デッサン
〜水色の恋〜
第24
話 男として 父親として
「奈央さん。本当にありがとうございました」
ピカチュウリュックを背負った太陽が車からひょこっと降りる。
水色堂前で奈央が車から荷物を降ろす。
「いえ。私のほうこそ気分転換になったし、先生も・・・」
「・・・」
水里の脳裏に和也の顔が重く過ぎった。
「いえ。奈央さんがいなかったら太陽と和兄と対面させる
機会、つくれなかったです。ありがとうございました」
水里は奈央に頭を下げ、店の鍵を開ける。
「・・・水里さん」
呼び止める奈央・・・
「はい」
「先生の・・・。先生の気持ち・・・。今でも変わってません。ずっと・・・。
それだけは・・・。わかってあげてください」
真直ぐに水里に頭を下げる奈央・・・
奈央の想いが伝わってくる・・・
(和兄のために・・・。自分の気持ちを抑えて・・・。
強い人だな・・・なんか・・・)
「・・・。奈央さん・・・」
「じゃ・・・。失礼します」
奈央の後姿・・・
水里は切なげに見つめていた・・・
「さぁて太陽。お洗濯しようか。天気いいし」
昨日の着替えをリュックから洗濯機の中によごれものをいれる水里。
太陽は少し俯いている
「ねぇ。みィママ」
「ん?」
「・・・。和お兄ちゃん・・・。優しかったね。でもボク・・・」
「・・・。そうだね・・・」
水里は太陽の視線までしゃがみ、肩をそっと抱いた。
「ボク・・・。ボクはパパはイラナイ」
「太陽・・・」
太陽はズボンのポケットをぎゅっと掴んだ。
「ボクにはミニピカもいるしミィママもいるし・・・ますたーもいる。
だから寂しくないよ」
(太陽・・・)
「うん・・・。太陽は一人じゃないよ。」
水里は太陽を抱き上げベランダに出た・・・
『和兄が太陽の『命のパパ』だよ』
水里はそう太陽に告げようと思っていた。
(・・・太陽は・・・全部わかってる・・・。分かった上で・・・
キャンプに行ったんだ・・・)
「みィママ」
「ん・・・?」
「ますたあにあいたいな」
「・・・。そうだね・・・。私も・・・」
陽春のコーヒーが飲みたい・・・
強張った体を溶かすために・・・
水里と太陽は午後、陽春の店に・・・。
「ますたあーーー!!こんちはーーー!!」
陽春の姿を見るなりジャンプして抱きつく
本当に嬉しそうな顔だ・・・
(太陽は・・・本当に春さんには心から甘えてるんだな・・・)
「今日も元気だね!太陽くん!」
「うん!ほらますたーにおみやげだよ!」
ビニール袋の中にごろごろ石が入っている。
太陽がマジックでピカチュウの絵が描いてある。
「おお。ピカチュウがいっぱいだね」
「うん。色んな形の石があったんだ!あのね、あのね・・・」
太陽は陽春から離れず必死に石を見せる。
自分を受け止めてくれる陽春が嬉しいのか本当ににこにこ
して・・・
(太陽・・・)
「・・・すいません。春さん太陽、なんかはしゃいじゃって・・・」
「いえ。僕も太陽くんに会えて嬉しいですから。それから貴方にも」
(えっ)
陽春の台詞の語尾に敏感に反応する。
(あ、会いたかった・・・!?)
「水里さんにケーキの試食していただきたくてV」
ラップされたできたてのケーキを指差す陽春。
「・・・。あ、ははは。オイシそうですね・・・」
(あたしは毒見役か・・・(汗))
かなり残念(?)な水里。
「ほら。ラベンダーを入れてみたんです。ほら・・・。
いい香りがするでしょう?」
ケーキのお皿を水里に鼻元にもっていく陽春。
「うん。ラベンダーの香りが・・・。へっくしゅんッ」
ベチャッ
水里、クシャミしたはずみで鼻の頭に生クリームが見事にHIT!
「あー。みィママ、『真っ白なお鼻のみィママ』ができた〜。きゃはははー・・・!」
太陽、バカ受けして大笑い。
「ほんとだね〜。水里ママ、真っ白のトナカイだ〜」
「ちょっと。春さんまでー。よーし。水里トナカイは怒ったぞ〜!!」
水里は太陽の鼻に生クリームをぺたっとつける。
「これで太陽も真っ白のトナカイだよ。ふふ〜」
「ブー。みィママ、ぶぅ〜」
太陽はほっぺをふぐみたいにぷうっと膨らませる。
「ぷぅ〜」
水里も一緒にふくらませる。
「白鼻のふぐの親子だ〜」
「きゃははは〜♪」
太陽は大声で笑った。
水里も太陽の笑った顔が嬉しいから笑う。
「ほら〜。春さんにもつけちゃえっ!」
「あっ。水里さん。ずるいっ」
生クリームをお互いの頬につけあう水里と陽春。
店の中に3人が笑いあう声が響く・・・
腹の底から声を上げて
笑う・・・
心には
ぬくもりだけが溢れて・・・
(やっぱり・・・ここはいいな・・・。私も太陽も安心できる場所・・・)
水里は陽春の笑顔をもっと長い間見ていたい・・・
そう感じたのだった・・・
「本当にいつもすみません。結局こうなってしまって・・・」
水里と太陽を陽春は家まで送る。
はしゃぎ疲れた太陽が陽春の広い背中でぐっすり夢の中。
「いえ・・・。僕も楽しかったです。久しぶりに太陽君と沢山話をして
可愛らしい石のおみやげももらって・・・」
「・・・ありがとうございます・・・。太陽を受け止めてくれて・・・」
和也とのキャンプ。
陽春はそのことを水里にも太陽にも尋ねない。
太陽は気持ち的に無理をしていたことをきっと陽春も察しているのだろうと
水里は思った。
「春さん」
「はい」
「・・・。自然にまかせていいのでしょうか・・・。太陽と父親との
関係について・・・」
陽春はしばらく考えてから答えた。
「・・・。僕はいいとそれで思います・・・
物事にも流れがあるように・・・。人の心にも流れがある・・・。それに
まかせることも一つの選択だと思います・・・」
「春さん・・・」
「水里さん。貴方が太陽君を想う気持ちがしっかりしていれば・・・。大丈夫です。
ね・・・!」
「はい」
陽春の力強い言葉に安心する。
(改めて思うな・・・。不思議だな・・・。どうしてだろう)
水里は夕日を浴びる陽春の背中を
少しくすぐったい気持ちで水里は見送った・・・
一部始終をシルバーの車の窓からサングラスをかけた男は見ていた。
街灯が灯る。
陽春が店に帰ろうと歩いていると・・・
プップー。
(・・・?)
クラクションの音に振り返る陽春。
シルバーのベンツが歩道脇に止まっている。
(この車は・・・)
ガチャ。
「藤原さん。こんばんは」
「・・・高・・・橋さん・・・」
ブラウンのジャケット姿の和也がサングラスを取って降りてきた。
「貴方とは一度しか面識ありませんが・・・。でもいちどちゃんと
ご挨拶したくて」
「いえ・・・」
「『息子』の太陽がお世話になっているみたいで・・・」
陽春には”息子”という部分を妙に力がこもって聞こえた。
「・・・そんなこちらこそ、太陽君にはいつも元気を貰っています」
「ええ・・・。太陽は本当に元気な男の子に育ってくれてます・・・。
・・・父親らしいことは何一つできずにいるのに・・・」
(・・・)
さりげなく、”オレが太陽の父親だ”という主張しているように
感じる・・・。
「でも確かに太陽は僕の息子で・・・太陽と同じ場所にホクロがあるんです。
たったそれだけのことなのに・・・。妙に感動的で・・・」
和也は車に寄りかかり
含み笑いを浮かべた・・・
「・・・。あの・・・。僕はお店があるので・・・」
「おっと。これはすみません。道の真ん中で呼び止めてしまって・・・」
「いえ・・・。では・・・」
陽春は軽く会釈して歩き出す・・・
「藤原さん」
立ち止まり振り替える陽春。
「・・・今度水里に会った伝えていただけますか”初恋の少女の写真は”
絶対に捨てない・・・と・・・」
「・・・」
和也の微笑みはどこか・・・
威嚇しているようで鋭く陽春に送る・・・
二人の男の間に・・・
妙な緊張感が・・・
「・・・。失礼します・・・」
陽春は軽く会釈して和也の前を後にした・・・。
長身の陽春の後姿を・・・。
内ポケットから煙草を取り出し
一本吸って見つめる和也・・・
フゥー・・・
「・・・。何ムキになってんだか・・・オレは・・・」
髪を掻き揚げ、サングラスをかけ・・・
車を走らせた・・・
それから一週間後・・・
本屋の書店に並ぶ週刊誌に衝撃的な見出しが踊る・・・
『日本の”ヨン”様コト高橋和也・過去に盗作疑惑浮上!更にアメリカ
留学時の女性遍歴!』