デッサン2
水色の恋
第39話 小さな恋のメロディ
高見町立高見小学校 1年2組
吉岡太陽。 もうすぐ7歳。
好きな授業は図工。
体育と算数はちょっぴり苦手。
「なぁ。よしおかくん、一緒になわとびしようよ」
「・・・」
休み時間。隣の机の友達に誘われるが太陽は押し黙ってしまう。
「・・・」
「ちぇっ付き合いわるいなー。もういいよ」
クラスメート達はつまらなそうな顔で
教室を出て行ってしまう・・・
(・・・)
小学校に入ってから。太陽は仲良しさんができない。
友達とおしゃべりすると
息が苦しくなる。
他の友達はぺらぺらと何でもお話しする。
そのスピードについていけない・・・
友達と一緒に遊んだりすることが、
輪の中にいることが
とっても苦しい・・・
だから太陽は休み時間、空を見ている。
窓際の席。
色んな形の白い雲を見つけるのが楽しい・・・
(あ、ピカチュウ雲だ!)
一人、空を見上げる太陽を他のクラスメートたちは
”変な奴”
と思っていた。
太陽自身、それを感じて少し辛い気持ちになったりもする・・・
(だいじょうぶ。ボクにはみィママとミニピカとますたーがいる)
「・・・あれ?」
休み時間、空になった教室で隅っこに一人ぽつん・・・と
女の子が座っているではないか。
(・・・おなまえ、わすれちゃった)
太陽はじいっとその子を見ているとぱちっと目が合った。
女の子の方はさっと目線を逸らす。
(・・・)
太陽はもじもじしながらも
思い切って声をかけてみようと思う。
なんとなくあの子は・・・
(ボクとおんなじこころをもってるきがする)
不思議とそんな気がした太陽・・・
「あ、あの・・・。ぼく、タイヨウ。き、君のお名前、おしえてください」
「・・・」
女の子はもじもじっとしながら小さな掠れ声で呟く
「・・・まりこ。からさわまりこ」
「まりこちゃん・・・。あ、あの・・・よろしく」
太陽はさっと手を出した。
だがまりこはすごく嫌そうな顔をした。
「あの・・・まりこちゃんはあくしゅがきらいですか?」
「・・・きらい。手、みせたくないの。アトピーだから!」
まりこはとっても哀しい顔に太陽には見えた。
「どうーして?」
「私の手、きたいないから。だからみせたくないの!!」
まりこは顔を覆ってしまった・・・
「・・・」
(まりこちゃんの心が泣いてる・・・)
太陽はそっとまりこの背中をなでなでする・・・
「・・・。たいようくん・・・?」
「かなしいときはこうするの・・・。ぼくのママはそうしてくれるの・・・」
太陽の小さな手のひらのぬくもりはまりこの涙をそっと
消し去る・・・
「・・・まりこちゃん。ボクとおともだちになってください」
「・・・うん・・・」
まりこは少し照れくさそうに頷く・・・
こうして・・・
太陽の初恋のメロディが奏で始めたのだが・・・
太陽は水里にまりこのことを話した。
「へぇ・・・。そんなことがあったんだ・・・」
お風呂上りの太陽の髪をピカチュウバスタオルで水里は拭く。
「ねぇみぃママ。あとぴーってなあに?」
「うん。お肌の病気のことだよ。お肌がとってもかゆくなったりするの」
「まりこちゃんは自分のお手手がきたないっていってた・・・。
どうしてかな」
水里は太陽のパジャマのボタンをかけなおしながら応える。
「・・・きっと・・・。お手手のことを誰かにからかわれたり、悪口をいわれたり
したのかもしれないね・・・」
「・・・。そうなのか・・・。ねぇみィママ。ボクはまりこちゃんに
なにをしてあげられるのかな」
「・・・太陽・・・」
「まりこちゃんのかなしいお顔がわすれられない。とってもとっても・・・」
まんまるの瞳にこんもり涙を溜める太陽・・・
(太陽・・・)
いじらしいやさしい太陽の心を感じる水里・・・
水里は太陽をぎゅっと抱きしめた・・・
「太陽・・・。まりこちゃんの”こころ”を守ってあげて」
「こころ?」
「そう・・・。目には見えないけどね・・・。きっと痛い気持ちでいっぱい
なんだと思う・・・」
「こころをまもる・・・こころをまもる・・・」
太陽は呪文のように繰り返す。
「どうやってまもるの?」
「・・・。まりこちゃんの味方でいてあげること。何があっても」
「味方・・・味方味方・・・」
「そう・・・!みぃママは太陽の味方だよ。こちょこちょこちょ・・・」
太陽のわきを思いっきりくすぐる水里。
「きゃはははははぁ〜★★」
大声で笑う太陽・・・
元気な太陽の笑い声を聞きながら水里は思う・・・
(太陽・・・。あんたいつのまにそんなに大人になったの・・・。
みぃママうれしい・・・とってもうれしいよ・・・)
太陽の成長を感じた秋の夜だった・・・
※
小さな恋のメロディは奏ではじめたら止まらない。
太陽とまりこは休み時間、
窓際に椅子を置いて二人で空を見上げることが多くなった。
「あのしろいくもはキャンディのかたちににているね。太陽君」
「うん。あっちのはたこウィンナーだね」
指差して二人、寄り添って空を見つめる。
だがその指先をさっとまりこは袖口に隠す・・・
「・・・。私の手・・・かさかさできもちわるいよね。みんなそう言ってる・・・」
”まりこちゃんの味方でいてあげてね”
水里の言葉を思い出す太陽。
「まりこちゃんの手、見せて」
「え、え、あの・・・」
太陽はまりこの袖口をそっとめくる。
荒れた肌が露になり、まりこは戸惑うが・・・
「あったかくって・・・。ボクはだいすきだ・・・」
太陽はそっとまりこの手の甲をなでる・・・
「・・・でも・・・きもちわるいでしょ・・・おとこのこたち、みんな
そういうよ・・・」
「まりこちゃんの手は・・・空のいろんなくもをみつけられる
すてきなてだよ・・・」
太陽の手はまりこの手を包み込むように
なでる・・・
「たいようくん・・・」
まりこのちっちゃな胸はドキドキ奏でる。
頬をぽっと染めるまりこ・・・
「ぼく、何があってもまりこちゃんの味方だからね」
「うん。ありがとう・・・。たいようくん、なんだか王子様みたい・・・」
(お、おうじさま!??)
まりこの言葉に太陽もぽっとほっぺをあかくする。
くすぐったいこのキモチ・・・
(ボク・・・。まりこちゃんすきになっちゃった)
太陽、初恋を実感した瞬間だ。
「じゃあまりこちゃんはおひめさまだね」
「え・・・」
「ボクのおひめさまだ」
太陽、7歳だが愛の告白はかなりストレート。
「おうじさまはおひめさまをまもる。だからボク、
まりこちゃんをまもるから」
太陽、7歳。
男として、守るべきものをみつけ、堂々としている。
「アリガトウ・・・。私・・・たいよう君のこと・・・大好き。全部大好き。
世界で一番大好き・・・」
「///ぼ、ボクも・・・大好き」
二人はぎゅっと手を繋ぎ、空を見続ける・・・
小さな恋のメロディが最高潮に達した瞬間だった・・・
この小さな恋に
最大の危機が訪れたのは翌日の休み時間のことだ。
「まりこちゃん、いっしょにおそらみにいこう」
「うん!」
太陽がまりこを『お空みにいこうデート』に誘ったとき・・・
「あー。よしおかくん、て、さわってるぜー!からさわの手、さわってるー!!」
クラスメートの少年達が手を繋ぐ二人を指差してかこむ。
「よしおかくん、さわっちゃうつるんだぜ」
「うつる?」
太陽は首をかしげた。
「こいつって”アトピー”ってビョウキで、赤いプツプツから
汁とかでてる。それさわったらうつるんだってー!」
嫌そうにまりこの向かって暴言をはく少年。
まりこはあまりのショックでぶるぶる体を震わせている・・・
「べっちぃ!べっちぃべっちぃー!!」
そう、少年達は手を叩いて大声でまりこに対しての暴言をを煽る
「べっちぃ、キモイ。キモーイ!!ワハハハー!」
まりこは体中をガタガタ震わせ、
硬直して動けない・・・
太陽にもその硬直がうつり
哀しさと怒りが太陽の体を駆け巡る・・・
(まりこちゃん・・・!まりこちゃんのこころがひめいをあげてる・・・。
まりこちゃん!!)
「やめろーーーっ!!」
太陽はクラスメート達を煽っていた少年の胸倉を掴んで押し倒した。
「わっ。なんだよ!!」
「まりこちゃんをきずつけるな!!まりこちゃんはとってもきれいだ!!
まりこちゃんはぼくがまもるんだーーーーっ!!!」
太陽は必死に少年に立ち向かう。
自分より体が大きい少年に。
「なんだよこいつ!!いっつもそらばっかみてる変な奴のくせに!!」
「わぁああっ」
太陽は必死だ。
突き倒されても何度でも立ち向かっていく。
「まりこちゃんはボクがまもるんだーーー・・・!!!」
お昼休み。
一年2組は乱闘する二人で大騒ぎとなった・・・
その翌日。
学校での騒ぎのことをシスターから聞いた水里。
今日は”お泊りの日”ではないが、落ち込んでいる太陽がほおっておけず
自分の家に連れてきていた
「・・・太陽・・・」
「・・・」
太陽のおでこに二箇所、バンソコがはってある。
相当な掴み合いをした様子が伺える。
「太陽・・・」
水里は何もきかず、何も言わず、ただ、太陽のそばにいてやりたいと思った。
黙してピカチュウのぬいぐるみをだっこする太陽・・・
「太陽・・・。こっちにおいで」
水里は太陽を膝に上に乗せぎゅっと抱きしめる。
「みぃまま・・・ボクボク・・・」
「いいよ・・・。ただ・・・。一つだけお約束して。暴力はいけない。
太陽もお友達もけがしちゃ・・・いけないよね?」
「・・・うん・・・」
太陽はこんもり涙をぽろっと流す
「ぼくぼく・・・。まりこちゃんをまもりたかった。ぼく・・・」
「うん・・・。わかってる・・・。太陽はがんばった・・・。頑張ったね・・・」
「・・・う。みィママァ・・・っ」
ずっと堪えてきたものが一気に溶け出したように
太陽は水里の胸で泣き出す・・・
(・・・太陽・・・)
引っ込み思案で人とおしゃべりすることもなかなかできなかった太陽。
その太陽が好きになった女の子のために
体を張って守ろうとした・・・
(太陽・・・。その気持ち・・・。ずっと忘れないでね・・・)
太陽の成長を感じて感慨深い気持ちになる水里・・・
泣きじゃくる太陽を水里は・・・
ずっとずっと抱きしめた・・・
「そうですか・・・。太陽くんが・・・」
翌日。
水里は太陽の活躍ぶりを陽春に話す。
「私・・・。ずっと心配だったんです。太陽・・・。小学校でうまくやっているか・・・。
太陽はずっとずっと大人でした」
「水里さん・・・」
オレンジジュースをちゅるちゅると吸ってのむ太陽。
太陽を見つめる水里の視線に母親の愛情を感じる陽春・・・。
「・・・ますたあ」
「なんだい?」
「おうじさまはおひめさまのこと、まもるんでしょ?」
「そうだね。だから太陽君はまりこちゃんのことを守ったんだよね?」
太陽はすこし照れくさそうににこっと笑った。
「ますたーにおひめさまはいる?」
「え」
突然の質問に水里と陽春は戸惑う。
「いるー???」
太陽のくりくりのめは陽春を覗き込む。
陽春の”応え”をわくわくするように・・・
(・・・)
気まずい空気が流れる。
「た、太陽・・・。ま、まりこちゃんのこと、もっとマスターに教えて
あげたら?ね、ねぇ?」
水里はなんとか話を逸らそうとするが・・・
「いるよ」
「え・・・」
「僕にも・・・。”お姫様”いるよ」
(・・・)
一瞬、陽春の視線を感じる水里・・・
「ますたーのお姫様ってどんな人?どんなひと?」
「・・・。ないしょ。王子様はね。あんまりおしゃべりはいけないんだよ」
「どーして?」
陽春はひょいっと太陽をだっこした。
「おしゃべりばかりしていたら・・・。お姫様を守れないだろ?」
「・・・ますたーはお姫様、守れなかったの?」
「・・・ああ。でも・・・。お姫様の心は今でも守って生きたいとおもってる。だから
太陽君もまりこちゃんのこころ、守ってあげてね・・・」
「うん!」
陽春は少し切なそうな瞳で太陽の髪を優しく撫でた・・・
切ない瞳の奥に
水里はまだ癒えきっていない陽春の痛みを敏感に感じる・・・
(・・・春さんは雪さんの事を思い出してるんだね・・・。春さんの
”お姫様”は雪さん・・・)
陽春を想う気持ちと微かな嫉妬が水里の中で入り混じった・・・
「じゃあ、春さん。また・・・」
「ますたーばいばーい!!」
水里と太陽を見送る陽春・・・
(・・・)
”ますたーのお姫様いる?”
太陽の質問が陽春の心の中で再び問いかけてくる・・・
(太陽君。僕にもお姫様、もう一人いるんだ)
”どんな人?”
(・・・。水色が好きな人で太陽君をいつもだっこしてくれる人)
「・・・。いるよ・・・。僕にもすぐ近くに・・・」
小さくなっていく水里と太陽の後姿を・・・
陽春はいつまでも見送り続けた・・・