デッサン
scene9
あなた色を見つめて
後編
「おおーー!快晴快晴!良きデート日和ですわい!」
ベランダに布団を干し、背中にめぐみの娘・水穂(8ヶ月)を背負って
両手をあげ空を見上げる水里。
その横でめぐみとたかしがくすくす笑っている。
「なーんで笑ってんのさー?」
「だって・・・。なんか孫をおんぶしてるおばあちゃんみたいなんだもの」
「お、おばあちゃん・・・!?要するに年寄りくさいってことですか」
「ま、そういうこと。ね、たかし!」
「うん!」
二対一で水里の負け。
いや。
「あ、こっちには水穂ちゃんがいたんだ!だから同点だよね!水穂ちゃん!」
と、背中に水穂(8ヶ月)に賛同を求めたがまだ夢の中。
「むぅ。まぁ。今日一日、私、水穂ちゃんんおばあちゃんでいっか。ふふ・・・」
水穂の寝顔が可愛い水里だった・・・。
さて。
久しぶりに街に繰り出す水里一行。
休みだけあって商店街、駅前はにぎやかだ。
「ね、デートってどこいくの?」
「んー?フフ。まぁ私に任せなさい。まず第一の目的は
めぐみ、若返りコース!の巻き」
「の巻きって・・・あの、ちょっと!」
水里がめぐみの手をひっぱりやってきた場所は美容院。
商店街で水里が通っている美容院。
こじんまりとした院内。
でも白一色で統一された室内は清潔感が漂い、
奥には待ち時間、コーヒーや紅茶が飲めるテーブルコーナーもある。
陽気な母と娘二代 若い女性から年配のおばあちゃんまで
女性に人気な美容院だ。。
「こんにちはー!予約しておいた山野ですが」
「あらまぁ。水里ちゃんお久しぶり。まぁ!
いつのまに赤ちゃん産んだの!?」
滝野(母)は、お客の髪をドライヤーで乾かしながら驚く。
「違うよ。今日は一日ベビーシッターなんだ。綺麗にしてほしいのは
隣の私の友達の方。よろしくね。おばちゃん」
「水里、あの・・・」
戸惑うめぐみを滝野(娘)は椅子に座らせる。
「さ、どうぞどうぞー。水里ちゃんからは
貴方を今人気急上昇の”仲間由紀美”風してくれって頼まれてるんですよ」
「そうそう。ね、たかし君、見てて。ママ、すっごくきれーに
変身するから。お姫様みたいになるよ」
「うん。見てる。ママがお姫様になるの」
ピカチュウの人形を持ってたかしはじーっとめぐみを見つめる。
「めぐみ、たかし君のために綺麗なお姫様になるんだぞ」
水里はそういってちょっと気障にウィンクした。
(・・・。もう水里ったら・・・)
ちょっと困り顔のめぐみだが・・・。
水里の優しさを感じた。
黒いゴムで束ねた後ろ髪が下ろされる。
少しカールした毛先は高校の頃の面影が残る。
毛先をカットして、シャンプ・リンス。
更にストレートパーマをかけ、更に余分な髪をカットしていく。
「ママ、お姫様になるかな。みーちゃん」
いつのまにか”みーちゃん”と呼ばれている水里。
テーブルコーナーで水里とたかしはコーヒーとオレンジジュースを
飲みながら待っている。
「なるよ。ママ、もともと美人だもんね。あたしが男だったら絶対に
付き合ってるよ」
水里をじーっと見つめるたかし。
「・・・。みーちゃんも美人だよ」
「え。そ、そう?」
水里、かなり嬉しがる。
「あのね、アンパンマンに出てくる”バタコ”に似てるから♪」
「ば、バタコ?ありがとう。たかしくん(汗)」
”バタコ”というキャラクターを知らないので今度アンパンマンの
ビデオを見てみようと思う水里だった。
1時間ほどだって。
「出来上がりましたよー♪」
セットが仕上がっためぐみは奥のテーブルコーナーで待っていた水里たちに
その”仲間由紀美”な姿を披露する。
「おおー・・・!めぐみ、本当に”仲間由紀美”に似てる。すっごい綺麗だよ」
「・・・うん。ママ、お姫様になったよ。綺麗!」
めぐみの周りを一回りしてじっくり観察するたかし。
「あんまり見ないでよ。恥ずかしい」
「くー。その奥ゆかしさがまた、男をきっとそそるんだよねー」
「そそる?みーちゃん”そそる”って何?」
聞きなれない言葉に子供の好奇心はすぐ反応。
「・・・あ、いや、えっと、ママがみんな綺麗になって嬉しいなって意味だよ」
「ふーん。じゃあ、ぼく、ママに”そそ”ってるんだ。そそる、そそるー!」
「ああ、たかしくん、連呼しないで(滝汗)」
連呼するたかしにあわてふためく水里の態度が、
おかしくてたまらないめぐみだった・・・。
その笑顔は、やっぱり変わってない。
高校の時と・・・。
「さーて。髪も綺麗にしたならファッションも若返らないと」
水里はそう言って今度はめぐみを商店街のブティックに連れて行く。
ショウウィンドウのピンクのブラウスと白のミニ。
「これ、この間、仲間由紀美がドラマで着てたのに似てるね」
「ま、まさか水里、これ、着ろっていうんじゃ・・・」
めぐみは値札を見て、焦る。
「違うよ。あたしがコーディネートするのはもっと経済的で且つ、”仲間由紀美”路線
なものです。ささ、お姫様、お入りなさいませ」
入り口のドアの取っ手をひいて執事のように水里は言った。
そのまねをたかしもする。
「もう・・・。あんまり乗せないで」
笑いながらめぐみは店内へ。
店内はさほど広くはないが季節物のブラウンや黄色の暖色系の
ブラウスやスーツが売られている。
「あ、水里ちゃん。お久しぶり」
「ママ(ブティックの店長)、頼んどいたの、できてる?」
「できてるわよ。もう水里ちゃんたら急にいうんだもの」
ブティックのママは紙袋からクリーム色のワンピースを取り出した。
スカートは長めで裾はフリルだ。
「はい。めぐみ姫、ドレスでございます」
水里はひざをつき、静かにワンピースをめぐみに手渡した。
めぐみはワンピースをまじまじと見つめる。
縫い目などを。
「これ・・・もしかして・・・」
「そっ。ママ、お手製。昨日、ママに相談したんだ。めぐみに似合う服は
ないかなって・・・そしたら昔のママが着ていた服をミシンで手直ししてくれるって」
「久しぶりにミシン使ったら楽しかったわ。自分の服をつくるって・・・」
「・・・水里。これ・・・?」
「めぐみ姫。ささ、ご試着してくだされ」
水里はめぐみの背中をおして試着室に入れた。
そしてワンピースを着て出てきためぐみ・・・。
「わー!ママ、本当に本当にお姫様になった!」
たかしはにこにこして喜ぶ。
「ぴったりだわ。よかった・・・」
ブティックのママはほっと一安心。
「あの。お金は・・・?」
「そんなこといいですよ。お嬢さん。私のお古を手直ししただけなんだから。ね、水里ちゃん」
「でも・・・」
「執事、水里からの贈り物です、めぐみ姫、どうぞ受け取ってくださいませ」
そう言ってまた、ちょっと気障なウィンクをする水里。
だけど、ワンピースのクリーム色が水里の優しさに思えるめぐみだった。
昼食をとるため、駅前のショッピングビル8階のレストランへ向かう
水里たち。
「あの。もしよかったらその女の子・・・」
若い男2人に呼び止められ、振り返る水里。
「はい?ナンでしょう?」
「いや、アンタじゃなくて。隣の髪の長い方。ね、時間ある?」
どうやらめぐみを誘いたいらしい。
むっとする水里。
「・・・あの、私・・・」
水里はめぐみの前に立ちはだかる。
「悪いですが他所あたってくださいな。さようなら!」
めぐみの手をひいいて男達から離れた。
「・・・ったく。最近の若いモンは節操がないったらありゃしない。
今にもそこら辺のホテルに連れ込みそうににやけて。まぁ、男ならめぐみを見て誘いたくなるのもわかるけどね」
「フフ・・・」
「ん?何かおかしいめぐみ姫」
「ボディガードみたい」
「そりゃあ。今日一日ベビーシッター兼ボディガードですから。
めぐみ姫を魔の手から守らねば!ね!たかしくん!」
「うん!まもらねば!」
一致団結した水里とたかしは手をパン!と叩き合った。
ついでに昼食も、”一致団結”して水里とたかしは
ランチのステーキを残さず食べたのでした(笑)
そして午後。
「お金もかからないハイキングコースです」
と、近所の公園にめぐみたちを連れてきた。
「わー!鳥さんだ!」
芝生の上のハトの群れを追いかけるたかし。
敷物をしいてお菓子タイム。
水穂(8ヶ月)はめぐみの腕に抱かれ、哺乳瓶でミルクを飲んでちょっと
遅い昼食中だ。
「お日様の下で飲むせいかな。今日はすごく飲んでる・・・」
腕の中のわが子を見つめるめぐみ・・・。
とても穏やかなまなざし・・・。
母のぬくもりを知らない水里はとてもまぶしくみえた。
「何。じっと見て・・・」
「ん?やっぱめぐみは”お母さん”なんだなって思って・・・。
とっても綺麗だなって」
「もう。くどき文句みたいなことばっかり・・・」
「だって本当にそう思ったから」
「・・・。どんなに流行のお洒落したって私は”母親”って服は脱げないのよ」
自分と同年代達。流行のブランドの服やアクセサリーを身につけて。
結婚していなかったらもっと自分も色々なことが出来た気がする。
「水里、あんただって素材は悪くないのよ。お化粧とかお洒落すれば
きっと可愛くなるのに・・・」
「・・・。そりゃあたしだって一応、女だから綺麗になりたいとかそういう願望はあるよ。
でもね・・・なんか・・・”楽しく”ないんだ」
「楽しくない?」
「うん・・・。夏なんかさ。ジーンズとTシャツでこの公園で寝転がる。スカートやスーツじゃ
そういうの、できないから・・・。風を感じられないから・・・」
水里はそう言ってごろんっと大の字になって空を見上げる。
「絵の具でもそう・・・。無理に空に合う色を探さなくていい。自分の目に映る
色でいいんだ・・・。自分が・・・」
「・・・。学校の先生みたいな台詞ね。ふふ・・・」
めぐみも空を見上げた。
筋雲、うろこ雲・・・。
いろんな雲がある。
「本当・・・。いろんな形がある・・・。ん?」
「スー・・・」
水里の寝息。
なんとも気持ちよさそうな顔で眠っている。
「・・・食べたら眠くなる。そういうところ、昔と同じ・・・ふふ」
高校時代。
放課後、ふたりでよく屋上でお菓子を食べていた。
眠たくなってうとうとし、夕陽に包まれていたっけ・・・。
変わったこともある。
だけど。
変わらないこともあって。
「”自分の色”か・・・」
ただ絵を描くことがひたすらに楽しかった。
パレットで作り出す自分の色。
自分だけの・・・。
「ママー!」
とことこ、たかしが走ってくる。
「なあに?」
「見て。ほら。こんなキレイな色の花、見つけたんだ。ママにあげる」
たかしはそう言ってめぐみの髪にそっとさした。
「今日はママ、お姫様だからねッ!」
ちっちゃな手が泥だらけ。
きっと一生懸命に探したに違いない・・・。
「たかし・・・」
目の前いるわが子。
泥だらけの手のわが子。
世の中で一番愛しい自分が作った色・・・。
「たかし。大好きよ」
「うん。僕も」
大好きな色、たかしと水穂。
一番大切にしたい・・・。
そう想い、たかしと水穂を抱きしめた・・・。
めいっぱいに・・・。
そして夕方。
水色堂に帰ってきた水里たち。
店の前に、スーツを着た男が一人立っていた。
「パ・・・パパだ!」
たかしは走り出し、父親に抱きついた。
「パパ、迎えに来たの?」
「ああ。そうだよ」
「そっか。うれしいな」
たかしと父親の会話を複雑そうな顔で見つめるめぐみ・・・。
「な、何しにきたの・・・?」
「・・・」
店の前は少し重たい空気が流れる。
「何よ。黙って。何かいいなさいよ」
「・・・オフクロにはお前の気持ち、オレがちゃんと言っておいた。
お前に無理ばかり言うなら俺、家出てもいいって・・・」
「・・・!」
夫婦の会話。
水里は入るに入れないがここは店の前。
「あの・・・。中で話しませんか。ここじゃなんですから・・・」
めぐみ達を店の中にいれ、コーヒーをいれた。
ガラスのテーブルを囲む。
「じゃああたしは向こうに行ってるよ」
「いい。水里あんたもここにいて。お願い・・・」
懇願するめぐみに水里は負け、
めぐみの隣に座った。
ちょっと重たい空気。
先に言葉を発したのはめぐみの夫だった。
「4人で暮らしてもいいと思ってるんだ」
「・・・じゃあ誰が家を継ぐの?お義理母さんが許してくれるわけ・・・」
「お袋は関係ない。お前達が大事なんだ・・・」
「嘘。貴方にお義理母さんは見捨てられない。ううん。見捨てて欲しくない。
私のために・・・」
「めぐみ・・・」
会話のふしぶしからこの若夫婦は決して気持ちが覚めたわけじゃないと
水里は感じた。
「私・・・。ずっと結婚したから何もかも出来ないって思ってた。けど・・・。
そうじゃない。最初から諦めてただけなの・・・。お化粧でも趣味でも」
確かに家業のてづだいをしていれば化粧だなんて余裕はない。
くわえて子育てもある。
あまりの忙しさに気が狂いそうだった。
だけど・・・。
「たかしや水穂達に・・・私の方が守られてたことに気がついたの・・・」
「めぐみ・・・」
「私、一度もお義理母さんと喧嘩したことない。帰ったら一回、やってみるわ!」
家業が辛いこと、子育てのこと。
心に思うこと、話して見よう・・・
分かってもらえなくても・・・。
ぶつかってみよう。
当たって砕けても
いい。
だって自分は一人じゃないから・・・。
「めぐみ。オレも、お袋にぶつかるよ。絶対に負けない。お袋には」
「うん・・・」
見詰め合う二人。
コホンと水里が割ってはいる。
「あのう。仲直りで盛り上がるのはよろしいのですが私のこと、お忘れなく。」
「あ、ごめん・・・」
「ふふ。冗談。いいっていって・・・。めぐみ。じゃあ帰るんだね・・・?」
「・・・ええ・・・。正直怖いけど・・・。でも頑張れそうな気がする・・・。だってあたしには、たかしと水穂っていう
一番好きな色があるから・・・」
まだ言葉は発しないけれど可愛い寝顔の水穂。
それから母思いのたかし。
それ以上の『色』はないから・・・。
店の前で四輪駆動車に乗り込むめぐみたちを見送る水里。
「山野さん、色々本当にお世話になりました」
「いえ。あの、めぐみの事、本当によろしくお願いします。貴方だけが
めぐみを支えられる人だから・・・」
運転席から水里が真剣な眼差しで言った。
「みーちゃんまたね!」
後部座席からひょこっと顔を出すたかし。
「うん。またね。遊びにおいで。待ってる」
たかしの笑顔が家に帰るめぐみの不安を和らげる。
「あ・・・。これ」
めぐみが思い出したようにバックからあるものを取り出した。
「これ・・・」
それは水里が高校のとき、コンクールで入選したときの賞状とメダルだった。
「やっぱりこれはあんたが持つべきよ。この思い出も”水里色”のひとつだから・・・」
「めぐみ・・・」
「また・・・自分の色が見えなくなったら・・・。あんたに会いに来るわ。ありがとう。水里・・・」
「元気で。めぐみ・・・」
ブロロロ・・・。
四輪駆動車のエンジン音。
あの4人の家族にこれから何が待っているのか。
複雑な家の事情は水里には分からないが・・・。
ただ、そっと水里は夜の星に願った。
(どうか・・・。4色の色がばらばらになりませんように・・・)
半年後。
水里の元に一通の葉書が届いた。
めぐみ達は一家4人が家を出、新しく新居をかまえたと。
一度、親元を離れ暮らしてみようと義理母と話し合ったらしい。
決してそれはマイナスな展開ではなく、お互いを分かり合うための第一歩として・・・。
一人じゃない。
誰もが。
そう思えばきっと大丈夫だから・・・