デッサン2
水色の恋

第37話 恋愛に変わるのが怖い 
〜貴方と私色を探して〜




「う〜む。これはそろそろ”荒治療”が必要ですかな」






夏紀。




ノートパソコンの画面をカシャカシャ打っております。





その画面には




『藤原陽春と山野水里の恋愛関係における経過観察とその対策』





という長いタイトル。





夏紀はこれまでの自分が見てきた二人の様子を克明にデータをとっていた。








「うーむ・・・。兄貴の方も水里もお互いを確かに意識し始めてきている・・・、
が、色々とまだまだ弊害が」




めがねをかけ、締め切り間近の小説の本文を書くより集中している。




『二人の恋愛の障壁をあげてみよう。兄貴の方は雪さんへの遠慮と未練、水里の方は過去の仕打ちに
よる若干男性不信と人間不信。さらに水里にはまだ何か別の”トラウマ”が・・・』






とそこまで打ったところで・・・






プッチン。








画面が真っ暗・・・



「・・・!?」






背後を振り返るとパソコンのコンセントをもった陽春が仁王立ち・・・








「お、おにいちゃま・・・いらしたんですかぁ・・・(汗)」





「お前は身内のネタを売る気か?」







「い、いや。ボクはね。おにいちゃまの新しい恋愛についてちょこっと
分析を・・・」









「分析なんぞせんでよし!お前は店の前の掃除!ほら!さっさと
行く!」






「ふぁい・・・」








夏紀にエプロンをかけさせ、台所に行かせる・・・










「ったく・・・。ロクなこと考えてねぇんだから・・・」










呆れ顔の陽春。










小説のネタにされたくはないが









(・・・)







陽春は思う・・・











自分の気持ちが見えない






水里の存在をどう位置づけたらいいか・・・













”ただの常連”









そうではないことは










分かる・・・
















(・・・小説のように簡単に説明できたらいいのに・・・な)

















ポケットから水色の絵の具を取り出し




手にとって見つめる陽春だった・・・


















「・・・ふぅ・・・」








病気も完治し水里宅に無事帰還したミニピカ。







水里のため息をよそにバクバクとドックフードを
食べている。








「・・・。ねぇ。ミニピカ。犬の世界にも色々ある?
人間関係って・・・。難しいね・・・」










時々ふと思う。





人間という生き物をやめてみたい。










他の動物になって気ままになってみたい






そうすれば必要以上に
考えすぎることも、感じすぎることもなくなる・・・









「・・・ミニピカ。交替しよっか?」






ワぅ?







ミニピカは不思議そうに首をひねる。









「そんな訳にいかないよね。犬は犬の悩みがあるんだから・・・」







ミニピカを抱きしめる水里。









夕方、陽春の店に陽春が育てたラベンダーを貰いに

立ち寄ることになっているのだが・・・








(・・・。行く前からこんなに緊張してる。ドキドキしてる・・・。
・・・なんか・・・。苦しい・・・)











”行くこと”をこんなに意識してる。










水里は今まで感じたことのない
気持ちに




ただただ・・・






戸惑うばかりの水里・・・















(でも約束したから行かなくちゃ)









そう思い、水里は陽春の店のドアの前まで来るが






足が止まってしまう・・・












(・・・。な、なんか・・・。まだドキドキ感が襲ってきた・・・)









どうしてこんなに





心臓が早くなるの・・・?









緊張するんだろう。






この場所は






(私の安心できる場所のはずなのに・・・)









「・・・。ええい!しゃきっとしろ!水里!!」






水里は顔をぺちっとたたいて、ドアを開ける・・・












「こっ。こんにちはーーー!!」






いつもどおり、元気な挨拶で入る水里・・・










「ああ。いらっしゃい!水里さん!」













(・・・うっ・・・)







陽春の笑顔にドキンっと水里の鼓動は大きくうなった。















「ラベンダー摘んでおいたんです。水里さんの分・・・」









「あ、あ、あ、そ、そうでございますか、ベランダですか・・・っ(慌)」








水里。極度の緊張のあまり、寒すぎる駄洒落をかましてしまった・・・










「・・・(汗)」





陽春、リアクションに困りただ、苦笑・・・











(・・・。飽きられた。今、絶対飽きられた・・・(泣))






「み、水里さん。ラベンダーのアイスつくってみたんです。食べていただけますか?」







「は、はい!たらふくいただきます・・・っ」








異常に緊張めいている水里がなんだか可愛らしくて




陽春は思わずくすっと微笑んでしまう。









体全身で照れくさいことを表現しているようで・・・










(オレは)








自分の態度や言動で照れたり、もじもじしたりする水里が・・・










(・・・嬉しい・・・)





「・・・。いかがです?」









「・・・」








「水里・・・さん?」






押し黙る水里にもしかして不味かったのかと一瞬不安になる陽春。









「あ、あ・・・。す、すい・・・すいません。あんまりおいしいので
表現する言葉を探しちゃって・・・」









「・・・ふふ。いえ・・・下手な褒め言葉より嬉しいです。水里さんは
本当に素直な表現してくれるから僕も素直に受け取れます」













(・・・っ)














にこっとする陽春にカァッと頬が火照って直視できない・・・

















「しゅ、春さん、あ、あのて、テレビ、拝見してもいいでしょうか?」









「はい。どうぞ」








ちょっとこの空気を変え様と水里はリモコンのスイッチを入れた。
























ちょうど、夕方のワイドショーが放送され、視聴者のちょっとした相談事にパネラーが応えるという
人気コーナーの所だった。











水里はワイドショーに興味はないが今はとにかく・・・








(テレビの音でもないと身が持たない・・・)




という心境だった。








「え〜。ペンネーム・”恋愛下手な15歳さんからのご相談です。
聞いてください私は極度の緊張しいで、恋愛がなかなかうまく
いきません”」









(・・・)






なんだかどこかの誰かさんと同じような話。





水里はちょっと聞き入ってしまう。





一方陽春は





「・・・。可愛らしい相談事ですね。ふふ・・・」




と、済ました顔で洗い物を始めた。







(・・・)





水里は少し寂しい気分。




さらに視聴者の葉書がアナウンサーは読み上げる





「”友達以上恋人未満な同級生がいるのですが、私は好き・・・と告白できません。
。いいアドバイスお願いします”」









葉書が読み終わるとアナウンサーやゲスト達が一言コメントを言っていく。









「微妙な関係かぁ。それがまたなんていうかいいんだよねぇ。
きっと彼の方も君を今、意識している段階だと思うよ」






これはスポーツ評論家。








「きっと葉書の彼女は生々しい男と女っていう関係になるのが
怖いんじゃないかな。今のこの微妙な居心地いい関係が壊れるのが・・・」







・・・というコメントも。







(・・・)





(・・・)









なんだか自分達に当てはまるようなコメントの連続で
二人はテレビから視線を逸らす・・・





「・・・チャ、チャンネル変えますね・・・(汗)」





「え、ええ・・・(汗)」








水里は天気予報にチャンネルをかえた。












「・・・」







「・・・」












チッチッチ・・・











急に会話は途切れ







テレビの音と時計の秒針の音だけが店に響く・・・

















お店には










二人きり











そう





自覚させる静けさ・・・
















「・・・あ、あの・・・。わ、私そろそろ・・・」









「え・・・。そ、そうですかじゃあ、そこまで送ります」








陽春がカウンターから出てきた
















「ひ、一人で帰れますから・・・。わっ」





















水里は椅子から降りるときバランス崩して転倒・・・












「水里さん、大丈夫!??」










駆け寄る陽春・・・





「だ、大丈夫・・・で・・・」













(・・・!!!!!)




















陽春の大きな手が水里の手を握って・・・





















瞬時にカァっと水里の体に熱が走る。















「・・・っ」












水里はパッと陽春から離れ背を向けた・・・






















「・・・水里さん・・・?」















「な、なんでも・・・。わ、私が悪いんです。私が私が・・・」












肩を震わす水里・・・






ドキドキ・・・















言い知れぬ熱と興奮に水里は襲われ・・・














生々しい自分の中の感情に











水里はどうしていいかわからない・・・

















(・・・。もうなんか嫌だ・・・。)













陽春を『男』として意識したくない。














ここの場所は








一番安心できる場所のはずなのに










居心地がいいはずなのに












(変えなくない・・・。春さんといる安らぎを・・・
変えたくない・・・)













男女の恋愛というものに・・・


















混乱する水里・・・








「・・・?」





「これで冷やすといいですよ・・・」








水里の手に、冷たく気持ちいい感覚が・・・











振り返ると陽春が水で冷やしたおしぼりを水里の手のひらに
静かに置いた。












「・・・。座りませんか・・・?一緒に・・・」












「・・・」








水里は静かに頷き








窓際の席に二人は向かい合って座った。
















夕日がガラスのテーブルに反射する・・・













「・・・」










「・・・」










しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのは陽春。













「・・・。さっきのワイドショーの女の子の相談・・・。覚えてますか?」












「え・・・?」













『気になる人はいるけど恋という関係になっていいのかわからない・・・』






(・・・)








水里は陽春が何を言うつもりなのか分からず
動揺する・・・













「水里さんだったら・・・。どう応えてあげますか?聞いてみたい・・・」
















「・・・。私・・・。私なら・・・」












水里は考える・・・







想像してみる・・・















あの葉書の女の子の気持ち・・・














考えてみる・・・











1分ほど考えて水里は応える・・・













「・・・。”貴方と彼の色”を・・・探したらいい・・・って・・・」












「色・・・?」









「はい・・・」











水里はオレンジ色に染まる窓の外の景色を見つめながら話す・・・

















「”恋”とか”愛”とか・・・。分からないなら二人で一緒に探せばいい・・・。
それってすごく素敵なことじゃないかなって私は・・・。
思います・・・。って・・・変・・・かな・・・」























「可笑しくないです・・・。僕もそう思います。
寄り添って時間をかけて・・・。お互いを見つめ合えるってとっても
幸せで素敵なことだ・・・」






















「春さん・・・」














陽春の微笑みに・・・











水里の強張っていた緊張感が









スウ・・・っと抜けた・・・
















「ありがとう」











「え・・・?」











「水里さんの言葉が・・・。僕の中の戸惑いを抜いてくれた・・・。
ありがとう・・・」














陽春はまっすぐ水里を見つめた・・・


























「一緒に・・・。探してくれますか・・・?」


















「え・・・」


















「貴方と僕の間にある”何か”を・・・。探してくれませんか・・・?」


































陽春は真直ぐに水里を見つめる・・・




















真剣な瞳で・・・
























(・・・春さん・・・)






















水里は陽春の言葉の真意が捉えきれなくて
少し間をおいてから応える・・・














「・・・。あのえっと・・・何だかよく分からないのですが。と、とりあえずよろしく
お願い致します」











「ふふ・・・はい、ヨロシク・・・」







ぺこっと二人はお辞儀しあって









握手を交わす・・・



















穏やかな







空気が流れ・・・











水里の鼓動のドキドキも消えていた・・・























ボーンボーン・・・










時計が五時半をしらせる。












「あ・・・。私そろそろ行きます。春さん、ラベンダーありがとうございました」












陽春は店の外まで水里を見送る。














「じゃあ、失礼します。おやすみなさい」







水里が会釈をして歩き出すと・・・







「・・・。あの・・・水里さんっ」









陽春は水里を呼び止め、振り向く水里。



















「・・・。”葉書の彼女の彼”はきっと・・・」


















「・・・?」

























「彼女のことをとても・・・。大切に想っている気がする・・・。
だからこそ戸惑い、迷う・・・。そう・・・僕は思います」


























(・・・。春さん・・・)

























「・・・。じゃあ気をつけて・・・。おやすみなさい」















パタン・・・
















トクントクン・・・























(あ・・・。あれ・・・)




















トクン・・・















水里の心臓が・・・










また鳴り出す・・・










だけど・・・










今度のは・・・











(苦しく・・・ない・・・)





















どこか・・・







くすぐったさが混じって・・・




















「・・・春さん・・・」









水里はラベンダーの束をぎゅっと胸で抱きしめる・・・









そしてはっきり自覚する







(私は・・・。私は・・・)












強く誰かを想っている自分を・・・