着きましたよ!」 タクシーから降りて荷物を下ろす・・・。 「山野さん、本当にありがとうございました」 「いーえ!藤原さんにはいつもお世話になっていますし」 「お世話・・・。ああすみません。まだ以前の記憶が 戻ってなくて・・・」 「あ、い、いやいいんです。お世話になったっていっても たいしたことでもないですから・・・」 チク。 自分で言っておいて胸の奥が軋む・・・。 「あの・・・。じゃあ荷物中に運びますね」 「あ、いや・・・。結構です」 「え?」 「・・・。暫くは・・・。家族以外の人をいれたくないんです・・・。 僕もまだ混乱していて・・・。すみません・・・」 ”家族以外の人” 胸の痛みはズキっという音に変わって・・・。 「あ、そ、そうですよね。あははは。すみません。 ずうずうしくて・・・。じゃ、じゃあ私はこれでっ。 夏紀君によろしくっ」 水里は会釈して細い歩道を降りていく・・・。 その後姿・・・。 三つ編みにスカイブルーのカラーゴム。 陽春は何故か小さくなるまで見つめていた・・・。 (・・・三つ編み・・・。水色・・・。 なんだろう。キーワードのようにひっかかってる・・・) 「パパ」 「・・・太陽・・・」 寂しそうな顔でたっていた・・・。 「パパ・・・。”水里おねーちゃん”・・・きらい?」 「え?」 「・・・僕は・・・水里お姉ちゃん大好きだよ・・・。 だから・・・。パパも仲良くして」 「太陽・・・?」 太陽の目にこんもりたまる涙・・・。 「太陽・・・。どうしたんだ・・・?どうしてそんなに 哀しそうな・・・」 「だって・・・だって・・・」 ”帰ります。さようなら” (みーママのお家はここなのに・・・。それじゃあみーママは どこに帰るの?) もう・・・3人でご飯を食べることはない。 楽しく話することも・・・? 「・・・わかった。分かったよ・・・。山野さん と仲良くすればいいんだね・・・?」 「うん・・・。パパ・・・。水里おねーちゃんのこと きらいにじゃないよね・・・?」 「・・・。分からない・・・。まだ会ったばかりだし・・・。 でも・・・。きっと仲良くなれる気はするよ・・・。 だから泣かないでくれ・・・。な?」 太陽の頭を優しく撫でる陽春・・・。 (パパ・・・。早く思い出してね・・・。水里ママが帰ってこれるように・・・) 一方その頃・・・。 水里は一人・・・ 荷物を持って・・・ 陽春たちの家から一番近いところの民宿へ向かっていた・・・。 水里が日頃手伝いに行っていた民宿。 事情を話して暫く厄介にすることにしたのだ。 (・・・雪さん・・・。貴方の”宿題”は難しい・・・。 でも頑張ります・・・) 頬から一滴だけ流しながら・・・ 先の長そうな道を一人・・・歩いたのだった・・・。