デッサン
Scene13 干したての布団
「ふう・・・」
夕食を作る水里からため息が。
なんというか。
衝撃的シーンを見たショックというより・・・。
(なんで私はあんなに間が悪いんだ・・・。しかも太陽のいるときって(汗))
台所に立つ水里の足元で。
火南子が陽春に背後から抱きついたように
太陽もピカチュウのぬいぐるみ相手に抱擁・・・。
(ピカチュウ相手か・・・。ふう。まだあの状況を色々”説明”する
成長段階ではないな・・・)
水里母代理。太陽の成長に影響はしまいかと心配した・・・。
ジリリリリ!
山野家のレトロな黒電話が鳴る。
「はいもしもし山野ですが・・・」
「夜分にすみません。僕です」
(ま、マスター!!)
水里は思わず持っていたおたまを落とす。
「あ、ま、ま、マスター。ひ、昼間はすいませんでした。
なんていうか、その、あの、余りにも唐突なシーンに出くわして
面食らったというかリアクションに困ったというか・・・」
しどろもどろの水里。
「いえ。こちらこそ・・・。あのそれより赤井さん、もしかして水里さんの
所へ行っていませんか?」
「え?火南子ちゃんですか?来てませんけど・・・」
「実は・・・」
陽春はさっき、火南子にはっきりとNOな態度を示し、その後
店を飛び出していったことを話した。
「実はさっき、赤井さんの
店に友人が訪ねてきてずっと家出中だったそうなんです」
「!」
火南子の意外な一面に驚く水里。
「家庭の事情かは知りませんが・・・。だから気になって
あちこち探したんですが・・・。水里さんの所にもしかしたらって想ったんですが。あ
すみません。せっかく太陽君お泊りに来ているのに」
「いえ。あの、マスター。念のため近所とか私も近く探してみます」
「いえ、水里さん、太陽君のそばにいてあげてください。また連絡します。じゃ・・・」
チン・・・。
水里は受話器を静かに置いた。
(火南子ちゃんが家出・・・)
探しに行ったほうがいいのだろうか・・・?
しかし太陽を一人にしてはいけないし・・・。
(マスター、一人で探すの大変だよね。きっと・・・)
水里はパジャマ姿でとりあえず、店の前だけでも念のため探してみよう
と一階に下りた。
(ん・・・?)
ガタン・・・。
ガラスドアの向こうに人影が。
(ど、泥棒か!??)
水里はごくっと唾を飲み、手にはバットを構える。
ガチャ。
「そ、そこにいるのだ誰だ!???」
懐中電灯を当てると・・・。
「・・・火南・・・子ちゃん・・・」
制服姿の火南子。
肩を震わせ、店の前にしゃがみこんでいる。
「ど、どうしたの!??」
手の甲が擦りむけ、怯えているよう・・・。
水里の問いにもこたえらえないほど火南子はおびえている。
「と、とにかく中に入って・・・!」
動けない火南子の肩を抱え、水里は二階のリビングに
連れてあがった。
「怪我の手当てしなくちゃ・・・!」
救急箱を取り出し、脱脂綿に消毒液をしみこませ、擦り傷に
塗る。
「・・・ッ!」
「ごめん。ちょっと染みるけどこれ、よく効くから・・・」
最後に少し大きめの絆創膏をぺたっと貼った・・・。
水里の手の温度が
火南子の手に伝わる。
「これでよし。あ、寒いよね。制服のままじゃ。今毛布もってくる」
白い毛布をそっと背中からかけた。
「なにか飲みたい?コーヒーしかないけど・・・」
「・・・何よ。さっきから」
「へ?」
「あたしの世話ばっかり・・・」
「だって、怪我してるし寒いと思って・・・」
「・・・あたしあんたに散々言ったでしょ。そんな相手に
どうして・・・」
「・・・。忘れた。三日前のことなんて」
「ぷッ・・・”三日前”は覚えてんじゃない」
「あ、そっか。へへ・・・」
白い毛布のぬくもり・・・。
冷え切った火南子の体を温める。
それに水里の俄仕込みだけど
少し上達したコーヒーは火南子の言葉も引き出す。
水里は陽春に火南子が見つかったと電話した。
今晩、預かると・・・。
陽春の指摘にカッとなり店を飛び出したあと、火南子は町で知り合った
男子高校生たちとあちこち遊びまわった。
だが、そのうち無理やりどこかへ
連れて行こうとされ、逃げてきたという・・・。
「・・・ま。よく在る話よ。ちょっとびびったけどね・・・」
「よ、よくある話って・・・。何言ってんの!!火南子ちゃんに
何かあったらどうするの!!」
「ぷ・・・。大げさな」
「大げさじゃないよ。大げさだったらこんな怪我する?それにマスター
、ずっと探し回ってたんだよ?」
「陽春さんが・・・」
この寒い中。
町中を駆け回った。
飛び出してきた自分を・・・。
「・・・気にしていたよ。火南子ちゃんのこと・・・」
「・・・」
孤独を秘めた目・・・。
寂しさが溢れている。
家庭の事情は知らないが・・・。
「・・・。色々言いたいことあるけど。もう遅いし。ともかく今日は
うちに泊まって行く?ちっちゃいのがひとりいるけど・・・」
チラッとふすまの間からピカチュウの布団で
眠る太陽が。
「何。あんた子供いたの?」
「友達の子。たまに預かってるの」
「・・・そ」
水里のベットに火南子が眠る。
水里は太陽の横に布団を敷く。
水里のベット。
(なんか・・・妙にあったかい・・・)
「ねぇ。このベットなんかあったかい」
「あ。今日、干したばっかりだからね。いい天気だったから」
ふわふわして。
久しぶりだ。こんな布団で眠るのは・・・。
チッチッチッチ・・・。
時計の秒針の音だけが聞こえる。
火南子はなんとなく寝付けない。
布団があまりにもあたたかすぎて・・・。
寝返りを打つ。
太陽の布団を直す水里とばっちしめがあった。
「眠れませんかね?火南子ちゃん」
「べつに」
「ナンなら、子守唄でも歌ったけよっかね?」
「子供扱いしないでよ!」
水里に背を向ける火南子。
「・・・。火南子ちゃん自身が何を抱えているか知らないけど・・・。
今日、マスターが店を途中で閉めて探し回ったってことだけは
覚えておいてね・・・」
「・・・」
火南子の背中は寂しい。
水里にはそう叫んでいるように見えた・・・。
「ふう。こっち隙間風入って寒いから火南子ちゃん
のベットで寝ようっと」
「え、あ、ちょっと!」
もそもそもそ。
水里は布団の下からもぐらのようにベットに移った。
「あー。やっぱり干したての布団はえーなー」
「あっちで寝なさいよ。狭いじゃない」
「うんにゃ。寒いので。それに火南子ちゃんの背中が
あまりにも寂しそうなので」
水里は火南子をまるで子供のように抱きしめる。
「ちょっと。どういうつもりよ!」
「人はね、寂しいとき、言葉で紛わすより
こういう肌と肌のスキンシップが大切なのですよ」
「って。あたしはそんな”趣味”はないのよ!うっとうしい」
「じっとしなさい。『ハグ・マスター』の私にかかれば大人から子供までさらには犬も
皆、おとなしくそして穏やかになるのだ」
「ええい、離せー!」
女二人、ベットの中ですったもんだ騒ぐ。
しかし勝負は水里の勝ちで、火南子は完全におとなしくなった。
「あたしは犬じゃないわよ」
口だけはおとなしくなってないが・・・。
だけど・・・。
心地いい・・・。
遠い昔。
自分も母にこうされて眠った・・・。
「・・・。あんたも昔・・・。こうされたの?」
「うん・・・」
心臓の音が聞こえる。
命の音。
トクントクントクン・・・。
鼓動の音は。
心の痛みも重みも・・・柔らかく、そして軽くする・・・。
「・・・私。確かに最初は周りものがすべて嫌になって
寂しいから恋する相手を探してたのよ。誰でもよかった」
「・・・」
「でも・・・。途中から本気になっちゃった・・・。だって。優しいんだもん。
陽春さんだけだったの。”泣いていたら駄目だよ”って笑顔みせてくれた・・・
陽春さん。この布団みたいにあったかくて・・・」
「・・・」
火南子の言葉は水里にもわかる。
陽春は人をありのまま受け入れる。
春の日のように・・・。
掛け替えのない存在を失くした痛みをしっているから・・・。
「・・・失恋って・・・こんなに痛いのね・・・」
「・・・」
「痛くて・・・いた・・・」
火南子の瞼がゆっくりと閉じられた・・・。
(火南子ちゃん・・・)
自分の腕の中で眠る火南子。
どんなに派手な化粧をしても、寝顔はあどけない少女。
寂しさを秘め、初恋を失くした痛みを抱える・・・。
(おやすみ・・・)
眠ろう。寂しいのも痛いのも
きっと明日になれば、違う自分が見えてくるから・・・。
朝。
起きると火南子の姿はなく
テーブルの上に書置きがあった。
『あんたの間抜け面な寝顔なんてみてられないっての。家・・・帰るわ。
とりあえずね。昨日の晩は弱音はいちゃったけど、やっぱり。私、陽春さんの事あきらめないから。奥さんよりいい女になって
きっと振り向かせて見せるわ!じゃあね
!』
「・・・ったく。相変わらず勝手な・・・」
くすっと笑う水里。
目をこすりながら
寝癖の太陽、ピカチュウの人形を片手に起きてきた。
「うぃっす。おっはよう。太陽。よく眠れましたかね?」
”いい夢みたぜ”といわんばかりに親指をたてる太陽。
二人はカーテンを空け、ベランダに出る。
陽があたり部屋の中よりあたたかい。
「うーん。今日もいい天気だ。太陽。ピカチュウお布団もっといで!」
”ラジャー!”といわんばかりに敬礼して太陽はピカチュウ布団をかかえてきた。
水色堂の二階のベランダに、真っ白な布団が並ぶ。
「さてと。今日も一日がんばるぞ!」
水里は火南子のメモをそっと机に閉まった。
『PS 干したての布団、結構寝心地よかったわよ。じゃあね!hinako』
そして夕方。太陽を学園に送ったかえり、水里は
陽春の店に立ち寄り、火南子の書置きのメモを見せた。
「火南子ちゃんが何を抱えているのか・・・。私には分からないけど・・・。
でも少なくとも投げやりなことはしないと思います。きっと・・・」
あの虹色のカップから湯気がたつ。
「ならいいのですが・・・。そう僕も信じたいです・・・」
火南子を案じる陽春。
”失恋てこんなに痛いのね・・・”
布団の中で見た火南子の涙を思い出す水里・・・。
「あの・・・マスター。火南子ちゃんは確かに最初はやけっぱち
だったのかもしれないけど、マスターへの気持ちは・・・。その・・・あの・・・。
高校生だとかじゃなくて”真剣”だったんだと思います。それだけはわかって
あげてください・・・」
「・・・はい」
陽春は穏やかに微笑んでうなづいた・・・。
どうしてだか。
ほっとする水里。
だたあの火南子の涙の一滴が、陽春の心に伝わった・・・。
そう思えた。
「・・・。水里さんはやっぱり優しい人ですね」
「えッ。や、やさしくなんかないですよ。そんな、マスター
大げさです」
焦る水里。
「大げさなんかじゃ。水里さんと一緒にあたたかな布団でねむった
から火南子ちゃんの心も解れたんだと思います。なんか、とっても気持ちよさそうで
火南子ちゃんがうらやましいなぁ」
「・・・」
(・・・。マスター。にこやかな顔で時々かなりすごいことを言う。やっぱり天然だ(汗))
でも。
自惚れちゃいけないのかもしれないけど、人に誉められるというのは
やっぱり素直に嬉しくなる。
自分が認められた気がして。
「でも私は・・・。人と深く関わること自体、その・・・苦手なんです。
怖いっていうか・・・。
だから火南子ちゃんの事情とかも聞けなかった。ただ・・・。
火南子ちゃんの寂しそうな背中だけはわかったから・・・」
「・・・。それはとっても素敵で大切なことじゃないかな」
「え?」
「言葉や形じゃなくて・・・。それだけ水里さんが
心の痛みや悲しみを人よりすごく敏感に感じてその人に
近づけられるってことじゃないかな」
「それが・・・大切なこと・・・?」
「はい。僕はそれはとても素敵なことだと思います」
(・・・)
水里は何だか急に照れくさくなって
コーヒーをズずっとすすった。
誉められるなんて慣れてないし、
それに・・・。
何だか緊張してドキドキして陽春のまともに顔が見られない。
”泣いてもいいんだよなんて言うんだもん。すぐ恋しちゃった”
(なんか・・・。火南子ちゃんの気持ちが分かる気も・・・。と、いっても、
私のこのドキドキは違うぞ!断じて恋愛とかそういう類のものでは・・・。そうだ。
これはただ、脈が速いだけだ!)
ひとり、俯き問答する水里。
「水里さん。どうかされましたか?」
ギクっとする水里。
「あ、いや、えっとマスター・・・。お、おかわりもらえますか?」
「ええ。何杯でも。淹れて置きましたから。水里さんが飲まれると思ってずっと・・・」
木枯らしが吹く季節がもうすぐやってくる。
心が寂しくなったとき、
痛いとき。
温もりを探そう。
空の陽でもいい。
コーヒーでもいい。
自分を元気にするために・・・。