デッサン
scene9 あなた色を見つめて
中編
”ねぇ。”筆”で話しようよ!”
今度は水里がめぐみに向かって言った・・・。
「あらまぁ〜。たかし君。ズボンに立派な”地図”書いたねぇ」
水里はたかしの目線まで腰をおろし、頭をなでた。
「私、日本地図なら片手でかけるよ。たかしくん、日本ってどんな
カタチか知ってる?」
「うん、知ってるよ」
たかしはにこにこ笑い合う。
”あれ、誰だっけ・・・?”
”ほら、『居眠りの山村』っていつもぼけっとしてた奴だよ”
”ああ。そういえば・・・。全然変わってない。一瞬どこの中学生かと思ったよ”
”それにしても・・・くせぇな・・・。あのガキなんとかしろよ”
ひそひそ。
ぼそぼそ・・・。
小声で言っても全て聞こえている。
水里はたかしをひょいっと抱き上げ、めぐみの手をぐいっとひっぱって立たせた。
「出よう。めぐみ。どーもここの料理は口にあわない。下世話な噂話声が
うるさくてまずくて・・・」
わざとらしく周囲に聞こえるように言う水里・・・。
でも本当にまずい。
皆、お互いの欠けている部品を見つけてるみたいに
探りあいをして・・・。
「じゃ、皆さん、そういうことですので、お先にしつれいしますー!」
「み、水里・・・」
笑って手を振って
水里はめぐみとたかしを会場から連れて出たのだった・・・。
水里たちはホテルから少し歩いて、公園に来た。
ベンチに座る水里たち。
異様にでかいバックが水里は気になった。
まるで旅行にでもいくような・・・。
「ねぇママ、ブランコ乗ってきてもいい?」
「いいよ。気をつけてね」
「はーい」
新しいズボンに着替えたたかし。機嫌もなおり元気にブランコに走っていった・・・。
背中の赤ちゃんはさっき、ミルクを飲ませてめぐみの腕の中でお休み中・・・。
「ふふ・・・。よく眠ってるね。その子の名前は?」
「・・・水穂」
「水穂ちゃんかぁ。可愛い名だね。フフ・・・」
ぷくぷくのほっぺ。
水里は人差し指で静かにつついた。
「それに、たかしくんもいい子だね。元気で・・・」
「・・・。何よ・・・。一体何なの・・・」
「え・・・」
めぐみの声が強張っている。
「同級生達の前で、惨めな姿さらした私に助け舟だしたつもり!?
正義の味方でも気取ってるの!?」
「・・・」
「水里も本当は笑ってるんでしょ!他の皆は綺麗な格好、それぞれ
順風満帆な人生で・・・。私は髪もみだれて息子のおしっこのにおいに包まれて
惨めだって!!」
「・・・」
感情をおさえられないめぐみ。
あの同級生達の小声の低い見下すような笑い声が
背中に突き刺さって・・・。
「どうせ私なんか・・・ワタ・・・。んぐッ・・・!?」
水里は、めぐみの口に筒状のフ菓子を銜えさせた。
「コレ・・・。あの”琴音おばあちゃん”の駄菓子屋のふ菓子。
めぐみと食べようと思って買ってきたんだ・・・」
「・・・」
めぐみは一口食べる。
興奮しためぐみの気持ちを黒砂糖でほんのり甘いサクサクした食感
が和ませる・・・。
なんだか・・・。
思い出す。
放課後、美術部でこっそり二人で食べていたことを・・・。
一口、二口、三口・・・。
あの頃の味と楽しかった気持ちが蘇ってくる・・・。
「・・・。この味・・・。変わってない・・・。おいしい・・・」
「うん」
「変わってない・・・」
「うん・・・」
絵を描くことが楽しくて。
絵の具の匂いとフ菓子の甘い匂い。
毎日が本当に楽しかったのに・・・。
「ねぇ・・・。私・・・。変わったよね・・・。変わりすぎたでしょ・・・」
「・・・ううん・・・。変わってないよ。今もとっても横顔が綺麗だ」
水里は真顔で言った。
かなり、マジ。
「・・・。ぷ・・・。ふふふ・・・ッ」
「え・・・?私、ナンか、変・・・?」
「変だよ。ククク・・・。真顔で女に”横顔が綺麗”だなんて・・・ッ。ふふ」
「だって。本当に綺麗だってば・・・ッ」
いたって水里はただ素直に率直に思ったことを述べただけだが。
なんでめぐみが笑っているのかピンとこない。
「フフフ・・・ッ。マジ顔・・・ッ。なんかマンボウみたい」
「まッ・・・。マンボウ・・・って・・・!」
ぽっかりまあるい口。
確かに見える。
「マンボウはひどいんじゃない?せめて、いるかとかもっと
可愛い奴にしてほしいもんですな。ふむ・・・」
そのぽっかりまあるい口にフ菓子をほおばる水里。
更にマンボウに見えてくる。
「ふははっは・・・」
腹をかかえて笑うめぐみ・・・。
自分はこんなに大声だったのかとはじめて気がつくくらいに
笑った。
本当に久しぶりに・・・。
そして固かった心の紐。
ゆっくりと解けて・・・、
そのうち、ぽつりぽつりとめぐみは今の自分の気持ちを話始めた・・・。
二十歳で結婚し、相手の家に嫁いだ。
相手の家は農家で夫が仕事を継ぎ、
めぐみも当然手伝わなければならくて・・・。
”嫁いだならその家にあわせていくのが当然”
そんなふるい思考の姑問題も抱え、さらに
子供を2人産んで、毎日が戦争だった・・・。
「・・・。好きあって結婚したのに。今じゃあ、一日に一回は
結婚したこと、後悔してる自分がいるの・・・。そんな自分が嫌になって・・・」
「・・・」
そして。
「私・・・。家、出てきちゃった・・・」
「え・・・」
水里はだた黙って聞いている。
「本当はたかしも置いてくるつもりだった・・・。だって・・・頭の中でもやもやが
堂々巡りして・・・。イライラが口から飛び出すの・・・。
それも・・・。たかしに向かって・・・」
”たかし!にんじんのこしちゃ
だめでしょ!もういっかい、ほっぺビンタするよ!”
気がつくとたかしに手を振りかざしている自分。
鏡に映った自分の顔はまるで、昔話に出てくる
意地悪ばあさん以上に怖い顔・・・。
「たかしはだただまぁって私のこと見てる・・・。だただまぁって・・・。
私・・・。たかしの顔見てたらもう限界で・・・。自分のこの右手、包丁で切ってやろうかと
思ったこともあるの・・・。駄目・・・。もう限界・・・。もう・・・」
ポタ・・・っと・・・。
フ菓子に雫が染みた・・・。
「・・・。めぐみ・・・。あの・・・。私・・・。うまくいえないけど・・・。
何もできないけど・・・。大丈夫だから・・・。めぐみはきっと大丈夫・・・」
水里は必死に上手な言葉を探したが出てこない。
結婚も子供もいない自分。
だけどめぐみの背中が痛くて・・・。
「・・・水里・・・」
めぐみの背中をそっとさする水里・・・。
目にはこんもり、水里も溜めて・・・。
哀しいとき、つらいとき、
シスターがしてくれた。
だから・・・。
黙って、暫く
水里はめぐみの背中を撫でた・・・。
あたためるように
柔らかく、柔らかく・・・。
その手つきは・・・。
めぐみに実家の母を思い出させた・・・。
「・・・。水里・・・。あんたの手って・・・。母みたい」
「・・・え・・・」
「あたしも・・・。たかしや水穂にしてあげられるかな・・・。今の水里の手みたいに・・・」
「できるよ。きっと・・・。だって、めぐみはたった一人のお母さんだから・・・」
できるだろうか・・・。
また昔話の意地悪ばあさんみたいな顔にならないか。
とことこ、たかしはこちらに走ってきた。
「ママー!転んじゃったー!」
「もう・・・。ほら、おいでばんそこあるから・・・」
擦りむいた膝小僧に絆創膏をそっとはるめぐみ・・・。
たかしはじーっとめぐみの顔を見た。
「ママ。なんだかとっても今、やさしい顔してるね」
「え・・・?」
「僕、今のままのお顔、大好きだよ!」
たかしの言葉・・・。
気がつかされる・・・。
たかしの瞳から見える自分の姿を・・・。
「たかし・・・。ママ、いつも怖い顔・・・?」
「うん・・・。でもね、それはね、ママとおばあちゃんがね、
ちょっとケンカしてるからでね・・・。ボク、おばあちゃんに言ってあげる。
ママを怒らないでって・・・」
「たかし・・・」
子供は本当に見ている。
壁があっても窓があっても、
大人よりより鋭い心と目で、ありのままの世界を見ている・・・。
「たかしくん。ママのこと大好きだよね?」
水里がたかしの髪を撫でながら聞いた。
「うん!大好き!だってボクのママはりんごジュースみたい
甘くていいにおいなんだもん♪」
りんごジュースをジュウっと飲みながら笑顔のたかし・・・。
たかしの笑顔はめぐみの何よりもの癒しだったはずなのに。
自分を支えているのは・・・。
わが子なのに・・・。
「たかし・・・。ごめんね・・・」
そっとたかしと水穂だっこしてめぐみは呟いたのだった・・・。
いつの間にか日が暮れてきた。
水里とめぐみは駅で別れる事に。
公園で遊びつかれたたかしは水里の背中で夢の中。
めぐみの背中は8ヶ月の水穂を背負っているから。
「水里。今日は色々ありがとう・・・。あんたのお陰で大分元気・・・出た」
「うん・・・」
「ほら、たかし、起きて」
水里は目をこすってまだぼうっとしているたかしを地面におろした。
「じゃ・・・。またね」
改札口にゆっくりたかしの手を引いて向かうめぐみ・・・。
家を発作的に出てきて、帰りづらいに違いない・・・。
「めぐみ!」
呼び止める水里。
「あの・・・。よかったら、うち来ない?」
「・・・でも・・・いいの?」
「いいって。いいって。っていうか、おでんの材料、買いすぎちゃったんだ。昨日・・・。うちで
いっぱいやろう!ね♪」
「・・・うん・・・」
水里の申し出にめぐみは正直、嬉しかった。
帰らなくてはいけないけれど、足がどうしても家に向かないから・・・。
「ささッ。たかし君、では水里宅にしゅっぱーつでございますッ!」
めぐみのバックとたかしを水里は両手に
まるで旅館の仲居のようだ。
その姿がなんだか滑稽で可愛くめぐみには映って・・・。
心を和ませた・・・。
「狭い所ですが、どうぞおくつろぎくださいませ♪」
水里は自分の寝室をめぐみ達につかってもらうことにした。
ねむっているめぐみをそっとベットに寝かせ。
たかしは太陽用のおもちゃで遊ばせて。
「さーてと!んじゃば水穂ちゃんが起きるまでにおでんをつくっちゃいますかね!
めぐみママ、お手伝いお願いしまーす!」
ピカチュウのエプロン(大人用)をかけ、水里とめぐみは台所にたつ。
トントントン・・・。カンカンカン・・・。
野菜をまな板ですばやく切るめぐみ。
「さすが主婦・・・!見事な包丁捌きですな〜」
「・・・水里。あんたが不器用すぎなだけじゃないの?」
丸まる太ったサトイモ。細くなってしまった。
「う・・・。手の平サイズいいということで♪」
「ったく。あんたってホント、調子がいいんだから〜」
「へへ・・・」
野菜を切って、テーブルの上には土鍋が。
「わー!ピカチュウのお茶碗とはしだ!」
これまた太陽専用のおわんと箸に大喜びのたかし。
「じゃ、いただきます!」
水里の細く切られたサトイモもぐつぐつ鍋の中で煮え、
4人はぺろりと鍋をたいらげた。
夕食後、たかしとめぐみ、水穂は入浴。
風呂場から笑い声が聞こえてくる・・・。
水里は3人の笑い声にほっとした。
「ん?」
テーブルの上に置いてあった
めぐみの携帯が床に落ちたので拾う水里。
その時。
SMAPの着メロが携帯からなった・・・。
P!
驚いて思わず、通話ボタンをおして出てしまった。
(わッ。どうしよう!出ちゃったよ・・・!)
「もしもし・・・!おい、めぐみ!お前、今、どこにいるんだよ!
探したんだぞ!」
どうやらめぐみの旦那かららしい・・・。
「あの・・・。もしもし・・・」
「!?誰ですか・・・あなた・・・」
「あの。めぐみさんの友人で山野といいます・・・。めぐみさんとたかしくん、
今、うちに居て・・・。」
「そうですか・・・。あので、めぐみは・・・」
「今、二人お風呂に入ってるんです・・・。あの・・・。
旦那さん実は・・・」
水里は、今日、めぐみが言ったことを旦那に話した。
めぐみが苦しんでいることを・・・。
「そうだったんですか・・・。めぐみが・・・」
「旦那さん、今晩と明日、たかし君と水穂ちゃん、めぐみさんを
私に貸していただけませんか・・・?」
「え・・・?」
「・・・差出がましいのは承知しています。でもめぐみさんの涙を見たらなんだか
ほっとけなくて・・・。明日一日でいいんです。めぐみさんにお休み、くださいませんか?」
「・・・。分かりました。それでめぐみが元気になるなら・・・」
「ありがとうございます!あの、めぐみさんとたかし君、水穂ちゃんを大事に
させていただきます!」
緊張していたあまり、妙な日本語になってしまった。
「・・・ふふ。面白い人だな・・・。貴方ならきっとめぐみのことをわかってやれる
かもしれない・・・。こちらこそ、よろしくおねがいします」
めぐみの夫の優しい声・・・。
人柄を感じた。
携帯を切り、後ろを振り向くと風呂からあがった濡れ髪の
たかしとめぐみが・・・。
「今の・・・。もしかしてうちの・・・」
「ごめん・・・。携帯かかってきて思わずでちゃった・・・」
「とても・・・。優しい声の旦那さんだね・・・」
「・・・。優しいだけよ・・・。自分の母親にも優しいの。
気が弱いともいうのよ・・・」
夫婦のことは、水里には分からない・・・。
だけど・・・。
めぐみの瞳からは寂しさが滲み出ていた・・・。
「ね!明日、デートしない♪4人でさ!」
「デート?」
「そ!」
「思いっきり遊ぼう!24の主婦だってまだまだ若者若者!
おしゃれして、街に繰り出そう〜♪ね、たかし君!」
太陽のパジャマを着たたかしを抱き上げた。
「でえと?それっておいしい?」
「うん、美味しいよ。美味しいものいっぱい食べよう!」
「わーい♪僕、お子様ランチがいいな」
すっかり盛り上がった水里とたかし。
たかしも賛同したのなら行かないわけにもいかないな・・・と
めぐみは思った。
「さ、めぐみ、布団敷いといたから、いつでも寝ていいよ」
「うん・・・」
「うわぁ・・・。ふっかふかのだぁ♪」
たかしは干したての布団で大喜び・・・。
めぐみとたかし、水穂は布団に入るとすぐ・・・眠りについた・・・。
疲れていたのだろう・・・。
3人寄り添って静かに寝息をたてて・・・。
水里は湯冷めしないようにそっと毛布をもう一枚、
3人にかけて、電気を消して静かに部屋の戸を閉めた・・・。
そして水里はベランダに。
秋の風が気持ちいい・・・。
片手にビール。
そしてもう片方には・・・。
陽子の写真・・・。
水里のもう一人の親友の陽子。太陽の母親だ・・・。
めぐみとたかしの姿が陽子と太陽と重なる・・・。
「陽子・・・。たかし君と太陽、似てるんだよ。元気でやんちゃなところ、それから
ピカチュウが好きなところも・・・。ふふ・・・」
でも母親が元気じゃなくちゃ子供も元気じゃいられない。
「明日はスペシャルコースを用意しているのだ。
たかしくん、覚悟してね・・・ふふ・・・」
(でも今晩は・・・。ゆっくりねむってね・・・)
水色堂の街路に生えるススキ。
優しく月夜の風に揺れていた・・・。