デッサン2
水色の恋
第19話笑い合える誰かと出会いたい
一人きりの休日・・・
水里は久しぶりに公園の風景でも描こうと
芝生の上に座りスケッチブックを広げる。
「ふぅ・・・。秋の風だなぁ」
日差しはまだ強いけれど風は涼しげ・・・
水里の三つ編みがふわふわと靡く・・・
季節の風を感じている後ろで・・・
「・・・おーっ。お前の弁当、うまい、うまい」
「えーそう♪よかった」
(これが俗に言う『バカップル』というやつか・・・。なんか
気分が薄れてしまった・・・(汗))
気がつけば公園はあちらこちらにカップルが・・・
(・・・(ため息)帰ろう)
水里はスケッチブックを閉じて公園を出た。
日曜日。
街中はカップルがやはり目立つ。
手をギュッと繋いで歩く・・・
(強く繋いでいないと不安なのかな・・・。分からないな・・・)
横断歩道で立ち止まっていれば車の中で楽しそうに話す男女・・・
男と女だけじゃない。
夫婦、親子・・・
人間同士の関係はいくつもあるけど・・・
(・・・。どうして人って・・・。一人生きていくことが出来ない生き物なのかな・・・)
道の真ん中でふと立ち止まる水里。
夫婦、親子、友人・・・そんな『名詞』がつく関係の人間達が
通り過ぎていく・・・
(・・・私には・・・何があったかな・・・どんな・・・”関係”があったかな・・・。
どんな名詞のかかわりがあったかな)
無数の人々の雑踏の中・・・
水里は立ち止まり
自分に関わる人たちを思い出してみる・・・
(私には・・・両親はいない。心を許せるほどの親友も・・・もう逝ってしまった・・・)
思い出しながら・・・
水里はただ歩く・・・
川辺を・・・
川辺のグランドで、親子がキャッチボール。
犬と散歩させるおばさん。
学校帰りの学生達・・・
和やかな穏やかな時間が流れる・・・
(・・・。やっぱり・・・。人は一人じゃない・・・。
大切な誰かと一緒に笑い合って生きていくことが一番幸せ・・・)
何気ない日常
当たり前にある風景。
水里が一番描きたいものはそこにある。
描いてきたのは
目に見えないところにある・・・幸せ。
水里はスケッチブックを開き、鉛筆を走らせる・・・
白い紙と鉛筆一本あれば充分
”水里・・・オレが一番描きたいのはね・・・。目に見えない幸せな空気なんだ。
人はそれがないと生きてはいけないから・・・”
父が残した言葉・・・
今ようやく理解できる・・・。
鉛筆を走らせている水里の後ろを・・・。
車椅子を押す若い夫婦が通り過ぎていく・・・
キィ・・・
「・・・この辺りからの景色が一番いいかな。百合子」
「・・・」
夫が車椅子を止めカメラを妻にむける。
「ほら。笑えよー」
「・・・」
妻はただ俯くばかり・・・
「・・・。貴方は・・・。どうして笑えるの?私は・・・。笑えない。
貴方の重荷になってしまっている自分を感じて・・・。笑えない」
妻は切なげな声で呟く・・・
「・・・。わかったよ。じゃあ笑わなければいいんだな。じゃあ
これでどうだ?」
夫はしゃがみ、いきなり顔をぐにゃぐにゃに崩して百面相・・・
鼻の穴に指を突っ込み目をたれめにしたり・・・
「・・・ちょ・・・ちょっとやめてよ。人が見てる・・・」
「いいじゃないか。笑えなくても見せてやればいい。オレはこんなに
楽しい。お前がそばにいるから何でもオレはできるんだ。恥ずかしい
なんて気持ちは吹っ飛ぶってな」
「・・・雅彦・・・」
妻は薄っすら涙をためる・・・
「・・・百合子。オレは絶対恥ずかしくないぞ。オレは絶対幸せなんだぞ。
オレは・・・お前にそばにいてほしんだぞ・・・。わかったかぁ??」
夫は妻の頭を宥めるように
そっと前髪を撫でる・・・
「うし!んじゃ、公園よって帰ろう!お前の手料理で
オレを幸せにしてくれよ。腹減ったぜ」
「・・・うん・・・」
夫婦は微笑み合って再び夕日の川辺を歩いていく・・・
(・・・お二人の・・・幸せを祈っています・・・。お二人の行く道が
明るく照らされるよう・・・)
そう心の中で呟いて後姿を見送る水里・・・
水里の終わりかけのスケッチブックの最後のページに
夫婦の後姿が
描かれる・・・
(人は必ず”誰か”に支えられる・・・。自分の知らないところで・・・)
当たり前の日常の中で
きっと・・・
(あ・・・)
水里の足は、夕方になるとごく自然に”ここ”に向かう。
自分の家より”ここ”に・・・
扉を開けると
出迎えてくれるのは・・・
コーヒーの香りと・・・
「あ・・・。いらっしゃい・・・!水里さん」
温もりが溢れる微笑・・・
「待ってたんですよ・・・。さ、どうぞ。座ってください」
水里は少し頬を染め、座る。
(・・・春さん・・・)
「・・・少し疲れた顔されてますね・・・?大丈夫ですか?」
「はい・・・。全然大丈夫です」
「ならよかった・・・」
きょうは何だか・・・
(俊さんの笑顔が眩しく感じる・・・)
「はい。おまちどうさまでした」
「ありがとうございます。いただきます・・・」
少し疲れた体に
温みが広がっていく・・・
体の隅々まで・・・
微笑みとコーヒーの香り・・・
陽春の淹れたコーヒーをここでこうして飲む
この光景・・・
もう水里の当たり前のように生活の一部になっていることを・・・
自覚させられる・・
「・・・本当に・・・。おいしいです」
「ありがとうございます。ふふ・・・」
(この一杯に私は・・・。支えられてる・・・)
そして・・・
陽春の微笑みに
自分の居場所だと感じるこの心・・・
「水里さん?どうかしましたか?」
「いえ・・・なんでも・・・。とにかくやっぱりおいしいなって・・・」
「・・・褒めすぎですよ。でも貴方からおいしいって言ってもらうのは
僕もとても嬉しいです」
「・・・はい・・・」
陽春の微笑みに
心が反応する・・・
コーヒーの香りと陽春の微笑みが・・・
自分の中で存在の大きさに気づかされる水里・・・
”人生の中で貴方と出会えたことが一番の幸せ。私の幸せはそこからはじまるね・・・”
”ああ。俺達のスタートだな・・・”
あの夫婦の会話が浮ぶ・・・
(出会えたことが幸せ・・・か・・・)
「・・・?どうかしました?」
「ある人が言った言葉を思い出して・・・」
”人生の中で・・・心から笑え合える誰かと出会えたことが幸せ・・・”
「・・・『心の底から笑いあえる誰か』か・・・。そうですね。自分が笑って
笑い返されたらすごく・・・。嬉しいですよね・・・」
陽春はカップを拭きながら
優しい声で呟く・・・
「・・・。”誰か”か・・・。私は一体誰に出会うのかな・・・。わた・・・しは・・・」
フ・・・っと
互いに顔をあげ・・・
(え・・・)
水里と陽春の視線が
一つに・・・
繋がる・・・
(・・・)
(・・・)
繋がる・・・
ピー・・・っ
「・・・!」
「!・・・」
お湯が沸いた音に二人の肩は同時にビクッと跳ねた・・・
「わ、わ、沸いてますよ。しゅ、春さん」
「あ、は、はい・・・」
慌ててガスをとめる陽春。
(・・・)
(・・・)
戸惑う空気が漂う・・・
「・・・お、おかわりどうですか。水里さん」
「そ、そうですね。で、では・・・」
水里はカップを差し出した・・・
「・・・。水里さん。それにはいれられませんが・・・(汗)」
「えっ」
水里が差し出したのは・・・
灰皿。
「・・・(汗)」
「・・・ぷっ・・・。くくく・・・。灰皿って・・・。ふふふ・・・」
「そ、そんなにふかなくても・・・っ」
「ふふふ・・・。真顔でやるんだもんなぁ・・・。絶妙な間合いでしたよ。ふふ・・・」
「・・・。褒め言葉としてとっておきます。ふぅ・・・」
陽春とのこういう掛け合いがとても心地いい。
安心できる。
(・・・この気持ちは・・・。一体なんだろう。一体どれだろう・・・?)
友情?愛情?どれ?
父親に感じる気持ち?
頼もしい兄を慕うような気持ち?
自分をわかってくれるという深い親近感・・・?
(・・・わからない・・・。わからない・・・けど)
唯一つだけ確かなのは・・・
(春さんと春さんの淹れるコーヒーに出会えて・・・よかった・・・)
人と人の出会い。
自分を支えてくれているものに
人に気づいたら
思い出そう。
その大切さに・・・