デッサン・番外編 「透明ママ」 3:笑顔 太陽の熱も下がり・・・。 「え!?水里おねーちゃんと遊んでもいいの?」 「ああ・・・」 「それでね、道路のしたの民宿にいるんだ」 (え?) 「わーい!!おねーちゃんと会ってもいいんだね? わーい!!みーママと会えるー♪」 (・・・そんなに近所にあの人は住んでいたのか・・・?) 「みーママ♪みーママ♪もうとうめいにんげん じゃなくていいんだー☆」 (透明人間・・・?) 自分の・・・知らない事実がたくさんある・ いつのまに太陽と水里が仲良くなったのか・・・。 記憶を半分消えてしまった陽春では・・・疑問に思うことも 記憶がないということで片付けてしまう。 「太陽・・・。山野さんのことが大好きなの?」 「うん!!だーいすき。ボクのことをいつも見ててくれるんだ ずーっとずーっと・・・」 (ずっと・・・?) 自分の知らない記憶が太陽にはあるのか・・・。 (オレは・・・) 「パパ!ぼうっとしてちゃ駄目だよ。ごはんたべよ!」 「あ、ああ・・・」 心の中のパズル・・・。 大事な部分のピースがない・・・ 太陽と自分の部分はあるのに・・・。 大事な人の・・・大事な部分が・・・。 (・・・。いずれ思い出すさ・・・。いずれ・・・な) 窓の外・・・。 花壇に植えたピンクのチューリップが優しく揺れていたのだった・・・。 「みぃーママァ!!」 「太陽〜!!」 民宿の玄関をランドセルしょったままの太陽がすたすたと上がっていく。 そして久しぶりのハグ・・・。 「太陽・・・。風邪、もう治ったんだ・・・。よかった・・・」 「うん。みぃママのおしりからいれたお薬がきいたんだ」 「うん」 こつん・・・とおでこを合わせる二人。 「みーママ・・・もうとうめいにんげんじゃなくていいんだよね?」 「うん。でも・・・。”とーめいにんげんママ”はもう少しつづくかな」 「・・・パパが思い出さないから・・・?」 「・・・うん・・・。パパはまだちょっと心がいっぱいなんだ。 だから無理させちゃいけないの・・・。わかるね?太陽」 太陽は少し沈黙してから静かに頷く・・・。 「ごめんね・・・。太陽」 「ううん・・・。ママが一番つらいから・・・。 ボク頑張る」 (太陽・・・) いつのまにか・・・成長していたんだ・・・。 「・・・みーママ。大好き・・・」 「私も・・・」 水里は太陽を一層抱きしめる・・・。 小さなぬくもりが・・・水里の心を包んだのだった・・・。 その頃・・・。陽春は夏紀を呼び出していた。 商店街の喫茶店。 「・・・兄貴。どうだ?大分調子は戻ったか?」 「・・・ああ・・・。でも・・・。どうしてだか・・・」 「何だよ」 夏紀はタバコに火をつけた。 「なにか・・・なにかが足りないような・・・。 もどかしい気持ちになるんだ。勿論記憶の一部が とんでしまっているせいなのだろうけど・・・」 (足りないって・・・。そこまで感じてるなら 早く思い出せよ) 「・・・夏紀。山野さんて・・・。お前の友達なんだよな?」 「ああ・・・」 「・・・なんでうちの近所の民宿にいたんだろう・・・。あ、いや それもたまたまなんだろうけど・・・」 「・・・。元々アイツは太陽のベビーシッターがわりだったからな。 兄貴が覚えてないだけで」 夏紀はじゅっと灰皿にたばこをおしつけた・・・。 少しいらだつように・・・。 「そうだったのか?ならちゃんと教えてくれよ」 「・・・嫉妬・・・カナ?」 「え?」 恋愛小説家・夏紀。 心理戦ならお手の物と陽春にちょっとかまをかけてみた。 「オレはアイツに惚れてるから」 「え・・・っ?」 ズキ・・・。 陽春の胸が一瞬痛みが走った。 「でも水里ときたら・・・太陽の方が大事だっていって オレの方はほったらかし・・・。ジェラシー感じて内緒にしたんだよ」 「・・・そうか・・・。そうだったのか・・・。 でもお前が本気で誰かを好きなるなんて・・・ちょっと信憑性ないな。 ふふ・・・」 陽春は静かに紅茶を口に含む・・・。 (・・・相変わらず表情ひとつかえねぇのな・・・) 「あ、そろそろ太陽が帰って来る頃だな。夏紀。ここは おごってやる。ゆっくりしていけよ。じゃあな」 陽春は伝票を持ってレジを済ませ、喫茶店をあとしにした・・・。 「・・・俺ってなんて演技が上手なんでしょう♪」 水里と陽春の恋の水先案内人。 ずっと二人の不器用な恋を応援してきた。 「これからだって応援しますよ。俺は・・・」 ”ありがとうね・・・夏紀くん・・・” 水里の寂しげな背中が浮かぶ・・・。 (・・・そうさ。オレは・・・。応援するだけ・・・。 オレは・・・) 胸がざわめく・・・。 ”嫉妬したんだ” 自分が発した言葉が・・・身にしみて感じるのはどうしてだろう・・・。 (オレは・・・) このとき初めて・・・兄を疎ましいと感じる夏紀だった・・・。 陽春が家に帰ると水里と太陽が 一緒にボードゲームで遊んでいた。 「あ・・・。す、すみません。また勝手にお邪魔してまって・・・。 すぐ帰ります」 「・・・い、いえ・・・。あ、あの山野さん。この間は すみませんでした。貴方が太陽のベビーシッターをしていた なんて知らなくて」 「え?ベビーシッター?」 「はい。夏紀から聞きました。貴方が太陽の 世話をして下っていたと・・・」 「・・・い、いえ・・・。藤原さんが混乱なさるかと思って・・・」 「そうだったんですか・・・。すみません。僕のせいで皆さんを 振り回しているみたいで・・・」 「あ、いえ、そんな・・・。藤原さんが一番大変なんですから」 水道の前で二人ともぺこぺこおじぎする。 そんな二人を太陽が見てくすっと笑った。 「あはは。なんかやじろべぇみたいだ」 「やじろべえ?」 「ぺこぺこ・・・やじろべえだよ!」 水里と陽春は互いに見合って・・・。 「・・・ぷっ」 「ふふ」 思わず噴出して・・・。 (あ・・・。パパとミーママが笑った!) その場の雰囲気が和んだと太陽は感じた。 「ねぇ、みーママもご飯食べていきなよ」 「え・・・。で、でも・・・」 水里は少し様子を伺うように陽春をチラリと・・・。 「・・・山野さんさえよかったら・・・」 「い、いいんでしょうか?」 「ええ。是非」 優しく微笑む陽春・・・ 久しぶりに3人の食卓が・・・ 水里の心は踊る。 (一緒に食事・・・。嬉しい・・・) 「じゃあ・・・お言葉に甘えて」 キッチンが一変に賑やかな声に包まれる。 テーブルにはカレーとサラダが。 「私、牛肉カレーより豚肉カレーが好きなんです」 「確かに・・・美味しいですよね。豚肉の方が」 「うん、ボクのぶたさんの方がすきー!」 以前から水里一家のカレーは豚肉だった。 記憶は失っても好きな味覚は同じなんだな・・・と小さく喜ぶ水里。 「あ、みーママお鼻の頭にカレーついてるよ」 「え?」 赤鼻のトナカイならぬカレー色のトナカイ。 「あ、はははは。こりゃ失敬!」 水里はふきんでふいて、可笑しく謝った。 「山野さんて本当に面白い人だなー。ふふ (お、面白い人・・・。誉め言葉として受け取っておこう) こうして・・・。 一緒にまた食事が出来るだけでも喜ばないと・・・。 「あははは。そうなんですか。すごい話だ」 「はい。それでですねー・・・」 笑いが絶えない 食事が終わっても家族でゲームで盛り上がって・・・。 「あー!みーママのまけー!」 「泣きの一回・・・。お願いします!藤原さん!」 「駄目ですよ。一発勝負です。ハイ、じゃあ 次、山野さん」 「うぬぬー・・・。しょ、勝負師ですな、藤原さんは」 不思議だ・・・ 記憶の中にはないのに この3人で過ごす時間が・・・ (・・・当たり前のように・・・。心地いい・・・) 水里が・・・自分で隣で笑っている・・・ (・・・ほっとする・・・。あたたかな空気が包まれてる・・・) 自分も自然と顔が綻んでいく・・・ 「藤原さん。ふふ・・・!頑張って!」 (笑いたい・・・もっと笑いたい・・・) 笑って欲しい 自分も笑いたいと 思う・・・ ずっと・・・この笑顔と共に有りたい・・・ 「・・・?藤原さん?」 「えッ、ああ、いや・・・あ、僕の番でしたね」 ハッと・・・ 不思議な感覚から醒める・・・ (・・・記憶じゃない・・・感覚・・・) ただ確かなのは・・・ 今夜3人で過ごした時間がとても居心地がよかったということ・・・。 「夜分遅くまですみませんでした。つい楽しくて・・・」 「いえこちらこそ・・・。僕も楽しかったです」 「みぃーママ・・・帰っちゃうの?」 玄関で水里の手を離さない。 少し駄々をこねる太陽・・・ 「太陽君。また今度休みの日に遊びにおいで・・・ね」 「うん・・・」 なみだ目で水里の手を離す・・・。 「じゃあ藤原さん。おやすみなさい」 「あ・・・。おやすみなさい」 水里はお辞儀をして静かに坂道を歩いていく・・・。 本当はここが自分の家なのに・・・ (さようなら・・・って・・・ちょっと切ないな。へへ・・・) ふっと振り替えてみる。 (・・・) 誰も居なかった・・・ もしかしたらまだ陽春が見送ってくれているんじゃないかと・・・ (・・・馬鹿だな・・・。ちょっと自惚れすぎか・・・ はは・・・) 「あ・・・」 雪がちらりちらりと 舞い落ちてきた・・・。 水里の手の平に・・・。 雪はスウ・・・っと消え・・・。 冷たさだけが微かに残る・・・。 「・・・」 ”最後の・・・宿題・・・” 夢の中の雪の言葉・・・ (一問ぐらい・・・とけたかな・・・。雪さん・・・) ひらひらと舞う雪・・・ 少しでも早く・・・ 3人で見たい・・・ 温かな部屋の窓から・・・ 水里は手を擦りながら民宿へと戻っていった・・・。 同じ頃・・・ (雪・・・) 暖かい部屋の窓から外を眺める・・・。 すやすやと二階で太陽は眠って・・・。 (雪・・・) 雪を見ると思い出すのは 亡き妻と共に見た雪・・・。 二人で・・・。 ”陽春・・・。私雪って好きよ・・・。 はかなくて・・・消えてもまた降って来る・・・。 勇気をもらえるの・・・” 限りある命を二人で大切に大切にしてきた日々・・・。 (・・・雪・・・。生きていてほしかった・・・) 雪への想いは記憶の中に確かに在る・・・ 目を閉じればそこに・・・。 ”オレ・・・水里に惚れてるから” 「・・・!」 はっと目を開ける・・・。 (どうして・・・夏紀の言葉が・・・) 雪の思い出に浸っていたのに ・・・心の奥のもやもやが突然・・・漂って・・・。 ”オレは水里に惚れてる・・・” ”夏紀くんには本当に感謝しています” (・・・なんでだ・・・なんなんだ・・・この・・・苛苛は・・・) 理由のない苛苛 失われた”一部”なのか だとしてもやけに・・・ (・・・リアルな・・・苛苛・・・オレは・・・一体・・・) 戸惑いだけが・・・ 陽春を支配する・・・。 舞い散る雪・・・ (雪・・・) 雪の笑顔は・・・ 覚えている けど・・・ 今日・・・焼きついた笑顔に ”藤原さん・・・ふふ” 心和むのは何故・・・? (・・・また・・・か・・・) 水里の笑顔をまた見たいという 気持ちを陽春は顔を振って打ち消す (・・・雪・・・。早くオレの失った一部を見つけてくれ・・・。 オレは・・・オレは・・・) 舞う雪は だた 静かに振り続けるだけだった・・・