デッサン2
水色の恋
第10話 きっと忘れない 


20年





あの子が消えた場所は道路が拡張され、きれいな街路樹が植えられ
歩道は絨毯のように
綺麗な黄色のタイルで舗装されて




ここで




小さな命が消えた場所だと誰が思うだろう。








20年。












もう二度とあの悲劇は起きて欲しくないと願い続けているのに
現実は全く逆の光景






道路では携帯電話をかけながら話すドライバー。




急発進する車。



違法駐車する車・・・









「久美子・・・。ごめんね・・・。お母さん頑張ってきたけど・・・。
交通事故は全然減ってない・・・この時代も・・・」








街路樹の袂に花を添える中年の母。






「ちょっとー!!前にも言ったのにまたそんな縁起でもない花添えて。いい加減にしてくださいよ」





歩道の前のカフェの店員が中年の女性に文句を行っている。





「でも・・・。ここで娘が亡くなったんです。お花だけでも
おかせて暮れませんか」





「だからそれが気味悪くて商売に影響するんだって・・・。それにあれだろ。事故ってたって
もう何十年も前の話だろ!?もう風化してんじゃねぇか」






若いバイトのウェイターは苛苛しながら花瓶の花を掴んでほうりなげた。











バッコンーーー!!








突然、ウェイターの後頭部をスケッチブックが殴打した。





仁王立ちする水里。



「な、なにすんだ、てめぇ!!」







「さっきから聞いてりゃ。それはこっちの台詞だ!!あんた、どんな育ち方したんだ!!??えぇ!??
こ」






「うるせぇ!!んなことしったこっちゃねぇよ!!迷惑なもんは迷惑なだけだ!!ったく・・・」





ウェイターはポケットに手を突っ込んで水里たちにぺっと
唾をはいて店に入っていった・・・











「最近の若いモンは・・・あぁ!!」







「・・・ふふふ・・・。うふふふ・・・」






「・・・?」






中年の女性はひどいことを言われたはずなのにどうしてか笑っている・・・







「あ、あの・・・」






「あ・・・。ご、ごめんなさい・・・。貴方があんまり元気なのでつい・・・」







「・・・げ、元気だけが取り得なので(汗)」








とても穏やかに笑う女性・・・





だが花を供える手は哀しげで・・・



「きっと・・・生きていたら貴方と同じぐらいの年・・・。うちの娘もきっと貴方のように
元気な女の子になっていたはず・・・」









「・・・」








少し小さな背中・・・







大事なものを失った喪失感が漂い、陽春の背中と重なる・・・










「・・・。あ、あの・・・。私は山野水里と申します。も、もしよろしかったら近くの喫茶店で
一服なさいませんか。しょ、初対面の人にこんな誘い、非常識かもしれないけど・・・」








「いえ・・・。この出会いもきっと空にいあるあの子の仕業・・・。お言葉に甘えさせていただきます。あ
申し送れました。私は高畑久美子の母ともうします。
」










きっと陽春の淹れたコーヒーが







身にしみて美味しく飲んでくれる・・・













水里は是非、飲んでもらいたいと思った・・・














「まぁ・・・。素敵・・・」








草木染のコースター。





アイスコーヒーが運ばれてきた。







「このコースターは水里さんが作られたんですよ」








「・・・い、いや。そんな・・・ほんの真似事で・・・」








「私、花がすきなんですだからなんだか憂いしわ・・・」






カラン




氷が効いたアイスコーヒーを一口含む・・・








「・・・。まぁ・・・。こんなコクのある・・・深いお味・・・。不思議と落ち着くわ・・・」



「ありがとうございます」







とてもいい顔であじわう女性に水里は安心した








中年の女性はふと窓に視線を送る・・・







走り抜けていく車をじっと眺めて・・・




「・・・。この辺りの道路も・・・。交通量が多いのですね・・・」







「ええ。駅の開発が進んでから特に・・・。街が賑やかになることは
楽しいけれど・・・」








「どうして歩道より車道の方が広いのでしょうね・・・。歩行者がまるで
隅に追いやられている様・・・」






「え?」







女性はカップを静かに置いた。










「・・・あ・・・。すみません・・・。変なことを言ってしまって・・・。
娘が昔、事故に遭ってからビュンビュン走る車みると思い出してしまって・・・」








「いえ・・・。僕もそう思います。店からみえる目の前の道路が・・・
。恨めしく思える・・・。世の中には車で命を奪われる人がいるのに
毎日目の前を同じ車が通り過ぎていく・・・。意味もない憤りを感じます」





(春さん・・・)




少しぐっと拳に力が入るのを水里は見逃さない・・・







「・・・。もしかしてマスターさんも誰かを事故で・・・」









「はい。妻を・・・」











「そうですか・・・」








重い・・・





切ない空気が漂う・・・







それは 掛け替えのない誰かを失くした者にしか分からない・・・









「脇見運転、居眠り運転、飲酒、携帯電話・・・。たった一人のドライバーの
”小さな不注意”であの子の人生が消えた・・・。それを
忘れて欲しくなくて・・・。花を添えていたんです・・・」






「・・・。他者に勝手に奪われた命が・・・”忘れられること”が何より辛い・・・。本当にそうです・・・。本当に
本当に・・・」







言葉に思わず力が入る・・・







(春さん・・・)







「25年・・・。四半世紀経ってしまいました・・・。あの子の命が消えた”意味”すら
生きた意味すら考えてくれる人などいない・・・。あの子の存在すら知ってもらえない・・・。
それが悔しいんです・・・。悔しいんです・・・!虚しいです・・・」









「・・・」







グラスをぎゅっと握る手に力が入った・・・









「・・・車が憎い・・・!まるであの子の屍を踏み潰しているように見えて・・・っ。あの子が
生きていたという証が・・・証さえ踏みにじられているように思えて仕方ないんです・・・っ」











怒りの篭った声に・・・






水里も陽春もそれ以上かける言葉がなかった・・・













久美子の母は陽春のジャスミンティを飲みほして





深々と何度もおじぎをして店をあとにした・・・












静かな店内・・・





柱時計の秒針の音だけが響く・・・






「・・・。春さんごめんなさい・・・。なんか私・・・」






「どうして貴方が謝るんですか・・・。嬉しかったです。
同じ痛みを抱える人と話す機会はあまりないから・・・」











「・・・。高杉さんの心の針・・・とまっちゃっているんだね・・・。25年前から・・・」






「・・・。動き出すには・・・。だれかに『鍵』をまわしてもらはないと・・・。
無理なんです・・・。時計も人の心も・・・自分では動き出せないから・・・」








(”鍵”・・・)









『あの子も絵が大好きだったんですよ。あなたみたいにいっつもクレヨンと
スケチブックを持って・・・』









久美子の母の言葉が水里の脳裏に浮ぶ。










「・・・。春さん」






「はい」







「思いつきで誰かのために何かするって・・・。本当はよくないことなのかもしれない」






「・・・」







「でも・・・。私。あのお母さんの背中が消えない・・・。お花に手を合わせる細くて小さな背中の寂しさが・・」











祈ることしか出来ない






悔しさと哀しさが



小刻みに震える肩から伝わってきた・・・





「久美子ちゃんが・・・生きていた証・・・。
何か・・・何か出来ないかな・・・お節介ってわかってるけど
ほおっておけないんだ・・・。お節介なんてあんまりいけないって
想うけど・・・けど・・・。何か・・・出来ないかなって思うんだ・・・」











グラスに映る自分の顔を見つめる水里。








「僕もです。水里さん」







「春さん」







「・・・。おかしいなんてことないです。
僕も貴方と同じことを考えていました・・・。
一緒に考えてましょう。久美子ちゃんが”生きた証”をつくれないか・・・」






水里を優しげに見つめる・・・








「うん・・・!」





「その意気です」










微笑みあう二人を・・・






出版社から帰って来た夏紀が複雑な顔で窓越しに見ていた・・・


















その週の休み。






水里は20年前久美子が事故に遭った場所にスケッチブック一冊と
何色かのペンキを両手てたって行った







「・・・よしっ。まずは・・・」





ガードレールの前のカフェ。





横の白い壁面をじっとみあげる。







今日のキャンバスはこのお店の花壇と



ガードレール。









二日前。





水里はこのカフェの店長にあることを頼んだ。





”久美子ちゃんの書いた絵を・・・お店の空いている花壇に開描かせて下さいませんか”









久美子の夢は花屋。






花壇に自分の描いた絵を花で描きたい・・・







水里は久美子の母からその話を聞いて思いついた。









「そういわれてもねぇ・・・」





最初、店長はあまり乗り気ではなかったが・・・






「お願いします。一日でいいんです。久美子ちゃんが生きた・・・。
夢見ていたことを知ってほしいんです。久美子ちゃんの夢を・・・」







水里が粘り強く頼み込み
了承を得たのだった・・・











「・・・夕方までに仕上げないとな・・・。高杉さんが来るまでに」






”今日の夕方5時にカフェの前まで来てくださいませんか。お見せしたいものがあるんです”








そう伝えてある・・・








母親に内緒でプレゼント買ってみせるみたいな
うきうきした気持ち・・・







(もっとも・・・。あたしに母親はいないけど)







「よーし。んじゃあ、おっぱじめますかぁ!」






花屋でごっそり買い占めてきた植木や鉢を







「それにしても・・・。この花壇・・・。広すぎ雑草生えすぎ」








畳1畳ぐらいの大きさの花壇が8つあって・・・








(あの店長め・・・。もしや雑草ぬかせるためにOK出したんじゃ・・・。はめられたか・・・(汗))






水里が少しため息をついていると。






「何ため息ついてるんですか?」







「・・・春さんッ!?」





ジーンズとTシャツ姿の陽春が立っていた。






「ど、どうして・・・」





「それはこっちの台詞ですよ。一人で勝手に行動するんだから」





陽春はすこしむくれながら持ってきた軍手をはめる。





「でもお店は・・・?」




「只今スランプ中の恋愛小説大作家せんせいがお留守番してますから」







その”大作家先生”は今頃。






「おー。そう。●女子大。かわいいねぇ♪」




お客をナンパ中だった(笑)










「さーて。どの花から植えていけばいいんですか?早く」





「あ、はい、あの春さん・・・」






申し訳なさそうに鉢を手渡す水里・・・







「水里さん。僕も久美子ちゃんの”生きた証”をみんなに知って欲しい・・・。
こんなに素敵な夢を抱いていた少女がこの世の中にいたことを・・・」







「春さん・・・」






「だから・・・。手伝いたいんです・・・。一緒に・・・。形にしましょう
久美子ちゃんの生きた証を・・・」









”一緒に・・・”





のフレーズに水里の心がふわっとした。





「・・・はい!!」










元気のいい水里の声に







陽春の心も力が湧くようで笑顔が浮ぶ。







「じゃあどの花からいきましょうか」







「えっと・・・」











スコップ片手に二人は小鉢からまずはいい香りのするラベンダー。











「ランベンダーか・・・」






「はい。久美子ちゃんのスケッチのこの紫の部分にいいかなって・・・」







「いいですね・・・!この前を歩く人にもきっといい香りで気づいてくれる・・・。いい花の選びましたね!」






「あ、そ、そうですか。よかった・・・」












(・・・)









何だか・・・





素直に嬉しいと感じてしまった・・・。








ラベンダーの優しい香りと一緒に





陽春の笑顔が水里のこころを穏やかに・・・






落ち着かせる・・・






そして俄然、やる気が湧いてきた・・・!








(絶対、夕方までに仕上げるぞ・・・!)






軍手で小さく拳を握ぎって「うっし!」と呟く。




陽春はその仕草が可愛らしく感じくすっと笑った・・・










「・・・でこの部分の色はひまわりの花びらで・・・」














クレヨンで描かれた久美子のスケッチ。







それには空に浮ぶ虹色の気球・・・













きっと






久美子ちゃんはいつも夢見ていたのだろう・・・







綺麗な色の気球に乗りたい。






お花でその絵を描きたい・・・







果たせる夢だったのに






つかめる夢だったのに・・・






たった一台の車とぶつかっただけで・・・散ってしまった





奪われた





夢も  命も・・・









花びらの絵を描いていくうちに・・・








感じた・・・







(生きていたなら
きっと・・・25歳の久美子さんと友達になれたかもしれない・・・)






在ったはずの未来・・・










カフェの前をビュンビュン通る車たちに言い知れぬ腹立ちを感じながら
花びらを一枚一枚置いてく・・・












そして空はオレンジ色に染まりかけた頃・・・







「・・・ふぅ・・・」










鼻の頭に少し泥をつけた水里・・・








「でき・・・た・・・」






「でき・・・ましたね」






花壇に花びらと生花で描かれた・・・









虹色の気球・・・






額縁の代わりに




ラベンダーを植え、いい香りのする絵だ・・・










「これで・・・」









黄色はひまわり。空の青はブルーを散らした・・・











「・・・喜んでくれるかな・・・」






不安そうにする水里に陽春はポン!と肩をたたいた



















「・・・大丈夫・・・!」







心強い陽春の微笑み・・・





「・・・うん・・・!そうですよね!」








水里が深く頷いたそのとき・・・



「あ・・・」








久美子の母・静かに花壇を見つめていた








「た・・・高杉さん・・・」










「・・・」








久美子の母は花壇にゆっくり近づきしゃがむ・・・













「・・・久美子・・・」










”おかあさん、おはなでお絵かきできたらたのしいね”








”おかあさん、ききゅうにのりたいなぁ。私、大きくなったら
気球に乗ってみたい。色んなところへいきたい・・・。おかあさんと旅行したいんだ”










スケッチブックとクレヨンを両手に・・・







笑顔だった久美子・・・









”おかあさん・・・おかあさん・・・”














「久美子・・・っ」











5歳で止まってしまった久美子の笑顔・・・






今も鮮明に覚えているのに






哀しい






”お母さん お母さん・・・”





生きていたはずの命が






今、ここにないことが





悔しい・・・










「久美子・・・。よかったね・・・。久美子の絵、描いてもらえたよ・・・」








花びらを子供の髪をなでるように



優しく・・・花びらに触れる・・・









「久美子が・・・。生きていたらきっと・・・。花屋にでもなって
この絵を描いていたと思います・・・。久美子がこの絵のなかにいる・・・」











「・・・高杉さん・・・」











「久美子・・・。よかったね・・・。よかったね・・・」










ラベンダーの薄紫の花




が揺れる。










夕日が久美子の母の背中を包むようにオレンジ色の陽を
地上に注がれた・・・




























”またここに来ます。久美子の友達や親戚・・・。
たくさんの人に見てもらいたいから私は忘れません。
久美子が生きた証を絶対にきっと忘れません・・・”







久美子の母は水里の手を握り締めて何度も頭をさげた。








嬉しそうに






切なそうに・・・











「・・・。喜んで・・・。もらえたのかな」







「・・・」








スコップと花の肥料のビニール袋を持って水里が放す。








帰り道。









ハナミズキが咲く歩道を







二人歩く・・・










その真横を車が走っていく








何台も何台も







走っていく・・・












運転している人たちの中で







歩行者の存在を感じてハンドルをにぎっている人はどれだけいるだろうか。






携帯電話片手に運転するサラリーマン。





脇見をして助手席の荷物に手を伸ばす女性。








「・・・一秒の油断が・・・。久美子ちゃんの夢と未来を奪ったんだ・・・」





水里は眉をゆがめて通り過ぎる車を眺める・・・







陽春の少し先を歩く水里。









左の曲がり角から急に車が・・・!!









「水里さんッ!!危ないッ」














「えッ・・・?」














ビュンッ!!









なんでもない曲がり角から急に車が左折してきて







水里とあやうく正面衝突しそうになる・・・








「・・・」








陽春の声で立ち止まった水里・・・





呆然として力が抜けた・・・。







「大丈夫ですかッ!??」





水里に駆け寄る陽春。








キュルルル・・・!!









急停止した車はいきなりバックし、逃げるように反対方向へ走り去る・・・










「なんて車だ・・・」











赤い一時停止の白線と標識はちゃんとあるのに・・・











「水里さん。怪我は!?大丈夫ですか?」







「痛いのかな・・」








「え・・・?」




「車にはねらるって・・・。痛かったかな・・・。骨が折れるってどれだけ痛いのかな・・・」









車とぶつかっていないのに








怖かった・・・








たった5歳の久美子は・・・どんな痛みで







はねられたのだろう






小さな体が飛んだ。






首の骨が砕け

















おさげの髪から大量の血が流れ・・・
















「・・・痛かったかな・・・。苦しかったかな・・・。怖かったかな・・・。
こんな・・・。固いコンクリートに打ち付けられて・・・投げ飛ばされて・・・。
こんな・・・。こんな・・・」










水里はアスファルトをごつん・・・とたたく・・・








こんな固くて冷たい地面に・・・






小さな体が落とされて・・・










「・・・。痛いの嫌だよね・・・。苦しいよね・・・」













骨折するだけでも痛い。









久美子はそれが全身だった














「春さん・・・。あたし・・・。何にもわかってなかった・・・。久美子ちゃんの痛み
わかってなかった・・・」













ジワリ・・・







水里の目に涙が溢れてきた・・・












「”久美子ちゃんの生きた証をつくりたい”なんて偉そうに・・・。私・・・。わかってなかった・・・」












「水里さん・・・」
















「久美子ちゃん・・・ごめんね・・・ごめんね・・・」














水里の一言一言が・・・









陽春に響く・・・










久美子と同じくアスファルトの上で
消えた雪の痛みを代弁してくれているようで・・・







沁み込む・・・















(・・・水里さん・・・)












水里の涙がとても尊く感じる・・・























「大丈夫・・・」








「え・・・?」










「ほら・・・。立って・・・?」











しゃがみ込んでいた水里の右手をそっととって






立ち上がらせる・・・











「ほら・・・。あそこ・・・見て・・・」










陽春に言われるままカフェの方を振り返ると・・・










「わぁ。綺麗ーーvv」





若い女性たちが花壇をにこにこしながら覗いている









それから






買い物帰りの主婦も自転車を止め、花壇をまじまじと見て・・・

















「貴方は生き返らせたんです・・・あそこに久美子ちゃんの心を・・・」













「春さん」












「久美子ちゃんの魂を久美子ちゃんを知らない人に伝えてる・・・。久美子ちゃんは喜んでいるはずです。
貴方が謝ることなんてどこにもないんです・・・」












陽春の言葉は







すうっと






水里の涙を止めた・・・










「春さん・・・。ありがとう・・・。私・・・。なんか気持ち・・・。なんか・・・ぶわって
なんか・・・なちゃって・・・。でももう大丈夫。涙は止めます。今すぐに」










ごしごしと目を擦る水里。







軍手のまんまなのでほっぺに土が・・・





陽春はくすっと笑い







「水里さん、土ついてますよ ほら・・・」





少ししゃがんでTシャツの裾でそっと水里の頬の土を払う・・・











(・・・)






綿の柔らかい感触が頬に伝わる・・・















陽春の澄んだ琥珀色の瞳が目の前に水里の体の動きが止まってしまう・・・











「はい。取れました」













水里は思わず、顔を背けてしまった・・・








「・・・あ、すいません。僕失礼なことを・・・」






「い、いえ。そんなことは決して・・・」








(余計なことじゃないんだけど、なんつーかサラリとびっくりすることを
やってのけるから・・・(汗)それに・・・)











ドキドキが止まらない・・・












自分では認めたくない、意識したくない
心が上からあがってきたみたいで・・・







「さ、帰りましょう。暗くならないうちに」










「はい」














陽春の背中がさっきより広く大きく感じる・・・












隣に並んで歩いているということに










やけに





心が騒いで・・・














「あ、そうそう。僕、ちょっと思いついたんです。新しいメニューで
ラベンダーのアイスっていいんじゃないかなぁって・・・」








「あ、いいですよ!!それ。おいしそうだし香りもいい香りしてきっと
女性にうけると思います!」








「じゃあ、うちの花壇でもラベンダーの苗木しようかなぁ・・・」










帰り道・・・







陽春と会話しながら帰る水里・・・












陽春との会話が楽しい







とても心地いい・・・















密かに感じるドキドキも・・・










赤信号で立ち止まった二人。










水里の視線が信号の向こうのケーキ屋のガラスにむけられた。









自分と陽春が並んでいるのが映る・・・










泥だらけの自分と






優しい眼差しの陽春・・・








(・・・)








急にどこか”現実”に引き戻されたような感覚が湧いてきた・・・







「・・・あ、あの・・・。水里さん・・・?」











「・・・。春さん、今日は本当に助かりました。ありがとう」








「い、いえ・・・」








急に水里の様子がぎょうぎょうしくなったのを感じる陽春。









「あ、家の前まで送ります」






「い、いえ。あ、あの結構です。もう信号わたったらすぐだし・・・」






「でも・・・」







ちょうと目の前の信号がパッと青になった。












「じゃあ、春さん、お疲れ様でした。おやすいなさい・・・!」




ぺこっとおじぎすると水里は足早に信号を渡る。






「あっ。待・・・」







走って信号を渡る水里を追いかけようとしたが左折してきた車に遮られた









「・・・。スコップ・・・。忘れてるんだけどな・・・(汗)」









時々ある。








水里はどうして一歩引いてしまうのか・・・?










突然だ。













(人付き合いが苦手っていったって・・・。
それとも単にやっぱりオレと話すのが迷惑なだけなんだろうか)














・・・?












(・・・。なんだ・・・?)








一瞬わいた








この寂しさは何・・・?









「・・・」










陽春は水色のスコップを何故かじっと見つめた。





























『私は忘れません。久美子はずっとずっと生きつづけていますー・・・』














パッポウ・・・っ








(・・・!)








信号機の音にはっとする陽春。























(・・・)














『きっと忘れません。私の中で久美子は笑っています。生きています・・・』








久美子の母の言葉が











”何か”を自分に忠告するように




浮んで・・・










「・・・。さてと・・・。帰らないとな・・・」





















右手の水色のスコップから目を逸らしビニール袋の中に閉う・・・。







『きっと忘れません・・・きっと・・・』




(忘れるもんか・・・。オレは・・・)












大事なものを失ったときの痛みを





陽春は必死に思い出しながら









帰った・・・