デッサン2

水色の恋
第27話 約束











「夏紀!すぐ洗面器にお湯いれてもってこい!!それから救急箱すぐ二階にもってこい!!」







「ああ!??」






店のカウンターでこっそりビールで一杯やっていた夏紀。





ずぶ濡れの陽春と水里が二階に上がっていって驚く。






「な・・・。何があったんだよ!?」










「いーからすぐ持って来い!それから二階の今夜は二階に上がってくるな!
いいな!!」








「・・・は、ハイ・・・」










陽春と水里の尋常じゃない様子に・・・夏紀は・・・
ただ唖然とする・・・










(・・・なんだよ。っていうか水里のあの様子は・・・)












水里はすぐさま右手の手当てを陽春にされ





陽春からホットタオルとお湯のはいった洗面器を借り、
体を拭いて




着替えた。





その間、陽春はコーヒーを淹れて持ってきた。






「・・・あの・・・。春さん。この服は・・・」









ドアの向こうの陽春に尋ねる水里・・・




(どうみてもこれは・・・雪さんの・・・)




白い上下のブラウスとロングスカート・・・







「・・・すみません。男所帯なもので着て貰える様な服がなかったから・・・。
お気に召しませんでしたか?」







「いや・・・とんでもないです。こんな素敵な服・・・。
それよりこの服は・・・雪さんの・・・。いいんですか?」





着てもいいのかと遠慮深さがこみ上げてくる




「気にしないでください」







カチャ・・・





水里が出てきた。







「・・・あの。ホントにホントに着てもよかったんですか・・・?
なんか・・・」







「・・・」





一瞬、雪かと思った。



「春さん?」









「えっ。あ、いや・・・。何でも・・・。それより
水里さんこの部屋で少し休んでいてください。コーヒー淹れてきますから」









「あ、は、はい・・・」








パタン・・・









陽春の部屋・・・








(初めてだ・・・)









何故か緊張する水里・・・






ベットにちょこんと背筋を伸ばして座り






天井や壁を見上げる・・・









(・・・ここは・・・。春さんと雪さんの部屋でもあった場所・・・)







更に何故か緊張感を感じる水里。








(・・・なんか・・・。ここに居てもいいのかな・・・。入っちゃいけない
領域に居るような気がする・・・)










水里は少し背中を丸めて申し訳なさそうに






座っていた・・・











「兄貴。水里の奴、何かあったのかよ!?」






「・・・」





興味津々な顔で陽春に探りを入れる夏紀。






「あの水里の服の乱れ方って・・・」






ギロリ!







(ひっ・・・。怖っ)






陽春、夏紀を睨み殺す・・・






「あ、はい。今日はお店で眠ります。お兄ちゃま・・・」






夏紀、おにいちゃまの言うことを聞く弟に変身したの巻でした・・・









コンコン。




「は、はいッ」




ホットココアがはいったマグカップを持った陽春。


「水里さん、入りますね・・・」




ガチャ・・・







水里は思わず絨毯に正座してしまう・・・






「・・・(汗)な、なんでそんなところに座ってるんですか?」





「いえあの・・・。なんというか・・・(汗)あんまりベットのシーツ
が綺麗でしわもなかったので座るのがもったいないかと・・・」








ちんまり正座する水里・・・








「・・・ふふ・・・。本当に面白いなぁ・・・水里さんは」




「・・・はは・・・(汗)」




「じゃあ僕も・・・。よっこらしょっと」







お盆を静かに置いて、陽春も絨毯の上に座った。







「す・・・すいません・・・」




「いえ。たまにはこういうのもいいです。あ、水里さん、手、もう一度
見せてください」





丁寧に包帯を巻かれた手を見せる水里。






「・・・一応応急処置はしましたが・・・。落ち着いたらでいいので
ちゃんと病院行って下さいね。傷口は浅いけれど出血したから・・・」








「・・・はい・・・」








まるで小さな病院みたいだ。






患者と医者。







水里はちょっとくすぐったい・・・










「・・・?どうかしましたか?」





「いや・・・。春さんはやっぱりお医者さまだなって思って・・・」





「・・・元・がつきますよ。でも今日、自分が医者やっててよかったと
思いました。こうして水里さんの手当てができてし・・・」





「・・・。あの。診察料はいりますか?」





真顔でいう水里・・・






「・・・ぷっ・・・。くくくく・・・。いりませんよ。無料奉仕です
で。これが僕からの
処方した薬です。はいどうぞ」






「は、はい。じゃあ、お薬、いただきます・・・」




マグカップをすっと差し出す陽春。






水里とのこんな可愛らしい可笑しいやりとりが
陽春は心地いい・・・







(・・・逆に俺がほっとさせられてるな・・・)







「・・・ココア・・・?」





「ええ。コーヒーよりココアの方が体、あたためて
くれますから。よく効きますよ」






「はい。・・・では・・・いただきます」





「はい。どうぞ」
















マグカップそっと・・・






両手で持つ・・・












(あったかい・・・。本当に・・・あったかい・・・)












飲まなくても






手から伝わってくる・・・












水里はそっと・・・







マグカップを頬にあてる・・・












「・・・あったかい・・・。あったかくて・・・こころが・・・落ち着く・・・」













(水里さん・・・)














陽春が淹れてくれた










そう思うと一層・・・













甘いココアの香りが・・・












「・・・飲むのが・・・。勿体無い・・・」















”大丈夫・・・大丈夫・・・”













陽春の声のよう・・・














温もりがしみこんで行く・・・













嬉しそうに・・・カップに頬を寄せる水里・・・
















陽春もそんな水里を優しげに見つめる・・・













穏やかな空気が・・・







二人の間に流れる・・・














「・・・。水里さん覚めますよ。そろそろ飲んだほうが・・・」









「あ、はい。そうですね。では・・・」









コク・・・










程よい甘さが






水里の咽を通っていく・・・














「・・・」









「水里さん・・・?」











「・・・。おいしい・・・。本当においしい・・・。ホントにホントに・・・」














どうして







陽春が淹れてくれるものはこんなに・・・













ポタ・・・

















ココアに水里の涙の粒が一粒落ちた・・・














「水里さん・・・」









「春さんの淹れてくれるものはどうして・・・こんなにこんなに・・・美味しいんだろ・・・」












ポチャン・・・









2粒・・・3粒・・・









ぽろぽろと・・・落ちる・・・












「・・・ホントにおいしい・・・ホントに・・・ホントに・・・。
心が・・・救われます・・・」

















カップをギュッと両手で握り締める水里・・・















(水里さん・・・)























「・・・。僕に・・・。何ができますか・・・?」













「え・・・?」
















「僕は・・・。何ができますか・・・?泣いている貴方のために・・・。」















優しい・・・






眼差し・・・










慈しむ・・・







「・・・何か・・・ありますか・・・?」












「・・・。コーヒーが・・・。飲みたい」









「え・・・?」










「春さんの淹れてくれるコーヒーが・・・。明日また飲みたいです・・・」










「・・・それだけでいいんですか・・・?」




水里は柔らかく深く深く







微笑んで頷く・・・










「それで充分です・・・それが嬉しいです・・・。とても・・・有難いです・・・」

















「水里さん・・・」













「春さん・・・。ありがとう・・・。本当にありがとう・・・」






















”ありがとう”







そう呟いて何度も何度も頭を下げる水里・・・










少し照れくさそうに震える肩が・・・














いじらしく・・・











可愛らしく・・・陽春は感じる・・・




















自然に・・・陽春の手は水里の肩に近づくが・・・














(・・・)






ピタリと止り・・・











「・・・約束しましょう」









「え?」









「貴方が辛いとき悲しい時・・・。必ず僕は貴方のためにコーヒーを淹れます」













「私が・・・。辛いとき・・・」








「はい・・・。だから貴方も・・・。必ずコーヒーを飲みに来てください。
遠慮しないで・・・。ね・・・?」















「・・・はい・・・。飲みに越させていただきます・・・。あ、でもあの
お代わりするときもあるので・・・」







陽春はくすっと笑って水里の小指をつなげた。











「いっぱいお湯沸かして待ってます。約束です」








「はい・・・。約束です・・・」













長く細い陽春の小指と水里の白い小さな小指が・・・







指きりした










約束。








辛いことがあったら・・・







来てもいいよ・・・







そう・・・









二人は約束した・・・








ココアの甘い匂いに囲まれて・・・













チュン・・・ 朝7時半。 コンコン 「水里さん・・・。朝食できたんですけど・・・一緒に 食べませんか?」 応答がない。 「水里さん・・・?」 ガチャ。 ドアを開けると・・・ 「水里さん・・・?どこへ・・・」 白い毛布だけがきちっと畳まれ、ベットの上に置いてあった。 ベットは使われた様子もなく・・・ メモが置いてあった。 『春さんへ。昨晩は色々お世話になりってありがとうございました。 本当に助かりました。ミニピカの事が気になるので帰ります。 あと、洋服のことなんですがまだ乾ききっていなかったのであと一日 お借りします。ちゃんとクリーニングして返します。 また改めて御礼に伺います。 水里』 「・・・改めてって・・・」 (どうして・・・) どうして水里はこんなに遠慮深いのだろう。 昨夜、辛い思いを 怖い思いを したのは 誰より水里自身なのに・・・ 「・・・約束したばかりじゃないか・・・。どうしてそんなに・・・。 気を使うんだ・・・」 言いようのない寂しさが湧く 「水里の方が敏感なんだよな」 「夏紀・・・。お前・・・っ」 寝癖の夏紀登場。 「昨日、ドアの隙間から見えたんだけど・・・。 水里のやつ、絨毯の上で眠ってったぜ」 「え・・・?」 「・・・。雪さんのベットでは・・・眠れなかったんだろうな・・・」 「どうして・・・」 夏紀はベットにどすっと座った。 「きっと水里は・・・。 ”この部屋は兄貴と雪さんの思い出がつまっている二人だけの場所” 自分なんかいていいのかって・・・思ったんじゃねぇかな・・・」 「・・・そんなこと・・・」 「・・・。どうしてだろうな・・・。でもアイツ・・・本当に嬉しそうに小指見てた」 「え?」 ”雪さん。すいません。事もあろうに・・・ 雪さんの部屋で寝ることになりました。でもあの早朝には 退散しますので・・・。4、5時間だけ休ませてください。では おやすみなさい” 「・・・壁にむかって話してやがった・・・。その後壁に頭ぶつけてた。」 「・・・ふふ・・・」 水里の様子が目に浮かぶよう・・・ 「なぁ兄貴。水里と何話したんだ?」 「あー・・・?そりゃ秘密だ」 二人だけの・・・ カラン・・・ 鐘の音がする。 店の方に誰か来たみたいだ。 (もしかして・・・。水里さんかな) 陽春はそう思い、店に出てみると・・・ 一瞬に陽春の顔が強張った・・・ 「・・・あ・・・貴方は・・・」 「・・・どうも・・・」 青ざめた顔の和也だった・・・