デッサン
scene12 大告白
寂しい。
誰か私を助けて。
寂しくて死にそう。
寂しい。
心が寒くて。
寂しいの・・・。
「ああ、ここよ♪イケメンのマスターのお店って♪」
OL風二人組みが店の前で中を覗いている。
カラン・・・。
「いらっしゃいませ。四季の窓にようこそ」
入ったとたん、陽春の笑顔がOLたちをお出迎え。
OLたちは”きゃー”といわんばかりなりアクション。
女泣かせ、喜ばせな笑顔は自然に女性客層を増やす。
(う・・・。今日も女の人の客が多いな・・・。どうしようか・・・)
夕方、水里がいつものようにコーヒーを飲みに来たのだが
OLや女子大生、女子高生達で中はごった返していて
とても入れる雰囲気じゃない・・・。
(・・・明日また来るかな・・・)
水色堂に戻ろうとしたとき。
ドン!
「あ、ごめんなさい!」
セミロングでかなり可愛い系の若い女の子とぶつかる。
(この子も飲みに来たのかな)
「ねぇ・・・。『藤原陽春』さんてここのマスターよね?」
「え、ええ。そうですけど」
「そう。ありがとう」
女の子は水里にたずねて店の中にずかすかと入っていった。
(なんか。かなりイケイケな女の子だな・・・)
なんとなく気になったので水里も店に入ろうと
ドアを開けたとき。
「陽春さん!あなたが大好きです!!」
(・・・!!)
店内に響く大告白・・・。
他の女性客もコーヒーを飲む手が止まってしまっている。
「つきましてはこれから貴方の心を奪うため、正々堂々がんばりますので
よろしくお願いします!じゃあ、失礼します!」
陽春におじきすると火南子という女の子は
何事もなかったようにすたすたと店を出て行った・・・。
呆然とする陽春。
しかしもっと呆然としているのは・・・。
店の入り口で大根が顔をだしているスーパーの袋を
両手に持った水里だった・・・。
(・・・。なんちゅう現場に遭遇したのやら・・・)
結局その日、水里は陽春の店には顔を出さなかった・・・。
次の日の夕方。
水里は喫茶店の前をうろちょろしていた。
今日、スーパーで産地直送のりんごが特売で売られていた。
りんごのアップルパイを新メニューに入れたいと言っていたので
買ってきただが・・・。
(・・・。あの子は・・・)
カウンターに、昨日、公衆の面前で大告白した火南子の姿が。
陽春に熱い視線を送っていた。
(・・・。どうしようか。りんご買ってきたけど・・・。でも
生ものだしと、とりあえず渡すだけ渡して帰るか・・・)
水里は恐る恐る中に入った・・・。
「水里さん!いらっしゃい!待ってたんですよ。昨日もおとといもいらっしゃらな
かったから・・・」
「あ、いや、すんません。ちょっと水色堂の方がいそがしくて・・・」
嘘だ。はっきり言って、客は少なかった・・・。
「あ、マスターこれ、青森産地直送の林檎です。スーパーで安かったから・・・」
水里はスーパーの袋から林檎3つ取り出し、陽春に渡した。
水里と陽春の会話を火南子はじっと聞いている。
「わぁ。いい色してますね。ありがとうございます!早速パイにつかわさせていただきます。
水里さん、今、コーヒーいれますから座って
いてください。」
「え・・・あの・・・」
水里は火南子をチラッと見た。
火南子の視線がきつい。”さっさと帰って”光線というべきか・・・。
「ねぇ、陽春さん。この人は?」
「あ、紹介していなかったですね。うちの一番の”常連さん
で”山野水里さんです」
「ふう〜ん。”常連”さん。ねぇ・・・」
水里をじろじろなめまわすように火南子は眺めた。
「私、赤井火南子っていいます。よろしく♪」
可愛い笑顔は水里に握手をもとめた。
「や、山野です。よろしく・・・」
ぎゅうッ!
(痛・・・て!)
可愛い顔に似合わず、かなりの馬力の握手・・・。
なんだか”宣戦布告”されたような感じだ・・・。
「立ってないでお座りになったら?山野さん、一緒にお話しましょう」
火南子は立ち上がり、一番右端の椅子に座ろうとした。
「赤井さん。申し訳ないけど、そこは水里さんの席なんだ」
「え?」
「一番右端が水里さんの席・・・。常連さんにはみんな好きな席っていうのがあってね・・・。
できれば、赤井さんはテーブルの方に座ってくれないかな」
陽春のはっきりとした物言いに火南子の勢いは少し下火になる。
「陽春さん、私だってお客なのに。好きな場所に座っても・・・」
「”陽春”さんと呼ぶのもできればやめてほしい。馴れ馴れしいのは好き
じゃないんだ」
「・・・。わ、わかりました・・・」
火南子は少ししょんぼりして、窓際のテーブルへと移動した。
「マスター。いいんですか?あの・・・。あの子は・・・マスターに・・・」
「・・・。いいんです。こういうことは・・・。はっきりさせておいたほうがいい。
それにあの子は実はまだ高校生なんですよ」
「え」
水里は思わず火南子をじっと見た。
どっからみても二十歳以上には見える。
(・・・。なんか急にマイナス思考に・・・(汗))
「でも・・・。マスター。あの子高校生でもお客さんなのに席、私がとっちゃった
みたいで・・・申し訳ないです」
「水里さんが気にする必要ないですよ。カウンターの一番右端は
貴方がいつも座ってコーヒーを飲む場所なんだから・・・」
(マスター・・・)
”カウンターの右端は貴方の席です”
何だか。
自分の”居場所”って言ってもらえたみたいで・・・。
水里は嬉しかった・・・。
「この林檎、いけますよ!」
「よかった!」
カウンターで和やかに話す水里と陽春の姿を。テーブルの席でオレンジジュースを
すすりながら火南子はじっと嫉妬の炎をメラメラと
燃やしていた・・・。
更に次の日。
水色堂の前で仁王立ちする人物が一人。
かなりの剣幕だ。
「いらっしゃいま・・・」
画材の整理をしていた水里。目が点になる。
「どうも。こんにちは。山野さん!」
高校生とは思えないスタイル。
顔立ちも大人っぽくてやはり高校生には見えない。
「えっと。あ、赤井火南子ちゃんだっけ・・・?」
「あんたに”ちゃん”付けされたくないわよ。どっから見たって中学生じゃない」
「・・・」
さすがの水里もムカッときたが事実なので言い返せず。
(本気なるな。相手は高校生高校生・・・)
「で。何か用?」
「ええ。陽春さんに近づかないでよ」
「ち、近づかないでって。私、コーヒーのみに行ってるだけで・・・」
バン!
火南子はレジ代に座り、水里を見下ろした。
「言っとくけど・・・。私、アンタレベルの女なんて恋のライバルだなんて
思ってないのよ。っていうか。ビジュアル的にきついし」
店の品の筆を持っている水里の手がグッと力が入る。
(お、落ち着け・・・。相手は高校生。高校生・・・)
「アンタなんて陽春さんにつりあうわけないでしょ。それくらいアンタだって
わかるわよね?馬鹿じゃないんだから」
水里の理性が今にもぶち壊れそう。
でも・・・。
確かに火南子の言うことも水里の心の中にある・・・。
それに。
陽春の心にはちゃんと想い人がいる・・・
「・・・。火南子ちゃん。マスターにはね、ずっと想っている人がいるんだよ」
「知ってるわよ。なくなった奥さんでしょ?綺麗な人だったらしいけど・・・」
「マスターはずっとずっと雪さんの事を想ってる。とっても強く・・・」
陽春のあのいつか見た涙が忘れられない。
今でも水里の脳裏に焼きついている。
「だから何?過去の人じゃない。死んじゃった人に遠慮してたら
恋愛なんてやってられないわ」
「マスターにとっては過去じゃないんだ。”永遠”なんだよ・・・。雪さんは・・・」
「フン・・・。奇麗事ばっかり。旦那より早死にしちゃう人なんて
ろくな女じゃないじゃない。きっと今頃天国で若い男といいことしてんじゃない?
ってきゃッ!!」
水里は火南子のブレザーの制服の襟をグッと掴んだ。
「な、何すんのよ!!」
「あたしの事ならどれだけ馬鹿にしてもいい・・・。だけど・・・雪さん
のことを悪くいうのはやめろ・・・ッ!」
目がすわった水里・・・。
襟元を掴まれた力の強さに火南子はかなり怯んだ・・・。
「・・・は、離してよ!」
「悪いけど・・・。帰って・・・」
「い・・・言われなくたって帰るわよ!でも私は陽春さんは諦めないわよ!それだけは
言っておくから!!」
バタン・・・!!
火南子の宣戦布告も耳にはいらない水里。
(・・・。私・・・。なんで・・・)
雪を馬鹿にした火南子の発言が許せなかった・・・。
陽春の中に今も生きつづける雪の笑顔・・・。
自分が描いた雪の笑顔に黒いマジックで塗りつぶされた
そんな気がした・・・。
(・・・)
いや。それだけじゃない。
”あんたなんてつりあうわけじゃないじゃない”
火南子の言ったこと一言一言が
痛かったからだ・・・。
壁にかけられた鏡をじっと見つめる。
陽春と雪がカウンターで仲良く立っている姿を
浮かべる・・・。
(・・・。マスターの横に一番似合うのは・・・だれでもない。
雪さんだけだ・・・。ずっと・・・)
もやもやもや・・・。
心の色が重たい灰色だ。
「あー!!畜生!もう、気分解消に今日は一人、すき焼きだ!
牛の霜降り買ってこようっと!」
その晩、水里は一人ですき焼きをしたのだった・・・。
”絶対に諦めないから”
そう宣言しただけあって、火南子の怒涛の恋の攻めはすごい。
どれだけ、陽春に冷たくあしらわれても
毎日のように四季の窓に通い、しまには勝手に
店の手伝いまでするようになった。
(すごいファイトだな・・・。あの子は性格はキツイけど本当にマスターのことを・・・)
花壇の影からひょこっと店の中を覗く水里。
本当は陽春の淹れたコーヒーを飲みたいのに
やっぱり入れない。
というか。火南子の目に見えないバリアーがあるというか・・・。
でも、今日は太陽も一緒だ。
太陽は陽春が作ったピカチュウのカップを手に持って
にこにこしている。
(・・・太陽はずっと楽しみにしてたしな・・・。でも太陽連れて入ったら
火南子ちゃんになに言われるか・・・)
「って!!太陽、もうドア開けてるし!」
ドアを開けて、中に入らず何かをじいっと見ている太陽。
「太陽?どうしたの。一体なに見・・・」
(ギョッ・・・!!!!!)
火南子が・・・。
背後から陽春に思い切り抱きついている・・・。
「陽春さん・・・」
水里の思考は固まる。
(ハッ!)
太陽の存在に気づき、とっさに水里は両手で太陽の目を隠した・・・。
(見るな。太陽。あんたにゃまだ早い・・・)
しかし、水里の指の隙間から小さな瞳は目の前のちょっと刺激的な光景を
見つめていた。
(とにかく太陽をここから離れなきゃ・・・。教育上よくない)
水里は静かに気づかれずに離れようと太陽を抱き上げ帰ろうとした。
ガタン!
「!」
看板に足をぶつける水里。
物音に陽春は気づき、まとわりつく火南子を離した。
「み、水里さん!」
「あ、あの・・・。マスター。す、すんません。お、お邪魔して・・・。
ちょ、ちょっくら用を思い出したので帰りますッ。んじゃっ」
「あ、まってください・・・!」
太陽をだっこしたまま水里は逃げるようにドアを閉めて走っていった・・・。
「水里さん!」
陽春は水里を追いかけようとカウンターを出たが。
「行かないでください!マスター!」
「離してくれないか。赤井さん」
「いやです!!私・・・。本当に貴方が好きなんです!!心が貴方で一杯なの。
一日中あなたのこと考えてる!」
陽春の背中にしがみつく火南子
「・・・。君の気持ちには応えられない。悪いが」
「奥さんを忘れられないのも知ってる!!忘れてなんていわないから・・・。少しだけ私を見てください!
高校生だからとかじゃく私を・・・」
トレンディドラマ級に目を潤ませて火南子は陽春に訴えた・・・。
しかし陽春は火南子の手を再び離す。
「陽春さん。どうして・・・?私じゃ駄目なの?」
「・・・。僕には”たった一人”しかいない。それは一生変わらないんだ」
「・・・」
”マスターには過去じゃいんだよ。雪さんは。”永遠”なんだよ。きっと・・・”
火南子の脳裏に水里の言葉が浮かぶ。
「それに・・・。なんだか君は”恋”をしているようには見えない。恋している仮の自分でで何かほかの事を忘れようとしているように僕は見えるけどな・・・」
「・・・!」
優しい陽春の瞳ではない。
火南子の心を見通す鋭い視線。
「相手は僕じゃなくてもよかった。違うかい?」
「・・・」
図星なのか火南子は黙りこくってしまった。
「何よ・・・。大人面して・・・。偉そうに・・・みんな嫌いよ・・・!!!」
バタン!
「赤井さん!」
火南子はエプロンを脱ぎ捨て、店を出て行ってしまった・・・。
外は既に薄暗い・・・。
まだ閉店時間でもないが陽春はエプロンを脱ぎ、
町の中を火南子探しに出て行った・・・。