水色の恋
第18話 慈しむ心 育てる愛
「くぁあ〜・・・っと」
藤原 夏紀。茶髪にピアス。
一見、今時のどこにでもいそうな若者。
だがその正体は・・・
「ほら!センセイ!今日じゅうに絶対に原稿あげてくれるまで私は動きませんから!」
メガネをかけた担当編集者の麻美がふとんたたきを持って
机に向かう夏紀をにらむ。
新人の編集者麻美。
真面目で実直なタイプで夏紀はちょっと苦手なタイプだ。
「きゃ・・・」
麻美の手をぐいっとひっぱり自分の膝に乗せる。
「・・・お前。欲求不満なんじゃねぇの?その怒り方、メスの欲情はいってるぜ?」
耳元で囁いてみる・・・
大体の女はこれで快感を感じるはずだ。
(初心そうなコイツもきっと・・・)
バッコン!!
が、夏紀のよそうに反し、布団たたきを顔面に打ちつけられる。
「センセイって・・・。昨日餃子食べましたね?そんな男性に何か言われても私
全然疼きませんよ」
「・・・なっ・・・」
「くやしかったら早く原稿あげて私を安心させて下さい。自分の仕事を真っ当してこそ
いい男ってもんでしょ?」
フフン・・・といわんばかりに夏紀を見下す
麻美の方が上手らしい。
(・・・コイツは手ごわそうだ・・・)
そんなやりとりを夏紀の部屋の外で陽春がくすくす笑いながら聞いていた・・・
(夏紀の天敵になりそうだな・・・。よいことだ。ふふ・・・)
「・・・取材?」
「そ!」
麻美と夏紀は新しい小説『水色の恋』のための”取材”ということで
とある場所に来ていた。
そこは。
「あの・・・。取材ってどうして画材屋さんに・・・?」
「実に面白い”実権対象”がいるのだ。ふふっふ」
にやっと笑って入っていく夏紀。
「おっす。おう。水里ー。兄貴といちゃついてる夢見たか?」
バコーン!!
おくからホウキがとんできて夏紀はなれたようにそれをかわす。
「・・・朝っぱらから変なこというな!!たくー・・・」
ピカチュウエプロン(大人用)を着た水里がお冠顔で出てきた。
キャラの濃い水里の登場に麻美はちょっと驚く。
「んだよ。お前その格好は・・・。それが恋する女の格好か」
「やかましい。太陽がもうすぐ来るんだよ。それよりまた時間つぶしにきたのかい?」
パタパタとはたきで
天井をはたく水里。
「いや。今日は取材だ。取材」
「取材?」
「”年上男に恋する童顔女の日常”」
ボコ!!
今度ははたきを口に突っ込まれる夏紀。
「からかいにきただけだろうが!(怒)」
「へっへっへ。今日はオレの新人担当者もいっしょだぜ」
麻美は少しぎこちなく会釈した。
「・・・。ううっ」
(!?)
水里は麻美の手をギュッとにぎった。
「さぞや大変でしょう・・・??こんな悪ガキがそのまんま大人になった
ような小説家の担当なんて・・・。ううっ。でも大丈夫!なんか
変なことしたり、つらいときは私のところに来てくださいね」
「・・・は・・・はぁ(汗)」
苦笑する麻美。
しかし扱いにくい夏紀とこれだけ対等にやりとりできる女性は珍しいと思う。
(それに・・・。なんとなくセンセイが自然体に感じる)
微かな嫉妬を感じる麻美だった・・・
「うめぇ」
公園でコンビニで買ったサンドイッチをほおばる夏紀。
「ほんっとに子供並みのたべっぷりですよねぇ」
流行の豆乳ジュースを飲みながら少し呆れ顔の麻美。
「型にはまったことは嫌いな性分なんだよ。腹が減ったらたらふく食う!
それが悪いってのか?」
「別に。フフ・・・」
外見は遊びでる男っぽいのに
この無邪気。
これが案外純愛小説を書いている原動力なのかもしれないと思う麻美・・・
茶髪の中に見えるつむじが可愛らしく感じた。
「でも世の中には型どおりに自分から行かなくしてる奴らもいるんだ。
オレの兄貴とさっきの子供女」
「え・・・?」
夏紀は水里と陽春のことを麻美に手短に説明した。
「まぁ・・・。兄貴の方はわかるぜ。なんせ雪さんはめちゃくちゃ
いい女だったし・・・壮絶で儚い死に方してる・・・。忘れられない
ってのは当たり前だ・・・。水里も雪さんの影がちらつきゃ自分の恋なんてな・・・」
「・・・」
「けど。ふたりとも・・・足踏みしすぎなんだよ・・・。みてるこっちが苛ついてくる」
夏紀はクシャっとサンドイッチのビニールを折り曲げる。
「・・・それは足踏みじゃなくて・・・。着実に気持ちを育んでる・・・ってことじゃないんですか?
私にはそう思えます・・・」
ゆっくりと穏やかに流れる川を見つめて話す麻美。
「育む愛・・・?おいおいー・・・。ま、オレの小説じゃ成り立つことだけど
現実の男と女はそんなの古いでしょー・・・。お互い、気持ちが高まれば・・・
即効、ベットイン!!でしょ」
なんとなーくいやらしい視線を送る夏紀。
「・・・。センセイって寂しいヒトですよね」
「あ・・・?」
「だって・・・。センセイはまだ本気の恋愛したことがないもの」
麻美は夏紀をまっすぐ射抜くように見つめた。
「・・・。ほう・・・。言うねぇ・・・」
「・・・!」
夏紀は麻美の上にのしかかり両手を押さえた。
「・・・」
「・・・本気の恋愛か・・・。じゃあお前がその”本気”見せてくれるってのか・・・?」
夏紀は麻美の顎をくいっとあげて唇を近づける・・・
「ほんっとに表現が子供なんだから・・・!」
ドン!
「いって・・・!!てめぇ・・・っ」
麻美に腹を思い切り蹴られ、かなり効いたようだ・
「そういう本気でもないことをするのが子供だっていうんです!ほんっとにもう!!」
言葉では強がっているが麻美の胸はドックンドクン・・・鳴っている・・・
「お兄さんたちのことをあれこれ観察してないで・・・一度くらい、
センセイこそ本気で人と深く関わってみたらどうなんですか!??想像ばかりじゃ
本物の小説なんて書けやしない!!」
「・・・」
川原に麻美の怒鳴る声が響いた・・・
「・・・オレに説教か・・・。ふっ・・・」
「何が可笑しいンですか!」
夏紀は何を思ったが自分の腕時計を外し
そして・・・
「あっ・・・!!」
ボチャン・・・っ!!
川へと投げ入れてしまった・・・
ローレックスの時計・・・
「な、なにするんですか!」
「あれを今夜12時までに見つけてきたら・・・。お前が言った”はぐくむ愛”とやらを
信じてやるよ。オレに啖呵きったからにはそのくらいの
根性はあるんだろ・・・?」
「・・・」
「この川の底はヘドロだぜ?見つかるかな〜♪」
夏紀は口笛を吹きながら
立ち去る・・・
(・・・)
ザー・・・
その夜。
昼間の暑さが嘘のように激しい雨が降る
「ガハハハ!」
お笑い番組に爆笑する夏紀。
「こら。夏紀。洗い物の手伝いでもしろよ。ったく・・・」
台所の呆れ顔の陽春。
窓から聞こえてくる雨音に耳を澄ます。
「すごい雨だな・・・。川なんか増水してるかもな・・・」
(・・・)
陽春の言葉にふと夏紀の笑い声が止まり。
(・・・いくらなんでもな・・・)
「わはっはは・・・!」
再び爆笑してテレビを見続ける夏紀・・・
「ったく・・・。こんなときに電灯きれるかね!」
黄色の雨合羽を着て雨の中自転車を走らす女、水里。
近所のコンビにまで電球を買いに走っております。
(・・・ん?)
茶色く泥水まじりの川に人影を水里は見つけ、橋の上で自転車を止めた
(ま・・・まさか・・・)
よくみると・・・腰をかがめて何かを探している・・・
(ほおってはおけまい!)
水里は橋の上に自転車を止め、土手を降りた。
「あのー!!何さがしてるんですか!」
懐中電灯をその人影にあてると・・・
「あ・・・麻美さん!??」
びしょ濡れのスーツ姿の麻美がそこに。
「こ、こんな夜に何を・・・」
水里はあわてて持っていた傘を開く。
「あ、あのっ。い、今何時ですか!??」
「えっ。えっと・・・。私が家出てきたのが10時だったから10時過ぎじゃないかと」
「よか・・・た」
「麻美さん!?」
ふらっと倒れる麻美・・・
「麻美さん!麻美さん!」
(熱い・・・。すごい熱・・・!どうしよう・・・。とにかく休ませなくちゃ!)
「うんせ・・・」
麻美を背負い、橋の上にまであがり、麻美の携帯をつかって夏紀の携帯にかけた
水里の腕の中でぐったり倒れる麻美の手に握り締められていたのは・・・
銀のあの時計だった・・・
「・・・ん・・・」
額に冷たく感じる
「ここは・・・」
「オレの部屋だ」
ぬっと夏紀の顔が麻美の視界にはいってきた。
「センセイ・・・。あたし・・・」
「水里が助けてオレがここまで運んだんだよ・・・。ったく・」
バコ!
洗面器で後頭部を陽春に殴られる夏紀。
「すみませんね・・・。うちの弟が馬鹿なこと言ったせいで・・・。
貴方をこんなめにあわせてしまって・・・」
「い、いえ・・・。こちらこそ介抱していただいて・・・」
「そうだぞ!元医者の兄貴がいたから早い処置ができたんだ。感謝し・・・」
バキ!
二発目を顔面に食らう。
「(汗)あ、あの・・・水里さんは・・・」
「下でホットミルク飲んであったまってもらってますから。貴方はとにかく
今晩はゆっくりやすんでくださいね。今日は馬鹿弟がそばにいさせますから」
パタン・・・
優しく微笑みながら陽春は夏紀の部屋を出て行った・・・
「・・・”本当に対照的な兄弟ね”って顔だな」
「べ、別に・・・」
「ま、いいけどな」
夏紀はどすっとベットの横にあぐらをかいて座る。
「・・・センセイ・・・」
「ふぅ・・・。お前の根性勝ちだよ・・・。つーか・・・悪かったよ・・・」
神妙な顔で謝る夏紀・・・
鼻の頭をポリポリかく・・・
「センセイ・・・」
「『慈しむ愛』か・・・。ふっ・・・。オレにわからねぇ・・・。ふっ・・・。
小説の中じゃあ、まぁ、綺麗な言葉ならべてっけど・・・オレはわからねぇんだよ。
情けねぇよな」
いつになく少し真剣な口調に
麻美は少し胸が高鳴った
「・・・。オレの兄貴のことは話したよな・・・」
麻美は静かに頷いた。
「兄貴と雪さんみてぇな純愛にまっしぐらで・・・。信じられなかった。
一人の女のために約束在る将来を捨てる兄貴がさ・・・」
「・・・お兄様きっと・・・。世界の全てが奥様だったんでしょうね・・・。
奥様が少しでも生きることが・・・」
夏紀は一つ、深くため息をついて
カーテンを開けた。
「・・・。世の中の奴らみてみろよ。会ったその場で意気投合したら
直ホテル。愛してるっていいながら、てめぇらの欲満たしてる
だらけじゃねぇか。
相手のために人生かけたり、走り回ったり・・・。そんな奴、
今時、滅多にいねぇって思っちまうだ・・・」
「・・・」
好きだ、愛してる・・・
そんな台詞を囁きながら
欲に溺れるのもいいだろう
だけど
もっと何か
何か・・・
『育てる感情』があった方が恋は素敵じゃないだろうか
「・・・。じゃあセンセイはもう充分”誰かのために何か”を実行されてるじゃないですか」
「・・・あ・・・?」
麻美はバックの中から手紙の束を取り出した
「・・・それ・・・」
「新作へのFANレターです。呼んでみてください」
50通ある。
「・・・」
カサ・・・
はっきりって夏紀は今までFANレターはまるで目を通さなかった。
”がんばってください!応援してます!”
”とっても感動しちゃいました!”
「そういう励ましの手紙ってな・・・。なんつーか嬉しいのと
少し・・・」
『重い』そう感じたらバチがあたるのかもしれないが
プレッシャーというものになってしまう
「・・・。じゃあセンセイ。これもプッシャーになりますか?」
麻美はキティの便箋を一枚見せた。
クレヨンで絵が描いてある。
夏紀の小説の主人公たちらしい。
『なつきせんせいのごほん、だいすきです』
「・・・。病気と闘ってるその子は・・・。先生の本を読むことだけが
楽しみで・・・」
キティの便箋
力いっぱいクレヨン
肉厚がわかるほどにはっきりと・・・
「・・・。ったく・・・。そういうのが一番・・・オレは苦手なんだよ・・・。
最大のプレッシャーじゃねぇか・・・」
「ええ・・・。そしてこの子にとってセンセイは希望なんですから・・・。それが”慈しむ愛”です
。邪心のない確かな心
信じてください・・・」
「・・・ヘイヘィ・・・」
口調は悪がきそのままだけど・・・
キティの便箋を撫でる夏紀の手つきは
限りなく優しく・・・
「麻美・・・」
「ハイ」
「・・・悪かったな・・・。本当に・・・。悪かったな・・・」
「・・・先生」
夏紀はそっと麻美の手を握り締めた
(・・・あたたかい)
本当の愛
だれかを慈しむ心
だれかのためになにかしたいと思う
だれかの心を敬う
心・・・。
「慈しむ心・・・か・・・」
夏紀と麻美のやりとりを部屋の外で聞いていた陽春。
ホットミルクをそっとドアの前に置き
降りた・・・
一方・・・
(そうだ・・・。麻美さんを診てて・・・水里さん・・・)
陽春が店に戻ると・・・
「水里さんすいません。僕が家まで送って・・・」
(水里さん・・・)
空のホットミルクのマグカップひとつ
カウンターに残し、水里の姿はなかった・・・
メモを残して
『冷えた体にはやっぱり春さんのコーヒーは効きますなぁ。
流石です。一変で生き返りました。
ごちそうさまでした!麻美さんと夏紀くんにヨロシク!』
最後の一行で陽春はくすっと笑った。
『夜中のピカチュウママより』
濡れたままの黄色の雨合羽が椅子にかけられて・・・
”本当の愛は・・・慈しみ合うことから始まるのだと思います”
麻美の言葉が浮ぶ。
(オレはもまたいつかまた”誰か”と心を
慈しんだり育てたり・・・。そんな風になれるのだろうか。
なっていいのだろうか・・・)
陽春は黄色の雨合羽をそっと撫でる・・・
(オレは・・・)
陽春は窓の外を降る雨に
心の中で問うのだった・・・