デッサン
scene23 居場所はすぐそこに 前編




どこにある・・・?



私が私でいられる居場所。




飾った自分



強がっている自分。





・・・弱い自分。



現実がうまくいかなくて。




小さなことで傷ついて。




色んな自分がごちゃ混ぜになって分からなくなったとき、



それを見つめられる場所が欲しい。



本当の私と向かえる場所。



自分を信じられる場所。




そんな場所があったきっと・・・。




少しだけ強くなれる気がする・・・。












「ふう。ざっと捨てるものはこれだけかな」 クリスマスが過ぎて。 押入れの掃除をしていた水里。 アルバムが出てきたのでつい、見入ってしまっていた。 幼いころのアルバム。 殆どが学園「風の歌」での出来事だ。 水里の幼いころ・・・殆どを学園で過ごした。 一年中、父の水樹は絵を描きに日本中をまわっていた。 帰ってくるのは年に数回。 寂しくなかったかと聞かれれば 嘘になるが・・・。 「そういうこと思ってる暇がないくらいに騒がしい 日々だったな」 一年中、何かにつけてはイベントやらパーティやら やっていたし・・・。 「ふふ。あ・・・。これは康宏だ・・・」 クリスマス会。サンタクロース役をやった15さいの水里にくっついて いる少年。 泣き虫でいつも水里のあとにくっついてまわっていた。 「あのころ康宏は小学校6年生だったかな。じゃあ 今は二十歳か・・・」 学園は皆、18になると出て行かなければいけない。 それぞれの道を行くために。 一緒に幼いころから過ごした友達もみな・・・。 「・・・どうしてるかなぁ・・・。みんな・・・」 スカイブルーのアルバムをそっと閉める水里・・・。 その日見た夢は学園で過ごした日々の夢だった・・・。
「えっと。買うものは・・・。このくらいかな」 スーパーから買い物袋をぶらさげて出てきた水里。 買いもののメモを見ながら歩いていると・・・。 「わっ」 通行人と正面衝突・・・。 「ご、ごめんなさい・・・。あ!?」 スーツ姿・・・。だが見覚えのあるゲジ眉・・・。 「あ、もしかして康宏!?」 「・・・もしかして・・・。水里姐!?」 6年ぶりの再会。 「うわー!あのハナタレ康が背広着てるよー」 水里は真新しい康宏の背広をくいくいとひっぱる。 「やめろよ。しわがつくじゃねぇか。オレ、今から面接なんだ」 「面接?」 「ああやっと面接までこぎつけたんだ」 「そうか・・・。康宏もそういう年だよね・・・」 康宏は学園を出て、経済学を学ぶため大学に入学した。 学園位置の秀才と言われた。 「そっかー・・・。康もいっちょまえになったもんだねぇ」 「水里姐は相変わらず画材ややってんのか?」 「まぁね。ほそぼそとですが・・・」 「もうからなかったら今度俺の会社で買い取ってやるよ。へへ」 「ばーか。余計なお世話だよ」 「ね。今度もっとゆっくり話そうよ。コーヒーがすごくおいしいお店 しってるから」 水里は陽春の店のマッチを康宏の背広のポケットに入れた。 「ああいいよ。かわいい奥さんのこと話してやるよ」 「え!あんた、結婚までしちゃってんのかい!?」 きらんと指輪をみせる康宏。 「ったりめーだろ。ねーちゃんより早く身を固めました〜。 行き遅れんなよ」 「うるへー!!」 昔みたいに、康宏の神をくしゃっとかきあげる水里。 「あ、いけね!遅刻する!」 腕時計をみてあわてて横断歩道を渡る康宏。 「康宏!」 横断歩道で立ち止まる康宏。 「ガンバレ!」 ガッツポーズをして水里は康宏に伝えた。 「そっちもな!」 小生意気に康宏も答え、小走りで雑踏に消えていった。 ”みさとねーちゃん” 学校の成績はよかったけどちょっと引っ込み思案だった康宏。 その康宏が背広を着たちょっといい男になっていた。 (ちょっと息子に久しぶりにあった母親の気持ち・・・カナ) 懐かしさと嬉しさが沸いてくる。 「よーし!今日はなんか気分がいいからおなべにしようっと」 御年25年と一ヶ月。 一人なべをしようとはりきる女、ここにあり・・・。 「うるさいな。余計なお世話じゃ」 天の声(?)にひとりごとをいいつつ水里はスーパーへ一路急いだ・・・。
それから二日後。 午後からは雨が降り出した。 「それで康宏っていうのは頭がいいんですけど、昔から 猫だけは嫌いなんです」 「ふふ・・・」 秋冬限定のマロンケーキ(2つ目)をほおばりながら子供頃の話をする水里。 康宏の子供の頃の失敗談やらをつまみにして 陽春を笑わせていた。 「ふふ・・・。ですが、水里さんにはたくさんの兄弟がいるんですね。 楽しそうでいいな」 「そうですか。子供の頃はうるさいだけだったけど・・・。でもこの間、街で偶然 康宏にあったんです。背なんか伸びてスーツ着ていたからどこの誰かと思って・・・。 一著前にバシッときまってました」 そういう水里は一著前にコーヒー3杯目にはいっております。 カラン・・・。 4杯目をおかわりしようと思ったとき・・・。 「いらっしゃいませ・・・」 雨にぬれた男が一人入ってきた・・・。 「や・・・康宏!?あんたどうしたの!」 康宏に駆け寄る水里。 「・・・。なんかあったの・・・?」 「・・・。ねえちゃんだろ・・・。ここのコーヒーがうまいって言ったの・・・」 康宏の虚ろな表情・・・。 水里は何か尋常じゃないものを感じた。 「とにかく体が冷えるといけない」 陽春がタオルを康宏に手渡した。 そして・・・。 「さ、飲んでください。あたたまるから・・・」 陽春はガラスのカップのハーブティを差し出した。 「康宏・・・。何があったのか・・・聞いてもいい・・・?」 「・・・ねぇちゃん相変わらず鈍いよな・・・。オレ・・・一昨日面接だった 言っただろ・・・。この顔見て分かんねぇか・・・」 「・・・」 康宏は一口、ハーブティに口をつけた。 「・・・。もう10社目だったんだ・・・。ムカつく部長って奴に へこへこして・・・。でも我慢してやっと内定もらえそうだったのに・・・」 面接官の質問。 ”君は・・・なぜうちの会社を志望したのかね?” だから康宏はこう答えた。 ”僕は昔から建築士になるのが夢で・・・。この会社が建設した橋を見て感動 したんです。だから貴社を志望しました” 面接官の心象ははじめの方はよかった。 何度も何度も面接の練習もした。 答え方一つ一つ気を配った。 だが・・・ ”君はあれかね?親御さんはご健在なのかね?” ”母が一人・・・。ですが今は病気がちで入院しています。だから 母のためにも早くひとり立ちしたいと・・・” 面接官たちがくすっと影で笑った。 ”あの・・・何か・・・” ”いや・・・。君の心根は誠実なのはよくわかったよ・・・。だがね。 君が私がひいきにしていたスナックのホステスに よく似ていてね・・・。確か名前は和子・・・といったけ。偶然だろうかねぇ・・・” 康宏の母の名も和子・・・。 面接官たちの嫌味な笑いが浮かぶ・・・。 ”・・・ま。今時、学歴重視の時代も終わってはいるけれど・・・。 でもどういう環境で育ったかということは別だからね・・・” ぎゅっとスーツのズボンを握り締める・・・。 そして面接時間10分が過ぎて。 ”じゃあ・・・お母様いや、和子さんに宜しく。フフフ・・・” 面接官の笑い声が康宏の拳に集中した・・・。 今にも目の前のオヤジたちを殴りたい。 だがすんでて押さえて・・・。 結局。 採用通知はこなかった。 事のあらましを聞いた水里は・・・ 「どこの会社や!!一発文句言ってやる!!」 ガチャンッ!! 単純水里。怒り爆発でコーヒーカップを置く。 「み、水里さん、落ち着いて・・・(汗)」 「おちついていられますかッ!!その面接のオヤジ達は康宏 はおろか康宏のお母さんまで馬鹿にしたんですよ!!一発いや、10発ぐらい 蹴りいれてやる!!」 ちょっと短い足ですが蹴ったら結構痛いです。 水里キックは。 「康宏!よく我慢した・・・って褒めたいけど、あたしは我慢できないよ!! そういうね、偏見オヤジたち、許せん!!成敗してくれる!!」 最近再放送の時代劇を見ているのでやらた正義感が沸騰いたします、水里奉行。 「康宏、どこの会社!教えな!ねぇ康宏ってば!」 「・・・ねぇちゃんはいいよな・・・。怒るだけなんだからさ」 「は・・・?」 苦渋の顔つきの康宏・・・。 「昔っからそうだった・・・。自分より年下のガキ達の ために一緒に怒って泣いて笑って・・・。勝手に暴走するんだよ!こっちの 気持ちも考えねぇでさ!!」 「康宏。あの・・・。あたし・・・何か気に障ることいったのかな・・・」 うつむく水里。 「言ってねぇけど、腹立つんだよ!!何の悩みもなさそうな顔して!!」 「そんなこと・・・」 「父親の店そっくりそのまま譲り受けて その上、自分の好きな絵気ままにやってる・・・。ちゃんと居場所があんじゃねぇかよ。 自分らしくいられる場所、あんじゃねぇかよ!!!そんなねえちゃんに分かるわけねぇよ。 オレの気持ちなんてよ!!!!」 「康宏・・・」 「説教するくらいなら俺の居場所・・・どこにあるか教えてくれよ!!!」 ガタンッ!!! 「康宏・・・っ」 濡れたスーツを残して康宏は・・・ 雨の中に消えていった・・・。 飲みかけのハーブティを残して・・・。 「・・・。康宏・・・」 椅子に座り、深くうつむく水里・・・。 「・・・大丈夫・・・ですか?水里さん」 「はい・・・。こっちこそすみません・・・。なんか嫌なところ見せちゃって・・・」 康宏の飲みかけのハーブティを見つめる水里。 「・・・。康宏の言うとおりだな・・・。あたしが康宏に偉そうなこと いえない・・・」 「立場なんか関係ないじゃないですか」 「え?」 「水里さんは康宏君のことを本気で思っているから怒った・・・。人を心配するのに 立場や年なんて関係ない」 「マスター・・・」 「水里さんは自分に卑屈になることはないんです。お父さんの居場所を守りたかった・・・。 十分に胸を張っていいんです」 陽春はハーブティを淹れ直す。 「康宏君が言っていた”自分の居場所”は・・・自分で探すしかない・・・」 「居場所・・・」 「でもそれが皆なかなか見つからなくて、空回りしたり地団駄踏んだりする・・・。 そういう自分を側で見守ってくれる人がいたら・・・とても心強いんですけどね・・・」 「見守ってくれる人・・・」 ”今度オレのかわいい奥さん紹介してやるよ” 康宏の言葉を思い出す水里・・・。 (・・・) 「マスターすみません!おかわりの分、つけといてくださいッ」 「はい」 カランッ。 水里は何かをおもいつたように店を飛び出していった。 「・・・。ふふ・・・。やっと水里さんらしくなった・・・」 元気がない水里は水里じゃない。 きっと康宏のために何かしようと走り回るだろう・・・。 「居場所・・・か・・・」 (オレの居場所は・・・) 店を見渡す陽春・・・。 (雪・・・) 「ふう・・・」 一つ・・・深い息をつき・・・ 再びコーヒー豆をひく陽春だった・・・。