デッサン
〜水色の恋〜
第23話 線香花火とオルゴール
太陽、お泊りの日。
夕飯を終えて、水里は太陽とベットの上に向き合って座った。
「太陽。折り入って話があるんだ・・・」
「おりいって・・・?」
太陽、絶妙な間合いでポケモン模様の折り紙を取り出す。
「・・・いや(汗)そうじゃなくてとっても大事なおはなしがあるんだ」
水里はじっと太陽を見た。
「太陽・・・。保育所のとき、一緒にポケモンの映画見にいった・・・。和也お兄ちゃん」
「・・・」
急に太陽の顔が強張った・・・。
「和也お兄ちゃんがね・・・。太陽とキャンプに行きたいって言ってるんだ・・・。
太陽・・・。どうする?」
「・・・」
太陽はピカチュウ人形をぎゅっと握り締める。
「・・・嫌ならいいんだ・・・。和也お兄ちゃんに断るよ」
「・・・みぃママもいっしょ?」
「え?う、うん・・・。私も一緒だし和也おにいちゃんのお友達も
一緒・・・」
太陽は水里の膝にちょこんと乗ってきた。
「なら・・・ボク、行く」
「太陽・・・。いいの?嫌なら別にいいんだよ」
「・・・ボク・・・行く。行く。キャンプ、行く・・・」
「太陽・・・」
水里は太陽をぎゅうっと抱きしめる・・・
(太陽はあたしに気を使って言ってる・・・。あたし何にもわかってなかった。
太陽は・・・太陽は気づいてる・・・)
子供心に。
いや子供だからこそ
自分の実の父は誰かということを・・・
「太陽。本当にいいの・・・?」
「ウン。キャンプに行ってね、ますたーに川の石、おみあげに
するんだ」
「太陽・・・」
”太陽君だって・・・。本当の父親として対面したいって
思ってるんじゃ・・・”
奈央の言葉が浮ぶ。
(・・・。そういう時期なのかもしれない。太陽にとっては
辛いかもしれないけど・・・)
「太陽。大丈夫。私がそばにいる。私はね、世界で一番太陽が好きだよ。
それを忘れないでね」
水里の言葉に太陽はにこっと笑って
水里の頬にほっぺをすりよせる。
「いっぱいいっぱい”ぎゅう”今日はしようね」
水里は太陽のおでこに額をくっつけて
ぎゅうっとさらに抱きしめる。
小さな心がもし、少しでも傷つくとしたら
立ち直るときはずっとそばにいてあげたい。
(太陽が・・・。さらに成長してくれるように・・・。見守って
くれ。陽子・・・)
水里は陽子の写真に向かって誓った・・・
そしてキャンプの日。
水里の家まで奈央が車で迎えに来た。
ワゴン車だ。
「おはようございます。太陽君。水里さん」
「おはようございます」
太陽は初対面の奈央を少し警戒して水里の後ろにささっと隠れた。
「・・・こら。太陽。恥ずかしがり屋さんは卒業したんじゃなかったのかな?」
「・・・」
もじもじっとする太陽。
「いいんですよ。水里さん。太陽君、初めまして。私
松本奈央。よろしくね。握手してくれる?」
「・・・ヨロシク・・・」
太陽は奈央の笑顔に少し安心してのかちょこっと握手した
「よし。これでもう、私たち、”友達”ね!ふふ・・・」
奈央の微笑みは
水里の緊張感も解した。
(この人・・・。安堵感がある人だな・・・。和兄が全部話したのなんとなく
わかるかも・・・)
車の中に乗り込む二人。
だが肝心の和也の姿がない・・・
「あの・・・。和兄は・・・?」
「・・・。先生は別荘です。実はお二人が来ることはまだ言ってないんです・・・」
「え?」
奈央はエンジンをかけ、アクセルを踏む。
「多分、言ったら余計なことするな・・・って怒ると思ったから・・・」
「・・・」
バックミラーに映った奈央の顔が切なく・・・
(この人は・・・。本当に本当に和兄が好きなんだ・・・)
青い車は一路・・・
緑深い山を目指した・・・
「うわぁ・・・」
白樺の木々が群生している。
ログハウス風の山荘。
『別荘』という割には結構アウトドアなカンジだ。
「・・・和兄らしいな・・・。正直、別送って言うから豪華な
家を想像してたけど・・・」
「・・・。先生はあくまで木材を基本としたインテリア家具を常に
考えてます・・・。ふふ」
奈央は車から夕食の材料や荷物を降ろしながら話す。
バタン。
「さ。どうぞ。いきなりハイって先生を脅かしてやりましょ」
ガチャ・・・
奈央が二人を案内しようとしたとき物音に気づいた和也が出てきて・・・
「・・・水里!?太陽・・・!?どうしてここに・・・」
無精ひげの和也。
奈央が水里と太陽の前に立って和也に説明する。
「先生。ごめんなさい。私の一存でお二人に来てもらいました。
先生に元気出してもらいたくて・・・」
「余計なことを・・・!オレは水里と約束したと話しただろう!??
勝手に・・・」
感情的に声を上げる和也。
確かに苛ついているのが水里にもわかった
「和兄。奈央さんを責めないでくれ。あたし達は自分の意思できたの」
「水里・・・」
太陽はくいくいっと水里ズボンを引っ張った。
「・・・。みぃママ。おトイレどこ?おしっこ」
太陽は足をくねくねさせている。
「え??太陽!だからドライブインでおトイレすませようっていったのに!
和兄ッ。トイレどこ!??」
「あ?ああ??こ、こっちだッ」
「わぁあ!!太陽。漏らすなよ〜!!」
太陽をだっこして慌てて水里はログハウスの中に入っていく・・・
「ふふ・・・。ったく・・・。水里の元気パワーは相変わらずだな・・・」
(・・・先生が・・・久しぶりに笑った・・・)
奈央が沢山資料を持ち寄っても、和也の好物を作っても
あんな穏やかな笑顔は見られなかったのに・・・
(・・・やっぱり先生は水里さんを・・・)
スーパー袋を握り締める奈央の手に・・・
力が入った・・・
「松本・・・。さっきは怒鳴って悪かったな・・・」
「いえ・・・」
「ありがとう。水里と太陽の顔が見られてよかったよ」
感謝の言葉も奈央には胸を締め付ける・・・
「さ・・・さぁ、先生。バーべキューの準備しましょう!先生も
荷物運んでくださいな!」
(・・・私はあくまでアシスタント・・・。わきまえなくちゃ・・・)
感情を抑えて奈央は荷物を中に運んだ・・・
蜩(ヒグラシ)がけたたましく鳴いている
日が大分暮れてログハウスのテラスでは
バーベキューのいい香りが漂う。
ジュウジュウと、網の上でナスやビーマン、トウモロコシ、夏野菜がこんがり
焼けている。
和也がえぷろんをつけて軍手をして炭で肉を返す。
「おお。いい匂いがしてくるね〜。あ、和兄、ちゃんと裏まで焼いて
よね」
「うるさいな。俺は今、自分の肉を焼いてんだ。文句つけるなら
自分で焼けよ。ったく。人使い粗いのは変わってねぇな」
「変わってないですよー。あ、太陽!あたしにトウモロコシ横取りすんな!」
太陽は黄色いピカチュウ色のトウモロコシが大好き。
ぱくついてます。
「太陽君。もっとトウモロコシ食べるか?どんどん焼くよ」
「うん」
和也との間の緊張感も少し和らいだのか。
水里は気にしつつも笑顔を絶やさないで置こうと思う。
「おいー!ちょいと和兄!焦げてる焦げてるよー!!」
「水里っ、皿もってこい!これ、お前が食えッ」
「えー!!なんで。ちょっと。太陽。このおじさん、酷いよねぇ。
あたしに焦げたの食べろって言うんだよ」
「うん。わるいことしたらピカチュウの電撃くらうよ!」
「おお。それはこわいなぁ〜。じゃあ太陽君には飛び切り一番の
いい肉をあげよう〜」
太陽のさらに焼きたての肉をポン!と乗せる。
「あ〜ずるいってばよー!」
「へへー。自分の肉は自分で焼け」
少年のように大声を上げて笑う。
水里と太陽がそばにいるだけで
自然体の和也になる・・・
奈央の心は必死に切なさと戦っていた・・・
バーベキューのあとは花火。
ロッジの後ろに流れる川原で打ち上げ花火やねずみ花火
「うっし。ロケット花火じゃ〜!うりゃうりゃ和兄」
「わっ。てめぇ!人にむけるなっ」
川原に出た3人。
花火で盛り上がる。
「太陽。線香花火しようか」
「うん!」
太陽は線香花火が大好き。
「誰が一番さきに燃え尽きるか競争だ〜」
水里と太陽、和也は輪になってしゃがみ線香花火をじっと見つめている・・・
「スイカ切れましたよ。みなさ・・・」
お盆にスイカを切って盛ってきた奈央だったが・・・
線香花火をしている3人の姿に
(・・・)
嫉妬の花火が一瞬燃え上がる。
「あ。奈央さ・・・」
奈央に気づいた水里。
顔を強張らせてこちらを見つめているのに気づく・・・
(そうだ・・・私、太陽の気持ちばっかり気を回して・・・。
奈央さんの気持ちまで回らなくて・・・。無神経なことしてた)
「おーい!奈央さん、奈央さんも花火しましょう!スイカならあたし
切りますから」
「え?」
「さーさ。力仕事はあったしにまっかせなさぁい!」
水里はバケツの入った西瓜ひょいっと奈央から受け取り
水場に持っていった。
「・・・水里さん・・・」
「・・・ったく・・・。んっとにあいつの底なしの元気者なんだから・・・」
「ええ・・・。そしてとても優しい人です・・・。限りなく・・・何倍も・・・」
”奈央さん・・・。太陽と和兄を会わせる機会を作ってくださって
ありがとう。本当にありがとう”
水里がさっきバケツをもったとき
奈央の耳元で囁いた。
「先生が水里さんのことを想うの・・・。わかります・・・」
太陽と和也の間の空気に気を張りながら
水里は奈央のことも見ていた。
「・・・。周りに気を張って今日一日笑ってた・・・。それは太陽くんも同じで・・・。
先生は幸せ者ですよ。そんなお二人がいるんだから・・・。
スランプなんてやってる暇・・・。ないですよ・・・」
「ああ・・・。そうだな・・・」
線香花火。
小さな火花が切なく散って燃える。
奈央の恋心のように・・・
そして・・・
「和おじちゃん。花火たのしいね」
「ああ。楽しいな・・・」
”和おじちゃん”
(・・・切ないな)
パパと呼ばれたい。
だがそれは望んではいけないこと
(一生おじさんでもお兄ちゃんでもいい・・・。この子が元気にそだって
くれたら・・・)
今日一日一緒に遊んで過ごして。
自分と同じ首筋にホクロがあるのに気づいた。
愛しさがわいた。
(太陽は・・・。オレの大切な息子だ)
自分には大切な存在がいたのだと実感する・・・
そしてもう一人・・・。
「おーい。西瓜切ったよーー♪」
ロッジのテラスから手を振る水里・・・
(それから・・・。オレの初恋の女の子・・・。やっぱりオレは・・・)
「おお!もう少ししたらいくよー!」
水里に笑顔で手を振り返す和也。
ジジジ・・・
線香花火は様々な想いを吸い込むように切なく
儚く燃えた・・・
「ふう・・・。なんか寝付けない」
二階のベットルームで太陽と二人眠っていた水里。
太陽はピカチュウ人形を抱きしめて眠っている。
(太陽・・・。今日一日・・・。ご苦労様・・・)
和也と仲良くなろうと必死に
笑っていてくれた。
(私のために・・・。無理させた・・・。ごめん。でも
太陽。自分の”命のパパ”のことは・・・避けて通れないんだ・・・)
水里は太陽の髪をそっと撫でて
一階に降り、テラスに出た。
「・・・いい風ですなぁ・・・」
腰近くまで伸びた水里の髪がふわっとなびく。
「髪。大分伸ばしてるんだな」
「和兄・・・」
缶ビールを水里に投げ、受け取る水里。
水里に少し緊張が走った。
考えてみたら
二人きりになるのは今が初めて。
「・・・。太陽・・・。大分おしゃべりできるようになったな」
「・・・うん」
「身長も伸びた」
「うん・・・」
和也の声が穏やかだ。
昔、一緒に学園で育って遊んだときと同じ・・・
「オレは大事なことをお前と陽子に言ってなかったことに気づいたよ」
「大切なこと・・・?」
和也は空の星を見上げた。
「ありがとう。陽子・・・。太陽を生んでくれて」
「和兄・・・」
「それから・・・水里・・・。太陽をあんなに優しいあったい子に
育てて見守ってくれて・・・。ありがとう・・・」
和也は水里に頭を下げて言った。
2年前の強引に太陽を連れて行こうとした和也とは違うと水里は感じた。
(陽子・・・。陽子に今の言葉聞かせてあげたい。
陽子・・・)
水里の脳裏に陽子の笑顔が浮んだ。
「・・・。俺はずっと信じられるのは自分だけと思ってきた・・・。
けど違う・・・。俺には血を分けた太陽がいる・・・。同じ場所にホクロがある、
その事実だけでこんなに太陽を愛しいと感じたんだ・・・」
「和兄・・・。でも・・・太陽の心が・・・」
「わかってる。俺は父親だなんて名乗るつもりもないし
太陽に認められようとも思わない・・・。そんな資格がないのもわかってる・・・。
でも・・・。嬉しかったよ・・・。太陽に今日会えてよかった・・・」
「和兄・・・」
”太陽くんだって本当は自分のお父さんに会いたいと思ってるんじゃ
ないでしょうか・・・”
(太陽はどう思ったのかな・・・。太陽の気持ちは・・・)
水里の心に不安が過ぎった。
「それに・・・。お前にも会えてよかった・・・」
「え・・・?」
和也の顔が・・・真剣になった。
優しい父親から男に変わる。
真顔。
水里に動揺が走る。
夏がいきなり冬に変わったみたいに
パニックが起きる・・・
(怖い・・・。なにかこわい・・・怖い・・・いやだ・・・)
蘇る
7年前のあの恐怖感。
雨の日の見てしまった
衝撃・・・
「・・・。俺は・・・。本当はお前に一番会いたかったんだ。ずっと話がしたかったんだ」
”先生は”初恋”の女の子の写真を宝物みたいに大切にしています”
奈央の言葉が過ぎり水里は思わず和也に背を向ける。
「お前にも陽子にも酷いことしたと思ってる・・・。でも俺は・・・俺は・・・っ
今も昔もお前を・・・」
水里は強引にビール缶を和也に返した。
まるでそれが水里の”応え”のように・・・
「和兄・・・。和兄には今もこれからも
太陽の・・・大事な”命のパパ”でいてほしい・・・」
「水里・・・」
「・・・。和兄・・・。あの写真・・・。私の映り悪い写真はもう捨ててくれ・・・。
私は誰も好きにならない・・・。おやすみ・・・」
パタン・・・
ドアの閉る音が・・・
水里の心が自分を拒絶する音に・・・
聞こえた・・・
内ポケットから取り出した写真。
顔中絵の具だらけの
幼い日の水里が写っている・・・
「・・・。捨てられるわけないじゃないか・・・。捨てられる・・・」
和也は再びそっと写真を懐にしまったのだった・・・
同じ頃。
「・・・」
雪から贈られて来たオルゴールを陽春は耳をあてて聴いていた・・・
「・・・相変わらず・・・。お前のように静かで穏やかな音色がするな・・・」
聴いていると落ち着く・・・
まるで雪がそばにいるよう・・・
(雪・・・)
コトンッ。
「・・・!?」
机の端から何かが落ちた。
〜♪
元気で楽しいメロディが流れる
机から落ちたのは水里が作ったオルゴール・・・
「・・・」
(今頃・・・。水里さんと太陽くんは・・・)
「・・・」
陽春はオルゴールを拾い、机の引き出しに閉った。
奥底に閉った。
「・・・。オレにはこれがある・・・。これがあるんだ・・・」
机の奥底に閉ったもう一つの水色のオルゴール。
鍵をかけて
封印する。
白いオルゴールに縋るように頬を寄せた・・・
『自分が一生愛しぬく女は雪しかいない・・・』
(そうさ・・・。オレは・・・)
昔の自分を取り戻そう。
だが・・・
陽春の視線が無意識に水色のオルゴールが閉ってある引き出しに
いく・・・
水色のオルゴールの音色を求める自分を
陽春は確かに感じていた・・・