大きなおやま、ちいさなおやま、それぞれスコップを手に創作中。
しかし太陽はスコップを片手に、視線は足元の砂ではなく空。
飛行機がいつくるか待っているのだ。
そんな太陽の耳に他の子供達の会話がはいってきた。
「僕、この間、自分でバスに乗って親戚の家までいったんだ」
「へぇ。すごいなぁ。僕さ、まだちょっと一人じゃこわいんだ。じゃあまさと君、もう大人だね」
「そうかなぁ。でも僕、これからバスに一人で乗ってどこでも行きたいんだ。大人だもん、ボク」
そう自慢げにいう少年の話をじっと聞いていた太陽・・・。
自分も何かを決意したように胸をポン!と叩いたのだった・・・。
そしてその週末。恒例の太陽の「水里宅お泊りの日」。
太陽はあることを言い出してシスターを困らせていた。
「え?太陽が一人でこっちまで来たいって!?」
シスターからの電話。
太陽はバスに一人で乗り、水里宅まで自分で来たいと言う。
「太陽は誰かさんによくにて頑固で頑固で。絶対に自分で行くって聞かないのよ」
「でもシスター・・・。一人って言うのはやっぱり心配・・・」
(誰かさんって・・・(汗))
「ええ。だからせめて、バスだけ一人で乗らせて、バス停で水里が待っている・・・というのはどうかしら?」
受話器の向こうの太陽。シスターの足元でうんうんとうなずいている。
どうやら太陽はバスに一人で乗ることにこだわっているらしい。
「・・・。わかりました。太陽も男だ。頑張って、うちまでおいで!」
受話器から聞こえてくる水里の声にエイエイオーと拳を上げていたのだった・・・。
そして日曜日。
教会の近くのバス停までシスターが見送る。
お気に入りのポケモンの黄色いリュックを背負い、ウルトラマンの帽子をかぶった太陽。
ちょっと今日は念入りにおしゃれしてみました。
「いい?太陽、バスに乗ったら『高見町』って所で降りるのよ。ちゃんとバスのアナウンスがあるからね。降りるときはここからお金をだすの」
そういいながら、シスターは太陽の首に透明のケースをぶら下げた。
太陽は”大丈夫、まかせてくれ!”といわんばかりに親指をたてた。
「自信満々なのはいいけど・・・。やっぱり心配だわねぇ・・・」
バスが来た。
プシュー・・・。ドアが開き、太陽が一人で乗る。
「いい?ちゃんと『高見町』で降りるのよ?バス停には水里がまっているから・・・」
太陽は自信満々にVサイン。
バタン・・・。
ドアが閉まり、バスが走り出した。
「太陽・・・。ああ、でもやっぱり心配だわ・・・」
心配げにバスを見送るシスター。
一方、生まれて初めて一人でバスに乗車している太陽は・・・。
窓際の席を確保する。客はまばらでどこに座ってもいいのだが太陽には間その外の車が良く見える好位置が自分なりにあるらしい。
太陽は自分の位置を陣取り、背筋をピンと伸ばして座る。
今日は太陽は一日だけ大人のつもりだ。しかしまだ身長がちっちゃい太陽は座ったら前の座席の背もたれで前が見えないから少しでも見えるように背伸びする。
それから太陽はお金をポケモンのおさいふから出す。
バス代分だけ丁度はいっているのでそれをぎゅっと握り締める。いつでも降りられる体制をととのえる太陽だ。
そして5分ほど経って・・・。
チャリリリーン。
太陽の足元に10円玉一つ転がった。
「・・・?」
太陽は席を立ちしゃがんで、10円玉を拾う。
「・・・!」
目の前に。くりくりおめめが動いた。クリーム色の大きな犬とご対面。
その犬はちょこん顔を床につけおとなしくじっとしている・・・。
太陽は可愛いなぁと思い一瞬なでようとしたがやめた。この犬は
『もうどうけん』
だから。
幼稚園の紙芝居で盲導犬のことをやっていたのを思い出したからだ。
もうどうけんは目の見えない人の代わりに目になる大切なお仕事をする犬。だからむやみにさわっちゃいけないと紙芝居で習ったのだ。
「あらやだ・・・。10円玉どこかしら」
ちょっとくもったメガネをかけたおばあさんが手探りで床を探している。
太陽はすばやくおばあさんの手の平にそっと10円玉を握らせてあげた。
「あ・・・。ありがとうございます。たすかりましたわ」
おばあさんは太陽の手がやけに小さいなと感じた。
「もしかして・・・。拾ってくれたのは小さな子かな・・・?」
”そうだよ”
と言わんばかりに太陽はおばあさんの手を握った。
「まぁ・・・。それはありがとう。ねぇよかったら私の横に座る?」
太陽はコクンとうなずいておばあさんの横に座った。
「拾ってくれてありがとう。ねぇ貴方のお名前は?」
「・・・」
太陽はやっぱり初対面の人はまだ怖い。もじもじっとしてうまく自分の名前がいえない。
だから太陽はおばあさんのしわだらけだけどあったかい手の平に小さな人差し指で『ボク、たいよう。』
と覚えたてのひらがなで書いた。
「そう。太陽君っていうの。素敵な名前ね」
太陽は嬉しい。名前を誉められるのが一番嬉しいのだ。
”ボク、だれかとおしゃべりがちょっとだけへたっぴ。だからうまくおはなしできないのでごめんなさい”
そう書いて、ぺこりと頭をさげた。
「いいのよ。気にしないで。こうして太陽君のちっちゃなおててとお話できて、私、とっても嬉しいわ。私、このほうがあったかくて好きよ」
”ボクもすき”と太陽は書いた。
それから太陽とおばあさんは手と手でお話を始めた。
「まぁ。じゃあ太陽君、一人でバスに?かっこいいわ」
”でも。おばあちゃんのもうひとつのおめめはもっとかっこいい”
「もうひとつのおめめ・・・?ああ、ポープ(盲導犬の名前)のことね。そうね。ホープはなかなかのハンサム君なの。でも太陽君も負けないくらいにかっこいい男の子よ」
太陽はちょっと照れて頭をぽりっとかいた。
”ねぇ。どうしてホープっていうの?”
太陽の質問におばあさんはこう応えた。
「ホープっていうのはね、英語で『希望』っていう意味なの。ホープは私の希望そのもの・・・。とっても大切な希望なの」
そういったときのおばあさんのお顔。とっても優しげに愛しげにホープを見つめている・・・。
”ホープをみてるおばあちゃんのおかお、いま、とってもやさしくてきれい”
「まぁ・・・。太陽君ったら。うふふふ・・・。ありがとう。太陽君、きっと太陽君のお顔もやさしいお顔なのでしょうね・・・」
おばあさんは太陽のぷくぷくのほっぺをそっと触った。
「うふふ。おもちみたい・・・。目も鼻もくっきりしているし・・・きっとハンサム君なのね」
”うん。キムタクににてるって”
「まぁ・・・。フフフ・・・」
それからもう少し太陽とおばあさんはいっぱいお話をした。
手と手でお話・・・。
『柳町〜次は柳町です』
「あら。そろそろ降りなくちゃ」
おばあさんは『降ります』のブザーを押した。
「じゃあね。太陽君。沢山お話ができてとっても楽しかったわ。あそうだ。」
おばあさんはごそごそと手さげの中から一個、みかんをとりだした。
「これ、とっても甘いから食べてね。じゃあね太陽君」
プシュー・・・。
バスを降りたおばあさん。窓を覗く太陽にずっと手を振ってくれていた・・・。
甘いみかんの匂い。太陽はとってもおいしそうでもったいないので水里にもわけてあげようとポケットにそっとしまった。
そろそろ『高見町』につく頃か・・・。次の次だ。
太陽はバス停の名前と順番をしっかり覚えている。乗り物博士をめざしている太陽にとってはそのくらい覚えておかねば。
太陽は握り締めたバス代を数える。ひぃふぅみぃ・・・。茶色のお金、3つと100円玉がよっつ、ちゃんと数える。
よし。ちゃんとある。
太陽がお金を数え終わったとき、急にバスが止まった。
「ええ、お客様にお知らせいたします。この先の信号で事故による交通渋滞となっております。定刻時間より10分程遅れますのでご了承くださいませ・・・」
バスの運転手のアナウンス。
乗客は少ないというものの、皆渋った顔をした。
「おうッ!!いい加減にしてくれやッ!大事な会議があるんだよ。冗談じゃねぇ」
一人のスーツをきたサラリーマン風の男が運転手のそばまで行って怒鳴った。
「お客さん、仕方ないでしょう。急な渋滞で・・・」
「んなこと知るか。こっちはな会社の首かかった会議なんだよ!くそ!走ったほうが早い。いいからここで降ろせ!」
「そ、そんな無茶苦茶な・・・。ここは道路の真ん中ですよ。無理です」
「うるせー!おろせっつってんだ!」
運転手にかみつく男。
くいくい。
誰かが男のスーツをひっぱった。
「ん・・・?なんだぁ坊主?」
太陽は人差し指を『シー・・・』っと口に当てた。
「ガキはひっこんでろ。ん?何だよ」
太陽は後ろの方の席を指差した。
そこには・・・。
お母さんの腕で眠る赤ちゃんの姿が・・・。
なんともすやすや眠っている。
「・・・。だから静かにしろってのか?」
太陽は深くうなずく。
そして男の手におばあちゃんからもらったみかんをそっと乗せた。
「なんだよ。くれるってのか?」
太陽は”うん!”と頷いた。
「・・・」
男はみかんをじっと見つめた。
甘い香り・・・。気が立っていた男だけど少し落ち着く・・・。
「・・・。ふん・・・。しかたねぇな・・・。もらっといてやるよ」
男は太陽の頭をくしゃっとして座っていた席に戻った・・・。
せっかくおばあさんからもらったみかん。太陽は申し訳なくなって心の中でなんどもおばあさん、ごめんなさいとあやまった・・・。
「ぼうや。ありがとうね」
運転手が帽子を脱いで太陽にお礼を言ってくれた。
太陽はさっと運転手に手をあてて敬礼ッ。
運転手さんはにこにこして笑ってくれたのだった・・・。
そしてそのうち渋滞もなくなり・・・。
『高見町〜。次は高見町です』
バスのアナウンス。
太陽はうんせ、と手を伸ばしてブザーのボタンを押した。
バスはゆっくりと高見町のバス停に停車する。
「おお。ぼうや。高見町でおりるのかい?」
太陽は頷く。
そして太陽はお金を代金箱にちゃりんっとずっと握り締めていたお金をちょっとだけ背伸びして入れた。
「はい。毎度ありがとうございました。ぼうや。またね!」
太陽はぺこっと一礼した。
プシュー・・・。
バスのドアが開き、ちょっと急な階段を下りると・・・。
「太陽!!」
両手を広げて水里が待っていた。
太陽は嬉しくなって思いっきりダイブして水里に抱きつく。
「よく一人でこられたね〜!偉い!よく頑張ったぞ!太陽!」
自信満々にピース。太陽君。
「よおし!太陽、今日はお祝いしよう♪から揚げ+餃子もつけちゃうぞ!」
パチパチパチ。
太陽の大好物フルコースで思わず拍手。
水里も太陽の成長を感じられてとても嬉しい・・・。
曇っていた梅雨空。重たい雲がいつの間にか消えて青空が顔を覗かせる・・・。
夏はもうすぐそこに・・・。