どうして神様は 一生懸命に生きているほど 早く 早く天国においでというのだろう わるいことをしている人間より早く おいでというのだろう。 人は死んでしまえば 善も悪もないというけれど・・・ 私から父を 親友を 連れて行ってしまったのだろうー・・・ そんな運命をつくった神様こそ 『悪』ではないだろうか。 そう思うしか この痛みは消せない・・・※「・・・というわけで。太陽の入院騒動も無事終わりました。 安心していいよ」 陽子の墓にひまわりを置いて話す水里。 太陽の将来のために働いて働いて・・・ ”二人で稼いで太陽の貯金、1000万たまったらハワイに行こう〜♪” そう言っていたのに・・・ 「・・・ごめん。まだまだ1000万にはたりないや・・・」 通帳をお墓にみせる。 何度目の夏だろう。 「・・・今年の夏も暑いよ・・・。陽子・・・」 稲穂の夏の匂いがすると思い出す。 この世でたった一人の肉親も この世で一番の親友も ・・・暑い夏に水里の元を去った・・・ 深く深く心を許せる人間が 二人も亡くしてしまった夏という季節は・・・ (・・・。嫌いじゃないけど・・・。いたい・・・な・・・) 人が亡くなる 誰にでも”死”は訪れる 事故、事件、病気・・・ どんな形であれ、人は必ず・・・死ぬ。 でも懸命に ごく普通に生きているのにどうして突然・・・ ”水里。ごめんね・・・” ”何言ってんだ・・・。最後なんて馬鹿な言葉つかうんじゃないよ・・・。 太陽が怒るよ?” ”ごめんね・・・” ”陽子・・・。頼む・・・頼むから私を一人にせんといて・・・。 もう誰かを看取るなんていやだ・・・。頼むから・・・頼むから・・・” 病室のカーテンを見ると思い出す。 毎日、陽子の髪を洗った。 さらさらで大好きだった。 ”頼むから冷たくならないで・・・” ”水里・・・” 太陽のことを想い・・・あったかな握っていた手が 離れた・・・ あの瞬間 一つの命が消えた瞬間・・・ (父さんも陽子も・・・。あたしの手を離した・・・。みんな・・・ 残していかないでほしかった・・・一人にしないで欲しかった・・・) じわり 水里の瞳に湧き上がる・・・ 「ねぇ。ママー。燈篭流しってなあにー?」 「亡くなった人の魂に”また来年の夏にあそびにきてね”って バイバイするお別れのことよ」 「ふうん・・・」 隣の墓地で手を合わせていた親子の会話が耳にはいってきた。 「・・・夜の空に魂は還って行くのよ。だから川に道に迷わないように 灯りをともしてあげるの・・・」 母親が子供に優しい瞳で語っている・・・ (・・・灯篭ながし・・・か・・・) 明日は太陽が”お泊り”にくる日だ。 (・・・そうだ・・・) 水里は墓参りの帰り、雑貨屋により、障子紙と竹ひごを買っていったのだった・・・ 「ぴっかちゅうとうろう♪ぴっかちゅうとうろう♪」 黄色のマジックでピカチュウを描く太陽画伯。 「おお。画伯なかなかよいできですな〜」 「よいできじゃー!よいできじゃー!」 えっへん!と鼻をこすって自慢する太陽。 「ねぇ。みぃママ。どうしてこれを流すの?」 「んー・・・。それはねぇー・・・」 水里は太陽をだっこにして膝に乗せた 「お盆っていうのはね。天国の人の魂が帰って来る日なんだ。 だから”陽子ママ”が迷子にならないように燈篭の灯りで照らしてあげるんだよ」 「ふぅん・・・」 足をぷらんと動かして水里の話を聞く太陽。 どこまで『死』ということを理解しているのか。 太陽ももう今年で7歳になる。 ”天国”だとか”人の魂が”とか目に見えないもので 『死』という出来事を伝えても伝えきれないかもしれない。 けど亡くなった人の心を労わる、 そういう心はずっと持っていて欲しい・・・ 「・・・んじゃ、早速流しに行こうか!」 「はーい!」 ミニピカもお供して、夕方のお散歩です。 夜は暗いので危ないから。 本当は川原でやるのが一番なのだけど。 「・・・。ゴミになっちゃいけないもんね」 川でやると燈篭が流されすぎてしまうので公園の コンクリートでできた細い小川で代用。 太陽の膝ぐらいの川底で流れも緩やか。 「ほら。太陽、水に浮かべてごらん・・・」 「うん!」 太陽はしゃがんで水にそっと『ピカチュウ灯篭』を浮かべる。 竹ひごと障子紙でできた燈篭。 底はビニール袋を四角く切って防水。 「じゃ、火、つけるね」 チャッカマンで中の蝋燭にそっと火を灯す 「わぁい!!ピカチュウが光った!」 やわらかい蝋燭の炎が絵を映し出す・・・ そして太陽は静かに手を離した・・・ 「ピカチュウが光ってる!光ってるー・・・」 太陽は幻想的な炎の灯りにうっとりしている・・・ 「ふふ・・・」 水里も陽子が好きだった向日葵の花を描いた燈篭を水に浮かべる・・・ ”向日葵は太陽の花よね” そう言って花屋でひまわりの花を見つけては笑っていたっけ・・・ (陽子・・・) 「・・・あ!ますたあだ!」 (え?) 「こんばんは。水里さん。何してらっしゃるんですか?」 「春さん」 スーツ姿の陽春がたっていた。 「通りかかったら二人の姿が見えて・・・。」 「春さんは・・・(照)」 スーツ姿の陽春は初めてみるので水里はちょっと緊張する。 「・・・。雪の墓を参ってきました・・・」 「・・・」 少し 陽春の声がどこかいつもより静かな理由が水里にはわかった・・・ 卸し立ての新しいスーツで 誠実なきもちで・・・ 雪の墓に手を合わせる陽春の背中が水里の脳裏に浮ぶ・・・ 「これ・・・。燈篭ですか・・・?」 「ええ・・・。お盆だし・・・。何かしたいなって思って・・・」 陽春はしゃがみ、燈篭の火を見つめた 水面に優しい陽春の目が映って・・・ 「手作り・・・。素敵ですね・・・」 「はは。不恰好ですけど・・・」 「あのねぇ。ますたあ、このひまわりのやつがね、よーこママのとうろうなんだよ ひまわりの花がだいすきだったんだ」 向日葵の燈篭を指差す太陽。 「そうか・・・。じゃあ、太陽君の花でもあるね」 「うん。みぃママがね、天国のよーこママが 天国にちゃんと帰れますようにって」 「そうか・・・。そうだといいな・・・」 太陽の髪を撫でる陽春の大きな手・・・ どこか切なく どこか・・・寂しげに・・・ 水里は感じる・・・ (・・・) 雪の墓で一体何を会話してきたのだろう お盆は逝ってしまった人の魂がこの世に還ってくるというけれど 声がきこえるわけでもない 姿見えるわけでもない 生きている人間がすることは ただ 墓に手を合わせ、魂の静かな眠りを祈るだけだ・・・ (この燈篭流しも・・・もしかしたら・・・) 不器用な『自己満足』なのかもしれない・・・ 逝ってしまった者と少しでもかかわりを持ちたいから・・・ せつないほどに・・・ 「ねぇ。ますたあ」 「なんだい?」 「はい、これ」 太陽は紙袋の中からもう一つ作った燈篭を陽春の手のひらにのせた。 ミニピカの絵がかいてある。 「これ、ますたあのおくさんのとうろうにしていいよ。あげる」 (た・・・。太陽・・・) 水里はちょっと焦った。 雪の墓参りの帰りの陽春に亡き人を送る灯篭をなど・・・ 「あ、た、太陽。それはミニピカのやつだから、マスターのはまた 今度つくって・・・」 「ありがとう。太陽くん。じゃあ早速流させてもらうよ」 水里の言葉を他所に陽春はにこっと笑って水の上に浮かべた。 「ますたあのおくさん、ちゃんと天国に帰るといいね」 「そうだね」 「ますたあのおくさん、きっとわらってるよ。 天国からますたあに、らいねんまたくるよっ、」 「ふふ・・・そうだね・・・」 「こえはきこえないけど、めにはみえないけど きっとわらってるよ。きっと。わらってるよ・・・」 太陽は水里の手と陽春の手をぎゅっと握った 「わらってるよ。よーこママも、みぃママのパパも、ますたあのおくさんも みんなみんな・・・」 太陽のまんまるの瞳から ぽろっと涙がこぼれた。 「太陽・・・」 水里も陽春も太陽の涙にはっとさせられた・・・。 6歳の小さな心もちゃんとわかっている いや、大人以上に『死』というものにちゃんと向き合っているのかもしれない 声がきけない さわれない ・・・笑顔がみられない・・・ その切なさ 寂しさ・・・ 「ボク、かなしくないよ。さみしくないよ。 だってボクはひとりじゃないから・・・」 生きている人間は 痛みを抱えながら失意だとしても 生きていかなくてはいけない 生き続けなくてはいけなことを・・・ 「太陽・・・。太陽は大人になったね・・・。本当に・・・本当に・・・」 水里は太陽をぎゅっと抱きしめる・・・ 「そうだね・・・。太陽くんの言うとおりだ・・・。」 ゆっくりと・・・ 小さな炎を灯した燈篭が流れていく・・・ 亡くした人の魂が宿っている信じて 送り出す 安らかな眠りを祈って・・・ 「・・・すいません。春さん・・・」 日も暮れ、柳が揺れる橋を渡る水里と陽春。 「いえ。ふふそれより太陽君、重たくなりましたね」 陽春の広い背中で太陽はすやすや・・・ 「はい。身長も4センチ伸びてもうおんぶするのもキツイです」 「ふふ・・・でも・・・成長しているのは体だけじゃなくて・・・。心も大きくなってますよ。 太陽くんは・・・」 「・・・ハイ・・・」 ”すがたがみえなくても声が聞こえなくてもさみしくないよ。 ボクはヒトリじゃないからさみしくないよ” 太陽の言葉 子供は子供なりの死生観をそれぞれの気落ちで 持っている。 「・・・太陽は私なんかよりずっと・・・。ちゃんと陽子のことを受け止めて いる気がしました・・・」 「・・・。大人より子供の心の方がより・・・現実と向き合おうと 前向きです・・・。海外の災害地域でも子供から笑顔が消えることはなかった・・・」 親の命を奪った敵国の兵士の墓に花を添える少女がいた 笑顔の下には誰にもいえない憎しみや悲しみが あるはずなのに・・・ 「・・・突然肉親を、大切な誰かを亡くした痛みは消えない。 まして”奪われなくてよかった命”なら余計・・・」 「・・・」 陽春が奥歯をぐっと悔しそうに噛んだのを水里は見逃さない。 橋の下の川の水面を見下ろして話す陽春・・・ 「憎しみは募るし、自分が生きていること自体許せなくなる・・・。だけど それでも”生”ある者は生きていかなくちゃいけないんですよね・・・ どんなに辛くとも哀しくとも・・・。生きなくてはいけなんです・・・」 「春さん・・・」 「・・・って・・・。僕もまだまだなんですけどね・・・。太陽君のように・・・ 強くならなくては・・・」 柳が揺れる 夜の風は少し涼しく・・・ 二人はぼんやりしばらく柳を見ていた・・・ 店の前まで陽春は太陽をおぶって歩いた。 「さ、太陽くんおうちについたよ?」 「うーん・・・むにゃむにゃ」 なかなか起きない太陽。 陽春の背中を降りようとしない 「仕方ないなぁ・・・もう。ほら太陽・・・」 陽春は太陽を水里に手渡そうとしたとき・・・ 「太陽、ほらおきなさ・・・」 太陽の背中の下で水里の手が陽春の大きな手のひらと重なった ゾク・・・ッ (・・・っ) 温かさと手の感触に水里の背中にと くすぐったさと熱さが走った 思わず手を引いてしまう・・・ 「・・・水里さん・・・?」 「あ、す、すいません。た、太陽お、、重くなったからつい・・・」 必死に動揺を抑えて太陽を受け取る・・・ 「じゃ・・・。じゃあ春さん、おやすみなさい」 「はい。おやすみなさい。いい夢を・・・」 「は、はい・・・」 パタン・・・ 突然動きを早める鼓動に 水里は陽春の顔をまともにみず中に入った・・・ ”おやすみなさい・・・本当に色々ありがとう・・・” (・・・急に・・・急にどうしたんだ・・・私・・・私・・・) ドキドキが治まらない 手が重なった瞬間 カァっと体が火照ったときから・・・ 「あれれ?みぃママ。お顔があかいよ」 「・・・え。あ、な、なんでもないんだよ。はは・・・」 (ちょっと風邪気味のせいだ。うん。薬飲んでおこう・・・) 訳のわからない理由をつけ、 即効薬箱の元へいく水里。 ・・・恋は不治の病というが・・・ (だから!私は恋なんかしてないって!って誰に言ってんだか・・・(汗) そう・・・。私は・・・) 一方陽春は・・・ 「・・・。前を見て・・・か・・・」 橋の上から 川に映る自分の顔を見下ろす。 ”陽春さんはこの先・・・誰かを想うことはないのですか?” ”兄貴の心に『新しい季節』がくることはもうないのか?” 愛子や夏紀に言われたことが浮ぶ。 『春さん!』 (・・・!) 水面に浮んだのは水里の笑顔・・・ ポチャン・・・! 陽春は足元にあった石を川に投げた・・・ 湧いた”何か”を壊すように・・・ 『前向きな生き方をしなければいけないんです・・・』 さっき、自分が水里に言った台詞だが・・・ (人生を前向きに・・・。確かにそうだがそれと”これ”とは違う・・・違うんだ・・・) 「・・・雪・・・。来年も再来年のお盆も・・・オレの心にちゃんと帰ってきてくれよ・・・」 陽春の上の一つの小さな星が 少し切なく瞬いた・・・