第一話 ただいま おかえりなさい・・・ @

”恋”にしちゃいけない。





”愛”にしちゃいけない。









どうして人は恋をするんだろう。





どうして一人じゃいられないんだろう。








・・・恋をするのが怖い




愛を知るのが怖い。









一緒に




探してくれる人がいたら






一緒に・・・









私は恋ができるかな




愛を知ることができるかな










風呂上りの水里。 バスタオルで伸ばし始めた髪を拭きながら パソコンのスイッチを入れ、メールがとどいているか確認。 カチカチ・・・ 少しマウスの扱いも慣れてきた。 『新着メール一通』 (あ・・・マスターから来てる) 陽春が日本を発ってから丁度一年。 水里と陽春はずっとメールのやりとりをしている。 (・・・マスターからのメールが来ると安心する・・・。元気なんだってわかって・・・) 早速水里も返事を打ち始める。 『マスターへ』 (じゃなかった・・・。”春さん”へだった・・・。どーもこのよび方が抜けないな) ”春さん” 陽春のことを水里はそう呼ぶようになったのは ”水里さん、僕のことはできれば名前で呼んでもらえませんか。マスターっていうのは なんか・・・。僕にはまだ貫禄がないし・・・” 陽春がそう言って来てので水里は考えた。 『陽春さん』 これは照れくさすぎてすぐ却下。 『陽君』 6つ年上の陽春に対して”君”はないだろうということでやっぱり却下。 ”じゃあマスターはなんと呼ばれていましたか?” それにたいして陽春は ”春さんと学生時代の友人からは言われていました” (・・・春さんか・・・。うん。何だかあったかい感じがしていいな) こうして”マスター”を卒業して”春さん”になった・・・ 陽春のメールを何度も読み返す水里。 『水里さんへ・・・』 (・・・やっぱりなんか照れるな。この出だしは・・・(照)) 耳元で囁かれたようになんだかくすぐったい。 文字なのに・・・ 「だーっ。照れてどーする!!画面の文字だ。自意識過剰だ、じぶん!!」 ほっぺをパンパンと叩いて照れを吹き飛ばす。 『今日・・・。僕が巡回している村の一つに井戸ができたんです。 日本のNGO団体の方達が2ヶ月かかって作ったという・・・。井戸だけではなく 水をろ過する装置も作られて・・・同じ日本人として何だか・・・誇らしげな気分でした』 (・・・そっか・・・。日本は蛇口をひねれば水が出てくる。挙句はコンビにに行けば 水は売ってる・・・。なんか・・色々考えることあるよね・・・) そう思いながら水里は台所の水道の蛇口をぎゅっと締めた。 お互いに日常の知らせあう。 『水がろ過されていく・・・。何だかその光景を見ていたら 水里さんのことを思い浮かべました、”水の里のようにこの井戸が潤いますように”』 「///」 ちょっとだけ二人だけの 空間みたくて水里は恥らう 『あ、そうだ。太陽君、運動会だってメールにあったけれど何等でしたか?』 (・・・(寂)いきなり太陽の話題に飛ぶのか・・・。ちょっと寂しいな) 白衣を着てアフリカの子供たちに囲まれる陽春の写真が添付されていて・・・ 「日焼けしてるなぁ。元気そうで・・・」 しかし最後の一文で水里の声があがった 「えっ・・・!?1週間後帰国・・・!??」 前のメールでは帰国は少なくともあと1年は頑張りたいと 言っていたのだが・・・ メールではその詳細は書かれていない (帰ってくるのは嬉しいけど・・・なんか心配だな・・・) 微かな不安を感じる水里・・・ 翌朝水里は陽春が留守の『四季の窓』へ急いだ。 「へいらっしゃーい。ってなんだお前か」 「・・・八百屋みたいな出迎えありがとう。夏紀クン」 マスター代理の陽春の弟・夏紀。 ちょっと派手な虹色のエプロンを身に纏い、 マスター代行見事に果たしております。 だが陽春より頑固でケチなので ”つけ”がきかない。 「お前とコントやるほど暇じゃねぇっての。これでも”売れっ子”作家 なんでねぇ」 「”売れっ子”は売れっ子でも『売れ残り本作家』じゃないの」 「・・・。てめぇ。コーヒーの中に納豆つっこんで出してやろうか」 とまぁ、意気があっている二人(?) 陽春が日本を発って一年。二人で一緒に店を守ってきた。 「ねぇ。あのさ。春さんからメールあったんだけど、急に帰国が決まったんだって。 何か聞いてる??」 「あぁ。なんでも急に政治事情が悪化したとかで 避難命令出たんだってよ・・・。でも兄貴、最後の最後まで残るって言い張ってるらしいけど・・・」 「・・・」 確かに最近ニュースで政治活動が活発になって紛争があちこちで 起きていると行っていたが・・・ 「春さんの街は安全ってメールにはあったけど・・・」 水里はアイスティのガラスぎゅっと握り締める・・・ 「・・・お前が心配したって仕方ねぇだろ」 「うん・・・。でも・・・。春さん・・・。高熱で生死の境をさ迷った男の子が 元気になったってメールにあったのに・・・。きっと悔しいだろうな・・・」 ”今日・・・。マラリアで危なかった少年が意識を取り戻したんだ” ”その少年が日本語で『アリガトウ』って言ってくれた時、本当に嬉しかった” 文字から 陽春の生き生きとした様子が伺えたのに・・・ 「・・・んじゃ兄貴は帰ってこねぇ方がいいのか?」 「そんなこと・・・。帰ってきて欲しいけど・・・。春さん、メールで すごく充実してるって書いてあったから・・・。なんか・・・。 素直に喜べなくて・・・」 「・・・」 グラスを拭く夏紀の手に少し力が入る。 「・・・けっ・・・。ま、とにかく兄貴は帰ってくるんだから 出迎えてやろうぜ。労をねぎらわねぇとな。それが大事だろ」 「そうだね。うん・・・。春さんが帰ってくるんだから・・・。笑顔で迎えてないといけないよね」 気を取り直して 水里はアイスコーヒーのおかわりを頼む。 この店の主が帰ってくる・・・ 色々複雑なことはあるが 夏紀にとっては頼もしき兄。 水里にとっては・・・ 良き話し相手でもあり 太陽の良き理解者でもあり・・・ (・・・春さんが帰ってくる・・・。ここに帰ってくるんだ・・・) 弾みそうな心を自分で戒める水里。 (元気な姿を見られたいい。そうだよね・・・。雪さん) 無意識に陽春から預かっているペンダントを 撫でる水里。 「・・・。そのペンダント・・・」 「どうかした?」 「いや・・・」 水里から何故か視線を逸らす夏紀。 「・・・?」 首を傾げる水里。 時計をみると既に午後4時半を過ぎているではないか。 「あっといけない。今日、太陽が泊まりに来る日だった。んじゃごちそうさまッ」 水里は340円をカウンターに置き、忙しそうに 出ていたった・・・ 「・・・。10円たらねぇっての。ったくドジ女め・・・」 チャリン 夏紀はくすっと微笑んで小銭をレジにいれた 〜♪ エプロンの中の携帯。 出版社からのメールだ。 『早く原稿あげること!いつまで”スランプ中”なんだ!!』 「ったく・・・。オレは茶店マスター代行と作家の二束のわらじはいてんだぜ? これもま。”売れっ子作家”の宿命ですか」 カウンターの下から原稿用紙と万年筆を取り出す・・・ 最近の作家はほとんどパソコン打ちが多いというが 若いながら夏紀は直筆派だ。 紺色の万年筆・・・ 陽春が夏紀に贈ったものだ ”自分の字でガンバレ!” というメッセージと共に・・・ 「・・・兄貴。帰ってくるんだな・・・」 万年筆をじっと見つめる夏紀・・・ (帰ったら・・・。一杯やろうぜ。兄貴) 一方。 週末恒例の太陽の『水里宅お泊りの日』 ランドセルを背負ったまま水里宅に直行。 引き算のテストを台所で夕食を作っている水里に得意げに見せる太陽。 「おお。算数のテストが80点!!太陽!!すごいぞ〜!」 太陽を思わずだっこする水里。 大分体重も重たくなりって 背も去年より5センチ伸びて今は120センチになりました。 太陽の頬にすりすり水里。トンカツを作っていたので 太陽の頬にも小麦粉をがついちゃって白くなっちゃった。 「今日はご馳走にしないとね〜!!それに太陽にもビックニュースがあるのだ」 なになに?と言わんばかりに耳を立てる太陽。 太陽の耳元であることを告知・・・ ”あのね、マスターがカエッテクルヨ” 「!!」 太陽、ビックニュースに 思わず飛び跳ねて喜ぶ。 「え?いつかって?二週間後」 「にしゅう・・・。なんこ、ねる・・・?なんこ・・・」 「14こだよ」 太陽は小さな指で数える。 だけど手の指は10本しかないので足の指も一緒に数える。 「ふふ。14個なんてあっとうまだよ。太陽、マスターにも このテスト、見せてあげようね!」 ”うん!”と太陽はげんきにうなづいた 「よし、では太陽隊長!早速、カツにパン粉を付ける任務を お願いします!」 ”ラジャー!!”と敬礼して お気に入りの『ピカチュウエプロン』をびしっと装着。 二人して顔を粉だらけにして夕食作り。 水里宅の台所からいい香りが漂っていた・・・ 太陽はその日から”ますたあがかえってくるひ” と算数のノートに 黒丸をつけはじめた。 (ますたーに80点のテストとおっきくなったミニピカを見せてあげるんだ) と・・・
そして1週間はあっとう間に過ぎた。 水里と太陽(+ミニピカ) 朝から忙しい。 陽春を出迎えるため、『四季の窓』では店の中の飾りつけ に追われていた。 『ますたあ、おかえりなさい』 水色のくれよんで書いた太陽の字。 ミニピカの似顔絵も一緒だ。 椅子に登って白い垂れ幕を天井に画鋲で 貼り付ける水里。 「まっすぐになってる?太陽」 太陽は親指をたてて『オッケー』と言った。 「よし・・・。これで準備万端!あとは春さんを待つだけだね!」 パチン!と水里と太陽は手を叩きあって確認した。 「おい・・・。お前らな。オレのこと忘れてねぇか」 「あ・・・。そっか夏紀君、今日で”マスター代行”終了だもんね。お疲れさん、お疲れさん」 ポンポンと夏紀の両肩をたたく水里。 「思い切り気持ちがこもってねぇし」 呆れ顔の夏紀。 「でもさ・・・。私はやめてほしくないな」 「あ?」 「夏紀くんの淹れてくれたコーヒー・・・。春さんのとは違うけど私・・・ 凄く好きだよ。コクがあって深い味で・・・。元気が出る」 「・・・。そ、そんな素直なコメント急にすんじゃねぇよ(照)」 夏紀はちょっと照れた。 「・・・ふふ。可愛い可愛い」 「男に向かって可愛いとかぬかすな。童顔女!どっからみても今年26の女にゃみえねぇぞ」 「・・・禁句を言ったな、夏紀の坊ちゃん!!」 カウンター越しに睨みあう二人。 ピー! 太陽は二人に向かってピカチュウ笛を吹いた。 「太陽!?」 「ケンカは、だめ。ケンカはだめ」 太陽は怒っている。 「そうだよね。春さんが・・・。大役を終えて帰って来るんだから・・・。 笑顔で迎えなくちゃ。ね、夏紀クン」 「そうだな・・・。兄貴が帰ってくるんだから・・・」 水里と夏紀は店の中をじっくりと眺める・・・ 毎日木製の床は艶やかで ウィンドウも曇り一つなく・・・ 決め細やかな手入れを保っている・・・ この店の主が 確かに今日・・・かえって来るのだ・・・ しかし・・・ 「・・・遅いな。飛行機は3時にはつくって・・・」 貧乏揺すりをしながら時計を見る夏紀。 その時計はすでに5時を過ぎている・・・ 「飛行機が遅れるのかな・・・。それにしたって遅い・・・」 チッチッチ・・・ 秒針の音がやけに響く 不安を煽る 「・・・何かあったんじゃ・・・」 水里は思わず窓を覗いた 「・・・ンなわけねぇだろ!!信じて待ってろ!!」 「・・・」 心配そうな顔で座る水里・・・ 太陽にも伝わって。 ちょこんとミニピカをだっこして水里の膝に乗った・・・ (太陽・・・) 5時を過ぎ・・・ 7時も過ぎて・・・ 準備した料理も冷めてしまい・・・ 辺りはすっかり暗くなり・・・ 雨も振り出した・・・ 「太陽・・・寝ちゃった・・・」 ピカチュウのジャンパーに包まれ、水里の腕の中ですやすや眠る太陽。 その手には 80点をとった算数のテストが握られて・・・ 「太陽・・・。テスト春さんに見せるんだって・・・。張り切ってたんだけど・・・」 「・・・。ったく兄貴の奴・・・。連絡ぐらいくれってんだ・・・」 「・・・」 ピカ・・・!! 雷が光る・・・ 「・・・本当に兄貴・・・。どうしちまったんだよ・・・」 「・・・」 水里はペンダントをぎゅっと握り締めた・・・ ワンワン! ミニピカは急に吠えドアをかりかり あけようとする。 「どしたの、ミニピカ!」 ミニピカの声に太陽もすぐに目を覚まし、店と飛び出した。 「太陽ッ!??」 水里と夏紀は傘を持って太陽を追いかけた・・・ 「太陽!」 (あ・・・) 水たまりに映るのは 長身の男にだっこされた太陽と・・・ 髪が肩まで伸びていて 大きな黒の登山用のシューズ・・・ 「・・・春・・・さん・・・」 水里の胸はトクン・・・と波打った 「兄貴・・・」 「・・・遅くなってすまない・・・」 1年半ぶりの声。 (相変わらず・・・。優しい声だね・・・。春さん) 温かいぬくもりのある声が 水里の胸に響いた・・・