デッサン2

水色の恋
第22話 キャンプの約束
翌日の午後。 (よりにもよって・・・。ここを選ぶなんて・・・) 水里と奈央は陽春の店で落ち合うことになったのだが・・・ 「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」 陽春はいつもどおりに爽やかな笑顔で接客。 「・・・。え、えっとじゃあアイスティ2つ・・・。お願いします」 「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ・・・」 表情一つかえない陽春に水里はなんとなく複雑な気持ち。 (・・・。そうだよね。春さんには関係ないこと・・・。 なんでいちいち私、寂しいなんて思うんだろ。それより今は 太陽のことだ。どうして太陽ことをこの人は知っているんだ・・・) 水里と奈央の間に緊張感が漂う・・・ 「おお。これな何やら『ネタ』の匂いが・・・」 こそっと水里たちの後ろの席に行こうとした夏紀を陽春は首根っこつかんで 阻止。 「・・・あ、あのちょっと”取材”を・・・(汗)」 「取材じゃなくて盗み聞きだろ・・・。お客様の邪魔をするんじゃないっ!」 夏紀はこうして陽春に捕獲され、生ゴミの処理という罰をくだされたのでした・・・ 一方。水里と奈央の対談は・・・ 「あの・・・。単刀直入に聞きます。どうして貴方が太陽のことを 知っているのですか?」 「・・・。先生から直接聞きました。貴方のことも太陽君の実のお母さん のことも・・・」 「和兄が自分から・・・?」 簡単に他人とは打ち解けるタイプじゃない和也が。スキャンダルに なりそうな自分の過去を話すなんて・・・ 「・・・。奈央さんは和兄に信頼されてるんですね。和兄が自分のこと 打ち明けるなんて・・・」 「い、いえそんな・・・っ。信頼関係なんてとんでもないです・・・っ」 頬を染める奈央。 水里は奈央の和也に対する想いをすぐに感じ取った。 「それで・・・。お願いって何ですか。太陽のことについては和兄とは ”遠くで見守る”ということで話がついているはずで・・・」 「・・・。ハイ。水里さんとの約束があるからって言ってました・・・。 でも・・・。先生は本当はお二人に会いたいんです。特にスランプの今は・・・」 「スランプ?」 「ええ・・・。今度、日本で新しい店をオープンすることになって・・・。 店のデザインやコンセプトが見えなくて・・・」 「・・・」 和也は純粋な男だ。好きなものにすぐにのめりこむ。 だがその反面・・・。批判やプレッシャーに弱いところがある・・・ ”もうどうなってもいいんだ・・・。水里。一緒に逃げよう・・・” (・・・) 昔、和也が盗作疑惑をかけられ傷ついたときの言葉を思い出す・・・ 「・・・。ごめんなさい。申し訳ないけれど、和兄のスランプ脱出 のために太陽と会わせるというのはできません・・・。スランプは自分で切り抜ける もの。ごめんなさい」 水里は頭を下げた。 「・・・。断られるとわかっていました。でも・・・」 奈央はバックから一枚の写真を取り出した。 「・・・これは・・・」 水里の少女時代の写真。 絵の具だらけの顔の・・・ (こ、こんなのいつ撮ったんだ!?) 「先生の”初恋の女の子”だそうです。宝物みたいに いつも・・・滅多に見ない笑顔を浮かべてみています・・・」 「・・・」 水里は写真をスッと奈央に返した。 ”オレの一番好きな女の子・・・って柄じゃねぇか。でもオレは その子に酷いことをしちまったから・・・。一生片思いかもな” 「・・・そう言ってました。とても寂しそうな瞳で・・・。 本当にこの写真の女の子が好きなんだなって思いました・・・」 「・・・」 「先生は一途な人です・・・。今でも水里さん貴方のことを 心の底から好・・・」 カラン・・・ 「お待ちどうさまでした。アイスティでございます・・・」 (・・・春さん) 水里は陽春の表情に心が動く。 だが 陽春はただ静かに器を置き、カウンターに静かに戻った・・・ 「・・・。あ、あの・・・。やっぱり太陽をあわせるわけには行かないしそれに 私も和兄とは会えません。”この写真の女の子”のことは忘れてくださいと 和兄に伝えてください・・・」 「・・・。でも・・・、太陽くんだって・・・。実の父親との対面する・・・。 そういう年頃なんじゃないでしょうか」 奈央の鋭い言葉に水里は返す言葉を一瞬失った。 「水里さん・・・。どうしても駄目ですか?お願いです。先生の笑顔を引き出せるのは 貴方と太陽くんしかいないんです。お願いしますお願いします・・・!!」 奈央は水里に膝をついて土下座して頼み込む・・・ 「や、やめてくださいっ。奈央さん・・・」 「一度だけで委員です・・・一度だけ・・・」 「奈央さん・・・。貴方こそ和兄をそこまで想ってるんですね・・・」 かぁっと頬を一気に赤面させる奈央。 「・・・。わ、私なんて・・・。何の役にも立たない・・・。だから。お願いです。 一度だけ。先生に元気をあげてください。お願いします・・・!」 「奈央さん・・・」 奈央の懸命さに 水里はそれ以上はっきり断りの言葉は言えなかった・・・ 水里と奈央の様子を陽春は 静観し見守っていた・・・ その夜。 陽春は水里の様子が気になりメールを送った。 パソコンの画面を見つめて返事を待っている陽春。 「兄貴。風呂あいたぜ」 「ああ。今入る・・・」 カチカチ・・・ メガネをかけ、パソコンの向かう陽春。 バスタオルで茶色の髪を拭きながら夏紀は陽春を ドアの隙間から見つめる。 (・・・。男のオレから見ても・・・。いい男だよなぁ・・・。 女がほうっておかねぇけど本人がなんつーか腰が重いんだよなぁ) 「なんだ。夏紀」 「いーや。なんでも。んじゃ先寝るわ。おやすみ」 「ああ」 (すぐにとは言わねぇけど。兄貴も新しい恋愛してほしいって思ってんだ。 オレは) 「オレって兄貴思いの良い子だなぁ♪」 と、自画自賛して、今日街でなんぱした女の子にメールを送る夏紀くんでした・・・ カチカチ・・・ 水里からのメールを待ちながら 他のメールチェックをする陽春。 一日30通近くは来る。 陽春が加盟しているボランティア団体のもの・・・ 医療関係の資料などメールマガジンなど・・・ 「あ・・・」 新規着信メールが来た。 件名が『春さんへ』 水里からのメール。 カチカチッ 他のメールをそっちのけで真っ先に陽春はクリックして開いた。 『春さん。今日はお店、使わせ貰ってありがとうございました。 なんだかお礼を言いそびれちゃってメールしました』 「お礼なんていいのに・・・」 水里の変に遠慮深い所に最近時々 寂しさを覚える陽春・・・ 『それで・・・。奈央さんからのお願い・・・。奈央さんは今度の休みにキャンプへ和兄と3人で 行ってとお膳立てすると言っていました。でもとりあえず『太陽の返事を聞いてから』という 事で今日は勘弁してもらいました。』 (そりゃそうだ・・・。一番大事なのは太陽君の気持ちだ。 奈央さんという人も強引だな・・・) 『太陽がどういうかわかりません。でも太陽も7歳で 父親が欲しい、そんな年頃だと、奈央さんの言葉に正直揺れてしまいました』 (そんな・・・。自分が辛いからと子供に甘えようなんて 思うのはどうだろう) 沸々と微かな苛立ちを覚える陽春。 『太陽と話し合って。もし太陽がOKしたら、キャンプへは行こうと思います』 「えっ。どうして・・・」 マウスを握る陽春の手に力が入る。 『でも3人じゃありません。4人で行きます。奈央さんも一緒に行って貰います・・・。 それが私のけじめです。』 (・・・けじめ・・・って・・・。何の”けじめ”なんだ・・・?) ”写真の女の子のことをずっと今でも先生は想っています・・・” トーク番組で和也が言った言葉が浮かぶ・・・ (・・・) なんとなく胸の置くがもやもやするのを感じる陽春・・・ 『・・・。長々とごめんなさい。メールだとつい何だか話し込んでしまって・・・ 私がしっかりすれば・・・。何があっても太陽を守ります。心配かけてすみません。 じゃあおやすみなさい』 (心配をかけてすみません・・・か・・・) メガネを外し、机の上に置く陽春・・・ (彼女のメールに一喜一憂することはない。そうだ・・・) 雪の写真を見つめながら 陽春は呟く 「”知人”として、出来る範囲のことをすればいい。それ以上のことは しない・・・それがオレの”けじめ”だ」 ”迷惑かけられないから・・・” 水里の言葉に 微かな苛立ちと寂しさ 打ち消すように 他のメールに目を通す陽春・・・ (雪・・・。また夢の中に出てきてくれ・・・) 雪の写真を見つめる陽春だった・・・