デッサン2
〜水色の恋〜
第31話必要としたい 必要とされたい






大きなスーツケースを持って店に入ってきた和也。



和也は神妙な顔で会釈する・・・



「・・・すいません・・・朝早く・・・。貴方に頼みがあって・・・」


「・・・」


チャリ・・・


和也はカウンターの上にキーホルダーと

薔薇の形のブローチを置いた・・・


「・・・この二つを・・・。水里に貴方から渡していただけませんか・・・?」

「・・・これは・・・」


和也は病室での水里とのやりとりを陽春に話した・・・


「・・・。わざわざオレの目の前で思い切り壊してみせたんです。
オレに”立ち直ってくれ”と必死に伝えるために・・・」



「・・・」


「オーバーなアクションして・・・。小さいからだで思いっきり
オレにぶつかってきた・・・。思い切りぶつかってきました・・・。
ホントにちっこいくせにパワーありすぎで・・・」



目にいっぱい涙を溜めて自分に訴える水里が和也の脳裏に浮ぶ・・・


「・・・オレはすぐ・・・。水里に癒しを求めてしまった・・・。アイツなら
甘えても受け入れてくれる・・・。アイツなら。アイツなら・・・って・・・」


「・・・」


「でも水里は見抜いていた・・・。水里への想いを理由にして
俺は水里を”逃げ場”にしていたことを・・・
だから・・・。アイツはオレを突き放した・・・」


陽春はブローチを手にとりながら


和也の話を聞いている・・・



「水里の気持ちを踏みにじって俺は・・・。アイツに酷いことを・・・。
酷いことを・・・」


「・・・」


和也の肩が震えたのを陽春は見逃さない・・・


「酷いことをしたのにアイツは俺に・・・。体当たりしてきてくれた・・・。
だから・・・ちゃんと応えなければいけない・・・」

キーホルダーとブローチ・・・

和也は静かに撫でる・・・


「・・・。アイツとの約束です・・・。退院するまでに木片を他の何かに変える・・・。
キーホルダーとブローチぐらいしかできなかったけれど・・・。
アイツに渡してください・・・。オレの答えだと・・・」


和也はスーツケースを引きずり店を出ようと陽春に背をむける・・・


「待ってください。高橋さんはこれからどうなさるおつもりなんですか・・・?」


「・・・。さぁ・・・。全部なくなってしまった。だからもう一度自分の
スタート地点を探しに行こうかと・・・。アメリカで・・・」


「そう・・・ですか・・・」

和也はしばらく沈黙のあと陽春を真直ぐ見つめた。


「藤原さん」


「はい」


「・・・。水里は・・・。毎日を一生懸命に健気に生きてる・・・。一人で・・・」


「はい・・・」



「でも水里の心には・・・。未だ完治してない深いの”生傷”が残ってるんです・・・」


「え・・・?」


陽春は一瞬、和也が何を言いたいのかつかめず、戸惑った。


「アイツは・・・。オレと違って誰かに”甘える”ということが人一倍下手です・・・。
だから・・・。これからも水里の力になってやってください・・・
・」





「・・・。僕は・・・そんな大層なことは・・・」




「水里は・・・。貴方を必要としている・・・。強く・・・」




「・・・」


「だから・・・よろしくお願いします・・・」






和也は深々と陽春に頭を下げる



「・・・じゃあ。失礼します・・・」


「高橋さん・・・!水里さんや太陽君に会わなくて本当にいいんですか・・・?」



「オレには・・・。二人に会わす顔がありません。
だから・・・オレの分も二人のことを・・・よろしくお願いします・・・」




パタン・・・




和也の後姿・・・



一人店を去っていく和也の隣には・・・


奈央がいた。





(高橋さん・・・)




水里に和也がした仕打ちに対して陽春は


許すことはできない

だが・・・



(再出発・・・。頑張ってください・・・)



同じ男として

心の中で静かに見送った・・・










「・・・和兄がこれを・・・」


その日の夕方。


陽春は水里を呼び出し


和也が置いていったブローチとキーホルダーを水里に渡す・・・



「・・・。これが・・・和兄の『応え』・・・。小さいけどこれが・・・『応え』・・・。
よかった・・・。見つかったんだね・・・。よかった・・・」


「・・・。水里さんの気持ちが伝わったんですね・・・」


「・・・はい・・・」











ブローチに水里の涙が落ちる・・・






和也にようやく立ち直りの入り口がみつかって
安堵し穏やかに微笑む水里・・・





陽春の心中は複雑な想いが絡んでいた。





(・・・。なんだ。このもやもやした感じは・・・。まるで”嫉妬”
みたいな・・・)





「春さん」



「あ、は、はい・・・」



「春さんには本当に・・・本当にお世話になって・・・」



「そんな・・・。僕は何も・・・」


「春さんがいなかったら・・・。私はどうしたらいいか分からなくなって
た・・・。私は・・・私は・・・」





雨のあの日・・・




一番みられたくない姿を



陽春にさらしてしまった



けれど陽春が




あたたかく迎えてくれなかったら・・・



「春さんが迎え入れてくれて・・・。本当に本当に助かった・・・。助かった・・・
助かったんです・・・。救われたんです・・・。本当に・・・」




陽春が淹れてくれたココアの温もりと甘さが



まだ・・・


残ってる・・・


じわり・・・


水里の瞳に涙が溢れる・・・



「春さんのコーヒーが在って良かった・・・。出会えてよかった・・・。
今の・・・。何よりも私の・・・。支えです・・・」




感謝の気持ちと安堵の気持ちが湧いて湧いて・・・









涙と同じで止まらない・・・










その涙は・・・















柔らかな温もりとなって陽春の心に沁みこんで行く・・・





















「水里さん・・・。もういいです・・・。僕は・・・貴方の心が元気になれば・・・。
それでいいんです・・・。だから笑顔でいてください」




















「・・・はい・・・。わかりました・・・」













水里は袖口で涙をごしごしっとぬぐった。







ちょっと強く擦ったので鼻の頭が赤くなってます。






「・・・ふははは・・・。水里さん本当におもろいなぁ」










「面白いって何ですか。笑えって言うから笑ったのに・・・」














二人の間に




いつもどおりの





笑い声が戻る・・・







たわいない話で泣いたり怒ったり・・・







この場所で・・・











「あ・・・。そうだ水里さん・・・。新作のケーキあるんですたべてみて・・・」
















陽春が冷蔵庫から







ラップにつつまれたパイを取り出してくると・・・















「・・・スー・・・」


























カウンターに腕を預けすやすや寝息をたてる水里・・・
















三つ編みが








少し揺れて・・・













(疲れてるんだな・・・ここ最近・・・。本当に色々あったからな・・・。彼女の周りでは・・・)
















陽春は二階から白い綿毛布をとってきて水里の背中に静かにかけた・・・

















(まだ早いが・・・)











閉店まで1時間あるが陽春は看板を店の中に入れ、
カーテンを閉めた。
















(・・・ここは貴方の居場所だから・・・ゆっくり休んでくださいね・・・)





















「・・・はい・・・。ありがとうございます」







(えっ)










陽春の心の声に反応するような水里の寝言・・・









「・・・春さんすんません。・・・。また迷惑かけました・・・。ムニャムニャ・・・」


















(・・・夢の中でも謝ってるのか・・・。ふふ・・・)






















夢の中に自分が出てきている












妙に嬉しい・・・
















陽春は隣に腰掛け







落ちかけた毛布を静かにかけなおす・・・



















夕日に照らされる無邪気な寝顔・・・




















”水里の心には・・・完治してない生傷をまだあります・・・”











和也の言葉がふっと過ぎる・・・











(・・・。生傷って・・・。彼女の心になにがあるっていうんだ・・・)




















”水里は貴方を必要としている・・・。強く・・・”




















(・・・。必要・・・と・・・されて・・・)
























”水里は貴方を必要としている・・・”













(・・・)














ふわりと湧くこの温い感覚は何・・・?














(・・・彼女は・・・オレ・・・を・・・必要と・・・・いる・・・)













嬉しいと思うのは何故・・・?












陽春は・・・水里の水色のヘアピンを拾い







そっと横髪に挿す・・




















サラっとした水里の三つ編みを・・・









優しく手の甲で撫でる・・・








(・・・必要・・・とされたい・・・のか?オレ・・・は・・・)















『春さんのコーヒーが飲みたいです。それだけで・・・充分嬉しいです・・・』














『どうして春さんの淹れたものはこんなに・・・。おいしいんだろ・・・。あったかいんだろ・・・
ほっとさせてくれるんだろう・・・』











水里の言葉達を思い出すと・・・






何か満たされるこの感覚





穏やかな海を・・・





見つめているようで・・・







陽春は静かに水里の三つ編みを撫でる・・・






こうしていたいと






思うこの心は・・・




水里の可愛い寝顔に






顔が微笑んでしまうのは・・・








”水里は貴方を必要としているんです・・・”










(彼女はオレを・・・。そしてオレも・・・彼女を・・・必要と・・・して・・・い・・・る・・・?)







その想いは






優しくなでていた三つ編みを





そっと自分の唇に寄せる・・・





「・・・春さん・・・」












(・・・!)










水里の寝言にはっと我に帰るように三つ編みから手を離す陽春。










(・・・何してんだ・・・オレは・・・)










自分の行動に戸惑う陽春・・・









(・・・。オレは・・・。オレの心は・・・)








「春さん、こーひー、おかわり・・。太陽、のみすぎだめだよ・・・・むにゃ・・・」















「・・・」





水里の寝言にくすっと微笑む陽春・・・





(オレは・・・とにかく・・・
彼女が・・・安らげれば・・・それで・・・いい・・・。彼女が安らぐなら・・・)




「さてと。水里さんが起きたら・・・。飲んでもらおうかな・・・」


『春さんのコーヒーが一番飲みたい』











その言葉が聞きたいと思う自分に・・・











気づいてしまった









「僕でいいなら・・・。いくらでも淹れますよ・・・。お腹壊さない程度にね(笑)」



そう水里に呟き・・・





陽春は水里専用のカップにコーヒーを注ぐ・・・







「起きたら・・・。乾杯しましょう・・・」





(飲んでほしい・・・)


水里の寝顔の横にカップ置く・・・



(・・・喜ぶ顔・・・見せてくださいね・・・)






コーヒーと






レーズンの少し甘いにおいに店は包まれて・・・



柔らかな夕陽が店の窓からそそがれる・・・



誰かに必要とされたい 




そんなあったかい気持ちを・・・陽春はずっと・・・



忘れていた気がする・・・



ただ一杯のコーヒーを淹れるだけで



喜んでくれる人間が居る・・・




(・・・一人じゃないと感じられる・・・)



「・・・。水里さん・・・。こんな穏やかさをくれて・・・ありがとう・・・」




無邪気な寝顔に・・・



陽春は優しい眼差しを送り・・・。呟いたのだった・・・