デッサン2
〜水色の恋〜
第29話くすぐったい声
水里の顔が強張る・・・
俯いたまま携帯を切る水里・・・
「・・・水里さん・・・?どうかされたんですか?」
「・・・。和兄が・・・。薬を飲んで・・・」
「・・・!」
”もうオレ・・・情けないのやめるから・・・”
昨晩の和也の電話越しの声が
弱弱しい声が水里の耳にこびりつく・・・
「・・・。私のせいだ・・・。私が・・・」
「水里さん・・・」
「昨日の夜、和兄から電話があったのに・・・
私が和兄の様子が変なのを早く察しっていたら・・・」
自責の念が水里の心を埋める・・・
「・・・。行きましょう」
「え?」
陽春はエプロンを脱ぎ捨て車のキーを取り出す。
「高橋さんが運ばれた病院です。すぐ行きましょう」
「え、あ、あの・・・。春さんっ・・・」
陽春は水里の手をひっぱり車に乗せる。
シートベルトをして、エンジンをかける。
「あ、あの・・・っ。でも春さん、お店が・・・」
「夏紀がいます。そんなこと気にしないでいいですから」
陽春はアクセルを踏み、
スピードを上げる。
「でも春さんに迷惑かけてばっかり・・・。ごめんなさい
すいません。すいません・・・」
水里は小さく頭を下げて呟く・・・
「・・・。水里さん。もうすいませんはなしにしましょう」
「え」
水里はバックミラーの中の陽春をじっと見つめた。
「水里さん。人が・・・。誰かの助けを借りることは恥ずかしいことじゃないし
悪いことじゃない。それは”迷惑”とは言わないんです」
「春さん・・・」
「だからもう”すいません”はなしです。今度言ったら・・・。」
「い・・・言ったら・・・?」
水里は恐る恐る陽春の横顔を覗く。
「・・・。新作のケーキ、10個は試食してもらいますから。覚悟してくださいね」
陽春はくすっと笑う。
「・・・はい」
遠まわしに励まされている・・・
水里はそう感じながら心の中で隣の陽春に
ありがとう
と言った・・・
和也が運び込まれたのあ。
偶然かどうか太陽がこの間盲腸で入院したときと同じ病院。
203号室。
点滴の雫がゆっくりチューブを降りていく・・・
「社長・・・」
心配そうにベットで眠る和也を見つめる・・・
元々最近不眠ぎみだった和也。
睡眠薬と酒をがぶ飲みし、意識を失った直後に奈央に発見され、
大事には至らなかったが・・・
(社長・・・。そこまで精神的に追い込まれていたなんて・・・。
気づいてあげられなくてごめんなさい・・・ごめんなさい・・・)
そっと和也の手を握り締め、愛しそうに奈央・・・
弱いこの人を支えたい・・・
側にいたい・・・
そんな想いが
和也の寝顔を見つめていると
溢れてくる・・・
「すま・・・ない・・・」
「社長?」
和也の哀しそうに寝言を呟く・・・
奈央は和也の口元に耳を寄せ、聞き取ろうとする
「・・・社長、何・・・?何を言おうとしてるの・・・?」
「・・・すまない・・・水里・・・」
(・・・!)
奈央の心の痛みが走る・・・
今、側にいるのは私なのに・・・
(・・・貴方を助けたのは私・・・。でも助けて欲しい相手は・・・
永遠に私じゃないのね・・・)
ポタ・・・
和也の手に・・・
奈央の涙が落ちる・・・
「み・・・さと・・・」
そう呟く和也の手に・・・
ガラガラッ・・・!
居たたまれなくなった奈央は病室を飛び出す・・・
「・・・奈央・・・さん?」
「水里・・・さん・・・」
奈央は水里に背を向けてささっと涙を拭う。
「あ・・・あの・・・。奈央さん、和兄の様子は・・・」
「・・・。大丈夫です。すぐ処置をしましたから大事には・・・」
「そうですか・・・。よかった・・・。ホントによかった・・・」
水里は深く息をはいた・・・
「・・・水里さん・・・。社長に何を・・・言ったんですか。何があったんですか・・・!」
水里に詰め寄る奈央・・・
その声には怒りさえ感じられる・・・
「・・・。昨日・・・和兄から電話があって・・・それで・・・」
「それで何を言ったんです!??話したんですか!??」
”水里・・・”
水里は俯き、拳を握った
「・・・。和兄の気持ちには応えられない・・・そう
はっきり伝えました・・・」
次の瞬間・・・
パアンッ!!
奈央の平手が水里の頬を激しく打ちつけられた・・・
「水里さん!」
水里に駆け寄る陽春・・・
「私は貴方にお願いしたはずだわ・・・ッ!!!社長を支えてほしいと・・・。
なのに・・・なのにどうしてそんな突き放すこと言うんですか!??」
「何を言ってるんだ。貴方は・・・。
水里さんを責めるのはお門違いもいいところだ!水里さんは
高橋さんに・・・」
陽春はその先を言おうと思ったが言葉が止まる・・・
水里の目の前で
水里が和也からうけた仕打ちを暴露するなど・・・
(できるわけない)
「貴方のせいよ・・・!!水里さん!社長を追い込んだのは貴方のせい・・・!!
社長はね!貴方の助けを求めてるのに・・・。どうして、どうして
手を離すの・・・!??貴方が社長を受け入れてくれたら・・・こんなことには・・・」
「・・・」
「・・・でももういい。貴方には頼みません・・・!社長のことは私がずっと
側で支えますから・・・!」
水里をみつ奈央の瞳には
明らかに敵対心・・・を感じる水里。
ガラガラ・・・バタン・・・っ
病室の扉が閉る音が
廊下に響く・・・
荒々しく怒りがこもって・・・
「・・・。水里さん・・・」
「・・・。ともかく和兄が無事でよかった・・・。」
奈央にぶたれた頬が
まだジンジンする・・・
赤く少し腫れて・・・
陽春はハンカチをトイレの水道で濡らし、水里に手渡した。
「・・・。すみません・・・春さん、あ・・・言ってしまった・・・」
「別にいいですよ。・・・いまのは”ありがとう”の”すみません”でしょ・・・?」
陽春は微笑んでくれた。
「・・・。ありがとう・・・」
今日・・・一体何回、”すみません”と”ありがとう”を言っただろうか。
言った回数分だけ
陽春は笑ってくれた。
励まされるけど・・・
(・・・。甘えすぎてしまってる・・・。私・・・)
”人に助けられることは恥ずかしいことじゃないし悪いことじゃない”
病院に来る前、車の中で聞いた陽春の言葉に
安堵してしまった自分自身にが怒りをかんじる水里・・・
(・・・どうやったら和兄が立ち直ってくれるか・・・。考えなくちゃ・・・)
帰りの車の中・・・
水里は・・・
「何か音楽かけましょう。気分が和らぎます」
車の中で流れるメロディを
聞きながらそう誓ったのだった
※
『高橋和也、自殺未遂!??露見したスキャンダルが原因か!??』
週刊誌というのは
本当に他人のスキャンダルのスーパーマーケットのようだ。
次から次へと新しいネタを
用意してくる。
「・・・落ちぶれたものねぇ。何がカリスマインテリアデザイナーよ」
「要するに実力なんてなくて”顔”のよさだけだったんじゃない。
あーあ・・・」
本屋で和也の事件が載った雑誌を手にした
主婦達の噂話が耳に入る。
水里は心がチクチクさせながら聞いていた。
その水里が立ち寄った場所。それは・・・
ギィ・・・
教会の扉が開いてシスターが入ってくる。
ぼんやりマリア像を見上げる水里の背中をそっと叩いた。
「水里・・・。来ていたのね」
「はい・・・」
シスターは水里の横に座り共にマリア像を見上げる。
「・・・。和也のことね・・・」
水里は静かにうなづく。
「・・・。ある人に言われました・・・。和兄があんなことを
したのは私のせいだと・・・。和兄の気持ちを受け止めなかった私のせいだと・・・」
「・・・」
「私が和兄の気持ちを受け入れたら・・・。それで全てがいい方向に
向かうんでしょうか・・・。でも・・・私は嘘はつけない。和兄にも
・・・」
俯き、膝の上で両手で組む
「・・・。貴方はどうするつもりなの・・・」
「・・・。どうも・・・。ただ・・・。和兄には立ち直ってほしい・・・。
私なりの方法で・・・なにかできないかって・・・。その方法がわからなくて・・・」
水里は前髪をくしゃっと掻き揚げる・・・
和也の気持ちには応えられない。
だけど
このまま時間の流れに任せているわけにもいかない
「シスター・・・。私・・・私はどうしたら・・・。どうしたら・・・」
シスターは立ち上がり、水里の手の中に何かを握らせた。
「これ・・・」
不器用に芯の先が削られた
3センチもない鉛筆。
「和也、8歳のときの”第一作”。彫刻刀で私にくれたのよ・・・。
木や草で物を作るのが大好きだった・・・。本当にいい顔をしていたわ」
「・・・」
「・・・。自分が時間を忘れて夢中になれることはね。大人になっても
変わらない・・・。子供の頃の気持ちを忘れなければ・・・」
「シスター・・・」
シスターは水里に何かを伝えるように
深く頷いた。
「・・・。貴方が思うようになさい。和也には私も・・・胸を張って生きていて欲しい。
・・・太陽の父親として・・・」
(・・・)
不器用に削られた鉛筆一本・・・
水里はあることを実行しようと
心に決めた・・・
「・・・ったく。自殺未遂なんてのは、失恋した女がす男の気を引きたくて
することだろ。ひ弱な男だぜ。高橋和也は」
アップルパイをむしゃむしゃほおばる夏紀。
「・・・。食いすぎだ。水里さんに試食してもらう分がなくなるだろ」
ひょいっと夏紀の手からアップルパイが盛られた皿を
取り上げる陽春。
「でも遅いじゃねぇか。アイツ」
「・・・」
陽春は腕時計をちらっと見た。
今日夕方、新メニューを試食しに来る約束をしていたのだが・・・。
陽春は思い切って水里に電話をかけた。
「・・・あ。春さん・・・」
「・・・。どうかされたんですか?来られないから・・・」
「ごめんなさい。あの・・・ちょっと作ってるものがあって・・・」
陽春が電話している隙に夏紀、こっそりアップ理パイ2つ目を
ぱくっと食べる。
「・・・。ごめんなさいは禁止用語だって言ったでしょう。どうしてそう
遠慮されるんですか」
「・・・」
黙ってしまった水里。
陽春に会えば。
陽春の笑顔を見ればきっとまた
甘えてしまう・・・
「・・・水里さん・・・何か作られるんですか?」
「・・・あの・・・。本棚・・・を・・・」
「・・・板はどうされていますか?ちゃんと設計図かかれていますか?」
「・・・」
陽春が尋ねるが水里は応えられない。
言えない。
(どうしよう・・私、また春さんに頼ろうとしてる。駄目なのに・・・駄目なのに・・・)
電話のコードをぎゅっと握り締める水里・・・
「・・・。和也さんを元気付けるため・・・。そのために貴方は本棚を作ろうとしている・・・
そうでしょう・・・?」
「え・・・。ど、どうして・・・わかるんですか」
「・・・酷い仕打ちをされた相手だからと・・・。傷ついた人をほったらかしに出来る
人では・・・ないです。貴方は・・・」
「・・・」
水里はあんまりストレートな陽春の言葉に
思わず受話器から耳を話す・・・
「でも・・・春さんに甘えてばかりで私は・・・私は・・・」
「何をどう甘えたって言うんですか。僕は迷惑だなんて思ってない。
それより僕は貴方の心の方が心配だ」
「・・・え?」
「・・・。貴方の心は元気でいますか・・・?」
陽春の声が
水里の心の奥の
恐怖感をやんわり包む・・・。
「春さん、私本当は・・・」
あの雨の日の・・・
出来事。
本当は和也の顔をみるのさえ怖い。
手の甲の傷のかさぶたもまだ・・・
張っていない。
「・・・。春さん・・・。私・・・」
「水里さん。僕は・・・。正直・・・高橋さんこそが、
貴方に甘えて振り回してるだけにしか見えない・・・それに・・・
貴方にした仕打ちは絶対に許せない・・・!」
陽春の脳裏にがたがた震える水里の小さな背中が浮ぶ・・・
「水里さん・・・。貴方の心は痛くはないですか・・・?
疲れていませんか・・・?・・・心は・・・大丈夫ですか・・・?」
「・・・春さん・・・」
あの雨の日に・・・
ふわり背中にかけられたジャケットの暖かさが蘇る・・・
なみだが
出る。
あんまり居心地がいいから
あんまり心がすうっと軽くふわっとするから
「・・・。どうか・・・されましたか・・・?僕何か気に障ることを・・・」
「・・・くすぐったいですナ」
「え?」
「あんまりあったかいことばかり言うから・・・。なんか
なんか・・・。心の中がこそばゆいです・・・。へへ・・・」
「水里さん・・・」
くすっと
同時に二人は笑った
電話越しだから見えない
でもなんとなく・・・
お互い、
笑ってる、穏やかな気持ちだって
感じる・・・
「え?ベニヤ板ですか?それ、あんまり分厚くきったら駄目ですよ。ええ。
ふふ・・・」
「あ、そうなんですか、でももうきっちゃったりしてて・・・」
「せっかちだなぁ。水里さんは。ふふ・・・」
電話っていいな。
顔は見えないけど・・・
何かが繋がっている気がする・・・
二人ともそう感じながら話す・・・
(兄貴・・・)
見たこともないと思うほど
陽春の和む
声、表情・・・
(兄貴・・・。兄貴自身気づいてないだろうな・・・。幸せそうな
顔してる・・・ってこと・・・)
アップルパイをパクパク
ほお張りながら夏紀は陽春の心の変化を感じ取っていた・・・