デッサン2

水色の恋
第28話 自暴自棄



「・・・。突然朝早くすみません・・・」







「・・・」






少しひげが伸びて酒臭い和也・・・









昨晩水里と何があったのか




和也の荒れぶりで察する・・・










「・・・。何の御用でしょうか。開店はしてないんですが」






「・・・アイツ・・・。水里は・・・着てますか」






「・・・来ていたら・・・どうするというのですか・・・?」




陽春は毅然とした態度で言った。




「・・・会わせて下さい。話があるんです。中にいるんでしょう!?」



カウンタを通り強引に奥へ入ろうとした和也。





「・・・!」






だが陽春は立ち塞がるように邪魔をした。








「申し訳ありませんがここから先はお客様は入れませんので」






「・・・。水里はいいのかよ?水里はあんたにとって”だたの常連”なんだろうが」






和也は陽春のシャツの襟を軽く掴んだ・・・。







・









「・・・どけよ。無理やりにでも入るぞ・・・っ」








「どうぞ・・・。でも僕も体張ってでも阻止しますよ・・・」














陽春と和也の間に・・・









緊迫した空気が流れる・・・




「・・・会わせろよ。俺はあいつに謝らなきゃいけねぇんだよ」




「・・・」







「謝らなきゃ・・・謝らなきゃいけねぇんだよ・・・っ」






ドカ!!




カウンターの丸椅子足蹴りする和也・・・






半分まだ酔いが残っているのか息が荒い・・










「謝れば楽になるからでしょう・・・。水里さんではなく。貴方が」







「・・・!」









和也の心を見抜くように陽春は鋭く視線を送る・・・










「・・・。そうだよ・・・。オレは・・・。オレは、結局自分のことしか
考えてねぇさ・・・。7年前・・・オレは陽子と水里を傷つけた・・・。
水里を無理やり・・・自分のものにしようとした」
















(・・・っ)




和也の”ものにしようとした”というフレーズに





陽春の顔が険しく歪みギュッと拳に力が入った。













「・・・アイツがオレを拒絶するのも当たり前なんだ・・・。
ああ。そうさ。オレが悪いんだよ。悪いんだよ俺が・・・!!
それで丸く収まるんだろ!!何もかも・・・!!」












和也は声が







店に響く・・・













「・・・。でもあんたには関係ねぇ話だ・・・。赤の他人が首突っ込むな」
















「・・・。帰ってくれ。水里さんには怪我をしている。
酒に酔った男なんぞに会わせられない。渡せない絶対に・・・!!





陽春は和也を激しく睨む・・・







「・・・。何一人熱くなってんだ。あんた・・・。ナイト気分か?
クク・・・。教えてやろうか。水里の首筋にはなホクロあるんだぜ。
あんた知ってるか・・・」








にやりと笑う和也を殴りたい衝動が陽春に走る。





だがぐっと






拳に怒りを集めて自分を抑える陽春・・・




「・・・お?オレを殴りてぇか?いいぜ?俺もムシャクシャしてっからよ・・・!」













「・・・。あんたを殴ったら・・・。水里さんに淹れるコーヒーが不味くなる。
約束した・・・」














”辛いことがあったら必ず・・・春さんのコーヒーを飲みに来ます”










「・・・。紳士だねぇ。全く・・・。あんたのそのさわやかぶりは全く筋金入りだな」










「本当にオレがあんたを殴ったら・・・。ハンサムな顔が台無しになりますよ・・・」











「・・・。ほほう。カッコいいねぇ。かっこいいよ。よ!日本男児!」








子馬鹿にして鼻で笑う和也・・・







「ホントだよ・・・。あんた、カッコいいぜ・・・。それに比べて
オレはなさけねぇ男だ・・・」







急に神妙になる和也・・・





「・・・」








カタ・・・






水色の傘をたてかけ、和也は出て行こうとする・・・














「・・・水里の忘れ物だ・・・。渡してやってくれ・・・」











「高橋さん・・・」










「・・・暴言吐いて・・・。悪かった・・・」








神妙な顔で陽春に頭を下げ








店を去った・・・










「・・・高橋さん・・・」










和也の背中が・・・






少し哀しげに見えた・・・















「おお・・・。”修羅場”は去ったか」






見物人、夏紀、ひょこっと登場。







「しっかしよー。あれが”日本のヨン様”の異名を持つ高橋和也
の正体かよ。酒癖悪くて女癖も悪くて・・・」









「・・・そういう詮索はやめろと言ってるだろ・・・」







陽春は和也に蹴倒された椅子を起こす。







「・・・どうやら。水里の”トラウマ”は深そうだぜ。兄貴」








「・・・!」










”7年前も・・・オレは無理やりアイツを・・・”









少しカァっと怒りが再び沸くのを感じる陽春。









「高橋和也って男・・・。ちょっとタチ悪いかもな。酒に走る男は
女を振り回して不幸にする・・・。定番だよ」






「・・・。わかったようなこと、言うな・・・」








「自暴自棄になったらあいつ、何しでかすかわからねぇ・・・。
なんか不安感じるな・・・俺・・・」








「・・・」







(水里さん・・・。大丈夫だろうか・・・)










もっと早く起きて水里を引き止めて置けばよかった・・・





陽春はそう後悔したのだった・・・






















ワンワン!




「ごめんね。ミニピカ。はい。朝ごはんだよ」





水色堂の前。




ミニピカは相当、腹が減っていたのかドックフードをがっついて食べる。






「・・・んっとに。あんたいいよね。食欲旺盛で・・・」





ワン?




水里の言葉に不思議そうに顔をかしげるミニピカ。







「・・・ふふ。ううん。あんたにもあんたなりの悩みが
あるんだよね。ふふ・・・」







水里はミニピカをだっこした。



ふわふわであったかい毛。





「・・・あったかい・・・。ミニピカ。あんた、あったかいよ・・・」








”水里・・・”







気を抜くと




思い出す・・・。




和也のあの声。






恐怖心・・・







「・・・。大丈夫・・・。あたしは大丈夫・・・。『約束』があるから・・・」









陽春とゆびきりした小指・・・。









「大丈夫・・・」







ミニピカをギュッと抱きしめて・・・小指を見つめる水里だった・・・












それから二日後の夜。







「返さないとね・・・」






クリーニングに出した雪の服。






ハンガーにかける水里。






(・・・大切な雪さんの洋服だものね・・・)







ジリリリリーン・・・






「・・・!」





電話の音にドキっとビクつく水里。






(・・・もしかして・・・)





妙に官が働く。







不安を感じつつ水里が受話器をとる・・・






聞こえてきたのは・・・



















「・・・。水里・・・」






















(・・・!!)














背中ゾワ・・・っと・・・











不快感が走る・・・




















和也の声だった・・・


















受話器を握る水里の手が震える・・・



















「・・・水里・・・。ごめん・・・。オレ本当に馬鹿なことをして・・・」










「・・・」











「お前を傷つけてばかりだ・・・。オレは・・・オレは・・・」














電話越しに






声を震わせる和也・・・











「・・・。も・・・。もういいから・・・。じゃ・・・」








水里は和也の声に耐え切れず切ろうとした






「ま、待ってくれッ・・・」






切ろうとした受話器をピタリととめる水里。







「・・・もう少しだけ・・・。話させてくれないか・・・」














「・・・」











「・・・。水里・・・。これだけは信じてほしいんだ・・・。お前への気持ちだけは・・・
偽りない本心だ・・・」

















「・・・」















水里は受話器をもったままただ俯く・・・









そして和也は・・・





「水里・・・」









水里への激しい想いを込めて









口にする・・・











「誰よりも・・・好きだ・・・」








重い・・・










水里にとって一番重い言葉・・・














水里は疲れたように


ただうな垂れ、その場に座りこむ・・・









「お前だけは・・・お前だけにはオレは・・・。嫌われたくないんだ・・・。
嫌われたくないんだ・・・」







子供が母親に泣いくような・・・





寂しげな和也の声・・・






だが水里はここではっきりと言わなくてはいけないと思った













「・・・。和兄・・・。ごめん・・・。私・・・。私は和兄の気持ち・・・
応えられない・・・。ごめん・・・ごめん・・・」









「・・・。ああ・・・わかってる・・・。ただ・・・オレの本心だけは
伝えたかったんだ・・・。この気持ちだけは・・・」
















(・・・。最後・・・って?)














「・・・もう電話もしない・・・。じゃあな。水里・・・」









「あ・・・」






ツー・・・ツー・・・














”最後に・・・”






和也の様子の異変に水里は不安を感じた・・・







翌日・・・






昨夜の和也の電話が気にしつつも陽春の店に
借りた服を返しに着ていた














「わざわざよかったのに・・・」






「いえ。でもこれは大切な服です。雪さんの・・・。だから・・・」









(水里さん・・・)








紙袋からワンピースを取り出しカウンターに置く水里。








「・・・ブラウスより・・・。水里さんは大丈夫なんですか?」






「え?あ、手の方は、春さんの応急処置がよかったみたいで
傷はあと1週間ほどで治るって・・・」







「・・・よかった・・・。でも・・・」






体の傷はいつか治る。でも心の傷は・・・













「・・・。あ、私ならもう平気ですよ!春さんのスペシャル新作
ケーキおかわりしたいくらい元気です!というわけでおかわりください!」






お皿を陽春に満面の笑みで差し出す水里。








「はい。畏まりました」







あきらかにまだ水里は無理をしているのを感じつつも
陽春はそれ以上踏みこまない







(水里さん・・・)











そのとき・・・








水里の携帯のバイブが震えた。






「はい。もしもし・・・。あ・・・奈央さん・・・?」










電話の主は奈央だった。






「え・・・」


水里の顔色が急に変わる。









「・・・和兄が・・・。睡眠薬で・・・?」















和也が



睡眠薬を大量に摂取し・・・






救急車で運ばれたと





奈央は水里に伝えたのだった・・・