「おー・・・。きょうもいい天気ですなぁ」 ベランダで洗濯物を干す水里。 洗濯物籠から靴下を持って洗濯バサミに挟む。 「痛・・・」 三つ編みが洗濯バサミにひっかかった。 「うー。ちょいと伸ばしすぎか・・・」 三つ編みを手にとる水里・・・ (・・・) 昨日。 おぼろげだけど陽春が・・・ 自分の髪を頬に 触れさせていたような 気がする・・・ (・・・夢だか私の妄想か・・・。でも・・・) 綺麗な・・・ 瞳だった・・・ 髪の先だから 感じるはずもないのに・・・ (・・・フワって・・・した・・・) とても優しい感触で・・・ (・・・) 「・・・ってどういう思考だぁ!これじゃあ欲求不満なおなごじゃないか。 しゃきっとしろ!水里!!」 パンパンっと頬をたたく水里。 (ん?) なんとなく下の歩道の茂み視線を感じた水里・・・ (気のせいか。本当にしゃきっとせねば・・・) 水里が洗濯籠を持って中に戻る・・・ 茂みの影からカメラのレンズが水色堂全体を写していた・・・ 「・・・」 カチッ。 ガスのスイッチを入れる陽春。 (・・・) ”水里は貴方を必要をしている・・・とても強く・・・” 和也の言葉が 頭から離れない・・・ 陽春は自分の手のひらをじっと見つめる・・・ 無意識に水里の髪に触れてしまった自分の手・・・ 水里の寝顔をずっと見ていたい と感じた心は・・・ (・・・オレは・・・) ピー・・・ 「・・・!」 お湯が沸いた音にはっとする陽春。 ガスを止め、お湯をポットに注ぐ・・・ ”水里には深いトラウマがあります” (和也さんが言うようにオレが彼女ためにできることがあるなら・・・。最善を尽くす・・・ でもそれ以上の”何か”は・・・ない・・・。在ってはいけない・・・) 雪の写真を手に取る陽春・・・ (・・・いけないんだ・・・。いけないんだ・・・) 写真の中の雪の笑顔が 少し真直ぐに見られない・・・ 戸惑うばかりの陽春を 夏紀はドアの隙間から見守っていた・・・※「ありがとうございました〜」 お客を見送る水里。 カシャッ (ん?) 背後からシャッターが切れるような音が聞こえた。 あたりを見回す水里。 だが怪しい人影は見えない・・・ (気のせいか・・・。でも・・・) ここ2、3日妙にヒトの視線を感じる・・・ 「・・・。疲れてるのかな。買い物でも行って来るか」 店の中を少し片付けてから水里は店に鍵をかけ 歩いてスーパーに向かう。 その水里の後を・・・ 尾行する黒い革靴。 (・・・) 住宅街の十字路まできたところで水里はさっと後ろを振り向いた。 ・・・誰もいない。 水里は再び歩きだし、右折した・・・ つけてきていた黒い革靴の男も急いで右に曲がるが・・・ (・・・!??) 水里の姿はなく、男は辺りを見回した。 「・・・ストーカーされるほどあたしはもてるはずないんだけどな」 (!!) 水里はぬっとたって男を見上げている・・・ 「・・・どっ。どっから沸いて出たんだ」 「失敬な。あんたこそ私を付回して・・・」 水里に男が胸にぶら下げたカメラが目に入った。 その服装はカメラマン風で・・・ 「・・・。あんた・・・パパラッチ?私はスクープされるような ネタはないと思うけど」 「・・・いやいやー・・・。そういう人に限って臭うんですよ。オレはとく に鼻が効く・・・。自己紹介おくれました俺はこーいうーもんです」 男はポケットから名刺を一枚出す。 『週刊 サンデー 専属カメラマン 長岡 徹』 「・・・。ま。お話はここじゃなんですから。どうです? オレ、”イケメンマスター”のさてん知ってるんです『四季の窓』って店・・・」 「・・・!」 「ふふ・・・」 クッチャクッチャ・・・長岡がガムを噛む音が水里には 耳ざわりだ・・・ 水里と長岡に強引に陽春の店に連れてこられ 窓際の席に座った。 陽春が水を運んできた。 「いらっしゃいませ・・・」 陽春も長岡のガムの噛む音が不快に感じられる。 服装からしてマスコミ関係かと陽春も悟った。 「・・・あ。おれ、なんもいらないです。人気作家藤原夏紀のお兄様」 「・・・な・・・」 嫌らしい物言いに陽春はカチンと頭にきた。 「あ、すいません。どうしても商売柄、取材対象に関することは 大体把握したくって・・・。調べちゃいましてねぇ。あんたのことも」 「・・・」 「あ、でも安心してください。オレが取材したいのはこちらの 可愛らしい方ですから。ってことで離れてくれます?」 嫌らしい目つきの長岡に・・・ 陽春はぎろっと長岡を睨む・・・ 「・・・。春さん。わたしは大丈夫だから・・・」 「でも・・・」 「大丈夫だから・・・」 水里の言葉に陽春は心配げな顔をしながらも 席から離れた・・・ 「・・・いい男ですねぇ。山野さん、もうモノにしちゃいましたか?」 ギロ! 水里は長岡を睨んだ。 「あ、はいはい。余計な話はなしとしましょう。ま、察しはついていると 思いますが・・・。これをおみせしたいと」 茶封筒から数枚の写真がでてきた・・・ それには・・・ 太陽と和也が仲良く川原で遊ぶ写真が・・・ 「これ・・・。キャンプに行った時の・・・」 「・・・いやー。いい光景がとれましたよー。『高橋和也・隠し子と過ごす休日』なんて キャプション、いいでしょー?」 「・・・」 水里を嘲笑うような長岡の笑み・・・ 水里は写真をぎゅうっと握り締める・・・ 「・・・。でもま。オレが興味があるのは高橋和也でも隠し子でもない」 長岡の口元がニヤリとつりあがる。 「・・・あんた。あんた自身なんですよねぇ。有名画家さんの娘さん」 「!」 「いやぁー・・・。あんたの周囲はネタだらけだよねぇ。高橋和也のこととい、 野山水紀の娘だってこといい・・・」 長岡は煙草に火をつけヤニ臭い煙を吐き出す。 「いやー。二つもいい”ネタ”仕入れちゃってさー。 どうしよっかなぁ。でも記事にするのは可哀想だよねぇ。 太陽君が」 太陽の名前を引き合いに出し、動揺する水里を面白がる長岡・・・ 水里の体全身に怒りがワァッと駆け巡る・・・ 「・・・お金で取引してもいいよ」 ドン!!! 「うるさい!!誰がそんなことするか!!!」 水里はテーブルを思い切り拳で叩いた・・・ 水里の怒鳴り声に陽春も驚き・・・ 「・・・なんだぁ。その過剰反応はー?あんた自分の子じゃないのに どうしてそこまで肩入れするの。ククク・・・」 「・・・うるさい・・・」 「・・・一枚10万でいいやv買ってくれないvv」 水里の頬にペタペタと写真をちらつかせる長岡・・・ 「ねぇ。買ってよ。そしたら記事にしな・・・。イッテぇ!!」 長岡の手をぐいっとひねる陽春・・・ 「うちの店は禁煙だ・・・。出てってくれ・・・」 「んだよ!あんにゃ関係ないだろ!」 「・・・出て行けと行ってるんだ・・・。さもないと手首折れるぞ・・・」 殺気だった陽春・・・ 「わ、わかりましたよ。ったく・・・。なにがイケメンマスターの店だ。 あ、そうだ藤原さん。もしよかったら手記かきません?”届かない交通事故被害者遺族の 切なる声”なんちって・・・」 (・・・このっ・・・) 「帰れ・・・ッ!!!!」 陽春は長岡を店の外に放り出す・・・ 「・・・。二度とオレや水里さんの前に現れるな・・・」 「・・・ヘイヘイー。でもね、藤原さん、手記、書こうって気が変わったら ここまで電話くださいねぇ〜」 長岡は陽春のエプロンにすっと名刺を入れ、 ガムをクチャクチ噛みながら長岡は去る・・・ 「・・・。人を馬鹿にして・・・」 陽春は名刺をビリッ破り捨て店に戻る・・・ 険しい表情の水里・・・ テーブルの上の太陽と和也の写真を握り締めている・・・ 「・・・。どうしてこんな・・・。人のプライベートを世の中は お金に変えてまで売ろうとするんだ・・・」 「・・・水里さん・・・」 「・・・。春さん・・・。私・・・。私には わからない・・・。どうして世間は・・・。人の不幸やプライベートを勝手に 暴露して喜ぶの・・・?どうして見たがるのだ・・・っ」 声を荒げる水里・・・ 陽春はコップの水を差し出した 「・・・。ご、ごめんなさい。なんか興奮して・・・」 「いいえ・・・。僕もついカッとなってしまって・・・。でも水里さんが 今言ったこと・・・。僕も同じ気持ちです・・・。週刊誌が嫌いなのも・・・」 「春さん・・・」 撮られた写真を手に取る陽春。 「・・・。太陽君と和也さんの楽しい思い出を・・・勝手に盗み撮りして お金に変えるなんて・・・。絶対に絶対に許されないことだ・・・っ」 人の不幸やプライベート。 書かれるのはある程度仕方ないとしても 勝手に撮られて過剰に演出して記事され 誰かがそれで収入を得ている・・・ そんな腹立たしい現実・・・ 「私はどうなったっていい・・・。でも太陽は守らなくちゃ・・・。私・・・。太陽だけは 守らなくちゃ・・・。太陽だけは傷つけたくない・・・!絶対に・・・」 水里はコップを握る手に力が入る・・・ 「”私はどうなっていい”は駄目ですよ」 「え・・・?」 陽春は水里の向かえに座った。 「僕は・・・。貴方にも太陽君にも・・・。傷ついて欲しくない・・・。 まして・・・。誰かが二人を傷つけるのは我慢できないし・・・許せない・・・」 真剣に怒ってくれている・・・ 陽春の怒りがこもった声に水里はそう感じて 嬉しかった・・・ 「もう一つ、”約束”しましょう」 「もう一つ・・・?」 「そう・・・。貴方は太陽君を守る。僕はそんな貴方を・・・守る・・・と」 「・・・守・・・る・・・?」 (・・・) 陽春は優しく微笑んで静かに頷く・・・ 「///。で、でもあの・・・。もっ、も、申し訳ないというか、なんとういうか・・・っ(照)」 「・・・。僕は貴方と太陽君に救われた・・・。だから・・・。 今度は僕が・・・二人の心を・・・守りたい・・・」 (・・・。春さん・・・) トクン・・・ トクン・・・ 陽春の真剣な眼差しに・・・ 水里の心は高鳴る・・・ 「約束です・・・。ね・・・?」 「・・・本当に色々・・・。ありがとうございます」 「いえ、こちらこそ」 向かい合って 水里はおじぎして陽春もおじぎを返した。 まるでシーソーみたいに。 「・・・。春さん・・・。心強い 言葉をいつもくれて・・・。ありがとう・・・。本当にありがとう・・・」 水里は何度も頭を下げてお礼を言う・・・ 一緒に微笑み合う・・・ そんな二人の ”ありがとう” ただ感謝の気持ちが二人の心に満ちる・・・ それは とても和やかで とてもあたたかくて・・・ ”ありがとう” 自分が一人じゃないことを感じられる言葉・・・ 「・・・」 「・・・」 水里と陽春は ただ・・・ただ・・・ 微笑み合っていた・・・※「よし!太陽。よくきたね〜!」 お泊りの日。 水里は太陽の大好きなピカチュウ型ハンバーグを作って 太陽が来るのを待っていた。 「あ・・・。太陽・・・」 俯いて水里向かって走ってくる。 そして水里に抱きつく太陽。 「おぃ太陽。いきなり甘えん坊さんですか。ったく〜」 太陽をぎゅっと抱きしめる水里。 そのとき、太陽の異変に気づく。 太陽はぶるぶると・・・がくがく膝と肩を震わせている・・・ 「太陽・・・?どうしたの?!?なんでそんなに怖がってるの!??」 水里のしがみついて離れないで異常に何かに恐怖する太陽。 「・・・黒い服来たおじちゃがおじちゃんが・・・ずっとくっつてきて・・・ みぃママぁああ・・・」 目に一杯涙をためて 水里に訴える・・・ 「黒い服来たおじちゃん・・・!??」 長岡のあの心地悪いガムを噛む音が水里の耳の奥で響く・・・ さらに太陽のピカチュウのリュックの紙切れに気づく・・・ 開くと・・・ (なっ・・・) 『高橋和也・隠し子との夏休み!?』 記事のコピー。 記事の真ん中には太陽が自転車に乗って遊ぶ写真がでかでかと 載っており、目の辺りに黒い棒線が引っ張ってあった・・・ (なんだよこれは・・・!!太陽がなんか犯人みたいじゃないか・・・こんな・・・こんな・・・っ!!) グシャッ!! 水里の体の中がカァっと頭に血が上る。 水里は記事のコピーを丸め 捨てる水里・・・ (太陽にまで手をだして・・・許せない・・・っ) 水里は怒りを抑えつつ震える太陽をぎゅうっと 抱きしめる・・・ 「大丈夫・・・太陽は一人じゃないから・・・。みィママがついてる・・・。 絶対太陽のこと守るから・・・」 水里は太陽が落ち着いてから陽春の店の太陽を連れて行った だが陽春は買い物に出ており、夏紀が留守番をしていた。 「・・・太陽。みぃママちょっと御用があるから・・・。しばらく ここで待っててくれる・・・?」 太陽は不安そうな顔をしたが うなづいた。 「おいー。オレに子守しろってのかー!」 ギャグまじりで嫌そうに言う夏紀だが・・・ 「夏紀くん・・・。暫く太陽のことお願い・・・」 「な・・・なんだよ。その重いリアクションは・・・。お前、 なんか変だぞ」 「・・・。とにかく・・・太陽のこと・・・。頼む・・・」 何かを覚悟したような水里の堅い表情で店を後にする・・・ 「な・・・。なんかアイツ・・・只ならぬオーラが・・・(汗)おい。 太陽。なんかあったのか・・・?」 「・・・」 カサ・・・ 太陽は水里が捨てたはずのあの記事を夏紀に見せた。 「な・・・。なんだよ。これは・・・!」 「・・・。みぃママ、それ、みてとってもおこってた・・・」 (アイツまさか・・・) 水里は 記事が載った『週刊 サタデー』の編集部がある ビルを見上げていた・・・