デッサン2

水色の恋
第21話 初恋の少女の写真
「・・・水里・・・。久しぶりだな・・・」 「和兄・・・」 2年ぶり・・・ 和也が太陽を引き取りたいと水里を尋ねた以来だ・・・ 「先生。どうか・・・されましたか?」 「あ・・・いや、なんでもないんだ。ちょっと知り合いに あったものだから・・・」 マネージャーらしい女性が水里をじっと見る。 「水里・・・。紹介するよ。こっちは俺のアシスタントの松本」 「松本奈央です。よろしく」 奈央は優しく笑い水里に手を差し出した。 「あ・・・。どうも・・・。山野といいます・・・」 「・・・。貴方のお話は社長から聞いています。絵がお上手な方だと・・・」 「いえそんな・・・。あ、あの。私、用事があるのでこれで失礼します・・・。 さよなら・・・っ」 水里は逃げるように階段を降り、ビルを出て行った・・・ 「・・・。水里・・・」 水里の後姿を 寂しそうな瞳で見つめる和也・・・ (・・・先生・・・) 和也の背中を見つめる奈央の瞳もまた・・・切なげだった・・・ それから暫くして・・・。水里の元に朝子が企画した本が出来上がり送られてきた。 「・・・。な、なんか照れるな・・・。自分の絵が形になるって・・・」 (でも・・・。朝子さんが力いれてる本が出来たんだ・・・。よかった・・・) 水里は父の写真に向かって本を見せた。 「父さん。私の絵が・・・本の表紙になったよ。恥ずかしいけど・・・。でも こういう事は一度きり。私の絵は心が動くままに描くものだから・・・」 お金のために描くんじゃない。 絵は・・・水里とって・・・ 自分の心が何かを感じたとき描くものだから・・・ 水里はふと思う。 (春さん・・・見てくれたかな・・・) 水里の心が伝わったのか。 その頃。陽春の手の中に本は在った。 コーヒーを飲みに来た朝子が持ってきたのだ。 「水里さんの絵だ・・・」 「そ!評判いいのよ〜。勿論中身もなんだけど知り合いの 画家がね、『野山水紀を模写したのか』ってうるさくて。誤魔化すのに 苦労し・・・」 「・・・よかったですね・・・水里さん・・・」 穏やかに微笑みながら本の表紙を撫でる陽春・・・ (あたしの話よりみーちゃんの絵なのね(汗)) 朝子は思った 陽春のこんな柔らかな微笑みは見たことがないと・・・ (なんて顔してるの・・・陽春・・・あんた・・・) 「・・・ん?何だよ。俺の顔になにかついてるか?」 「・・・。別に。ただ、あんた、いい顔で笑うようになったなって思っただけ・・・」 「俺はもとからこういう顔だ。何言ってんだ」 「・・・そうじゃなくて・・・。ふふ。まあいいわ。自然の流れに任せましょ。愛はじっくり 煮込まなくちゃね」 「??訳がわからんな・・・。ニュースでも見るかな」 首を傾げる陽春。 リモコンでテレビのチャンネルを変えた。 ちょうど、人気長寿トーク番組の『白柳達子の部屋』がやっていた。 「あ・・・高橋和也じゃないの!」 (高橋和也・・・って) 陽春は洗い物の手を止めた。 陽春と和也は太陽の一件で で一度だけ対面したことがあった。 (日本に帰っていたのか・・・。もしかしてまた 太陽君を引き取りたいとか言ってきたのか・・・?) 陽春はふとそう思いながらテレビを見ていた。 テレビのトークが聞こえてくる。 「スタッフから話を聞いたんですけど、高橋さんがインテリアデザイナーに なったきっかけは、初恋の女の子だって聞いたんですが本当なんですか?」 「ええ・・・。そうです」 「詳しく聞かせてくださいますか。聞きたいわ〜」 「・・・。あまり詳細には言えないんですが・・・。僕が初めて作った小さな椅子を とても嬉しそうに笑って喜んでくれたんです・・・。そのときのその子の笑顔が・・・ 全てのきっかけでした」 初恋の思い出を語る・・・和也は愛しそうに語った。 「うわ〜。今の話、テレビの向こうの高橋さんFAN主婦達きっと キーキー言ってますよ。もっと話してください」 「・・・。僕の大切な女性の大切な思い出です。これ以上は話せません」 はっきりそう言い放つ和也。そのまま和也の真剣な表情のアップでCMに行った・・・ 「うわー。別名”日本のヨン様”の高橋和也。今、うちの出版社もひっきりなしに 取材いれてるって話よ」 そのとき、朝子はふと思い出した。 「あ。ねぇ。高橋和也とみーちゃんって知り合いなの?」 「えっ??」 陽春はきゅっと蛇口を止めた。 「いえね、この間、みーちゃんが出版社まで来たとき、 ロビーで二人が何か話してたみたいだったから・・・」 「・・・水里さんが・・・」 陽春はやっぱり和也は太陽を引き取りにきたのかと思った。 「・・・ねぇ。もしかして・・・さ。今、高橋和也が話してた”初恋の女の子”って・・・ みーちゃんのことなんじゃないの!??」 「・・・どうしてそう思うんだ」 「女の勘よ女の・・・。ロビーで話してた時のあのなーんか怪しげな雰囲気からして・・・。 そうよ。きっとそうなんだわ!」 「・・・」 「ってことはー!みーちゃんに頼めば高橋和也に直で取材できる♪ みーちゃんってホント、あたしの女神だわーvv」 「・・・それだけは絶対やめとけ!!」 突然怒鳴る陽春・・・ 「どっ。どうしたっていうのよ・・・」 「・・・。いや・・・ただ、水里さんに迷惑かけるなと言っているんだ・・・」 水里と和也の過去のいきさつ・・・ そして太陽の出生の秘密を知っている陽春は・・・ (今頃・・・。高橋和也と水里さんを引き合わせるようなこと・・・。水里さんや太陽君を がまた混乱するだけだ・・・) 陽春は無言で再び皿を洗い始める・・・ 「・・・。陽春・・・どうしたの・・・。怖い顔して・・・」 「・・・。別に・・・。どうもしない。とにかく彼女に迷惑だけはかけるなよ!」 「わ、わかってるわよ・・・」 陽春が急に無口になる・・・ どことなく・・・ 苛苛しているように朝子には見えて・・・ (・・・陽春・・・あんた・・・もしかして・・・) 「あ、いらっしゃいませ・・・!」 笑顔で接客をする陽春。 (陽春。あんた・・・。やっぱり・・・) 心の変化を考えつつ見つめていたのだった・・・ 「・・・。”日本のヨン様”って。よく言うよな・・・」 昨日の残りのカレーを食べながら水里は 和也のこのテレビは。同じ頃水里も見ていた。 ”僕が幼い頃作った椅子を喜んでくれた女の子がいるんです” (・・・) 和也の言葉が過ぎる・・・ 「・・・。さぁてと!気分転換にでも久々に絵、描きにいこうかね!」 水里はスケッチブックと色鉛筆をバックに入れ、 公園にむかうため店に鍵をかけ 自転車に乗る。 「出発進行ー!」 水色の自転車をこぎ、緑地公園に向かう。 そんな水里を一台の白い高級車から・・・見つめる男がいた。 和也だ。 「・・・ふふ。相変わらず元気だな・・・」 車を降りて声をかけたいと思うが・・・ ”あたしは絶対に和兄に太陽は渡さない!” 太陽の一件で水里と険悪ムードで別れた和也。 (俺がアイツの周りをうろちょろすればまた・・・困らせるだけだからな) それでも和也は公園の側に車を止め、遠くから水里の様子を見つめる・・・ (・・・本当に昔から変わらない・・・。スケッチブック一冊持って あっちこっち描いてまわって・・・) ”和兄、見て。ほら。空の雲の絵かいたよ” ”和兄の笑ったかお、いっぱいかいたよ” 自分の後ろにちょこちょこついて回っていた少女の頃の水里を 思い出す・・・ (可愛かったな・・・。お前だけはオレを信じてくれた) 水里の笑顔のぬくもりが和也の心の蘇る・・・ (・・・。もっとお前と話がしたい・・・。お前と・・・) 和也は水里が公園から出るまですっと 水里だけを見つめていた・・・ 日も暮れてきて水里は公園から出てきた。 自分の家とは反対方向に自転車を走らせる。 (どこへ行く気だ?) 後をつけると・・・ (あの店は確か・・・) 陽春の店の前に自転車を止め入っていく水里。 窓から水里がカウンターで陽春と楽しそうに話している光景が 目に入った。 『水里さんはうちの店の大切な常連さんです。暴力をふるうなら 僕が相手になりますよ』 陽春の言葉を思い出す和也・・・ (・・・) 本当に楽しそうに二人は話している・・・ (・・・水里・・・) ハンドルを握る和也の手がグッと力がこもる・・・ そのとき、和也の車の横を夏紀が通り過ぎた。 (ん?今のは確か・・・) 立ち止まり振り返った夏紀と和也は目が合う。 ブロロン・・・ 和也は物凄いスピードでその場を立ち去った・・・ (やっぱり高橋和也だったよな!??) これはなにか事件だ!妙な予感を感じて夏紀は急いで店に戻る。 「大変だ!!兄貴!」 「騒々しい奴だな。一体どうした」 「いや。今そこでな、高橋和也がこっち、除いてたんだよ!」 「えっ・・・」 突然の夏紀の報告に水里と陽春も驚く。 「み・・・見間違いじゃないの。夏紀くんの」 「見間違えるわけぇだろ!水里、お前のこと見てたんじゃねぇのか?」 「・・・」 水里の表情が急に曇ったのを陽春は感じた。 「・・・まさか・・・。また太陽を連れにきたんじゃ・・・ 太陽のことは遠くから見守るって言っていたのに・・・」 「大丈夫ですよ。水里さん」 「春さん」 「水里さんがしっかりしていれば大丈夫・・・!高橋さんだって そんな物事が分からない人ではないと思います。太陽君の幸せを考えたら・・・」 陽春はアップルティを水里に差し出した。 「これを飲んで落ち着いて下さい・・・。きっと大丈夫ですから・・・、ね!」 「ありがとう・・・。春さん」 水里はアップルティを一口飲み 深呼吸した。 「そうですよね。私がしっかりしていないと・・・。太陽に 余計な心配かける・・・」 「・・・大丈夫ですよ。きっと・・・」 「はい・・・」 陽春は深く確かめるようにうなづいた・・・ しかしその夜・・・ ジリリリリリ・・・ 水里宅のレトロな黒電話が鳴る。 「ほいほいー!もしもし!」 漬物をぽりぽりかみながら水里は出た。 「あの・・・。山野水里さんのお宅でしょうか?」 「はい。いかにも私が山野水里本人ですが。何の御用でございましょう??」 「・・・。私・・・。松本奈央です。この間出版社でお会いした・・・」 (・・・出版社って・・・。和兄と会ったときの・・・) 水里は思いがけない人物からの突然の電話に戸惑う。 「夜分遅く、急にすみません。どうしてお会いしてお願いしたいことがあって・・・」 「・・・お願いって・・・」 「・・・先生にあってくださいませんか。息子さんの太陽くんも一緒に・・・」 「・・・!??」 太陽の名前まで出てきて水里は驚く・・・ 水里の心は不安が過ぎったのだった・・・