デッサン2
水色の恋
第13話 人の噂の75日 初ケンカは何日? @ 



「みっさとちゃーん♪おこんばんはーv」 「・・・おばちゃん・・・(汗)」 甲高い声で登場の美容室の菊枝おばちゃん。 商店街の全ての情報を網羅している。 いいことも悪いことも菊枝の耳に入ればすぐに噂となって 商店街に広まる 水里にとってはちょっと怖い存在である。 「うふふーv商売はどうー?」 「え、えぇまぁ・・・」 るんるんで声が弾んでいる菊枝。 これはかなり”いい情報”が入り、水里に伝えにきた証拠だ。 「お、おばちゃん。一体何のよう・・・?」 「あのねぇ。私、見ちゃったのよーv」 「な、なな、何を見たって・・・」 水里は冷や冷やしながらレジのお金を数える。 「この間の日曜日にー。『四季の窓』のマスターと水里ちゃんをホームセンター で。太陽ちゃんと3人でいるところを」 「・・・(滝汗)」 菊枝に目撃された=噂に尾ひれどころか背びれ二つ三つついて一瞬にして 広がる 水里の背中に悪寒が走る・・・ 「あ、あの・・・。おばちゃんあ、あれはたまたま 一緒にいくことになっただけで・・・」 「うん。わかってるわ。だって水里ちゃんとマスターがどうこうなるなんて 展開だれも思ってないから」 「・・・。ま、まぁそうだけど(汗)」 噂になるのはたまったものじゃないが なんだか寂しい気もする水里。 「でも万が一そうなったとしたら・・・。優しいマスターのも結局”男”ってことよね」 「え・・・?」 帳簿をつけていた水里の手が止まる。 「だって・・・。奥さんがあんな事故で亡くなって・・・。3年しかたってもいないのに奥さん忘れて 他の恋の噂なんて・・・。結局マスターも”男”だって こと思うじゃない」 「・・・」 「マスターと奥さんの”純愛”結構有名だったのにがっかりよねって・・・」 ガッチャーン!! 「勝手なこと言うなよッ!!」 水里は乱暴にレジを閉め、菊枝を睨んだ。 「春さんは・・・。マスターは・・・。雪さん、忘れてなんかないよ・・・!!忘れてなんか」 「水里ちゃん・・・?」 「おばちゃんのそういう噂が・・・。マスターを傷つけるんだ。おばちゃんだって おじさんがいなくなったら辛いでしょ・・・?どうしてそんな人の心にずかずか 入り込むような噂たてるんだ・・・」 帳簿の表紙の端をぎゅっと握り締める水里・・・ 「・・・。ごめん。言い過ぎた・・・。でも・・・。お願いだから悪気がなくても 噂たてるのやめて・・・。傷つく人がいるんだ・・・。マスターは・・・ 今も闘ってるんだ・・・。自分の心と・・・」 「水里ちゃん・・・。貴方・・・」 「大切な人を失くした痛みと闘ってる人を傷つける噂なんて・・・大嫌いだ・・・。人の人生壊すコトだってあるのに・・・。 」 美容院という場所は ”世間話”というのがもう一つの仕事と思うほど とにかく大切なものだ。 菊枝はだから近所の情報をすぐキャッチしなければと思っていたが・・・ 「ごめんなさい。商売柄つい、他人様のことが気になって・・・。でもそうね。 水里ちゃんの言うとおりだわ。悪気がなくても噂というのは人を傷つけることが ある・・・」 「おばちゃん・・・」 菊枝はエプロンを静かに脱ぎ、 丸椅子に座った 「そうよね。”人の噂”で傷ついたこと沢山あるのに・・・水里ちゃん は昔・・・」 幼い頃。 父の水紀がなくなったとき。 たった一人、この世に残された少女をどうするか どうなるか 周囲の人間達はこぞって噂をたてた ”昔から世話になってた施設に預けられるのが一番無難でしょ。親戚なんていないんだし” ”画材屋もたたんだお金でどこか遠くに養女に行くって話もあるってよ” 下世話な噂ばかり。 どうして人々は赤の他人の痛みや苦しみを楽しんで 会話するのか 「人の噂で傷つくことを一番知っているから・・・。マスターのこと、すごく心配なのね」 「えっ・・・。い、いや・・・。私は別に・・・」 菊枝から視線を逸らし、再び帳簿にボールペンを走らす水里・・・ 「・・・。うふふ。照れちゃって・・・」 微笑む菊枝だったが ”噂”というのは一人歩きするものだ。 ”マスターってもう他に女の人いるんですって” ”えー?ちょっとショック。奥さん一筋っていうところが 一途な男でよかったのにー・・・” 商店街に広まった噂は『四季の窓』の主要だった女性客層にも伝わって 書き入れ時の昼間の店は大分客の数が減って・・・ 「・・・。ったく・・・。これだから最近の女ってのは面倒なんだ。 噂にすぐ振り回されやがって・・・」 コップを拭きながらぶつぶつ文句の夏紀。 「コップに八つ当たりしたって仕方ないだろ。それより、時間あるんだったら メモに書いた材料買ってきてくれ」 噂の張本人の陽春。 だが全く気にしていない様子で貯蔵庫にある 食材をチェックしている 「・・・。兄貴は相変わらず大人ですな〜。自分の噂だってのに・・・」 「・・・噂は放っておくのが一番」 ボーンボーン・・・ 店の柱時計が4時を知らせる。 ふっと陽春の視線が入り口に向けられる 「・・・こねぇよな。アイツ・・・」 「・・・」 噂が立ち始めてから、いつも夕方に店に来ていた水里だが くる回数が減ってきた。 「兄貴が気にしてなくても・・・。アイツは気にしてるらしいな。 別に水里の奴が噂になってるわけじゃねぇのに」 「・・・」 急に黙る陽春。 「・・・。気を使ってるんじゃなくて、案外また風邪でもひいてるのかもしれねぇな。 な、兄貴」 「あ、ああ・・・」 「オレ、買出しの帰りにでも寄ってみるさ。んじゃいってきマース!」 メモをポケットにつっこんで なんとなくわざとらしく店を出て行った・・・ 「あいつめ・・・。オレに水里さんの所へ電話させようって魂胆だな・・・」 弟のそんなお茶目な気遣い。 可愛く思う・・・ 弟の気遣いを無駄にしないと、陽春は受話器を取り、 水里宅の番号を押す・・・ 「はい。水色堂でーす」 聞きなれた元気のいい水里の声にほっと安心感が陽春を包んだ。 「あ、僕です。こんにちは」 「・・・あ・・・。こ、こんにちは・・・」 (・・・) 受話器の向こうの水里の声のトーンが下がる。 やはり避けられているんだと感じる陽春。 「顔を見せられないからどうしたのかと・・・。何かあったんですか?」 「え、あ、いや別に・・・。体はいたって元気です。た、ただちょっと忙しいだけで・・・」 「ならいいんですが・・・。あの・・・。妙な噂を気にしているのかと思って・・・ すみません。僕のせいで、水里さんにまで迷惑を・・・」 「いえ・・・。迷惑だなんてそんな・・・。こちらこそなんていうか・・・」 受話器をもったまま頭を下げる水里。 「そんな・・・。そこまで卑下しないでください。噂なんてほっておけばいいんですから。全く根も葉もないことなんですし。 堂々としていればいいんですから」 「そ、そうですね・・・(汗)」 根も葉もない、そこまではっきり言われるとちょっと複雑で寂しいな・・・ そんな想いが水里の心によぎる 「で、でもあの・・・。確かに”根も葉も”なくても周囲はそうは思わないんじゃないかと・・・。 わ、私なんて噂の種にもならないけどま、マスターの周りで必要以上にうろちょろしていたら 世間様は誤解をするんじゃないかって・・・」 「世間なんて・・・。言いたい人たちには言わせて置けばいいんです」 「でも・・・」 ”マスターも結局男だってことよね。がっかりしちゃったわ” 菊枝の言葉がよぎる。 いくら陽春が気にしていないと言っても 周囲はいくらでも好き勝手に噂をたてる 「・・・。水里さん。何故マスターって呼ぶんですか」 「い、いや、別に深い意味は・・・。た、ただ、やっぱり”マスター”の方が呼びやすいので・・・」 陽春は世間では”マスター”で人々から呼ばれている。 自分だけ”春さん”とよんでいるのを人が聞いただけで きっと誤解される。 「何をそんなに気を使っているですか。人の噂なんて 気にしてないですよ。僕は」 「マスターが気にしてなくても世間は・・・」 「・・・。さっきから世間世間って・・・。一体どうしたんですか。貴方らしくない。 世間体が一番に嫌いって前に言ってたでしょう」 「・・・」 黙ってしまった。 陽春には水里の真意が見えない。 どうしてそこまで自分に気を使うのか・・・? それとも嫌われているのだろうか・・・? 「水里さん・・・。僕は”マスター”って呼ばれたくないです。”春さん”で いいですから」 「いえ。けじめをつけるためにもマスターに戻します。それがみんなのためだ」 水里の言い方があまりにもはっきりだったので 少しカチンときた陽春。 「けじめって・・・。一体何のケジメですか。気を使うことはないって 言ってるじゃないですか」 今度は水里がカチンときた。 「・・・マスターの方こそ・・・。私は気なんて使ってないし、どんな風に呼ぼうと 私の勝手じゃないですか」 「でも僕は”マスター”は嫌だと言ってるんです」 強情な物言いの陽春に水里もなんとなく感情的になってきた。 「いいえす。マスターって呼びます」 「嫌です」 「呼びます」 「嫌ですってば」 「呼びますったら!!」 受話器越しに鸚鵡返しに言い合う二人。 きりながいほど何回も言い合った。 「ハアハァ・・・。水里さんも結構譲らないんですね・・・」 「マスターの方だって・・・」 いい勝負だ。 息を切らせる二人。 「・・・。ごめんなさい。マスター・・・。でも私やっぱり・・・」 「そうですか・・・。そこまで店に来るのが嫌なら仕方ない・・・。 そんなに僕のコーヒーが飲みたくないんですね。まずいなら不味いって言えばいいじゃないですか」 「そ、そんなこと思ってわけないでしょ・・・。わかりました!!もういいです。 いままで美味しいコーヒーご馳走様でした!頑固な春さん様!!」 ブツ・・・ッ!!! 水里はかなり勢いよく受話器を置いた。 ツーツー・・・ 「・・・ったく・・・。頑固なのはどっちなんだ」 (けど・・・。オレもなんであんな子供っぽいことを・・・) ついカッとなってしまった・・・ 頑な水里の態度に 苛ついてしまうなんて・・・ 自分でも知らなかった自分を感じたみたいで 戸惑う陽春・・・ (・・・だた・・・。あそこまで避ける彼女の理由って・・・) ピー・・・。 お湯が沸いた。 それにも気がつかずカウンターの中で立ち尽くす陽春だった・・・ その夜。 カチカチ。 「ふう・・・」 後片付けを終えパソコンに向かう陽春・・・ 「あ・・・」 『メール一通着信』 水里からだ。 カチカチ。 マウスを手早く操作してメールをあける・・・ 『マスターへ・・・。昼間はすみませんでした・・・。酷いことを言ってしまって・・・。 本当にすみませんでした・・・』 謝罪から始まるメール・・・ 他人行儀さを深く感じながら陽春は読む・・・ 『マスターのコーヒーが不味いだなんてことは絶対にないです。まずいどころか 前以上に美味しくなってます。本当です。これだけは言いたくて・・・。 メールしました』 「ならどうして・・・」 『噂が静まるまでしばらくはお店に出入りするのを少しやっぱり 控えます。お客さんの数が減ったって夏紀くんも言っていたし・・・』 「あいつめ・・・。また余計なことを・・・」 『あ、それと看板の方ですが・・・。なんとか仕上げますのでもうしばらく お待ちください。仕上がったら・・・。またコーヒー飲みにきます。 なのでしばらくお待ちください。ではおやすみなさい』 「・・・。ふふ・・・しばらくお待ちくださいって・・・。テレビ放送のの中断みたいだな・・・」 ケンカしたはずなのに どこか微笑ましさがあるメール。 陽春はカーソルを動かしながらくすっと笑った。 「ケンカか・・・。考えてみたら誰かとケンカするなんて久しぶりかも・・・」 早速返事のメールを書こうと キーボードを打ち始めるが・・・ (・・・!) パソコンの横で静かに笑う雪の写真と目が合った。 雪は じっと陽春の心を射抜くように笑っている・・・ (雪・・・) 写真を手にする陽春・・・ (そうだ・・・。オレは・・・。この笑顔がそばにいる・・・。 雪・・・。お前が・・・) カチ・・・ 削除ボタンをクリックして書きかけたメールを 消した・・・ 「雪・・・」 写真を撫でながら陽春は 心に訪れた”新しい季節”を消す・・・ 「雪・・・」 切ない声が 部屋から漏れた・・・ 同じ頃。 「メール返事、来てなかったな・・・」 看板にペンキを塗りながら水里もため息一つ ついていた・・・