紙袋を持った陽春とご対面・・・。
「ま、マスター・・・」
「水里さん」
自分の現在の姿に水里を見られてしまい、固まっている・・・。
(神様。なにもこんなかっこうの時に・・・(涙))
「あれ?水里さんのお知り合いなんですか?」
「え・・・ええ。うん。あの私がよくコーヒーのみに行ってる喫茶店のマスターさん」
「藤原陽春といいます。水里さんには日ごろからお世話になっています。よろしく」
「ここの保母をしています。清澄かごめといいます。私も水里さんにはお世話になっています。よろしく」
陽春とかごめ。美男美女。なんともやわらかい、ほのぼの〜とした同じオーラを辺りを包む・・・。
片や水里は給食当番姿・・・。
(・・・。神様の意地悪・・・)
「と、ところでかごめ先生。どうしマスターと?」
「私、実はお財布忘れちゃって・・・。スーパーで困っていたら藤原さんに助けてもらって。それでお金を返したくてここまでご足労」
「でもまさか水里さんに会うなんて。びっくりしました」
「はは・・・。そうですね・・・」
水里の方はびっくりというよりタイミングが悪いと心底思った。
パタパタパタ・・・。
小さなスリッパの音がする。
玄関に突進してくる足音の主は・・・・
「太陽!」
走ってきた太陽は陽春の膝にコアラのようにしがみついた。
「やぁ!太陽君。久しぶり。元気だったかい?」
”元気だとも!”というようにVサイン。
太陽は何かを食べる仕草をして、くいくいっと陽春のジャケットをひっぱり、中へ招こうとしている。
「太陽。あんたもしかしてマスターも夕食一緒がいいの?」
太陽はにこっと笑った。
「あ・・・。でも太陽君。君のお招きは嬉しいけれどそれは申し訳ない」
「マスター。是非そうしてください。マスターさえよければですけど・・・」
「でもやっぱり申し訳ない。突然伺ったのに夕食なんて・・・。太陽君に会えただけでお腹いっぱいです。じゃあ、水里さん失礼します」
陽春が玄関を出て行こうすると・・・。
陽春の足にくっついて離れない太陽・・・。
「こらッ。太陽。離れなさい!」
太陽は顔ぶんぶん横に振って更に太陽は陽春のジャケットをがしっと離さない。
水里が太陽を引っ張り、太陽は陽春のジャケットをひっぱり・・・。
なんだかまるで童話の”おおきなかぶ”のよう・・・。
その光景が滑稽でかごめはくすっと笑う。
「まいったな。どうやら僕の負けのよう。じゃあ・・・。太陽君のお招きに預かってもいいいかな?」
太陽、満面のVサイン。
「マスター・・・。すみません・・・」
「いえ。あっと、太陽くんちょっとまってくれ」
太陽は陽春の手をぐいぐいひっぱり食堂へ・・・。
食堂へ行くと陽春は子供達に一斉にわっと囲まれる。
長身の陽春を子供達は見上げる。
「こんばんは。突然の訪問で申し訳ないです。僕は太陽君の友達の陽春といいます。よろしく」
にっこりいつもの陽春スマイルは女の子達の頬を赤らめさせる。
「オレ、勝。あんた、顔がいいからっていい気になってんじゃねぇよ。水里ねーちゃんの男か?ねーちゃんとはどこまで・・・モガッ」
勝の質問を水里は口を塞いでシャットアウト。
「す、すいません。マスター。失礼なこといって・・・」
陽春は苦笑い・・・。
「勝君だっけ?君はいくつ?」
「8歳。小3」
「そうか。ふふ・・・」
陽春は勝をひょいっ抱き上げて肩車した。
「わッ。お、おろせよッ」
「これが僕の挨拶なんだ。勝くん、よろしく」
「・・・」
まっすぐな陽春の挨拶に勝も少し照れくさそうで・・・。
「勝、ずるい。次私ッ」
いつのまにか陽春の肩車が人気になって順番待ちする子供達の列ができた。
「ほらほら。もう夕食だから席についてー!」
カレーの香りがお腹をすかせきった子供達を席に着かせる。
陽春は太陽の隣。そして太陽の隣には水里が。太陽が二人をこのようにセッティングした。
嬉しそうにスプーンを持って踊っている。
そしてみんなで・・・。
「いっだきまーす!」
一斉に食べ始める子供達。育ち盛りが多いからすぐにおかわりコールだ。
「太陽君、とっても美味しいね」
太陽は深く頷く。
よほど、陽春と一緒に食事が嬉しいのかいつもよりばくばく食べる
「マスター。本当にご無理を言ってすみません・・・」
「いえ。そんな。嬉しいです。やっぱりみんなで食べる食事はいいですね。食欲も沸きます」
「そうですか?そういってもらえると助かりますが・・・」
その時、テーブル一つ向こうの勝達わんぱく小僧がまたも喧嘩をはじめた。
取っ組み合いの喧嘩になっている。
「しょうがないなぁ・・・。あ、マスターすいません、ちょっと私、見てきます」
水里は喧嘩仲裁のため席をはずした。
喧嘩の原因はカレールーが食べるとき飛び散ったことでの喧嘩。
水里は二人の中に割って入って一人一人の言い分を聞く。
そして二人ともお互いに謝れと促した。
「水里ねーちゃん!ねーちゃんはどっちの味方なんだ!」
真剣に怒っている勝達は水里に涙いっぱいに訴える。
「あたしはどっちの味方でもない。カレーの味方だ!」
「・・・へ?」
勝、きょとんとした顔。
「あたしはカレーの味方。美味しいカレーを台無しにして!あたしが丹精込めて作ったカレーをこぼすんじゃないの。わかったね?でないと春巻きの刑だッ」
水里は割烹着で勝達を頭からくるんで身動きを止める。
「わー。わかった。わかったから離せってばー」
これぞ、水里の秘儀、”割烹着、春巻きの術”。喧嘩をこうしておさめるのだ。
「あー。勝が、水里ねーちゃんにくわれたー。ふははッ」
食堂に子供達の笑い声が絶えない。
水里と子供達の様子を見つめる陽春。
その陽春にかごめがお水を持ってきた。
「あ・・・。すみません・・・。それにしてもみんな元気いっぱいですね・・・。本当に・・・」
「ええ・・・。シスター・・・。ここの園長が今入院していて・・・。只でさえ色々な問題を抱えた子供達です。気持ちが不安定な子もいるのにシスターがいないと余計に敏感になって・・・。水里さんが手伝ってくれて本当に助かっています。」
「そうですね。水里さんはいつも元気いっぱいだから。僕も元気もらっています」
太陽は陽春のジャケットをくいっとひっぱった。
「ん?なんだい?太陽君」
太陽は小さな人差し指で自分を指差した。
”僕も・・・もらってるよ!”
と。
「そうか。そうだね・・・」
子供達が笑う。
カレーも美味しいけれど、
みんなで笑い合えるこんな時間が一番おいしい。
一番、嬉しい・・・。
ジリリリリ!
食堂の黒電話が鳴る。
水里が出た。
「はい。もしもしあかね学園ですが・・・」
電話はシスターから・・・。
「え!?シスター、明後日退院決まったんですか!」
嬉しい知らせに食堂の子供達は一斉にやったー!と拍手。
「はい・・・。はい・・・。わかりました。じゃあシスター。明後日待っていますね!みんなも!」
水里は受話器を子供達に向けた。
「シスター!早く帰ってきてねーーー!」
子供達は元気よく、受話器の向こうのシスターに言った。
「と。このようにみんな元気です。シスター。明後日、待ってます!」
チン・・・。
水里が受話器を置くと、子供達は水里に群がる。
「水里ねーちゃん、ホントだな?シスター帰ってくるんだな?」
「うん。だからそれまでいい子にしてなさいってさ。わかったね!みんな!」
「ハーイ!!」
嬉しそうに手を上げる子供達・・・。
更に。嬉しいことは続く。
水里はチラッとカレンダーを見た。
「あ・・・。そういえば明後日って・・・。シスターの誕生日だった・・・!じゃあ、退院祝いと誕生祝しなくちゃね・・・。ねぇ、みんな。それに賛成の人手をあげてー♪」
子供達は一層嬉しそうにみんな手をあげる。中には嬉しすぎて両手をあげる子も。
「そうとなれば、飾りとか色々準備せねば。では食事を早く終わらせて準備にかかるぞ。皆の者ッ」
「オー!」
食事が終わり、食堂で子供達はシスターの誕生日&退院お祝いのための飾り作りをはじめた。
女の子達は折り紙で鎖、花を作り、男の子達は『シスターお帰りなさい』という大弾幕。白い布に、手に塗った絵の具でぺたぺたとあとをつけて。
「太陽君は黄色が好きなんだね。僕も好きな色だよ」
ぺったん。
細く大きい手の平の跡と、太陽のちっちゃい楓のような手の平のあとがならんでついた。
太陽はいたく気にいったのか、女の子のグループで鎖を作っていた水里を呼んで来て手の平に黄色の絵の具を塗り始めた。
「た、太陽。人の手を勝手に・・・」
お構いなしに太陽は水里の右手首を両手でもって、ぺったん。
太陽の手の跡を挟んでみっつ、黄色い手がならんだ・・・。
「マスターすいません。これにまで付き合ってもらって・・・」
「いえいえ・・・。僕もすごく楽しいです。久しぶりで。こんなに子供達に囲まれるのは・・・」
「久しぶり・・・?」
「病院に勤めていた頃・・・。小児病棟で子供達とこうしていろんなものを作ったり遊んだりしていました。本業を忘れるくらいに(笑)」
「へぇ・・・。だからかな。マスター子供達と打ち解けるのがすごく慣れてる気がしました・・・」
きっと今と変わらない優しい眼差しを子供達に向けていたのだろう・・・。
白衣を着た陽春・・・。
「病を抱えた子供達にとって病院での色々なイベントは本当に大切なんです。病気に打つ勝つ元気をくれる・・・。それも一つの『医療』だと今でも思っています・・・ってなんか余計な話になりましたね。こんな昔の話・・・」
「その『医療』ならマスターいまでもやってるじゃないですか」
「え?」
「だってほら・・・。もうひとつの”医療”って人に元気にすること・・・。『四季の窓』に来る私やお客さんはマスターのコーヒーで元気、いっぱいもらってますから。ね♪」
赤色の絵の具を頬についたまま笑う水里・・・。
まるで・・・。
”赤鼻の水里”
「ぷッ・・・」
「・・・?なんで笑うんです?」
「いや・・・。何でも・・・。ぷぷ・・・ッ」
陽春、”赤鼻の水里”がかなりツボにはまったらしい。
「なんかわかんないけど・・・。マスターが楽しいならそれでいいです」
「でも水里さん。そのままって訳にはいかないですよ。ちょっと動かないで」
ふわッ。
(え・・・)
陽春はジャケットからハンカチで水里の鼻をふわっと拭いた。
「これでよし。ずっとつけられたままだと僕の笑いが止まりませんから。ふふ・・・」
「・・・(照)」
前からそうだが陽春は時々、不意打ちで照れるようなことを平気するので水里の心臓はかなり驚く。
「あ。なんだ。太陽君もか。やっぱり似たもの同士だなぁ。ふふ・・・」
太陽も水里同じ鼻に赤い絵の具。
ハンカチで陽春に拭いてもらい、嬉しそうだ。
「・・・。あ、太陽も・・・ですか。はは・・・」
何だかちょっと複雑な水里。
(でも・・・。よかった。マスター、本当に楽しそうで・・・)
いつか見た陽春の切ない顔・・・。
少しでも笑ってくれたことが嬉しい水里だった・・・。
そして二日後。
学園の前にタクシーが止まり、シスターが下りた・・・。
子供達は玄関で全員シスターを待っていた。
白い布の横断幕を持って・・・。
「せーの!」
くるくるっと横断幕を広げる。
「みんな・・・。ただいま」
「シスター!!おかえりなさいなさい!」
子供達みんなの手跡がついた横断幕・・・。
小さいのから大きいの・・・。いっぱいある・・・。
シスターにはどの手がどの子か一目見て分かった・・・。
「ふふ・・・。この小指が太いのは勝ね・・・。このちっちゃいのは太陽・・・。あらこの大きな男の人の手形は・・・」
玄関の向こうに若い背の高い陽春の姿が・・・。
シスターはにこりとわらって会釈した。
「ねーね。シスター。早くこっちに来て!」
子供達がシスターの両手をひっぱり、食堂に連れて行く。
パアンッ!
「きゃあッ!」
クラッカーでの出迎えにシスターは驚く。
「シスター!お誕生日おめでとう!!」
「水里・・・これは・・・」
「やだな。シスター。自分の誕生日も忘れたの?還暦、おめでとうございます」
赤いちゃんちゃんこをシスターに着せる水里。
「シスター。子供達がね、お小遣いを出し合ってこのちゃんちゃんこ買ったんだ」
「みんなが・・・」
子供達がちゃんちゃんこを着たシスターを嬉しそうに見つめる。
「シスター。お誕生日、おめでとう、おめでとう・・・!」
「みんな・・・」
澄んできらきらした瞳が自分の誕生を祝ってくれている・・・。
シスターは少し涙を潤ませた。
「あらら。還暦を迎えたとたんに涙もろくなったのかな?年のせい?」
水里が肘でつつく。
「何を馬鹿な。私は世間ではまだ40代でも通用するわよ」
「ふふっ。シスターの毒舌も健在。元気な証拠だね。さ、じゃあ、今日のメインイベントです」
調理室からろうそくの火がともったケーキを太陽がゆっくりと運ぶ。
後ろには太陽が転ばないようにと陽春が支えて・・・。
太陽はテーブルの真ん中にケーキをちゃんとお運びした。
そして陽春がライターでろうそくに火を灯す・・・。
「シスター。ご紹介遅れました。藤原陽春といいます。今日はシスターの退院、お誕生日のお祝いに招かれ参加させていただいてます」
「あなたのことは水里から聞いています。太陽がお世話になって・・・。今日はわざわざありがとうございます」
「いえ。僕のほうこそ。水里さんや太陽君のおかげで子供たちとも仲良くなれてとても嬉しく思っています」
挨拶も紳士的な陽春。
年頃の女の子達は憧れの眼差し・・・。
「陽春兄ちゃんの挨拶は終わったし、さぁ、シスター。火を消して!」
シスターはテーブルの真ん中に座り、ケーキをじっと眺める・・・。
毎月、毎月・・・。
子供達のために自分がケーキを作ってきた・・・。
そして今日は子供達が自分のために・・・。
初めてだ。
嬉しくて何だか・・・。
(火を消すのがもったいないわ・・・。ずっと眺めていたい・・・)
しかし、子供達は火が消えるのを今か今かとじっとみつめている。
「ふふ。そういうわけにもいかないか・・・。では・・・」
フウッ・・・。
「シスター、退院&お誕生日おめでとう!」
火が消えるといっせいに子供達の拍手が。
「ありがとう。みんな。本当にありがとう・・・」
ハッピーバースディ
パッピーバ−スディー・・・。
大切な人へ・・・。
みんなに伝えたいパッピーバースディー・・・。