デッサン2
水色の恋
第13話 人の噂も75日 初ケンカは何日? A
ボーンボーン・・・
水里が店に来なくなって早2週間。
これまで何度か来なくなったことはあったが
ケンカをしたのは初めてだ。
カラン・・・っ。
ドアが開くたび反応して顔をあげる陽春。
「兄貴。そんなに気になるなら行ってこりゃいーじゃねぇかよ」
「・・・」
夏紀は陽春の顔を覗き込む。
「ふ。くくく・・・」
「・・・?なんだ。その笑いは」
「いや。だって・・・。兄貴がそんないじいじしてるなんて・・・。なんか・・・。
くくく・・・」
「いじいじなんて・・・」
陽春はむっとした顔でコップを磨く。
「いつも沈着冷静。ポーかフェイスの兄貴が、意地を張ったりムッとしたり・・・。
なんか人間らしくていいじゃん」
アイスコーヒーをごくごく飲む夏紀。
「・・・。な?賭けるか。あと何日で水里の奴が来るか」
「いい加減にしろ。夏紀。お前は・・・っ。人をからかって・・・」
「へへ。あ、オレ、閉め切り近いんだったー」
いたずらっ子のように自分の部屋に逃げる夏紀・・・。
からかいながらも兄を心配する。
素直じゃないけれど誰より兄想い・・・
”いじいじしたり落ち着かなかったり・・・。人間らしくていいじゃん”
(人間らしい・・・か)
グラスに映る自分の顔・・・
(・・・オレは・・・”人間”じゃなかったのかな・・・)
雪を亡くしてから
亡くした存在の大きさに
我慢して
無理して普通に装っていた・・・そんな風に周囲には見えたのか・・・
(あ)
グラスの淵の小さな傷を見つける。
擦ってみるが消えない・・・
(・・・傷は消えない・・・か磨いても擦っても・・・)
大切な存在を失った悲しみも痛みも
消えることは絶対に
・・・ない。
だけど・・・
『カップの傷ついたからって、捨てちゃうの勿体無いですよ。ほら・・・。こうして
絵、描いちゃいましょう。』
3センチほどの白い傷。その傷を雲にして
水里がペイントしたグラスがある・・・
『傷自体はは消えないけど・・・。何かに変えて和ませれば・・・ほら。違うものに変わるんですよ・・・
ってなんかコメントが説教じみてますかね?(笑)』
「・・・。ふふ・・・」
悲しみが
自分でも知らなかった自分をきずかせてくれることもある
痛みが
自分でも知らなかった力を湧かせてくれることもある・・・
「・・・。よし。うちの看板の出来具合を覗かせてもらいに行くとするかな・・・」
エプロンをはずし、陽春は
実家から送ってきたりんごを紙袋に入れ、水里の元へ向かった・・・
水色堂『午後から営業します。しばらくおまちください』
張り紙がつけられ鍵が閉っている。
(・・・ん?)
ウィーン・・・
隣の物置から電動のこぎりの音が・・・
「わー!!切りすぎたーーー!!」
真っ二つに板を割ってしまって青ざめる水里。
「さらに私ときたら・・・。白のペンキを買ってきたはずなのに
水色だったり・・・。明日まで春さんには持っていくって約束したのに
どーすんだー・・・!!」
顔に赤ペンキをつけた水里は頭をかかえる・・・
(ふふ・・・)
まるでその姿は・・・
「・・・思い悩むカニね」
陽春が振り向くと・・・
「お久しぶりですね。藤原さん」
(?)
すらっとした中年女性。初対面なのにどこかで見た気が・・・?
「やだわぁ。私ですよ。アーメン・・・」
胸で十字をきる・・・
「し、シスター片岡・・・!?」
ワンピース姿のシスター・・・
「わかりませんこと・・・?ふふ」
「いえ・・・。そんな。充分お奇麗ですよ」
「まぁ。私ったら口説かれてるのかしらーvv」
小指をたてて喜ぶシスター。
「・・・(汗)」
このきゃぴきゃぴしたノリは”SMAP大好き!”我が母と同一のものだと
陽春は思った。
「それにしても・・・。水里ったら相変わらず不器用なんだから。これじゃあ
今日中に出来上がるのは無理ねぇ」
「いえ・・・。別に期限があるわけじゃないですから」
「藤原さん。ここで出来上がるのを待っているのもなんですし
公園までご一緒しませんか?」
「え・・・。あ、はい」
シスターはにこにこしているが・・・
(シスターはオレに何か話が・・・)
そう直感する陽春。
公園のベンチに座る。
「お食べになる?」
シスターはバックの中からおせんべいを取り出した。
「・・・い、いただきます・・・」
シスターと醤油せんべい。なんとなくイメージが合わないけど
どこか微笑ましい。
パリポリ・・・
こじんまりとせんべいを食べる・・・
(・・・わからない・・・。シスターは一体・・・)
「ふー・・・。神のご加護もいいのだけど・・・。こうしてたまに世の中の空気を
感じないと・・・」
「あの。太陽くんお元気ですか?」
「ええ・・・。この間、藤原さんと水里と一緒にお出かけしたって喜んで喜んで。
ボクの”こころのパパとママ”だーってマリア様に何度もおしゃべりしているくらい」
「・・・はは・・・」
リアクションに困る陽春は少し苦笑い・・・。
「本当に。水里と太陽がお世話になりっぱなしで」
「いえそんな・・・。僕の方こそ二人にはいつも元気をもらっていて・・・。
本当に色々と励まされました・・・。本当に・・・本当に・・・」
陽春の視線をシスターがたどる。
優しい眼差しのその視線には・・・
小柄の若い母親と太陽ぐらいの年の男の子がサッカーボールを蹴って遊んでいた・・・
「・・・。藤原さん」
「はい」
「・・・。水里も・・・太陽も・・・。母親を知りません」
突然シリアスな話題になり少し戸惑う陽春だが真面目に聞こうと思う。
「子供というのは・・・。母親から一番最初に人とのコミュニケーションの
取り方を学ぶもの・・・。でもあの二人にはそれがないんです」
「・・・」
「・・・。特に水里の場合は・・・」
シスターの言葉がそこで止められた。
言いにくい何かがあるのかと陽春は察知するが追及はできない。
「”マリア様。お疲れの所(?)ちょいと聞いてくださいな。
どうしたらいいもんでしょう??春さんと口ケンカを
してしまいました。”」
突然シスターが甲高い声をだして誰かの真似をする。
「??」
「ふふ。昨日、水里が教会での”独り言”を真似てみました。似てるかしら?」
お茶目なシスターに陽春は微笑んだ。
「・・・流石シスター。そっくりです」
「あの子ったら・・・。無礼にもマリア様の前で愚痴ってばっかり。
ふふでもこう言っていたんですよ・・・」
『自分の心の傷の痛みと
闘ってる人をどうして人は・・・。嘲笑うんだろう。つまみ食いするように
軽い気持で触れるんだろう・・・。どうして世の中は一番辛い思いを抱えている人間を叩くんですか?。マリア様。私は・・・。やっぱり
人が怖い・・・』
「・・・怖い・・・?」
シスターは静かに頷く。
「”人と深く関われば関わるほど・・・。自分が誰かを傷つけ、自分も傷つく・・・”
それを嫌というほど身に沁みているあの子は・・・。人との関わり方から逃げてしまう癖が
ついてしまっています・・・」
「・・・」
ポリ・・・
シスターはおせんべいを食べる。
「・・・甘いかもしれません。けど・・・。私も主に願ってしまいます。
”あの子が・・・人を信じることに躊躇せず・・・。大切な”誰か”に出逢って
見つけてくれることを・・・”」
シスターも・・・
芝生で遊ぶ若い小柄の母親と男の子に向かう・・・
「ごめんなさい。藤原さんにお話することではないのだけれど・・・」
「いえ・・・。シスター。心配はいりませんよ・・・。彼女・・・。水里さんはもう人と関わることを恐れてはいない・・・。」
「え?」
「それどころか
”誰か”の心を元気にしたり・・・励ましてくれたり・・・。
とても素敵な笑顔をみせてくれ
ていますよ・・・」
陽春の足元にコロコロと・・・
サッカーボーるが転がってきた
ボールを追いかけてきた少年にボールを手渡す陽春・・・
「お兄ちゃん、ありがとう!」
少年の笑顔に陽春も微笑み返す・・・
「彼女はちゃんと・・・。誰かのために笑ってくれます・・・だから大丈夫ですよ。シスター」
陽春は少年が嬉しそうに駆け足で母親の元に戻る様子を見つめて・・・
”傷は消えないけど・・・。他の何かに変えられることができるから・・・”
陽春の優しげな声と瞳にシスターも穏やかに笑う・・・
「心強いお言葉、ありがたき幸せです。ふふ・・・。不束で
不器用な娘と+太陽を今後も何とぞ、お引き立てくださいますようお願い申し上げます」
シスターの調子に陽春もあわせる。
「ふふ・・・。承知仕りました」
腕時計を見る陽春。
「あ・・・。いけない。そろそろ僕はお店に戻らないと・・・」
「ごめんなさい。つき合わせてしまって・・・」
「いえ。シスターとお話ができてよかったです・・・。じゃあ失礼します」
立ち上がった陽春を呼び止めるシスター。
「藤原さん」
「はい」
「・・・ありがとう・・・」
陽春はシスターに深々と頭を下げ、静かに公園を去った・・・
長身の広いシャツがかぜになびく・・・
(いい男・・・)
「いい男だわ・・・(惚れ惚れ)水里!頑張りなさいよ・・・!」
拳をにぎって空に呟くシスター。
それが届いたのか・・・
「クシュンっ」
たて看板を作り直す水里がクシャミを・・・
「ふぅー・・・。なんとか出来た・・・。明日・・・持って行く。でもなぁ・・・」
(春さんにどんな顔で会っていいか・・・)
気が少し重い水里だった・・・
そして翌日の夕方・・・。
たて看板を背負い店の中を覗くちょっと不審な小柄の女が一人・・・
まるで昔話の出てくる薪を背負ったおじいいさんのよう
こそっと花壇から店の中の様子を伺う・・・
だが思い切り背中の看板が飛び出て隠れていない・・・
陽春はくすっと笑い、密かに裏口から出て外に回った。
(・・・普通のリアクションで普通のリアクションで・・・”春さん、
この間はごめんなさい。”うん。これでいこう、これで・・・)
水里が決心して店に入ろうとしたとき
「看板できたんですね」
「わッ」
背後からの陽春の登場にかなり驚く。
「あ・・・あ、こ、こんにちは。マスターっ。いいお日柄でっ」
2週間ぶりに陽春と間近で話すので緊張する。
「・・・こら。水里さん。その”マスター”はやめにしましょうっていったでしょう?」
「あ、は、はい。そうでした。すいません」
素直に謝る水里がちょっと可愛いらしい。
「ふふ・・・よろしい。じゃあ早速看板みせてくださいな」
「・・・はい」
(・・・なんだか・・・。春さんペースだなぁ)
でも陽春が笑っている・・・
水里の心も安堵につつまれる
「うんせ・・・と」
背負ってきた看板を下ろす水里。
(ほんとに背負ってきたのか(汗))
時々思うのだがこの小柄な体には一体どんなパワーが秘められているのか・・・
「マス・・・じゃなかった春さん。すいません。本当は白を基調にしたかったんですが・・・」
「ペンキ間違えて買ってきたんでしょう?」
「え。なんで・・・」
「あ、いやなんとなくそんな気がしたので。でも水色も素敵ですよ」
「ならよかった・・・」
水色のたて看板・・・
トタン全体に水色のペンキを塗って、雲や虹の絵が描いてある。
「子供っぽい絵になっちゃって・・・」
「水里さん。さっきから卑屈なことばかり言って・・・。自分の描いた絵を自分が
けなしちゃいけないですよ。僕は気に入ってるんですから」
「え、あ、は、はいっ」
(やっぱり春さんペースだなぁ)
「水里さん」
急に陽春は真面目な顔になった。
「は、はい」
「また口ケンカしましょうよ」
「え?」
「・・・いつも笑いあうのもいいけれど・・・。些細なことでケンカしたり言い合ったり・・・。
その方が人間らしいと想いませんか?」
水里が作った立て看板を店の軒先に早速立てる陽春。
「人と人のつながりは・・・。いろんなことがあって作られていくものだと
僕は思います・・・。ね?」
「・・・春さん・・・」
陽春の微笑みに・・・
水里は何かを吹っ切った清清しさを感じた。
「貴方には・・・またいつも通り・・・。
コーヒーのみに来て欲しいんです・・・
貴方専用の席を空けておきます。誰にも座らせません・・・」
(えっ・・・)
ドキッ・・・
陽春の言葉に水里は心が激しく動く。
水里がしばしぼーっとしていると
「まぁあ、マスター。今日も暑いわねー」
常連の主婦たちがどわっとやってきた。
「日差しが強くない奥の席が空いてますよ。ふふ。さ、あそこの席は
奥様方の定位置ですよ」
いつものさわやか系の笑顔で主婦達を席まで案内する陽春・・・
ちょっと複雑そうにそれを眺める水里・・・
(・・・。さっきの台詞は深い意味はないとみるべきだよね。ハハ・・・(汗))
「でもまぁ・・・。いっかぁ・・・」
初夏の空を見上げる水里。
(何よりも大切なのは・・・。春さんが元気で笑っていることだから・・・)
「水里さん、新作のケーキ作ったんです。食べてください」
「あ、はーい!」
ドアの隙間から・・・
レモンと蜂蜜のさっぱりとした甘い香りが漏れた・・・