デッサン2

水色の恋
第20 話 勝ち負けなし組 
〜世間体なんかぶっ飛ばせ!〜
BAR「ホワイト・ビーナス」 ジャスがBGMにがわり。 カウンターに一人の女と男が水割りを一口ずつ飲む 「・・・。妻が・・・感づき始めた」 「・・・。部長は割りと顔に出るタイプだから・・・」 女はグラスの淵を艶かしく指でこする 陽春の高校時代の同級生で美佐子だ。 「で・・・。ピリオド打つってオチ・・・?」 「・・・。潮時かもしれない。君だって美味しい部分はちゃんと 得ているだろう」 「”美味しい部分・・・”どういう意味よ」 「・・・それなりに仕事の面においても女としても・・・。ボクが満たしてあげただろう。 だから引き際もお互いすっきり・・・」 ビシャッ!!! 赤いワインが男の背広を染める。 「あらごめんなさい・・・。暑そうなスーツだったから。少しは涼しくなれたかしら?」 女はわざとらしく男に告げると カウンターに代金を置くと 颯爽とハイヒールを鳴らして出て行った・・・ 「・・・。ちっ・・・。年増女が・・・」 男はふてぶてしく舌打ちして煙草を吸った・・・ 「・・・あのクソ男が・・・っ!」 ハイヒールで小石を蹴る。 ワインをぶっ掛けた相手は自分の上司だ。 「何が・・・”部下の気持ちを一番理解している上司”だ・・・。 不倫しまくりの男尊女卑男が・・・」 その不倫しまくり男とつい最近まで付き合っていたのも自分・・・ (急に自分が馬鹿な女に思えてきた・・・) 橋の上で座り込む美佐子・・・ 上司と付き合う。妻子持ち。 リスクは承知だったが、どこかその”スリル”を快感だったのかもしれない。 「・・・よりにも寄ってあんな馬鹿な男相手に・・・」 虚しさがこみ上げてくる美佐子に・・・ 向こう側をあるく見覚えの在る人影・・・ (・・・ん・・・?あれは・・・) 水色の自転車をこぎこぎするのは水里だった。 美佐子は以前、水里の父の絵を画集にしたいと水里に強引に迫った ことがある。 (相変わらず平和そーな顔してる娘ね・・・) まっすぐ迷うことなく 一本道を歩く水里・・・ (なんか・・・むしゃくしゃしてきたわ) 水里の何にも悩みがなさそうな顔が。 「おーい!!おーい!!みっさとちゃーん!」 美佐子は思いっきり向こう側の水里に手を振った。 (え?) 水里は自分の名前が呼ぶ声に、キョロキョロして美佐子に気がつく。 「あ・・・。美佐子さん!??」 道路を渡って美佐子に駆け寄る水里。 「ど、どうしたんですか!?道の真ん中で・・・」 「ねぇえ。みーちゃん」 「み、みーちゃん!??」 いきなり水里に絡む美佐子。 「まだ飲み足りないの。つきあってー」 「え??で、でも私、買い物が・・・」 「いーから付き合いなさい!タクシー!!」 通りかかったタクシーを強引に止め水里をタクシーに押し込む。 「ちょちょっと美佐子さんっ」 「さ、女同士親睦をふかめましょーv」 「た、助けてーー・・・」 哀れ、水里。 美佐子に強引拉致され、 八つ当たりの暴飲に結局朝まで付き合うことになり・・・ 「ん・・・。ここは・・・」 縛っていた三つ編みがぐしゃぐしゃの水里が目を覚ますと・・・ 美佐子のマンション。 「な・・・。なんだ。この荒れ放題の部屋は・・・」 キッチンの洗い場には洗われていない皿が山積み テーブルの上には食べかけのお菓子や柿ピーの残りが散乱し リビングのソファのまわりは脱ぎっぱなしの洋服が散乱・・・ 「・・・。ひどい。流石にここまで酷いと・・・」 特別綺麗好きというわけではないがこれほどの荒廃ぶりでは・・・ 「・・・。美佐子さん。ちょっと我慢できないので勝手にやらせてもらいます」 ソファですやすや眠る美佐子にそっと毛布をかけて水里は 部屋の中を片付け始めた・・・ 30分ほどして・・・ 「ふぁあ・・・。ん?何だかいい匂い・・・」 トーストの焼けたこんがりした匂いが。 「美佐子さん。おはようございます」 部屋の中が綺麗になっている上、 テーブルの上にハムエッグとサラダが用意されていた。 「・・・。みーちゃん。これ・・・あんたが?」 「ええ。勝手にすいません。でもあんまり散らかってたのでつい・・・」 「それは別に構わないのだけど・・・」 「はい。ブラックコーヒー」 何から何まで 上げ膳据え膳で美佐子はちょっと戸惑う。 「・・・。あの・・・。不味いですか?」 「・・・ううん。美味しいわよ」 「よかった・・・」 久しぶりにこんなにゆっくり朝食をとった気がする。 ここのところ、編集部で徹夜することが多かった・・・ 「みーちゃん。あんた、家事とか得意なわけ?」 「別に特別得意ってわけじゃ・・・」 「ふうん・・・。じゃあさぞかしアタシの荒れ放題の部屋見て ”うわっ。30過ぎの仕事しかできない女”なーんて思ったんでしょ?」 「・・・お、思ってません。全然・・・」 水里、思い切り図星と顔にでる・・・ 「ふふ・・・。んっとにわっかりやすいわよねー。でもま、 確かにあたしは仕事しかないわよ。私みたいなのをね、 世の中じゃ『負け組』って言うのよ?知ってた?」 ハムエッグをフォークでパクパク食べる美佐子。 食欲はあるらしい。 「・・・。なんで仕事を支えにしている人が『負け組』なんですか? 素敵なことじゃないですか」 「さぁ・・・。こっちが聞きたいわよ。子供がない、結婚なし・・・ そんな女、いーっぱいいるのにねぇ。みーちゃんあんただってそーでしょ」 「・・・ま、まぁ・・・(汗)」 昨晩、居酒屋で散々今の世の中の30代の女性について論議を 聞いた。耳にたこができるほど。 「結局まだ世の中は”女の幸せ=幸せな結婚”ってのが 定説なのよ。子なし、結婚なしの男もいるのに男は『負け組』とは 言われない。男尊女卑もいいところだわ!」 ドン! 美佐子の拳と一緒に マグカップのコーヒーが波打った。  「・・・。あ、あの・・・。女性の幸せについては私はよく分からないですが とにかく今は朝食をゆっくりとったほうが・・・」 「・・・。みーちゃん。あんたもあと数年したら三十路なのよ。 少しは焦りってものがないの?ったくー。早く陽春とやることやって くっつきなさいよ」 ゴホッ。 噴出す水里。 「な・・・な・・・」 「あたしが取り持ってあげる。だからそのかーわーりー・・・」 水里、嫌な予感。 「駄目ですよッ。父の絵はッ」 「どーしてぇ。ちょこーっとだけ貸してくれたっていーじゃん。 ケチ」 少女のように口をとがらせる美佐子。 「良くないッ。絶対にだめ!!」 「わかったわよ。んじゃその代わりみーちゃん、手伝って」 「え?」 ドサッ。 テーブルの上に置かれたのは分厚い紙の山。 「企画書・・・?『勝ち負けなし組 私組』??」 「そうよ!あたしが今、企画練ってるエッセイ本!既婚者未婚者、離婚者・・・ 色んな立場の女性を取材してまとめみたの!その表紙、みーちゃん描いて♪」 「え」 「嫌とは言わせないわよ・・・。もし断ったらみーちゃんちには『野山水紀』の絵が いーっぱいあるよってインターネットでいいふらしてやるッ」 「えーー・・・」 水里を仁王立ちして見下ろす美佐子の気迫に・・・ 水里は負けてしまった・・・ 翌日。水里は美佐子から依頼された仕事について陽春に 話してみた。 「・・・っていう訳で引き受けてしまいました・・・」 「美佐子め・・・。強引さだけは変わってないな・・・」 苦笑しながら陽春はカップを拭く。 「水里さん。嫌なら嫌って言っていいんですよ。アイツは うたれづよい奴ですから・・・」 「いえ。でも引き受けた以上はきちんと私も応えないと・・・。 それに美佐子さん打たれづよくなんてないですよ」 「え・・・?」 昨夜・・・ 水里は見た。 ”馬鹿・・・。あたし・・・馬鹿だ・・・” 寝言を呟いて流した涙を・・・ 「・・・。美佐子さんが言ってた事、私もなんとなくうなづけたし・・・だから 美佐子さんの企画が通るよう、私、頑張ろうかなって思うんです」 「そうですか・・・。水里さん。前よりなんだか綺麗になりましたね」 ゴホッ! 突然の陽春の言葉にアイスコーヒーをむせる。 「な・・・(照)」 「何だかいろんなことに前向きで・・・。とてもいいことですよ。ハイ」 「・・・あ、はははは・・・(汗)」 (春さんの深い意味はない、このスマイルはある意味罪だ・・・) ズズっとアイスコーヒーを飲み干す水里。 (はー。それにしても・・・表紙ってどんな絵を描いたらいいんだろうな・・・) コンセプトは『勝ち組、負け組女の素顔』 って美佐子は言っていたけれど・・・ 「素顔ねぇ〜」 水里は自分の顔を鏡で見つめながら イメージを膨らませる。 主婦向けの週刊誌や雑誌、エッセイ集など色々よみあさった。 (・・・30代でも40代でも・・・みんな”自分”っていうものに 自信が持てなくて・・・もがいたり探したりしてるんだな・・・) 母になった自分。 妻になった自分。 目指した仕事がいつのまにか苦痛になっている自分・・・ 本当の自分が何なのか ずっと手探りだ・・・ (”素顔の私”か・・・) ふっと・・・美佐子の寝顔が浮ぶ・・・ あの涙・・・ (素顔の私・・・。素顔・・・。うん、そうだ!) 水里はスケッチブックに鉛筆を走らせる。 一度しか見ていない美佐子の寝顔・・・ (寝顔っていうのは・・・。在る意味一番素直な自分の顔だよね・・・) ”馬鹿・・・。私の馬鹿・・・” どんなに強がりでも 本当の自分が見える・・・ 「・・・うーん・・・。もっと美人に描かなきゃ美佐子さんに怒れれそうかな・・・」 翌朝までかかって・・・ 水里は筆を走らせたのだった・・・ そして企画会議当日。 「なんで私まで・・・??」 水里は出版社の会議室に同席させられていた・・・ 「あったりまえでしょ。ふふ・・・」 怪しい笑いに水里は何故かまた嫌な予感・・・ ホワイトボードの前に『編集長』らしいかなり二枚目の男が座っている。 美佐子はその男を睨むように他の同僚たちに企画書を配り 説明し始めた。 「・・・というコンセプトで・・・。幅広い年齢層の女性達の生き様を 一冊の本にまとめてみたいと考えています」 「・・・。ありきたりだね。どこでもやってるだろ。 もっとこう・・・。奇抜なポイントみたいな もの感じられない」 編集長は企画書をボンっと乱暴に机にたたきつけた。 「・・・その”ありきたり”が私は大切だと思うのです。 ありきたりなことだからこそ・・・。幅広い女性の生き方を丁寧に じっくり言葉にしたい・・・。”流行”的な内容のものに暗いつくほど、読者は 甘くないですよ」 「・・・くっ・・・」 美佐子の力説を編集長は鼻で嘲笑う。 「女の生き方・・・?そんなもの、結婚、妊娠、出産、あとはなんだ。 結局そんなところだろ?幅広い生き方なんてな、あるわけがないんだ。 最近の女は少しばかり仕事が出来ると図に乗ってるだけなんだよ」 「・・・」 編集長の卑下した言葉に女性社員が眉を曲げる。 「・・・でも今は多様な時代だ。結婚なし子供なし・・・”負け組”ってな タイトルで何でもかんでもネタにしちまう・・・。まったく女ってのはしたたか だよな。ま、うちはそれで儲けさせてもらってるがね・・・」 編集長は堂々と煙草を吸って煙をふうっと美佐子の目の前に吹く・・・ 美佐子の手が怒りで震える・・・ 怒鳴りたい衝動が口からでかかったとき・・・ 「・・・。負け組も勝ち組もないッ!!あるわけねぇだろ・・っ!!!」 ドスの利いた男言葉の水里の声が会議室に響き渡った・・・ 「結婚してようが、子供がいなかろうが それはその人が選んだ人生だろ!???誰かが誰かの人生に対して 負けだの勝ちだのレッテル張る方なんておこがましい話だ!!」 「みーちゃん・・・」 水里の怒りぶりに驚く美佐子。 「もし人生の負け組がいるとしたらそれは・・・」 水里は編集長を指差した。 「禁煙なのにプカプカ煙草吸う編集長さん、あんただろ!!!周囲のルールも守れない 男の癖に!それから あんた・・・その頭、ズラだろ!???」 「なっ・・・」 編集長は慌てて髪を整える。 女子社員たちがくすっと笑った。 「・・・女の生き方馬鹿にする前に・・・。自分の人生立て直せってんだ!! アデランス男!!」 パチパチパチ・・・。 水里の啖呵に女性社員たちから拍手があがり・・・ 「な・・・。なんだ、お前はっ。部外者の癖に大口たたくな・・・!おい、 つまみ出せ!!」 部下達に命令するが 美佐子は水里の前に立ちはだかって編集長にこう言った。 「この娘をここから出したら編集長・・・。今いった台詞、全部上層部に『女性差別的発言』と 称して報告させていただきます。それでもよろしくて・・・?」 「な・・・何を・・・。そんな脅しがオレに通用すると思うか・・・?お前一人ぐらいなんとでも・・・」 女性社員全員が編集長を睨む・・・ 「ここにいる女子社員全員、社長に直談判したっていいんですから・・・」 「・・・な・・・」 女性社員の冷たい視線が・・・編集長を追い詰める・・・ 「・・・女が強くなってる訳じゃない・・・。女を見下す意識がまだまだ根深く 社会にあるってことなのよ・・・」 美佐子の呟きが・・・ 深く会議室に響いたのだった・・・ そして。 三日後。 「いやー、みーちゃんのあの啖呵は気持ちよかったわよ」 「・・・は、はぁ・・・(汗)」 出版社のロビーでにこにこしながら企画書を束ねなおす美佐子。 水里は企画書が通ったと美佐子から電話をもらって出版社まで出向いていた。 また、編集長は数々のセクハラが露見し 地方の支局へと左遷されたとか・・・ 「あの馬鹿男尊女卑男がいなくなってはぁ、編集部の空気がきれーになったわ。 みんな、みーちゃんのお陰ね」 「そんなことは・・・」 ちょっと照れくさそうにほっぺをポリポリかく水里。 「ふふ。それにこの表紙・・・。すっごく評判いいのよ。ま、モデルがいいから 当たり前なんだけど」 「・・・(苦笑)」 「”このタッチ・・・。色使い。『野山水紀』に似てる”って話題になってるのよ〜」 「え・・・(汗)」 水里、またいやーな予感・・・ 「だ・・・だめですよ!絶対に父の絵は見せませんし、渡せませんッ!!」 「わかってるわよー。今回はみーちゃんに色々お世話になったし。見逃してあげる・・・。 でも・・・。あたしは諦めないから♪覚悟しておいてね♪」 美佐子の怪しい笑い・・・ (やっぱり表紙の仕事・・・引き受けなきゃよかったのかも・・・) 少し後悔する水里だった・・・ 「本、出来上がったら送るわね♪じゃあ、まったね〜♪」 ハイヒールをリズミカルに鳴らし 美佐子はエスカレーターに乗って立ち去る・・・ (・・・美佐子さんには適わないなぁ・・・) 強引でしつこい。 でもどこか憎めないそのバイタリティ・・・水里は少し可愛くさえ思えた・・・ 「さて・・・と。私も自分のお仕事にかえりますか」 水里がロビーを立ち去ろうと 出口に続く階段を降りる・・・ ドンッ 「わっ」 階段を上がってきた人物ぶつかり 転ぶ水里。 バサバサっと書類が散らばって・・・ 「あ・・・すいません」 水里は慌てて書類を拾いて渡す・・・ 「・・・水里」 (え・・・?) 顔を上げると・・・ 「・・・和・・・兄・・・」 太陽の実の父・和也・・・ 波乱の始まる・・・ 再会だった・・・