人の目を見て話すのも
人に話しかけられるのも。
心と心が近づくのが怖かった。
だから真っ白なキャンバスに・・・
私は逃げた。
どうしてそんなに簡単に人と関われる・・・?
深く
恋とか友達、親子・・・。
色々な人間関係が通り過ぎていく・・・。
人の顔を見られないからキャンバスに描いて。
気がついたら・・・。公園で一人。絵を描いていた。似顔絵を。
通り過ぎていく人々・・・。
色々な『関わり』をキャンバスに込めて・・・。
私は一人描いていた・・・。
雪が降ってきた・・・。
寒くなったと思ったら・・・。
・・・寒いのは急ぎ足の人達か。
くじらの潮みたいに吹き上げていた公園の噴水も止まって・・・。
梅の木を見ながら散歩していた老夫婦も。
いつのまにかいなくなった。
誰もいなくなった・・・。
「さぶ・・・。そろそろ店じまいすっかなぁ・・・」
『似顔絵、風景画何でも承ります。あなたの幸せを描かせて下さい』
なーんて誰かの歌手の謳い文句。
小さな黒板に白のチョークで描かれた”店”の看板。
一年前程から中央公園の花時計の前で似顔絵描きを初めた。
一枚500円。
高いのか安いのか相場は分からないけど、若いカップルや親子連れが多い。
・・・多いと言っても『儲かる』なんてことは絶対にないけど。
日も暮れてきたし、もう誰も公園にはいない・・・。
スケッチブックや画材を終い始める水里。
その水里に長身の男が近づく・・・。
「あのすみません」
「ごめんなさい。もう店じまいなんです、明日ま・・・」
紺のハーフコートにブルーのマフラー。
竹ノ内豊張りの二枚目で落ち着いた物腰・・・。
水里は閉まった画材を素早くもう一度取り出す。
「あの、似顔でしたらそちらにお座り下さい・15分ほどでできあがりますから・・・」
「いえそうではなく・・・。貴方の絵を・・・いただけないでしょうか。すみません。突然ぶしつけな事をお願いしまして・・・」
「でも・・・。それは売り物じゃ・・・」
男は水里が描きかけていたスケッチブックを指さした。
この公園の絵だ。
「・・・。これですか?」
「はい・・・。えっ。でもそんなラフ画・・・」
「どうしても欲しいんです・・・。あなたがずっとこの公園を描いていらしたのをずっと知っています・・・。駄目でしょうか・・・?」
男の真剣な眼差しに水里はただ驚く一方・・・。
ただ・・・。
男の瞳が・・・。
果てしなく切なく見えて・・・。
「・・・分かりました・・・。こんなラよろしかったら・・・」
ビリビリッ。
水里はそのページを切り取った。
「あの・・・おいくらでしょうか?」
男は、コートから財布と取り出す。
「お金?お金なんて取れる分けないですよ。貰っていただけただけで光栄ですから・・・。落書きみたいな絵を・・・」
「落書きなんかじゃないですよ・・・。あなたの絵は・・・。『幸せ』が描かれている・・・」
男はなんとも愛おしげに水里の絵をそっと撫でる・・・。
(・・・)
水里は何だか堪らず、少し顔を赤らめる・・・。
「あの・・・。お金の代わりと言っては何ですが、一度うちのコーヒーを飲みに来て下さい・・・」
男はポケットからマッチ箱を取りだし、水里に渡す・・・。
水色のマッチ。『喫茶 四季の窓』
と書いてある。
「あ、あの・・・。これ・・・。あ、あれ!?」
男の姿はもう、見あたらず、呆然とする水里。
(何だったんだ・・・今の人・・・。やけに気障だったな・・・)
怪しいと言えば怪しいのだが。
でも何故か・・・気になる・・・。
”貴方の絵にはボクの『幸せ』が描かれているです・・・”
男に渡した絵は水彩で少し色づけしただけのラフ画。
冬の日の公園を描いただけなのに・・・。
あの絵に何があるのか・・・。
気になって仕方がなかった・・・。
それから一週間ほどして・・・。
夕方になって雪が降っていた・・・。
商店街の小さな画材屋。
『水色堂』
画材は 勿論、漫画専用の画材も扱っている。
筆、絵の具、キャンバス・・・。
商品を点検し、一人で水里が店じまいをしていた。
ポト・・・。
Gパンのポケットから落ちたのは水色のマッチ。
「・・・」
”貴方の絵にはボクの『幸せ』が描かれている・・・”
気障っぽい台詞だと思いつつ、自分の絵があの男に目に留まった理由がずっと気になっている。
(・・・近くまで行ってみるか・・・。あくまで住所の近くまで)
マッチの裏に住所が書いてあった。
駅前から歩いてもそう遠くはない。
住所の近くまで行く。住宅街の中に店はあった。
水色の屋根。
白い外壁。
店の入り口には冬なのにスミレ、パンジーの花が・・・。
(ここだけ春だな・・・)
店の小窓。菱形のステンドグラスで・・・。
中をちょこっと覗くと・・・。古めかしい蓄音機が見えた。
(うわぁ・・・レトロだなぁ・・・)
背伸びして中をうかがっていると、水里の背後に人影が。
「うちに何かご用ですか?」
「わッ!!」
驚いて振り向くとこの間の男が手に紙袋を持って立っていた。
「ああ、貴方は・・・」
「あ、あの・・・。ち、近くを通ったものですからちょっと・・・」
あまりの男の突然の登場に面食らってドギマギした。
「そうなんですか。あ、せっかくいらしたんですから是非、寄っていってください」
「いや、でも・・・」
「ご遠慮なさらずに、さぁさ・・・」
強引に引っ張られ、入店・・・。
カラン・・・ッ。
回転扉と通るとベルが鳴る。そして聞こえてきたのが・・・。
「あ・・・。ビートルズ・・・」
「あ、お詳しいのですね。さ、今、コーヒー入れますからお好きな場所に座っててください」
水里はカウンターに座った。
目の前に茶紫の食器棚・・・。
様々な絵柄のコーヒーカップが綺麗に整頓されている。
そしてふと壁に飾られている一枚の絵に気がつく。
(あれは・・・)
水里の絵だった。
スケッチブックの切れ端より綺麗なガラスの額の方が立派に見える。
「頂いた絵・・・飾らせて頂いてます。あ・・・そう言えば自己紹介もまだでしたよね。すみません。僕は藤原陽春と言います。ごらんの通り、小さな喫茶を営んでおります」
なんともさわやかな自己紹介に水里も背筋を伸ばして自己紹介。
「あ、え・・・えっと私は山野水里ともうします。し、しがない絵描きと画材屋を営んでます・・・」
「隣町にはよく買い出しに出るんです。あの山の風景画のお店ですよね」
「はは・・・」
(ならこの間そう言ってくれればいいのに。なんだかのんびりとした人だなぁ)
陽春はカップにゆっくりとコーヒーを注ぐ。
「先日は本当に突然の失礼申し訳在りませんでした。あの公園の絵がどうしても欲しくて・・・。貴方は覚えていらっしゃらないでしょうが、一度、似顔絵を描いて頂いた事があるんです・・・。妻の・・・。もう二年も前の話ですが」
「えっ・・・」
陽春の顔をじっと見つめる・・・。
そういえば・・・。
以前、あの公園に若い夫婦がよく散歩に来ていたっけ・・・。
夫の方は眼鏡をかけていた。
「あの・・・。もしかして眼鏡かけてましたか?」
「ええ。今はコンタクトですが・・・。どうやら思い出して頂けたようですね」
「はい・・・。桃のキャンディーとても美味しかったです」
長くふわっとした綺麗な髪だった。
同姓から見ても見とれるような美しい人だった。
水里が似顔絵の代金500円と、甘いキャンディーをくれた・・・。
笑って桃の味の・・・。
「あの、それで奥さんは・・・?」
「・・・亡くなりました。ちょうど2年前の今頃に・・・」
陽春は拭いていたコーヒーカップを静かにおいた。
「・・あ、す、すみません。私・・・」
「あ、こちらこそ余計な気を使わせてしまって・・・」
『貴方のこの絵には僕の幸せが・・・』
の意味が分かった気がする・・・。
あの公園には陽春と亡くなった妻の思い出が詰まっていて・・・。
とても幸せな思い出が・・・。
「あの、山野さん。図々しいのを承知でお願いしたいのですが貴方にうちのメニューのイラストを描いていただきたいのです」
「え?挿し絵?」
陽春はメニュー表を水里に見せた。
綺麗な字。手書きだ・・・。
「でもお店の大事なメニューに私の絵でなんて・・・」
「写真でも良いのですが・・・。できれば貴方淡い水彩画みたいな絵がいいなと・・・。やっぱり図々しいですよね・・・」
昔から、誉め言葉には滅法弱い水里。
ましてやこんな二枚目に言われたら・・・。
「いや、コーヒーとても美味しかったですし、私でよければお引き受け致します!」
「そうですか!ではよろしくお願いします!」
やはり煽てに弱い女・水里だった・・・。
画材店『水色堂』二階。
水里の住まい。
「あーあ・・・。なんであたし、安請け合いしてしまったんだぁ・・・。うう。この性格が恨めしい・・・」
ベットにゴロン寝転がる水里。
自分の絵を良く言って貰って嬉しかったのは事実だけど・・・。
だけど何だか気が重い。
誰かから物事を頼まれる・・・。
そんな、人との関わりは最近あまりしていなかった。
店を営んで、休みの日に似顔絵描き・・・。
そんな単調な日々。
他人と関わるといえば、休みの日の似顔絵描きだったけど・・・。
「・・・」
昔から・・・。
自分に近しい人間以外との関わりが苦手だった水里。
それでも生きていく上では全く関わりなしには生きていけない。
深くもなく浅くもなく・・・そんな適度の関わりを・・・常々思ってきた。
でも・・・。
水里は机の引き出しからピンクの包装紙で包まれたキャンディーを取り出した。
そう・・・。
陽春の妻の絵を描いたときにもらったもの・・・。
『大切にします。本当にありがとう・・・』
代金ともらったキャンディー。なんだか本当に嬉しそうに礼を言った陽春の妻の笑顔が焼き付いてもったいなくて食べられなかった。
「・・・。メニューか・・・」
色鉛筆を取り出す水里。
スケッチブックにホットケーキやフルーツパフェの絵をサラサラっと下書きしてみる・・・。
”あなたの絵には幸せがあります・・・”
あの一言が・・・。とても心に残っていた。
直接・・・。誰かと深く関わるのが怖い・・・。
でも自分の好きなことが役に立つなら・・・。
「たこやきそば 400円・・・?珍しいメニューだな。あのお店の雰囲気じゃない・・・。どんな料理だろ。まぁいいか」
その日、水里はメニュー全部の徹夜して下描きを描いた。
店の帳簿をつけるのも忘れて。
一生懸命に・・・。
それから、水里は何度か、陽春の所をメニューづくりの事で訊ねた。
やはり竹之内豊系二枚目だからして店の客は女性層が多い。OLや近所の若い主婦だったりで・・・。
そういった群衆が苦手な水里。
もっぱら、自分の店が終わってから夕方に寄っていた。
今日もメニューのデザインを持って陽春の店にやってきた水里。
とりあえず、後ろでポニーテールに束ねた髪を整える。
ビールがぶ飲みしますが、一応これでもおなごですから。
そっと回転ドア越しに中を覗く。
カウンターの席にひとり腰掛け俯き、何かを見ている・・・。
(・・・写真縦・・・?奥さんのかな・・・)
グラスにブランデーをそっと注ぎ一口飲む・・・。
(様になってるなぁ・・・。なんかドラマのワンシーンの様な)
水里、思い切りのぞき見である。
「雪・・・。メニューをね新しくかえようと思うんだ・・・。で、君の似顔絵を描いて貰った人がいただろ?あの人だ」
(あたしの事かな・・・)
水里は何故か緊張した。
「とてもいい人だよ。突然の僕の頼みを快く引き受けてくれて」
(・・・)
ちょっと照れくさい水里。
「あの似顔絵・・・。ホントに君の笑顔、よくかけていたね・・・」
(気に入ってもらえててよかった・・・。自信がなかったから・・・)
「ごめん・・・。あの似顔絵・・・。見られないんだ・・・。数少ない君の大切な笑顔だったのに・・・」
(・・・)
低く・・・。
優しい声が急に切ないトーンに変わった・・・。
「写真やあの似顔絵の君は笑っているのに・・・。2年も経ってるのに・・・僕の記憶の中の君は・・・。笑っていない・・・。君が笑ってこの店にいない・・・。僕の側に・・・いない・・・」
ドンッ・・・
カウンターに拳を打ち付ける陽春・・・。
穏やかな陽春からは想像できない姿に水里は・・・今日は・・・。
帰った方がいいと思った・・・。
水里は静かに店から離れようとした。
バサバサバサッ!
「あちゃ・・・っ」
メニューの挿し絵がスケッチブックの間から落ちて、地面にばらまいてしまった。
(早く拾わないと・・・)
陽春に見つからないようにと慌てて拾う水里。
さっと一枚誰かが拾った・・・。
「あ、ありがとうござ・・・」
「大丈夫ですか?」
(マ・・・マスター!)
陽春は拾った下描きを水里に手渡した。
「あ、あの・・・ありがとうございます。あの、まだしたがきなんですけど持ってきました・・・」
「そうですか。是非見せて下さい」
「は・・・はい・・・」
陽春はいつもの営業スマイルに戻っている・・・。
水里はなんとなく気持ちの置き場所に困った・・・。
カウンターに座った水里にカプチーノを入れる陽春。
「・・・あの・・・。山野さん・・・。もしかしてさっきの・・・見られちゃいましたか・・・?」
「え・・・。あ、い、いやその・・・っ」
言葉が途切れる水里。
「すみません。変な所お見せして・・・。それからせっかく描いていただいた絵・・・」
「い・・・いえ・・・。気にしないで下さい」
「妻が亡くなった頃にちょうとあの絵も消えてしまったんです・・・。妻の部屋の窓から風に吹かれて・・・」
「・・・」
非情に切ない空気に・・・。
水里は耐えられない・・・。
シリアスな人の大切な思い出の一片を無断で見ているようで・・・。
「・・・。あ、あの、絵の事は本当に気になさらないで下さい。あの・・・。その・・・っ」
頭の中何か陽春を励ますような言葉を必死に考えるが出ない・・・。
グー・・・。
言葉の代わりに「お腹がへったよ」という伝言が。
「・・・す、すいません・・・」
赤面する水里。
「ふふ。何かご注文なさいますか?」
「じゃ、じゃあたこやきそばで・・・」
「はい、かしこまりました!」
たこやきそばのソースの香りが食欲をそそる。
しかし、水里は何だか心に凝りを感じる・・・。
陽春が切ない心内を覗かせたというのに、自分は何も言えなかった・・・。
いや、『何かを言う』というのも烏滸がましいけれど・・・。
相手との心が少し近寄ると一瞬、に萎縮してしまう。
相手との関係が切羽詰まったってくるとどう接したらいいのか
どういう顔で話せばいいのか
分からなくなる。
気持ちがおどおどして
ビクビクして
混乱する・・・。
方向感覚を失った車みたいに・・・。
子供の頃、友達をつくるときには自分から『おはよう』とあいさつしましょう。
担任がそう言った。
でもどんな顔でいえばいいのか。鏡で練習した。
笑顔って・・・どんな顔?
あったかい笑顔ってどんな顔・・・?
一生懸命練習して次の日の朝、学校でみんなに言ってみた。
”おはよう・・・!”
クラスメート達は静まり返った。
『あ・・・なんだ山野さんいたんだ?』
返ってきたのはその一言だけ・・・。
”自分から進んで挨拶をしましょう”
先生・・・。難しいね・・・。
”おはよう”って一言がこんなに難しいよ・・・。
頑張って笑ってみたけど・・・。
難しいね・・・。
「う・・・」
風呂から上がり、ベットに横になっていたらいつの間にか眠ってしまっていた。
うたた寝。
小さかった頃の事を夢に見た。
少し・・・胸が痛む夢だった。
「・・・ふう・・・」
ため息をつく水里。
メニューの下描きも陽春は気に入ってくれたし、特に気に病むことはないはずなのに・・・。
あの切ない陽春の言葉が耳から離れない。
『僕の記憶の中の君は笑っていないんだ・・・』
亡くした妻の事を切なげに話そうとした陽春に自分は何も励ますような言葉が言えなかった。いや言わなかった。
でも。おこがましいかもしれないが何か少しでも陽春が笑って欲しいという気持ちを伝えたいと思うが・・・。
水里はどんな言葉がいいのかわからない。気持ちを言葉にするのは苦手だ・・・。
水里は鏡にむかってにこっと笑い「元気出して下さい・・・!」と言ってみた。
しかしすぐに鏡を伏せた。
「・・・。こんな顔じゃ元気どころが思いっきり引くよな。ハァ・・・」
一体なんだろう・・・。
今、陽春が一番望んでいるもの・・・。
”君を失ってからボクの記憶の中の君は笑っていないんだ”
「・・・」
陽春の『幸せ』は・・・。
希みは・・・
「そうか・・・!」
水里は起きあがり、スケッチブックを広げた。
そして目を閉じる・・・。
(思い出して・・・。マスターの奥さんの笑顔を・・・。2年前の笑顔を・・・)
”ありがとう・・・!本当に貴方の絵には人を幸せな気持ちにする気がするわ・・・”
そう言って笑って桃のキャンディーをくれた・・・。
甘酸っぱい・・・桃のキャンディー・・・。
「・・・うっし!!」
まるで一休んさんの如く、なかひらめいたように目を開けた。
「描くぞ〜!」
ガッツポーズで自分に気合いを入れる水里。
白いスケッチブックの上を黒コンテがスピーディーに走る。
『私の将来の夢は、人が笑顔になる様な絵を描くこと』
小学校の卒業文集にそうかいた。
今でも小学校の夢を果たそうとかそんな義務感なんてないけど・・・。
自惚れかもしれないけど自分の好きなことで誰かが笑ってくれたら・・・。
そんな嬉しいことはないから・・・。
だから似顔絵描きを続けている。これからも続けていこうと思っている。
「できた・・・!」
2年前の記憶を元にかいた似顔絵だ。
あまり似てないかもしれないが・・・。自分の中の陽春の妻・雪の笑顔は温かだった事を・・・。
伝えられたら・・・。
(・・・。マスター。なんか照れくさいのでこれで帰ります。見てくれるといいな・・・)
水里はちょっと緊張しながら喫茶店の前にある郵便受けにできあがったメニューの挿し絵とそしてもう一枚・・・。
封筒に入れ投函して帰っていった・・・。
コトン・・・ッ。
郵便受けの音に気づいた陽春。
「こんな時間に郵便・・・?」
不思議そうに感じながら郵便受けを開けると大きな封筒がとメモが。
『マスターへ。メニューの挿し絵、完全版が出来ましたので見て下さい。何かまだ気がついた点がありましたらまた、何なりと・・・。 山野水里』
「なんだ、山野さん来たんなら寄っていけばいいのに・・・」
店の中で封筒の中身を取りだし、挿し絵を一枚一枚眺める陽春。
「絵描きは趣味って言ったけどやっぱり上手いな・・・。趣味でなんかもったいな・・・」
一枚の絵に陽春の手が止まった・・・。
「・・・ゆ・・・雪・・・」
その絵は・・・。まさしく自分の妻の絵・・・。
雪の部屋の窓から、風の中に消えてあの絵だった・・・。
「どうして・・・」
絵の裏に何か小さいメッセージが・・・。
『2年前のあの日の雪さんは・・・。私の記憶の中でもずっと笑っています・・・。桃のキャンディーの香りと共に・・・』
水里の絵の中の雪・・・。
自分のそばでいつもわらっていてくれた雪そのものだ・・・。
”陽春・・・。哀しい顔をしないで・・・。私・・・。笑う貴方が好きだから・・・”
そう言ってくれている気がした・・・。
「山野さん・・・。ありがとう・・・」
深く・・・心和んだ微笑みを浮かべる陽春だった・・・。
一方。水里は・・・。
「は・・・はっくしゅんっ・・・。はくしゅんっ・・・。花粉症かな・・・。くしゅんっっ」
くしゃみがが止まらない水里。
今夜の夜空には・・・優しい星が満天に光っていた・・・。