「えっと・・・。ここをこうして・・・」 トントン カンカン 軍手をした水里。 設計図(?)らしきものをみながら『水里特性本棚』を製作中。 釘を口にくわえ、水里大工、釘を打つ。 「痛・・・っ」 トンカチを力を入れて握ると手の傷が少し痛む・・・ ”水里・・・。オレ、もう情けないの・・・。やめるから・・・” 和也の最後の言葉・・・ 自分自身に 自分人生に 和也は希望を持てずにいる。 どんな励ましも言葉も届かないかもしれない。 (・・・でも・・・。昔、和兄の中にあった”希望”を・・・思いだしてくれる かもしれない) 手がしびれる・・・ ”あなたそういう人だと・・・。” (・・・。頑張らなくちゃ。和兄のためにできること・・・。 太陽のためにも・・・) 陽春の言葉を思い出しながら水里は手の痛みを 釘を打つ。 (陽子・・・。私・・・。間違ってないよね?陽子・・・) 天国にいる陽子・・・ 陽子が天国からどう見ているか・・・ 水里は複雑な想いを感じつつ・・・ 水里はひたすらに作り上げようとしている・・・ 一方・・・ 和也は・・・ 「社長・・・。気分どうですか・・・?外でも散歩に行きませんか?」 奈央が窓を開け、風を入れる。 だが和也は遠い目をしている。 窓の外を遠く見ているのは ”誰か”を待っているのか。 「・・・。わかりました。じゃあ私、お洗濯もの干してきますね・・・」 籠をぎゅっと抱いて 切ない気持ちを抑え奈央は部屋を出た・・・ (・・・水里・・・) 一度も 見舞いに来ない。 来てほしいから薬を飲んだ・・・ (一度くらい来てもいいじゃないか・・・) 子供じみたことを考えてしまう自分が嫌だ。 「くそ・・・っ!!」 バフッ! 壁に枕を投げつける和也・・・ そのとき ガラ・・・ 扉空く 「・・・!し、シスター・・・」 「久しぶりね・・・」 着物姿のシスター。 枕を拾い、和也の枕元に持っていく・・・ 「30にすぎた男がまだ枕投げ好きなのね。全く・・・」 「・・・。お説教しにわざわざ来たんですか・・・」 「そうやってすぐそっぽ向くところも子供のとき、そのまんま・・・」 和也はシスターから顔を背ける。 「・・・。一言いいにきたの。言ってもいい?」 「・・・」 シスターは和也の耳元で手を添えて 言った。 「・・・こんのヘタレ男がぁああ!!」 「・・・!???」 おしとやかな着物の女性から思い切りキャラが違う発言。 和也、びびる・・・。 「和也、いいかい!?男ってのはね!!一度や二度の失敗を糧にして 何度でも起き上がれるってもんなのよ!!それをなに!! こんなせまいベットでぐだぐだ考えやがって!!ビシッとしやがれ、ビシッと!!」 (どこが”一言”なんだよ・・・(汗)) 「ふう。私としたことがちょっとお転婆なことを・・・。おほほ」 着物をすっと直し、 再び『おしとやかな和服女性』に戻る。 「・・・。水里が私のところに来て行ったわ・・・。『和兄はどうしたら 元気になってくれるか』って・・・」 「・・・!」 シスターは窓を開ける・・・ 「水里・・・。あの子はきっと・・・『太陽の父親』として立ち直って欲しい そう思ってるのね・・・」 「・・・。”太陽の父親”か・・・」 しゅんとする和也・・・ 「・・・。和也。水里に”母親”を求めるのはやめなさい」 「え・・・っ。な、何を・・・」 目が泳ぐ和也・・・ 「お、オレは子供のときから水里のことを・・・っ」 「・・・。水里ならどんな自分も受け入れてくれると思うから?居心地がいいから」 「・・・ち、違う俺は・・・っ」 「・・・。和也・・・。貴方は陽子のことを一度でも考えたことがあるの!? 陽子が亡くなった後、太陽を見守ってきた水里の気持ちを考えたことがあるの・・・!??」 「・・・」 和也はシスターの言葉を遮るように ばっと布団をかぶった。 「・・・何もききたくねぇっ」 シスターは布団剥ぎ取る。 幼い頃、学校に行きたくないとごねた和也を思い出して・・・ 「・・・聞きなさい!和也・・・っ。ききなさいっ。水里は貴方の母親じゃないの・・・! 貴方の心を抱きとめてはくれないのよ・・・!」 「聞きたくねぇ!!聞きたくねぇ!!」 「・・・自分の足で立ちなさい・・・。今からでも遅くないから 自分の足で・・・。立ち上がりなさい・・・!!和也!!」 「・・・う・・・うぅ・・・」 布団の中で・・・ 和也はすすり泣く・・・ 子供の頃のように シスターの叱咤を聞きながら・・・ 「・・・。和也・・・。お願いだから・・・。お願いだから、自分の力で 立ち上がって・・・。水里も太陽も私も・・・あなたの味方なんだから・・・」 布団に包まる和也を・・・ シスターは抱きしめる・・・ 「シスター・・・」 「・・・貴方の”母親”は私・・・。甘えるなら私にしなさい・・・。水里にコレ以上・・・ 気負わせないの・・・。和也・・・」 「シスター・・・」 「ね・・・」 人一倍、強がりだった和也・・・ 次々と男を変え、挙句は捨てられた失意で 子供を捨てた・・・母親・・・ 自分に自信が持てなく、土壇場に弱い和也の性格は不遇な背景もあるのかもしれない・・・ (だけど和也・・・。自分のことは自分で立ち上がらなきゃいけないの・・・) シスターは和也の髪を撫でるのだった・・・※「ふぅ・・・。できたぁ〜」 緑色のペンキを鼻の頭につけた水里・・・ 可愛らしい本立て3つ。 荒削りだけど形にはなった・・・ これを見せて和也が勇気を取り戻してくれるか分からないけれど・・・ 水里はできあがった木箱を紙袋に入れる ”でも・・貴方は自分の感情だけで 自暴自棄になってる人を無視するなんてできない・・・ そういう優しい女性(ひと)だと僕は・・・よく知っていますから・・・” (春さん・・・。私は強くなんてない・・・) 和也に会ったらきっと 雨の日のあの嫌な記憶を思い出すかもしれない。 和也を元気付けるといいながら 本当は会うのが・・・怖い。 「でも・・・。逃げたら駄目なんだ・・・。ちゃんと・・・ 和兄と向き合って伝えなくちゃいけない・・・」 エプロンをぬぎ、出来上がった木箱を紙袋に入れる・・・ (・・・。私は逃げない。辛いけど怖いけど・・・。もう逃げない・・・) 水里は決意を秘めた瞳で・・・ 和也の病院に向かったのだった・・・※「社長。林檎、食べますか?」 「・・・」 和也は首を横に振った。 「そうですか・・・。じゃあ・・・。お腹減ったらあとで食べてくださいね」 奈央はりんごを冷蔵庫に入れる。 コンコン。 小さなノック。 (・・・誰かしら。もう面会時間過ぎてるのに・・・) 奈央はきりっとした顔でドアを開ける・・・ 「あ・・・。水里さん・・・」 (!) 水里の姿が目に入り、和也はがばっと起き上がる。 「あの・・・。入ってもいいですか・・・?」 奈央は怪訝な顔をしたが渋々通してくれた。 「水里・・・」 (・・・) 和也の声。 水里の背中にゾワッと不快感が走るが水里は耐える・・・ 「か・・・。和兄・・・。からだの方は・・・どう・・・?」 「・・・。なんとか・・・」 「そう・・・」 水里は丸椅子に腰掛け紙袋を置いた。 「・・・今日は・・・。和兄に見せたいものがあって来た・・・」 「見せたいもの・・・?」 カサ・・・ 水里は紙袋の中から作った小物入れ2つを和也の布団の上に乗せた。 「これ・・・。お前がつくったのか?」 「そ・・・。和兄が子供の頃よく作ってた小物入れ・・・。模様も 色も和兄が好きだったのにした・・・」 和也は水里の手の包帯が目に入る。 「その手で・・・?オレのために・・・?」 水里は少し間をおいて頷いた・・・ 「水里・・・」 (やっぱり水里だけがオレの気持ちを分かってくれる) 包帯がまいてある水里の手を握ろうと手を伸ばすがさっと 水里は引いてしまう・・・ そして水里は何を思ったか小物入れを自分の手の中に戻した。 「水里・・・?」 「・・・。これは・・・。和兄の子供の頃の心そのものだ・・・」 「ああ・・・」 「・・・。いつまでも子供の心じゃいけないんだよ」 グシャッ!!! 水里は小物入れを床に投げつけ、壊した。 「・・・水里・・・!??」 グシャッ グシャッ そして足で何度も踏みつける 「何するんだ・・・!!」 「・・・泣き虫和也を壊してるんだ。消してるんだ」 グシャ! グシャ・・・!! 「・・・や、やめろ・・・!そ、それはお前がせっかく作ったんじゃないか・・・! 「そうだよ・・・。『壊す』ためにつくったんだ」 グシャ!! グシャ!! 水里は容赦なく小物入れを粉々に踏み潰す・・・ グシャ・・・! グシャ・・・ッ!!! 壊れていく音が 和也の心に痛く響く・・・ 「・・・。こ・・・。壊すな・・・。壊すなぁあああ!!」 和也は布団を蹴飛ばし小物入れを守ろうと手を伸ばす。 しかし 水里はかまわず 踏み潰す・・・ 「・・・やめろ・・・。やめろ・・・。頼むから壊さないでくれ・・・。 お、オレを壊さないでくれ・・・」 「やめて。やめてください!!水里さん!!」 奈央は水里の足にしがみつく。 「どうして・・・?どうしてこんな酷いことをするの・・・?社長をどこまで 壊せば気がすむの・・・?」 涙目で訴える奈央・・・ 水里はようやく踏みつけるのをやめた・・・ 「・・・。壊れたっていいじゃないか・・・。粉々になったっていいじゃないか・・・」 「何いうの・・・。心が壊れてしまったらもうひとは・・・生きてはいけない・・・。 弱い生き物なのよ・・・」 水里は一つ頷いて奈央に話す・・・ 「・・・。確かにそうかもしれない・・・。でも・・・。人は・・・。自分の弱さを認めて 受け入れたら人は強くなれる・・・。壊れても心の破片が一片でもあれば 心はまた生き返る・・・」 太陽は水里の話を聞きたくないと言わんばかりに 首を振って否定する。 「和兄・・・。和兄の心は和兄にしか創れないんだよ・・・?私でもない。 シスターでも太陽でもない・・・。和兄しか創れないんだよ・・・?」 「水里・・・オレは・・・っ」 「・・・やり直せる・・・!絶対絶対・・・和兄ならやり直せるんだ・・・! 崩れても壊れてもまた違った”何か”がそこから生まれてくるから・・・」 水里は小物入れの木片を両手であつめて和也の手に乗せた。 「この破片で新しいもの何かつくってよ・・・。子供の頃の彫刻等一本で つくったみたいに・・・」 久しぶりに匂う木の香り・・・ 子供の頃 木が大好きだった。 木の香りにつつまれた家を 家具が大好きだった。 夢中になってつくった。 つくった・・・ 「・・・水里・・・オレ・・・オレ・・・。お前にとんでもないことを・・・。 すまない。本当に申し訳ないことをした・・・」 和也はベットの上で土下座して謝る・・・ 水里は首を横にふり言った・・・ 「・・・。もう・・・。いいから・・・」 「だけど・・・っ」 「いいから・・・退院するまでにそれ、 治しておくこと・・・。私からの宿題だからね・・・」 「水里・・・」 布団に和也の涙が落ちる・・・ 「宿題だから・・・ネ・・・」 和也は目を赤くして・・・ 確かに頷いたのだった・・・ それから一週間後。 和也は退院した。 辞めていったスタッフたちの姿はもうない・・・ ガランとした事務所。 ディスクの上や床に無造作に散らばる書類が 何もかもなくなったという 寂しさを一層演出する・・・ 「・・・社長・・・。大方の事務的手続きはほとんど終わってます。後は・・・ ここも引き払って終わりです・・・」 「・・・」 和也は何を思ったか靴を脱ぎ、裸足になって 地べたに座った。 「社長・・・?」 カサ・・・ ビニール袋から和也が取り出したのは・・・ 水里が作った小箱の破片たち・・・ ”これを他の『何か』に変えて創ってみて・・・。きっと和兄なら 出来る・・・。出来るから・・・” バラバラ 跡形もなくバラバラになった破片・・・ 「・・・奈央・・・。これで何作れると思う・・・?こんなバラバラだけど・・・。 何が出来るかわからないけど・・・」 壊れても ちぎれても 少しの勇気と少しの気持ちの切り替えがあれば 失敗や挫折はきっと他の何かに変えられる。 「・・・キーホルダーにでもしようか・・・。なぁ。奈央」 和也はカッターナイフで木片を削る・・・ 子供の頃。 夢中になって木を掘った。 掘るのが好きで好きで 椅子、テーブル・・・ あったかい家族が集えるそんな場所を ずっとつくりたい・・・ それが夢だった・・・ 「キーホルダーと・・・。ブローチ・・・。なんでも作れるじゃないか。 なぁ・・・。作れるじゃないか・・・」 カッターの刃先に・・・ 透明の粒が落ちる・・・ 「奈央・・・。オレ・・・。オレはまた別の”高橋和也”になれるだろうか・・・?なれる か・・・?」 「・・・。なれます。社長は・・・。なれます・・。私も一緒に探しますから・・・」 奈央は 少し震える和也の肩をそっと包む・・・ ”宿題だよ・・・。宿題・・・” 和也はやっと・・・ 水里の言葉に向きあえた気がした・・・ (・・・) 『高橋和也事務所、倒産。当の高橋和也はマスコミ・業界から姿を完全に消し逃亡・・!??』 雑誌の表紙に踊る文字を陽春は荒いものの手を止めて 読む。 「・・・。どうなってるんだ・・・」 水里はこの間電話で和也とちゃんと向き合う・・・ と言っていた (どうしたんだろう・・・。どうなったんだ・・・?) 陽春は水里に電話しようと受話器に手が伸びる・・・ カラン・・・ 扉が開き入ってきたのは・・・ 「あ・・・」 ワイシャツに 軽めのジャケット。 和也だった・・・。