デッサン2
〜水色の恋〜第38話 雪の手紙 青の手紙
〜死という永遠のポジション〜「・・・30日か・・・」 切ない息をついて陽春はカレンダーをめくる。 陽春にとっては 雪のことを思い出さずにはいられない日。 「・・・。雪」 陽春の心は自然に本棚の白いアルバムに手が伸びる。 「・・・結婚記念日は二人だけで過ごす・・・そう約束していたよな」 入籍した日に・・・ 二人で撮った写真。 結婚記念日ごとに二人の写真を撮っていこうと・・・ 『この写真が一枚でも沢山・・・撮れるといいね・・・』 このとき既に雪の体の状態は命に期限がきめられるほどで・・・ 毎月うける病院での検査が 陽春はこの世で一番怖かった・・・ 「・・・雪。どんな気持ちで一枚でも写真が撮れたらなんて言ってたんだ・・・」 (そしてオレは雪の気持ちをどこまで分かってやれていたのだろう・・・) アルバムの中の雪の笑顔が 陽春を写真を撮った季節に引き戻してく・・・ (ん・・・?) 白い便箋ががアルバムの最後のページに挟まれている・・・ 「・・・これは・・・。雪の・・・字・・・」 便箋を開くとそれは紛れもなく雪の字・・・ そしてその綺麗な字で綴られた言葉を読む陽春・・・ 「・・・雪・・・。お前・・・。こんなこと・・・。こんなこんな・・・っ」 震える陽春の手から・・・ 真っ白な便箋が落ちる・・・。 絨毯に陽春の涙が沁み込む・・・。 「・・・雪・・・っ」 白いカーテンが・・・ 陽春を包むように揺れていた・・・※何時ものようにいつもの席で水里は 陽春と会話している。 陽春は何時もと変わらず笑顔だが・・・ (・・・何だか瞳の奥が曇ってる・・・) 「・・・。春さん。少しお疲れですね?」 「・・・え」 「私も実はちょっと疲れ気味です。だから今日は早めに帰ります」 「え、あの・・・」 水里はカウンターの上にキャンディを一つ置いた。 「疲れたときは甘いものがいちばん。休むときは休む。春さんも おなじですよ!ではまた明日!」 水里は元気に敬礼して 店を後にした・・・ (・・・水里さん・・・) 「察知されたかな」 「夏紀・・・」 水里と陽春の恋愛模様観察人・夏紀。 早速二人の心理描写をかぎつけて登場。 「・・・兄貴がどんなに平気な顔してても・・・。いやむしろ 無理な微笑みは返って不自然だからな・・・」 「何だよ。早速偵察にきたのか」 「・・・ごめん。兄貴。雪さんの手紙・・・。見た」 「・・・」 陽春は一瞬勝手に見たのかとムッとしたがすぐに怒りを静める。 「・・・オレもたまらなかった・・・。あの手紙・・・。いくら 冷静沈着な兄貴でもあの手紙は・・・」 水里のカップを洗う陽春の手に思わず力が入る・・・ 「・・・。兄貴・・・。大丈夫か?」 「・・・」 「”新しい季節を”迎えろって俺・・・。簡単に言ってたけど・・・。 兄貴と雪さんの絆の深さ身に沁みて・・・」 あの手紙の一文字一文字から雪の想いが伝わる。 夏紀の心にも 深く刻み込まれて・・・ 「・・・いや。オレや兄貴より・・・。水里の奴の方がキツイかもな・・・。 死んだ人ってのは・・・”永遠のポジション”」 「ポジション・・・?」 「ああ・・・。兄貴の心の中の永遠に存在し続ける・・・。そして 兄貴とは別の”ポジション”が水里の中に生まれちまんだ。 『好きな人の大切な人』ってな・・・。」 「・・・」 ”甘いもの食べて・・・元気出してください!” 何も知らず、自分を気遣った水里の笑顔が過ぎる・・・ 「・・・」 「時間でしか・・・。昇華できねぇのかな・・・。雪さんの 想いは・・・」 夏紀の言葉が 陽春の心を締め付けた・・・ 逝ってしまった者の魂。 それは残された者の心の永遠となる・・・ それが誰に責められようか。 誰にも責めることは出来ない・・・ 「・・・雪。オレは・・・。お前の想いを・・・オレは・・・」 白い便箋。 陽春は何度も何度も読み返えしていた・・・ 「ふー・・・」 夕暮れの川辺。 スケッチブックを片手に川の絵を描くはずだが・・・ ペンが進まない。 (・・・多分・・・雪さんのこと思い出してたんだ・・・) 陽春の どこか無理の在る微笑みに水里は直感的に感じていた。 (・・・雪さんは春さんの心の一部・・・。いや心そのもの・・・) スケッチブックを開く・・・ 雪の笑顔・・・ 水里が一度だけ雪に会ったとき描いた 笑顔・・・ (・・・雪さん。夢の中でいいから・・・。出てきてあげてください。 そして元気付けてあげてください・・・) 本当は。 雪を想う陽春の切ない顔は見たくない。 これが・・・ 嫉妬というものなのだろうか (痛い・・・な。嫉妬って・・・) だけど 遺された者にとそして逝ってしまった者の絆は永遠だということは・・・ 水里もよく よく知っている・・・ 「・・・童顔女、川辺で黄昏るってか」 「な、夏紀くん・・・!」 肉まんを持った夏紀が水里の隣にドサっと座った。 そして肉まんを半分、水里に分けた。 「黄昏って柄じゃねぇだろ」 「悪うございましたね」 夏紀はぱくりと肉まんをほおばりながら話す・・・。 「・・・お前。兄貴の戸惑いを受け止められるか・・・?」 「え・・・?」 「見つかったんだ。手紙が」 「雪さんの・・・手紙?」 夏紀は深く頷き・・・ 手紙の内容を水里にそれとなく話し始める・・・ 『この手紙はが見つかったときは・・・。私はもうこの世にいない時かもしれません・・・。 私の夢を 私の幸せを叶えてくれた陽春。私は貴方と出会えて・・・本当によかった。 でも・・・一つだけ私は言えないことがありました。 陽春。私に幸せをくれた貴方を私は・・・。心のどこかで信じられずにいた・・・ ・・・貴方の愛情が本物なのかどうか。 医者が患者に対する親身さ・・・もしかしたら同情なのかもしれない・・・って・・・』 「オレの記憶の中の雪さんは・・・。いつも笑ってた・・・。世界で一番幸せそうに・・・。 でも違ってたんだな・・・。世界一幸せな笑顔じゃなくて・・・。世界一切ない 笑顔・・・だったんだ・・・」 「・・・」 川原の草が揺れる。 夏紀は手紙の続きを水里に話す・・・。 『陽春、貴方は優しい。私をいたわり、そして励ましてくれる・・・。 でも・・・。時々不安だった・・・。陽春のこの優しさは・・・愛情なのか。 陽春は本当に私を必要としてくれているのか・・・。 貴方には感謝してもしきれないのに、私は貴方を疑っていたの・・・。ごめんなさい。 陽春、ごめんなさい・・・』 「そのごめんなさいって文字が・・・。たまらなくて・・・。オレも兄貴も・・・。 キつかった・・・」 「・・・」 水里は・・・。ただ黙って夏紀の言葉を聞いている・・・。 いや、聞かねばならないと思って・・・ 『こんな私がいなくなったとき・・・。陽春。貴方は優しい人だからきっと・・・。 新しい誰かと何かを築くことを躊躇うでしょう。迷うでしょう。 だけど陽春。 私に気を使うのだけはやめてください。私を理由に前に向きになることを捨てないで。 ・・・貴方は幸せにならねばいけない人です。・・・私の分まで・・・。 時々。私を思いだしてくれたらそれでいい・・・。私は幸せでした。人の何倍も何倍も・・・。確かに 幸せでした。だから・・・。だから・・・』 「・・・手紙はさ。そこで終わってるんだ・・・。きっと他にも色々伝えたかったことが・・・ あったんだろうな・・・。精一杯の・・・。雪さんのメッセージだったんだろうな・・・」 「・・・」 水里は静かに立ち上がり 夏紀に会釈して去っていく・・・ 重たい表情で・・・ 「水里・・・」 (・・・きつかったかもしれねぇけど・・・。水里。乗り越えなきゃ・・・。 まずはお前が乗り越えなきゃ・・・。兄貴と新しい季節は始められねぇんだ・・・) クシャリと肉まんの皮を握り締め・・・ 夏紀はオレンジ色に染まる川を見つめていた・・・ 夜。 暗い店のカウンターで陽春は一人・・・ 雪の手紙を眺める陽春・・・ 滅多に飲まないブランデーを口に含めながら・・・ 『ごめんなさい。陽春。ごめんなさい・・・』 そのフレーズをなぞる・・・ どんな想いで書いたのか。 どんな葛藤を抱えて書いたのか・・・ 「お前が謝ることはないのに・・・。謝るのは俺の方なのに・・・っ」 グラスを握り締める陽春・・・ 『私は確かに幸せでした・・・。だから・・・。だから・・・』 「・・・。だから・・・。その続きは何だった・・・?お前の気持ち全部書いてくれよ・・・」 手紙をにぎりしめる陽春・・・ 「雪・・・。オレは・・・。やっぱり・・・。幸せになることなんて出来ない・・・。 なっちゃいけないんだ・・・。お前の想いを全て分かりきるまでは・・・」 そんな日がくるのだろうか。 来させていいのだろうか・・・。 陽春の迷いは 止め処もなく続く・・・ (オレは・・・オレは・・・) カタン。 「・・・!」 物音に気づきドアを開ける陽春・・・ カサ・・・ ドアノブにスーパーの袋がかけられ、その中身は・・・ あったかい肉まん。 (これは・・・) 袋の中に水色のメモ用紙一枚。入っていた・・・ 『春さん。こんばんは。とっても美味しい肉まん見つけたから 買ってみました。よかったら食べてみてください。疲れた体も 元気になります 』 メモにはそれだけ書いてあり・・・ (水里さん・・・) 今、水里の気遣いは陽春には心痛む・・・ 白い手紙に水色の手紙・・・ どちらの手紙にも優しさが込められているのが分かるから・・・ (ん?) メモ用紙の裏にも何か書いてあるのに気づく陽春・・・ 『春さん。雪さんを忘れないでください。 絶対忘れないでください。 ・・・無理に思い出にしないでください。私はそういう春さんを見ていきたいから・・・。 私は忘れません。雪さんの笑顔を・・・。だから忘れないでください』 「・・・。水里さん・・・」 スーパーの袋越しに・・・ 伝わる温もり・・・。 その温もりは 陽春のなかの迷いも包んでくれる様・・・ その温もりの出所を陽春は手に取る・・・ 「水里さん。これ・・・。肉まんじゃなくてあんまんですよ。 ふふ・・・」 可愛らしい間違いが 陽春の顔に微笑を取り戻させる・・・ (ありがとう・・・。本当にありがとう・・・) 白い手紙 水色の手紙も 陽春にはかけがいのないもの。 ありがとう・・・。 (雪・・・。オレは・・・生きていいんだな・・・。生きて・・・。 お前を忘れずに・・・) 陽春は水色のメモを優しく撫でる・・・ (涙は笑顔で消して・・・。オレは・・・。生きていく・・・。哀しい痛みは 希望に変えて・・・) 陽春はすぐに受話器を手に取る。 (まずは・・・水里さんにありがとうを言おう・・・。それから・・・ それから・・・) それから・・・。 ”新しい季節”に前向きになろう。 可愛らしい水色の季節へ・・・ ゆっくり ゆっくりでいい・・・。 大切な想いを抱えながら・・・ 今という時を生きていけばいいのだから・・・