デッサン・番外編 「透明ママ」 〜君はきっと其処に居る〜 2:鼓動 一連のことを夏紀にだけは話す・・・。 「なんだてぇえ!??お前はまたそういう面倒くさい展開にして・・・!」 「・・・いいんだよ。これで・・・」 民宿の二階。 和室6条の部屋を暫く借りられることになった。 「これでって・・・。おまーはんっとに・・・」 「・・・無理じいだけはしたくない・・・。春さんが自然に 思い出してくれるまで待てば・・・。春さんの心に負担を掛けたくないんだ・・・」 「・・・もし・・・。思い出さなかったらどうするんだよ? え?第一太陽がかわいそうじゃねぇか!太陽の母親は お前なんだぞ!?」 湯飲みをドン!と卓袱台に置く夏紀。 「春さんが思い出さなくても・・・太陽のことは・・・出来る限り支える。 何があっても」 (駄目だ・・・。完全にこいつ腹くくってやがる・・・) 「・・・。わかったよ。半年だけお前の茶番につきやってやる。 だがな・・・。半年たっても兄貴が思い出さないときはオレは 戸籍謄本でも見せて、今は誰が兄貴の女房か知らせてやる!! 全部兄貴にぶちまけるからな!!」 「・・・。出してないんだ。まだ書類とか・・・」 「なぬ!?」 「・・・春さんの奥さんは雪さんだ・・・。なんか・・・ 書類上だけどそれに私の名前が載るなんて・・・。 事故にあう前、春さんとも話し合っていたんだけど・・」 (がーーーーー!!) 気遣いにもほどがある。 夏紀の苛苛は頂点に・・・。 「お前な、いい加減にしろよ?人がいいの 通り越して馬鹿だろ?」 「・・・」 押し黙る水里。 「もう、ついていけねぇ。好きにしろ!」 「・・・。ありがとう・・・夏紀君・・・心配してくれて・・・」 今にも・・・ 涙が出そうな顔しているのに・・・ 涙は出さない・・・ (・・・。なんて顔・・・してやがるんだよ・・・) 今まで・・・切羽詰った顔は何度も見たことあるけれど・・・。 (・・・シリアス通り越して・・・。リアルだろ・・・) 水里の背中が・・・とても小さく・・・ 痛々しく見える・・・ 包んでやりたい・・・? (・・・なんか・・・。妙な衝動が・・・) 「夏紀くん」 「ん!?な、なんだ」 少し動揺する夏紀。 「家のこと・・・。出来るだけ私の携帯に 連絡してくれるかな・・・」 「あ、ああかまわねぇよ。それよりお前は・・・」 「私は暫くここで働かせてもらう・・・。ここなら 太陽のこともたまに様子見にいけるから・・・」 水里はそういいながら・・・ 小さなバックにつめてきた何枚かの服を 取り出す・・・。 その背中が・・・ とても寂しく見えて・・・。 (兄貴の馬鹿や郎・・・。記憶失いすぎなんだよ。 一番”大事なもの”忘れやがって・・・。いや違う・・・) 兄貴の中から奪ったのは・・・ 見えない誰か? (雪さん・・・アンタ・・・ちょっと厳しすぎだよ・・・) 寒い星空に・・・ 夏紀は義姉に呟いたのだった・・・。 それから水里はこっそりと陽春たちの元を様子を見に来ていた。 塀の影から台所を体をかがんで覗き見・・・。 「パパ・・・。お仕事、もういけるの?」 「ああ。仕事のことは大体思い出し出来ると思う・・・。 医者をやめて珈琲屋をやったけれど結局それも やめたんだよな・・・って夏紀おじさんから聞いたんだけどな」 陽春が覚えているのは・・・。雪とお店をやっていた頃のこと・・・。 (春さん・・・。仕事いけるようなったんだ・・・よかった) ほっと水里が息をつく。 (あ・・・!!ママ・・・!?) 塀にちょこっと頭を見つける太陽。 「ママ!!」 (え?ママ・・・??) 太陽はキッチンを駆け出し、玄関へ走ってきた。 (や、やばいッ!!) 水里はこそこそっと背をかがめて逃げる・・・。 「ママ!!」 太陽が玄関に出たときはすでに水里の姿はなく・・・。 「・・・ママ・・・」 太陽は塀にくくりつけられた折り紙を見つける。 『太陽へ。ちゃんとお洗濯してますか? また様子見にくるね』 (みーママ・・・) 太陽は水色の折り紙をぎゅっと握り締めて・・・。 「太陽・・・?ママって・・・」 「な、なんでもないよッ」 折り紙をポケットに突っ込こんだ・・・。 「パパ、ご飯食べよう。ね!」 「あ、ああ・・・」 (ママはいるんだ・・・。近くにいるんだ・・・!) 太陽は少し元気になった。 水里の存在を確認できて・・・。 家の中はがらんとしていた。 3本あった歯ブラシも2本しかない。 台所の食器棚には水色のお茶碗もない。 水里の形跡がまったくなくて寂しくてたまらなかったから・・・。 (ママはとーめいにんげん。でもちゃんといるんだ) 「いるんだ!!ママはいるんだよ。パパ!」 (太陽・・・?ママって・・・。雪のことを言っているのか・・・?) ”雪は太陽を生んですぐに事故で・・・” 陽春の記憶の中ではそれが事実だ。 (顔を覚えているはずがないのに・・・。いや・・・ 写真で見たのか・・・。そうだ。そうに違いない) 雪の笑顔が蘇る・・・。 (・・・幽霊でもいいから会えたら・・・。なんて・・・な) 幽霊・・・? ”春さん!” (!?) 「パパ!早く早く!玉子焼きこげちゃうよ!」 「あ、ああ・・・」 一瞬雪の笑顔を消して浮かんだあの声は・・・? (誰・・・) 微かなもやもやを感じたが・・・陽春はもみけした。 それから水里は陽春がいない間を見計らって こっそり家の様子を見にきたり、 「ママのだ!!」 こっそりとクッキーを焼いては置いていった。 『透明人間のママより』 「とーめいにんげんママ!!ママ!!」 太陽は嬉しそうにクッキーをほおばる。 (きっともうすぐだ・・・!パパの記憶も戻って ママも帰って来る・・・!帰って来る・・・!) 太陽はそう期待していた。 きっとすぐに三人のあったかい食卓が戻ってくると・・・。 だが・・・。 「・・・?なんだこれは・・・?」 『太陽へ。とうめいママより。 今度はドーナツつくりました。パパとたべてね』 水里が置いていったお菓子を陽春が見つけてしまったのだ。 「・・・。まさか・・・。本当に雪が・・・? いや・・・。そんなはずはない・・・。何かある・・・。 オレの知らない何かが・・・」 翌日。 陽春は少し早めに仕事を切り上げて帰宅する・・・。 (ん・・・?誰かいるぞ・・・?) 台所に人影が・・・。 陽春は静かに玄関から入った・・・。 (三つ編み・・・?) 後姿の人物は・・・。 「山野・・・さん!?あ、貴方なにやってるんだ!!」 「・・・!ふ、藤原さんッ」 カランッ。 テーブルの上から・・・クッキーが落ちた・・・。 「・・・貴方だったのか・・・?最近・・・ うちに入り込んでいた人は・・・」 「あ、あの・・・藤原さん・・・」 「一体どういうつもりなんだ!??夏紀の友達とはいえ いくらなんでもずかずかと・・・!!それに息子にどうして 貴方が優しくするんです!??」 「あ、あの・・・ご、ごめんなさい・・・」 激昂する陽春。 水里はただ誤るしかなく・・・。 「すみません・・・。た、太陽君とな、仲良くなりたくてその・・・」 「はぁ!??なんで貴方が・・・?だとしても・・・不愉快だ! ”太陽のままより”だなんて言い方・・・!!太陽の母親は雪だ!!」 「すみません・・・」 「幼い子供の心と・・・オレの心を乱すようなことは 言わないでくれ!!無神経だ!!アンタは他人なんだからな!!」 ”貴方は他人なんだからな!!” 荒い陽春の声は・・・ 水里の心を抉っていく・・・。 ”ここは私の家でも在るのに・・・!” 喉まで出掛る言葉をぐっと飲み込む・・・。 「・・・すみませんでした・・・。本当にすみませんでした・・・」 水里は頭を何度も下げる・・・ 「二度と来ないでください・・・。今度こんなことしたら・・・。 警察呼びますから・・・」 「はい・・・。すみませんでした・・・」 水里は静かに玄関へ・・・ 「ママ!!」 「太陽君・・・!?」 学校から帰って来た太陽。 水里に抱きついた。 「喧嘩しないで・・・。二人とも喧嘩しないでよ・・・っ」 「太陽君・・・」 「太陽。何言ってるんだ。その人は・・・」 「ママだもんッ!!僕のママだもんッ!!!うえー・・・」 太陽は大声で泣き叫ぶ・・・。 「た、太陽・・・」 (どうして・・・。どうしてそこまで・・・この人を・・・) 「・・・?太陽君?熱あるんじゃ・・・」 水里は太陽の額が熱いことに気づいた。 太陽はぐったりして・・・ 「藤原さん!!氷枕と冷やしタオルもって来て下さい!!」 「え・・・?」 「それから冷蔵庫の奥に入ってる座薬も!太陽は その薬じゃないと駄目なんです」 (ど、どうしてそんなこと知ってるんだ・・・?) 「早く!!!」 「あ、は、はい・・・ッ」 陽春は疑問を持ちつつも言われるままに準備した。 「太陽君に熱さましの座薬しますね。熱を下げないと・・・」 水里は太陽のズボンを脱がして赤子のおしめを取り替えるように足を持って 太陽のお尻に素手でいれた。 (・・・な、なんか・・・。手馴れてるな・・・というより・・・ ”母親”の手つきのような・・・) 手際のいい水里の看病に陽春はしばらくだまって見ていた。 「多分明日の朝になれば熱は下がると思います。 でも抗生物質呑んでおいたほうがいいから明日はお医者さんに つれていってあげてください」 「・・・あ、はい・・・」 (そ、そういえば・・・。どうして冷蔵庫に座薬があるって知ってたんだ?) 陽春はその疑問を水里に訪ねた。 「え、あ、す、すみません・・・。お、お菓子作ろうとしたとき、冷蔵庫 見たのでそ、それで・・・。か、勝手に使ってしまってごめんなさい」 「い、いえ・・・。僕も知りませんでした。記憶はまだ半分ぐらいしか 戻っていなくて・・・」 チッチッチ・・・。 時計の音が響く・・・。 「・・・わ、私帰ります・・・。ほ、本当にすみませんでした」 「あ、ま、待ってください・・・。お茶でも・・・ いかがですか?」 「・・・でも・・・」 「貴方の勝手な行動は不愉快でしたけど・・・ 太陽を手当てしたお礼くらい・・・しますよ」 「・・・ありがとうございます・・・」 陽春はインスタント珈琲をカップに入れ水里に差し出した。 「どうぞ・・・」 「・・・」 (春さんの・・・淹れてくれた珈琲・・・) 心が落ち着く・・・ 優しい湯気・・・ また飲めるとは思わなかった・・・ (春さんの珈琲だ・・・) 一口口に含む・・・。 (あったかい・・・。ほっとする味だ・・・。 変わってない・・・変わってない・・・) ポチャン・・・ 「・・・!?や、山野さん・・・!?」 「・・・あ、ご、ごめんなさい・・・。な、なんか あんまり美味しいのでか、感動して・・・」 ”春さんの珈琲はほっとします・・・” (・・・!?) 同じような台詞を いつか聞いたことがある気がする・・・。 「・・・。あ、あの・・・。山野さん。どうして貴方は 太陽と近づこうとされたのですか・・・?理由があるんでしょう・・・?」 「・・・。わ、私にも・・・。あの位の子供が居て・・・。それで・・・。あのその・・・」 (太陽に会いたかったから・・・。春さんに会いたかったからなんて いえないよね・・・) 言葉に詰る水里・・・。 (・・・もしかして・・・。子供さん亡くされたのか・・・? だから・・・) ”ママだもん!!ママだもん!!” 太陽が母親を求めるように この女性も太陽に亡き子供の面影を求めたのかもしれない・・・。 陽春はそう思った。 ・・・勘違いとは知らず・・・。 「すみません。言いづらいことなら・・・」 「・・・いえ・・・。でも私のしたことは本当に身勝手でした・・・。 もう二度と・・・。来ませんし太陽君にも近づきません・・・ 本当にすみませんでした・・・」 (・・・。誠実な人なのかな・・・) 大の男に、何度も何度も頭を下げる・・・。 陽春の中で水里に対する不信感が少し薄らいだ・・・。 「じゃあの・・・。太陽君・・・元気になるといいですね・・・じゃあ 失礼します・・・」 水里は静かに玄関へ行き靴をはく・・・。 (・・・) 後姿・・・。三つ編み・・・ ”春さん・・・!さよなら・・・!また明日来ますね!” 何故か陽春の胸に急かす何かが込み上げた。 「あ。待ってください・・・!」 ドアを開けようとしていた水里の手が止まる。 「あの・・・。さっきは勢いと言え乱暴に怒鳴ってしまって 悪かったです・・・」 「いえ、私のほうこそ・・・」 水里は申し訳なさそうに会釈した。 「・・・。よかったらまた・・・。太陽と遊んでやってくれませんか・・・?」 「えッ?」 「い、いえ・・・。ご、ご覧のとおり僕は記憶混乱したままだし・・・。 太陽も色々心細いと思うんです・・・。誰か・・・太陽の心を解してくれたら・・・と。 ご、ご迷惑ですか?」 水里は首をぶんぶんと横に振った。 「はい!!やります。頑張ります!!私・・・ 太陽君といっぱい遊びます!!どろんこにもなるし、なんだったら 顔にひげかいて笑わせます!!」 「・・・か、顔に・・・ひげ?(汗)」 「はい!あの黒ひげ危機一髪みたいにこうやって!!」 水里は自分の三つ編みを鼻のしたにくっつけて 本当に髭をつくった。 「・・・。ふふ。ふふふふ・・・」 「あ・・・。すんません。嬉しくてつい・・・ 奇怪な顔をつくってしまいました・・・(汗)」 「ふふふふ。面白い人だなぁ・・・。貴方なら太陽をきっと 笑顔にしてくれる。ふふふ・・・」 「はい・・・!へへ。ふふふふ・・・ッ」 水里は満面の笑みを見せた・・・ 頬をピンクに染めて・・・ (・・・あ・・・?) トクン・・・ 胸の奥・・・ ふわりと・・・心地いい鼓動が鳴ってる・・・ (な・・・なんだ・・・この感覚・・・) 「じゃあ私そろそろお暇します!では!おやすみなさい!」 水里はおじぎすると嬉しそうにすたすたと自転車に乗って 坂道を降りていった・・・。 (・・・。この温もりは・・・なんだ・・・?) ”春さん!” 白い霧の向こう・・・ 可愛い安心する声が 聴こえてくる・・・ (・・・雪じゃない・・・。雪の笑顔じゃ・・・) 陽春は水里が使ったカップをじっと見つめる・・・。 ”おいしいです!感動するくらいに・・・” (・・・。山野さん・・・。貴方は一体・・・) 分からない何か。 でも思い出せない何か。 ただ確かなのは・・・ (・・・。笑顔・・・か) 水里の笑顔が陽春の心に焼きついたことだけだった・・・。