デッサン2
水色の恋
第4話 ペンダントの意味A
(どうして・・・)
雪の墓の後ろに身をかがめて水里の様子を伺う陽春。
「・・・あの・・・。ごめんなさい。雪さん。その・・・。雪さんに似合う花
分からなくてチューリップになってしまいました」
花活けにピンクのチューリップが・・・
ピンクのチューリップは雪が店の花壇に植えた思い出の花だ・・・
(・・・覚えていたのか。水里さん・・・)
陽春の口元が少し緩む
「えっと・・・。今日、雪さんを尋ねたのは・・・。これのことで・・・」
墓にそっとペンダントを置く水里。
「夏紀クンにどうしたらいいか訪ねたら、雪さんのお墓に今日、置いてくれば
なんとかなるってそう言うので来て見たのですが・・・」
(夏紀の奴・・・わざと言ったな)
夏紀の策略を見抜く陽春。
「これ・・・。雪さんのものだったんですね。私という奴は一年も預かっておきながら
気がつかなかった」
ペンダントの裏に
五ミリ程度の文字が掘ってあることに昨夜水里は気がついた。
何せ、本当に小さな文字なので虫眼鏡で水里はまじまじとみるとそこには・・・
『yuki&yosyun』と英語でほられていたのだ・・・
「きっと大切な物だろうって思ってたけどまさか雪さんへの贈り物だった
なんて・・・。ごめんなさい。雪さん」
ペンダントを撫でながら水里は語る。
「・・・このペンダントは白が良く似合う雪さんにぴったりです。春さん
のイメージなんとなくわかる・・・。白に淡いグリーン。雪さん」
(・・・)
「なんていうかな・・・。優しい”母親像”っていうのか・・・」
(水里さん・・・)
「あ、か勝手な想像しちゃって、すいません・・・」
墓にむかって頭を下げて謝る水里。
なんだかちょっと滑稽で
可愛らしく映る・・・
「このペンダント・・・。雪さんの思い出の品ならやっぱり私が持ってるのは
筋違いも良いところ・・・。でも春さんにどう言って返したらいいか・・・」
”このペンダントの意味をしったら水里はペンダントを返そうと
思うはずだぜ”
夏紀の言葉が陽春の脳裏に浮ぶ・・・
自分でも何故水里にあのペンダントを託したのかわからなかった・・・
「一回貰ったものを返すのも何だか・・・。とわいえ、これは赤の他人の私が
持つべきものじゃないし・・・。雪さん。私、どうしたらいいでしょう?」
まじめな顔をして真剣に墓に問う水里・・・
「・・・。雪さん・・・。できましたらその・・・。お知恵を貸してください・・・。
天国からその・・・こそっと耳打ちなんてしてもらえたら助かるんですが・・・。
貴方の判断を仰ぎたく・・・」
水里の顔が本気で訪ねているので陽春は思わず笑ってしまった・・・
(・・・ふふ・・・)
「って何言ってんだー。ワタシ。応えるはずないのに・・・。
悩むことなんかない。ただ、返せいいんだ、うん・・・。でも
なんというか返すタイミングがわからない・・・(汗)」
がっくり俯く水里。
「考え込まないで・・・」
「わッッ!?」
突然墓の後ろからの声に腰ついてびびる水里。
(ここはお墓・・・。誰もいるはずない・・・とすると)
青ざめる水里・・・
「ど、どっどなたさんでございますかっ」
声が震えている。
「・・・あなたの良く知る人物です」
陽春はちょっと悪戯心が湧く。
水里のリアクションに。
「私にとりついても、何のご利益もありゃしませんッなんまいだぁッ」
水里は合掌する。
「・・・いえいえ。貴方にはとてもお世話になってるんです」
「幽霊様をお世話などしたことありゃしませんッ。ですが貴方の
願いはなんでも聞きますんでどうぞお許しをッ」
水里は”ナンマイダナンマイダ”といいながら手を合わせる。
「じゃあ・・・。そのペンダントを持っていてください」
「は、はい、分かりましたぁ・・・ッ」
(・・・あれ?なんで幽霊さんがペンダントのことを・・・)
と、顔を上げた瞬間。
墓の後ろの茂みから背の高い陽春がぬっと姿を現した。
「ぎゃあああ!!出たぁ!!!!」
水里、完璧に腰を抜かす・・・。
「水里さん僕です」
「・・・」
水里、凝固・・・
5秒後。水里、覚醒。
「春さん・・・?」
「す、すみません・・・そんなに驚くとは思わなくて・・・(汗)」
「・・・。い、いえ・・・。・・・」
(お、驚くさ・・・。180ある身長がいきなり墓の後ろからでりゃあ・・・
お化け屋敷並の登場の仕方だった)
水里は立ちあがろうとするが完璧に腰をぬかしてしまい動かない。
「大丈夫ですか?ほらつかまって・・・」
陽春は水里の腕をひっぱって立ち上がらせた。
力強い陽春の腕に少しドキッとする・・・
水里ははっとした。
ここは雪の墓前・・・
ささっと陽春から離れた。
(すいません。雪さん、さっきの”ドキ”は深い意味はありません
ありません・・・)
「お、手数おかけして・・・。あ、あの・・・。時に春さんは
いつ頃からお墓の後ろに・・・」
「・・・”チューリップ・・・”の辺りから・・・」
「ア・・・。じゃ、あの、話の筋はもう・・・」
「はい・・・」
「作用ですか・・・」
(んじゃお墓に向かっての私の変な独り言全部筒抜け・・・(汗))
水里と陽春の間が一瞬気まずい空気になった。
「・・・。あ、あの・・・。ぺ、ペンダント・・・。やっぱりお返しします・・・。
雪さんの大切なものなんて・・・」
水里は陽春の手のひらにペンダントをそっと乗せた。
「・・・。でも・・・」
「春さんがよくても、雪さんがよくないです・・・」
「え・・・」
「雪さんの思い出の欠片を・・・。簡単に他人にあげちゃいけないよ。春さん」
水里はしゃがみ、再び墓に手を合わせた。
「このペンダントは雪さんの一部・・・。やっぱり春さんの手の中が雪さんの”居場所”だと
思うから・・・」
「・・・水里さん・・・」
『居場所』という言葉が陽春の心に止まる・・・
「逝ってしまった魂を思い出し、労い、慈しむ。それが生きている者の務め・・・。
シスターがの言葉です・・・だからこのペンダントは・・・。春さんが持つべきなんです」
水里の言葉に陽春はそれ以上、ペンダントを持っていて欲しいと
いえなくなってしまった・・・
「・・・。じゃあ水里さんも思い出してくれますか?」
「え・・・?」
「雪という人間の存在を・・・。貴方にも覚えていてほしい・・・。
そして他の人に伝えてほしい・・・」
「・・・」
「・・・情けないことに・・・。僕一人ではそれが辛くて
できないんです・・・。雪を『思い出』に変えるまでにはまだまだ時間が
いる・・・」
陽春は切なそうな瞳で墓を見上げる・・・
アルバムと何冊つくっても
埋まらない喪失感。
それでも時間が流れる
確実に流れる
水里は思った。
(春さんはきっといつもここで・・・。闘ってたんだ・・・。
雪さんがいない現実と・・・)
大きな背中。
だがとても寂しそうに
小さく見える・・・
抱えきれない
消化できない
痛み
肩代わりなどできもしないが・・・
寄り添うことは・・・
出来る
「・・・。じゃあ・・・。えっと・・・。お参り・・・。してもいいですか?
お参りというより・・・挨拶を」
少し申し訳なさそうに言う。
「お願いします。雪もきっと嬉しいと思います」
水里はしゃがみ、線香をつけ
手を合わせる・・・
深く目を閉じて・・・
「雪さん思い出を・・・。沢山の人に話します・・・。雪さんって素敵な人がいたことを。
ピンクのチューリップが好きで笑顔の素敵な綺麗な女性のことを・・・。って
口下手で旨く伝えられるかわからないけど・・・」
「ありがとう」
「いえ・・・」
陽春の笑顔がなんとなくまともに見られなくて
目を逸らす水里。
「あのそれから・・・。これだけは言っておきます。貴方は”赤の他人”じゃない」
(えっ)
ドキっと水里の心臓は波打つ。
「大切な・・・」
(た、たいせつな・・・?)
ドキドキ、陽春の言葉をまつ・・・
「お店のとっても元気な常連さんです」
さわやか〜な営業スマイルで言う陽春・・・
(・・・やっぱりね(涙))
「・・・はは。ありがとうございます・・・」
ちょっぴり寂しい水里だ。
「・・・。水里さん」
「はい」
「雪の悔しさも痛みも僕は忘れない・・・。それでも僕は前を向いて生きて生きたい・・・」
「・・・」
「・・・。雪もそう思ってくれてるだろうか・・・」
水里はしばらく間をおいてから
深く
そしてしっかりと
頷いた・・・
「・・・ありがとう・・・」
陽春は空を見上げ一つ
深呼吸・・・
「ふぅー・・・。水里さん、お腹すいてませんか?」
「え?」
グー・・・
水里の腹時計、かなり精密にタイミングよく返事。
「・・・す、すみません。お聞きのようにすいてます・・・(汗)」
(私のお腹、お約束的なリアクションするなよ)
「ふふふ。相変わらず楽しいなぁ。よし。じゃあ商店街に
新しいカフェができたんです。一緒に偵察・・・に行って頂けますか?」
「はい(汗)」
水里と陽春は墓に一礼して去っていく・・・
ピンクのチューリップは少し寂しげに
だけど優しく二人の背中を見送るように揺れた・・・
その夜。
風呂上りの水里。
墓でのことを思い出す
”貴方も雪の記憶を・・・”
墓ではそう言ってしまったが果たして自分なんかが
やはり持っていてもいいのかという気持ちが拭い去らなかった。
(・・・。雪さん。春さんを見守ってあげてください・・・。
どうか・・・)
チク・・・
(・・・ん?)
今、走った感情は・・・
”雪・・・”
雪の名を呼ぶ陽春の優しい声・・・
チクリ
(ななんだ。この妙な痛みは・・・)
”雪・・・”
雪のことを語るときの陽春の切なげな眼差し・・・
チクリ・・・
(・・・。なんでもない。うん。きっと疲れただけだ。早く寝よ、寝よ・・・)
そう言い聞かせ水里は眠った・・・
(・・・。あたしは・・・。恋なんて・・・してない・・・。きっと・・・)