デッサン2
水色の恋

第41話 全てなくして見えたもの




朝・・・






在ったものが








夕方になってなくなっていた








家も店も




家具も洋服も







全て。何もかも。







残ったものはなにもない。









まさに裸同然・・・










水色堂は跡形もなく全焼し



真っ黒の炭同然の木片だけになってしまった・・・











火事の翌日の新聞。片隅に小さく火事が記事なっていた・・・。









火事の後。















着の身着のまま、水里は太陽が居る風の子学園にとりあえず身を寄せたのだが







落ち込んでいる暇などなかった。


火事の原因を調べるために警察やら消防署やら
もろもろの取調べに応じたり・・・






それから焼けた後の残骸の後始末・・・






焼け残った店の解体をを解体業者に頼み、新地にして・・・






火災保険にはいっていたので保険は下りたが画材用品への保証金の支払いやら
解体業者に支払いやらで残った金額はほんの少し・・・








自分の新しい生活基盤を建て直す余裕などなかった・・・








目まぐるしく火事から十日がすぎ・・・








水里は太陽と共に学園に身を寄せていた。





・・・勿論ミニピカも(学園の裏にわで)






水里が昔、陽子と使っていた6畳間。





「みーまま・・・。だいじょーぶ?」





「うん。太陽ごめんね・・・」



布団によこになっている水里を心配そうに覗き込む太陽・・・







水里が学園に身を寄せてから太陽は水里のそばから離れようとしない。



どことなく元気がない水里が心配でたまらないた
太陽。



「みーまま・・・。おうち燃えちゃったから・・・かなしいの・・・?」





「うん・・・。でもいのちが助かったからかなしくはないよ」






「・・・うん・・・。いのちがなくなったらぼくかなしい。
みーままがいなくなったらぼくぼく・・・」








太陽はもそっと水里の布団に入って水里にべったり抱きつく・・・











「大丈夫・・・。みぃママは大丈夫・・・。心配かけてごめんね・・・」









「みぃママみぃまま・・・」







布団の中で水里は太陽を思いきり抱きしめる・・・






太陽のぬくもり・・・








”命は一つしかないのだから・・・大切にしてくれ・・・。頼む・・・”






陽春のあの言葉・・・







太陽の温もりでやっと実感した・・・









(何もかも・・・。失った・・・。家も店も・・・父の思い出も・・・。
喪失感だけしか今は感じないけど・・・)












「みぃまま・・・」








(・・・太陽・・・あったかい・・・あったかいね・・・)









自分を必要としてくれる幼い存在の有難さを身をもって感じる・・・







命のぬくもりを








「・・・あらら・・・。太陽の方が先に寝ちゃったか」




水里の胸の中ですやすやお昼寝の太陽・・・



水里は太陽を寝かせ、布団をかけた。




(この温もりが在れば・・・。立ち直れる。だから私は大丈夫・・・)



太陽の小さな手を握りしめて頬にあてる・・・。



気を抜くと涙がこぼれそうになるのを止めるために・・・。





しばらくして。



学園の職員が水里に客が来たと呼びにきた・・・




「とってもカッコいい人ですね〜水里さんの彼氏さんですか?」



職員が水里をからかう。



水里が少し照れながら玄関に向かうと・・・






「あ・・・。こんにちは」





「春さん・・・」






バスケットを片手に持った陽春






「すいません。突然。でもどうなさっているかと・・・。
気になって気になって・・・」




陽春は頻繁に水里の様子を見に来ていた。





「・・・。春さん・・・」





学園の裏の川原で二人は座って話す






陽春は水筒を空け、蓋のコップにコーヒーを注ぎ水里はオイシそうに飲む・・・



「すいません。いつも・・・」



「すいませんは禁句ですって・・・。それより水里さん、顔色あまり
よくないな・・・」







「・・・事後処理っていうか色々あって・・・。でも大丈夫です!疲れは
寝れば取れますから。太陽と一緒に眠れてます。ふふ」







(・・・)





水里の笑顔が返って陽春には心配に映る・・・






体の疲れなら休めば和らぐだろう




だが・・・





(・・・精神的な疲れは・・・。知らない間に蓄積するんだ・・・)









”父さんの絵が!!”





錯乱するほどに父親の絵に拘る水里・・・





それが全て消失してしまった・・・








「・・・。本当にお医者様だなぁ。ふふ。春さんの言葉は。でも大丈夫。
落ち込んでいる暇もないですよ」




「・・・。水里さん・・・」









「経済的に苦しい学園に長居するわけにもいかないし・・・。ともかく
住むところと仕事さがさなくちゃ・・・ってね!自分に葉っぱかけるのも
悪くないですよ」










「水里さん・・・」










笑顔とは裏腹に







陽春には分かる・・・








声のトーンも低く・・・






(無理をしてる・・・)








自分に出来ることは何か陽春は考えた。






だが








必要以上に遠慮深い性格の水里・・・







(わざとらしい助けは返って彼女を傷つける・・・。オレができることは・・・)










「・・・水里さん。あの・・・。よかったら新しい部屋が見つかるまで
うちに来ませんか?」





「え・・・?」




「あ、男所帯の所ですが、部屋も余っていますし水里さんさえ
よかったら・・・」








「・・・。ありがとうございます」



水里は微笑んで軽く会釈した。


「お気持ちだけ頂きます。でも自分の力で探さなくちゃ。
厳しいときだからこそ・・・。自分の力で頑張らなきゃ」




「水里さん・・・」




「こうして春さんや太陽、心配してくれる人がいるって
ことだけでも幸せなことだと思わないと・・・」





「・・・。頑張らなくていいじゃないですか」







「え」







陽春は立ち上がった。










「自分じゃどうにもならない現実ならば・・・。誰かの助けをかりて
頑張り過ぎない、という事も大切です・・・」











「・・・。春さんらしい言葉です・・・。でも私には・・・。頑張らなくちゃいけない
理由があって・・・。自分のことだけで悩んだり葛藤してる暇はなくて・・・」







「理由・・・?」






「・・・」







心配そうな顔で水里をみつめる陽春・・・










「春さん、あのね。私の体はね。限界が来たらちゃんと、
SOS出すようになってるんです」




「SOS?」






「買い物行っても無意識に向かうのは・・・。春さんのお店。
そういう風に動くように設定してあるんです。だから・・・。ロボットみたいに・・・!
だから私は大丈夫・・・!」








水里は陽春に向かって拳をにぎって笑った・・・











「水里さん・・・。約束ですよ。本当に辛いときは・・・」










「・・・はい。だから、コーヒー代・・・お安くお願いしますねーvv」









水里はめいっぱい笑って陽春がつくってきたシフォンケーキをほおばる。











(・・・本当に強い人だな・・・)








自分の気遣いを水里が見抜いていると陽春は悟る。









何時もと代わらない態度でいようとする水里を







陽春は・・・







痛々しく





そして・・・




愛しく感じた・・・

















「ふぃー・・・。私の今の経済事情を考えると・・・。ここに決めるっきゃいないか・・・」







水里は何軒も不動産屋をまわり、ようやく家賃が手ごろな物件を見つけた。






「・・・それしにても流石築40年・・・」





木造で屋根はどっしり日本瓦。





外見は古いが日あたりは良く、風呂とトイレは別で月、福沢愉吉3人分。






それに・・・






(春さんの店が見える)





目の前というわけではないが陽春の店の屋根が見える。この景色が水里は気に入ったのだ。









「とりあえず・・・。寝る場所は確保した。でも私には何もないのだよ」







引越しではない。





家財道具、着替え、生活最低限必要なものさえまだそろえきっていない








「・・・。通帳を見るのが辛いな・・・。0が一個ずつ消えていく・・・」







貯金も減る一方。2、3ヶ月の生活費をなんとか確保はしたももの・・・










(お金お金・・・。本当に世の中はお金がなくちゃ生きていけない・・・。
身に沁みてくる・・・)






お金がなければなにもできない。









仕事を見つけるためには”住所が”必要。





その住所をつくるには住む場所が必要でアパートを借りる。




そのときもお金がいる。





何をするにもお金。




お金。







お金が全て









(・・・。お金お金・・・。なんか嫌気が差してくる・・・)






父の絵を金にかえようとした大人たちを散々見てきた水里。







金が全てと世の中に溢れているものからかんじて
なんともいえぬ虚しさを感じて・・・










だがお金がなくては生きていけないのも事実。









(・・・。この年で資格もなにもない私。働けるところは限られてくる)










水里は仕事の種類を選ぶ余裕もなく近所のコンビニで働き始めた。








「あのさぁ。私、これ、ここの棚に先につんでおけっていったよね?
ちゃんと見てろよ」






「あ・・・。すいません」







自分より10近くも若いバイトの女子高生に”タメ口”で注文をつけられる水里






「・・・ったく・・・。このグズ。トロマ。外のポリでも洗っといてね」







そういいながら女子高生はケラケラとスタッフの部屋で携帯電話をかける。









(・・・)










多分、自分がこの娘の親だったら取っ組み合いのケンカになっていただろうと思う水里。








(・・・今はとにかく・・・。お金を貯めなくちゃ。
太陽もこれからお金居ることあるだろうし・・・)











世の中、お金。




お金のために我慢しなければいけないことが沢山在る。





我慢しきれないことも・・・










「ありがとうございましたー!」








昼間はコンビニ。夕方から夜まではスーパーのレジ。






どれだけ必死になっても世間では”バイト”という単位で稼げる金額は決して高くない。






元々人付き合いが苦手な水里は尚更接客業は苦手だが文句もいってられない。




自分が生活分とそれから・・・





(太陽のために)







お金をため泣けれいけない理由がある。










「・・・ハァ・・・」









部屋に戻れば水里はただ眠るだけ









部屋には布団とテレビと小さなタンスしかない・・・殺風景な部屋。










静かで雑然とした部屋が






水里に疲れと共に孤独感を感じさせる・・・




自分が育った、家族が待っていてくれる家があるということは







なんと幸せなことか。






(・・・私は・・・父さんに守られて生きてた・・・。父さんが残した家と
お店に・・・)







そう実感する水里・・・







(・・・一人で生きていくことは・・・大変だ・・・)









重い疲れが支配した体は





水里とすぐさま眠りの世界に誘う・・・










(明日も・・・がんば・・・ろ・・・)











微かな体の違和感を感じながら眠った・・・

















陽春が買い物に来ていた。 そのスーパーに・・・ (あれ・・・?) レジに水里の姿を見つける。 (・・・コンビニだけじゃないのか・・・?二つ掛け持ちだなんて・・・) 陽春は水里の顔色が悪かったのを思い出しもっと、体調のことを 聞いておけばよかったと後悔した。 すると 「ちょっと!!貴方なによ!!レジ打つのにどれだけかけてるの!」 「す、すいません、」 水里はあたふたしながらレジを打つ。 主婦が苛苛しながら水里にぶつける。 「若いからってね!!いい加減な仕事されちゃこまるの!! んっとにトロイわね!計算ちがってたらこまるのよ!」 「すいません、すいません・・・」 主婦は唾を飛ばして水里は叱りつけられる・・・ 周囲は遠めに水里と主婦をこそこそ噂して・・・ 「レジもまともにうてないの!??世の中スピードが大事なのよ!! 何考えてるのよ!!若いからって許されるとでも思ってるの!??」 「すいませんすいません・・・」 そのうち店長が見かねて他の店員にレジをかわらせようとした。 おつりを渡してかわろうとしたとき チャリリリーン!! 「あ・・・」 小銭が床に落ち、水里はオロオロしながら集める・・・ 「もーーー!!んっとになにやってんのよ!!」 「すみません。本当にすみません・・・」 何度も頭を下げ床に四つん這いになって小銭を拾う水里・・・ 陽春は水里の小さな背中が痛々しく・・・ もう我慢できなかった・・・ 「・・・。春さん?!」 「綺麗なご婦人が大声をあげては・・。美人が台無しですよ。はい」 「ま、まあご親切に・・・」 さわやかな笑顔で主婦に小銭を手渡す陽春。 主婦は顔を赤らめて会釈してその場を去る・・・ 「・・・。春さん・・・」 「・・・」 ・・・自分の失敗シーンを見られてしまった・・・ 助けられた感謝の念より・・・ ショックの方が大きくて・・・ 「山野さん、もう早退していいから」 店長がそういって水里の代わりにレジを打つ。 「・・・。一緒に・・・。帰りましょう・・・。ね・・・?」 諭すような陽春の言葉に水里は一つ、頷いた・・・ 陽春は水里をアパートまで送る。 「・・・。春さんには・・・。本当に助けられてばかりで・・・」 「・・・」 「・・・。私・・・。一人暮らしを初めていかに自分が守られて生きていたか 実感したんです・・・」 陽春はだまって水里の話を聞いている。 「父の残した家と店に守られそして春さんや太陽に支えられてた・・・。 肌身で感じました。本当に・・・」 「・・・。僕だってそうですよ。人は誰かに支えられて生きてる・・・」 「・・・春さん」 「今日は難しいことは考えないで。ゆっくり休まれてください。これは元・医師としての 命令です。いいですね?」 「・・・はい」 陽春は水里をアパートの階段まで送った。 「ありがとうございました」 「いいですか?本当にゆっくりゆっくり休むんですよ」 「わかりました。主治医さま」 「はい。ではお大事に」 二人はくすっと笑いあって陽春は帰ろうとした。 ドタン・・・! 「!?」 振り返ると階段の下で水里がガタガタ震えて九の字させて倒れている・・・ 「水里さん!??」 「あ・・・。が・・・。あ・・・」 喋れないのが口をもごもごさせて震えている・・・ (一体・・・。とにかく寝かせなければ!) 陽春は水里のバックからキーを取り出して明け、水里を抱えてすぐに ベットに寝かせる。 脈拍と確認する陽春。 (・・・。貧血おこしてるとにかく病院へ・・・) 陽春が携帯で電話をしようとしたとき。 水里が陽春のワイシャツをひっぱった 水里は首を横にふって電話はやめてほしいと言っている・・・ 「で、でも・・・」 「だいじょう・・・ぶ。お願いですから。お願いですから・・・」 陽春はタオルを濡らし額に置く・・・ 「・・・。大丈夫じゃないですよ・・・。貧血起こしてる・・・。体が悲鳴あげてる 証拠ですよ・・・」 陽春はこの間あったときにもっと病院へ行くよう進めたらよかったと 悔やむ。 「・・・。体だけじゃない。心の方も・・・。大切にしてあげなくちゃ・・・。 ね・・・?」 陽春の優しい言葉に水里の瞳にはじわりと涙が浮ぶ・・・ 「・・・。悔しいです」 「え・・・?」 「私は・・・。悔しいです・・・。今のこの現実に結局・・・。負けてしまった・・・。 弱い自分に負けてしまった・・・」 「・・・」 堰を切ったように水里の目から涙が溢れる・・・ 悔し涙。 痛い涙・・・? わからないただ・・・。ただ自分がちっぽけに思えてならない・・・ 「・・・。レジさえまともに打てなくて・・・。バイト先の自分より年下の 女の子に腹立てて・・・。少しは強くなれたかなって 思ったけど・・・全然違ってた・・・」 「水里さん・・・」 自分の不器用さが 生きる不器用さが 厳しい現実で露になって・・・ 初めて知った。 自分の本当の姿に・・・ 「弱い私でごめんなさい・・・。強くなくてごめんなさい・・・。ごめんなさい ごめんなさい・・・」 ”ごめんなさい””すみません” スーパーで落とした小銭を拾っていた水里の背中・・・ 水里のごめんなさいが 痛々しくて・・・ 陽春の胸を締め付ける・・・ 生きていく不器用さを悔やむなんて・・・ 「ごめんなさい・・・。すみません・・・。ごめ・・・」 陽春はそっと 水里の右手を握った・・・ 「・・・。自分で自分を壊さないで・・・」 「春さん・・・」 「貴方は弱いんじゃない・・・。人一倍・・・。優しさが強いだけです・・・。 それだけです・・・」 「・・・春さん・・・」 「さぁ・・・。眠ってください・・・。貴方が眠るまでそばに いますから・・・」 「・・・。でも・・・。あの・・・」 「命令です!眠りなさい・・・。ね?」 水里は申し訳なさそうに 一つお辞儀をして・・・ 静かに目を閉じた・・・ 目を閉じてすぐに水里は深い眠りにおちた・・・ (・・・) 陽春は手を握ったまま しばらく水里の寝顔を見つめる・・・ (・・・。休むということを・・・。教えてくれたのは貴方だから・・・) ふと陽春は戸棚にある黄色い物体に気がついた。 ピカチュウの小物入れ。蓋には 『宝物箱』と書いてある。 陽春は何気なく開けてみると・・・ 太陽名義の通帳が・・・。 そして太陽が生まれた7年前からずっと毎月 少しずつ、少しずつ貯金されていることが記されていた・・・ ”どうしてもお金をためなきゃいけない理由があるんです・・・” 「・・・。これだったのか・・・。理由って・・・。水里さん。やっぱり 貴方・・・弱い人なんかじゃないです・・・」 水里の寝顔を見つめて呟く陽春・・・。 (ん?) 水色の色画用紙・・・。 (これ・・・) 『貴方は弱い人なんかじゃない。強いヒトです。自信をもってください。 陽春』 いつか水里に書いたメッセージのメモ・・・ 大切そうに水色の色画用紙に綺麗に張られていた・・・ 『宝物箱』 そこにこれが入っていた・・・ 陽春はくすっと微笑み水里の 髪を撫でる・・・ (こんなの宝物だなんて・・・。大げさですよ・・・) 愛しい 愛らしい 心に沸くその気持ちをはっきり自覚する・・・ 「水里さん。オレは・・・」 深い眠りにつく水里・・・ ただ・・・ 陽春の手の温もりだけに包まれて 確かに感じていた・・・