デッサン2

水色の恋
第33話 文字という凶器 A




受付嬢が二人いる。





大手の出版社が入っているかなり大きなビルだ。





大理石艶々の床。







透明ガラス張りのエレベーター。









何もかもが無機質に感じられる。








「あの・・・。週刊サタデーの編集部は何階ですか・・・?」






「4階になります」





「・・・」




水里は軽く受付嬢に会釈してエレベーターに乗っていく・・・



受付嬢は水里の様子が少し変だ思ったが小柄な水里が何かするようには見えなかったので
見過ごしたが・・・






エレベーターをおり、編集部へ向かう。





水里はカッカしている気持ちをぐっと堪えて
編集部へ入ってく・・・







電話の音やFAXの音が鳴り響く





原稿や何かに資料がディスクの上に散乱し


パソコン画面があちらこちらでつけられている・・・






「・・・。あの・・・。すいません。ここの編集長さんって・・・」





「ああ。一番奥に座ってる人だよ。でもあんた、一体何の用・・・っておい!!」





一人の編集者を振り切り、水里はずんずんと奥の編集長のディスクへと
突き進んだ。










「・・・あんたが・・・編集長さん?」






「ん?そうだが。あんた誰だ」







水里はディスクの上にあの記事の写しがあるのを見つけた。






「・・・その記事・・・。記事にするのやめてもらえませんか?」




「あ?何言ったんだ。あんた。馬鹿なこと言うな。もう刷り上って
るんだ」






水里は記事の原稿をびりっと真っ二つに破り捨てた。








「な、な、何をする・・・!!」









「それはこっちの台詞だッ!!!勝手に盗み撮りした写真を載せられるなんて・・・!!
ふざけるな・・・っ!!」
















水里の怒鳴り声がオフィス内に響き渡る








「わ、わかりました・・お話なら向こうの会議室でお聞きしましょう。とにかくここではなんですから・・・」





編集長は大事にならぬよう水里をこの場から離れさせようとするが水里は

編集長の手を払って拒否。







「この記事を載せないって言うまではここから動きません!!約束して下さい!」






「あんたもわからん人だな。大人気ないこというな!もう印刷所にも
まわってんだよ。これ以上騒ぎにすると警備びますよ」









「呼べるものなら呼べばいい!!印刷所ってどこですか!??電話番号何番ですか!??
私行って印刷止めてもらいますよ!!どこですか!!どこですか!??」








水里は編集長を窓際まで追い詰め、責め続ける。





水里の尋常じゃない気迫に編集長・・・こっそり部下に警備員を呼ぶよう
手で合図する。





「・・・お、落ち着いて・・・」









「落ち着いてだって!??落ち着いていられますか!??自分の子供が・・・
自分の子供の顔が・・・。こんな指名手配の犯人みたいに映って、実名がわかるような
イニシャルで・・・!!」





水里は記事のコピーを編集長に見せ付ける。




「・・・こ、これでも配慮したつもりですが・・・」








「どこがだよ!!おまけにあんたんとこのパパラッチは子供を尾行するなんて犯罪紛い
なことさせて・・・ッ!!!子供をどうして巻き込むんだよ!!!子供が関係ないだろ!??
どうして子供を大人の汚い世界に引きずり込む!??」








水里は編集長の襟倉をつかんで





堰きたてる。










「ねぇ・・・。この記事でて太陽が学校でいじめられたらどうすんだよ!??あんた
責任とってくれるんですか!??ねぇ!!」





「そ、そんなことまでうちらの問題じゃ・・・」







「問題じゃないですかッ!!!どうして
過剰なプライベート記事ばっかり書くんだ!??子供は大人と違って社会的攻撃から
身を守る術、ないんですよ!!もっと書く記事に、文字に・・・責任持ってよ・・・っ!!!!!」









大声をあげる水里。





「お客様!お静かにしてください!!騒がれますとこちらも
手荒い対処をたらせていただきますよ!」



連絡を受け編集部に入ってきた警備員が水里の手を掴んで
水里を引っ張っる





「・・・。警備員さん。警備員さんに子供はいますか・・・?」




「え・・・。い、いますけど・・・」







「警備員さんの子供がこんな・・・。こんな風に見せ物みたいに
載ったらどうですか・・・!?子供が苛められないかって思いませんか!??ねぇ!!」







警備員にまで詰め寄る水里。






警備員は興奮しきっている水里をこのままにしてはおけないと
手を掴み、編集部から引っ張り出そうとする







「今日のところはお引取りくださいっ!」







「離せッ!!!」






警備員の手を払う水里。







「どうしてどうしてだ・・・。どうして書かれる側の気持ちを考えないで
察することも忘れて簡単に記事にするんだ・・・。どうして・・・どうしてどうしてどうして・・・っ」






水里は床を拳で叩いて訴える・・・








「どうしてどうして・・・っ」









悔し涙が止まらない・・・





人が信じられなくなる








知られたくない 見られたくないことを




赤の他人にほじくられ





挙句は金まで絡んで泥沼になって・・・





水里が昔、水紀がなくなったとき





のことが過ぎる・・・





「どうしてなんだ・・・。子供まで巻き込むことないじゃないか・・・。子供には未来があるのに・・・
どうして・・・どうしてなんだぁああ!!」





ドン!



ドン!



ドン・・・ッ!!!











手が擦れ血が混じって・・・












「・・・どうして・・・っ。どうし・て・・」















散らばった紙に水里の擦り傷の血がつく・・・






水里を囲む






怪訝な顔で見下ろす編集者達・・・










昔自分を囲んだ男達と重なった・・・







美佐子から連絡を受けた陽春がタクシーから降りて 美佐子のマンションに走って入っていく。 ドンドン!! 陽春が美佐子の部屋を叩く。 ガチャ・・・ 美佐子が陽春を待ちかねたように出てきた。 「陽春・・・待ってたわよ」 息を切らせた陽春。 寝室に行くと美佐子のベットで水里は眠っていた・・・ 「相当興奮してたから・・・。安定剤飲ませて眠らせたの・・・。ぐっすり よ」 「そうか・・・。よかった・・・」 深く息をつき、安堵する陽春・・・ が、水里の手の絆創膏に気がつく。 「美佐子。これ・・・」 「ああ。警備員がちょっと乱暴に扱ったみたい。女ひとりに警備員二人って まぁ大げさなんだから」 「・・・」 水里が編集部に怒鳴り込んだと美佐子から聞いたが・・・ (そんなに大騒ぎになったのか・・・。それほどに・・・。怒っていたのか・・・) 水里の手の絆創膏を痛々しいげにみつめる陽春・・・ 「・・・。陽春。コーヒー淹れたからこっちで話しましょ」 「あ、ああ・・・」 リビングで美佐子は陽春に編集部での一部始終を話し、記事のコピーを 陽春に見えた。 「・・・なっ。なんだこれは・・・っ!太陽君の顔がほとんどわかるじゃないか・・・」 「・・・。みーちゃん相当に記事みて”キレ”ちゃったみたいね・・・」 煙草をくわえ、ライターで火をつけながら話す。 「当たり前だ・・・。こんな・・・こんな記事が出て太陽君が大変な目に遭うに 決まって労だろう・・・っ」 ガリっと陽春は奥歯を噛んだ・・・ 水里の怒りが陽春に移ったみたいに・・・ 「・・・。まぁ、みーちゃんてばすんごい剣幕で編集長に食って掛かって・・・。 大声上げて・・・。『一人忠臣蔵』だったわよ」 「茶化すな!!それで・・・記事はどうなったんだ?」 「ああ。流石にね、みーちゃんの騒ぎが上に伝わったみたい。 で子供の写真っていうのは色々不味いっていうことになって写真の部分はカットされたらしいわよ」 「でも記事自体は止められなかったのか・・・」 陽春は記事のコピーをぐしゃりと怒りを込めて丸める・・・ 「でもみーちゃんの”大暴れ”が功をそうしたのは確かよ。 ・・・必死に子供を守りたかったのね・・・。なりふり構わず 必死だったのよ・・・」 (・・・水里さん・・・) 「あんなちっちゃな体なのにね・・・。土壇場でパワフル。 ・・・面白い娘よねぇ。見てて飽きない」 ふぅっと煙をはく美佐子。 「・・・。そんな・・・。そんな簡単じゃない。彼女は・・・」 眉間にしわを寄せて 深く考え込む陽春・・・ こんな陽春ははじめて見る気がする美佐子。 「・・・陽春。なんか一生懸命よね」 「・・・あ?何が言いたいんだよ」 「・・・。別に・・・。ただ、そんなに悩みこむあんた見るの初めてだなって 思って。それだけ想いが深いから?」 美佐子は陽春をじっと見つめて言った。 「た・・・。ただオレは・・・。彼女と太陽君 に救われた沢山。だから・・・」 美佐子の視線から逃れようとして陽春の目が少し泳ぐ・・・ カタン・・・ 少し疲れた顔の水里が起きてきた。 「みーちゃん・・・。もう落ち着いた?」 「はい・・・。あ、しゅ、春さん・・・?」 陽春の姿があることに驚く水里。 「・・・私が呼んだの。みーちゃん、疲れてるみたいだったから ”アッシー君”してもらおうと思って」 「・・・そ、そんな・・・あ、アッシー君って(汗)。私、もう大丈夫ですよ。 一人で帰れますから」 水里はそういって美佐子と陽春に頭を下げ、一人で帰ろうとした。 「待ってくださいどこが大丈夫なんですか。軽い貧血起こしたのかもしれない。顔色がまだ悪でしょ。 僕が送りますから」 玄関先まで追いかける陽春。 「大丈夫です。が、ガソリン代勿体無いですよ。春さん」 「ガソリン代??なんでそんなこと気にするかな・・・。いいから送っていきますって!」 「結構です!」 「送ります!!」 玄関で言い合う二人・・・ 少し呆れ顔で美佐子は煙草をふかしながら見物・・・? 「あのさ。痴話げんかなら他所でしてよ。みーちゃん。 ここは陽春の言うこと聞きなさい。あんたにはちょっと休養が必要よ 「・・・」 「美佐子の言うとおりです。水里さん、太陽君も待っていますから・・・ね?」 (太陽・・・) そう。 自分の怒りに任せて一番大事なことを忘れていた・・・ 水里は帰りの車の中 自分を責めていた・・・ 「・・・みぃまま・・・!!」 店に戻ると水里の姿を見つけたとたん、太陽は抱きつく 「みぃママみぃママ・・・」 「”みぃママおこってたボクのせいだぼくのせいだ”って まぁ泣くわ泣くわ・・・。やーっぱりオレ子守、向いてねぇー」 夏紀はエプロンを脱ぎ、奥へ引っ込む。 「太陽・・・。ごめん・・・。ごめんね。太陽のせいじゃないよ・・・」 ”太陽のために怒り編集部へ乗り込んだ” そう思ってた。 だけど・・・ (違う・・・。私は自分の感情だけで動いただけだ・・・。一番大切なこと忘れてた・・・。 一番大切なのは・・・。太陽の心なのに・・・) 「泣き虫だなぁ。みぃママは大丈夫だよ。太陽・・・。あんたお鼻でてる。ちーんして」 ティッシュで太陽の真っ赤な鼻をかませる水里・・・ 涙の分だけ太陽は水里を心配した 水里のブラウスに沁み込んだ涙の分だけ・・・。 「太陽・・・。私・・・。もっと強くならなくちゃね・・・。すぐ怒ったりどなったりしちゃいけない ・・・もっと優しくならなく ならなくちゃね・・・」 太陽を抱き上げる水里・・・ 重たくなった・・・ 「水里さん、太陽君・・・。お腹すいたでしょう?何か作りますよ」 夏紀が脱いだエプロンをつけ 陽春は鍋に水を入れる。 「ありがとう。春さん・・・」 太陽の大好きなオムレツ2つ。 「わぁい!!ピカチュウオムレツだッ!!」 白いお皿に盛られたのは 黄色いキャンバスにケチャップでピカチュウの絵入りオムレツでございます。 太陽は口の周りをケチャップだらけにして食べる。 そして水里の冷えた心と胃袋を暖めたのだった・・・ 家に戻った水里と太陽。 疲れて早々と眠ってしまった太陽。 オキニのピカチュウ布団に枕でぐっすり夢の中・・・ (太陽・・・。本当にごめんね・・・) 水里はそう思いながら太陽のリュックの整理をしていた。 カサ・・・ (ん・・・?) 小さなメモ用紙が・・・ (あ・・・) 『貴方は充分強い人です。優しい人です。自信を持ってください 陽春』 力強い だけど・・・ 優しい陽春の文字・・・ 鉛筆書きの 文字・・・ ポト・・・ メモが 濡れる。 (春さん・・・。アッタカイ字だね・・・。アリガトウ・・・) どうしてこんなに違うんだろうか。 人を傷つける文字もあれば 人を癒す文字もある・・・ たった10センチ四方のメモ。 水里はぎゅっと握り締める・・・ (大事に・・・します) そしてメモを水里の水色のジュエルボックスに入れた・・・ ジュエルボックスといっても 本物の宝石が入っているわけじゃない。 けど・・・ その箱は水里にとっては『宝箱』 一番大切なものを入れる場所・・・ 自分の心の箱の中に在る 気持ちは・・・ (・・・私・・・) 暑かった夏が終わり、鈴虫の鳴き声が響く夜だった・・・