デッサン2
〜水色の恋〜
第42話  僕は前を見たい
 


朝、目覚めたら水里は陽春が残したメモを見た。





『目覚めたら即効に下記の病院へ行くこと!それから冷蔵庫のもの、
勝手につかわせてもらいました。雑炊、良かったら食べてくださいね。
いいですか?ちゃんと病院、行くんですよ! 陽春』







台所のガス台の小鍋に主粥が・・・







「・・・春さん。色々・・・。本当にご面倒かけて・・・。すいません」






小鍋に向かって一礼する・・・。







小鍋を再びあたため水里はさっそく食べる・・・









(・・・。おいしいなぁ・・・。生き返る・・・)






スプーンでよーく味わって食べる。








そこでふと水里はあることに気がつく・・・







(そういえば・・・。昨晩は春さんは何時ごろまでここにいたんだろう・・・)







というか・・・






”貴方が眠るまで側にいます・・・”





(とか言ってた・・・。ということは。私の間抜けな寝顔を見ていた可能性が・・・)








「・・・。やばい・・・。もしかして寝顔もだけど寝言で変なこと・・・言ってたら・・・(汗)」













その変な言葉とは・・・







”ピカチュウ!”






「・・・ふふ・・・。きっと太陽君と遊んでる夢、見ていたんだろうな」






どこかへ運転しながら、くすっと笑った。









朝から陽春が向かっている先は・・・。






雪の墓。








「お盆以来で・・・。お彼岸だものな」





墓には似つかない白い薔薇・・・







「お前が植えたもの・・・。今年は満開だ・・・」





花言葉は相思相愛。






雪の願いが込められているというのか・・・





「・・・。雪・・・。お前の”願い”ちゃんとわかってるから・・・」







供えた白薔薇が返事をするように揺れた・・・











「・・・。雪・・・。オレは・・・。お前が失ってから・・・。生きている
フリして心は・・・。どこかで死んでた・・・。”気丈な男”を
演じるしかオレは・・・。生きていくしかなかった・・・」














思い出す・・・









”雪の店を守ること”






それを生きる糧にするしか・・・











「・・・。本当は辛かったんだ・・・。何かに『縋る』ことで
生きていくなんて・・・。心が・・・乾いていた・・・」









ずっと





永遠に”店を守る”ことだけが








自分の糧なのか






それをこの先何十年続けていくのか・・・






「・・・オレは・・・。人に笑顔を振りまいていながら・・・。
自分の人生を前向きに考えることは許されない・・・
そう思ってたんだ・・・」













白薔薇の揺れがぴたりと・・・止まる・・・











「・・・。雪。オレは・・・。弱い男だ・・・。お前の『願い』を・・・
ずっと守れる強さが・・・ない・・・」












”弱い自分でごめんなさい・・・。強くなくてごめんなさい・・・”










水里の言葉が過ぎる・・・










「・・・。オレは一つの想いを・・・。貫く強さが・・・。ない・・・。
他の誰かが・・・。心に住んでしまった・・・」








陽春は拳をぐっと握り締める・・・










「・・・叱っていいよ。怒鳴っていいよ・・・。オレは弱い男だと・・・」







白薔薇が



首を振るみたいに横に揺れた・・・










「でも・・・。自分の気持ちを否定してオレは・・・。
生きていたくないんだ・・・。オレに芽生えてたこの”想い”だけ・・・。心に
置くことを・・・。許してくれ・・・」







陽春の頬に一筋・・・





流れた・・・





「・・・支えたい女性(ヒト)がいる・・・。その人に
オレは沢山支えられた・・・。だから・・・。許してくれ・・・」







白薔薇が・・・




今度は縦に揺れる・・・







”はい”と頷くように・・・







「お前の事は絶対に忘れない・・・。忘れられるものか・・・。だけど
許してくれ。この”想い”を持つことだけ・・・。
許してくれ・・・。お前を”思い出”にすることを・・・」









陽春は雪に向かって何度も何度も頭を下げる・・・





「雪・・・。許してくれ・・・。許してくれ・・・」














白薔薇が










激しく風に靡く・・・











「雪・・・」













それは雪の魂が白薔薇を揺らしているのか・・・





許す・・・と






それとも許さない・・・と・・・?









(雪・・・。許して・・・くれ・・・な・・・)










陽春は白い薔薇に何度も心の中で呟いた・・・
















水里は陽春が紹介した病院で治療を受け、体調は快復した。 そしてスーパーとコンビニは辞め、変わりに大型の画材店への仕事を見つけた。 同じ販売業でも絵の道具に囲まれているなら 安心できる・・・ そのことを報告するため、水里は陽春の店に2週間ぶりにやってきた。 あるものをお土産に。 「こんにちはーーー!」 元気のいい水里の声が響く。 「あ・・・。いらっしゃい・・・!」 (・・・春さん・・・) 2週間ぶりの陽春の微笑み・・・ 水里には眩しくて・・・ ちょっと乙女チックな気分。 だが。水里がカウンターに座るなり。陽春は・・・ 「ちゃんと病院行きましたか?」 「ハイ」 「薬はちゃんと飲んでますか?」 「・・・ハイ」 診察が始まり、水里、乙女チック気分終了。 「ふふ・・・。すいません。つい、昔の口癖がでました(笑)」 「いえいえ。先生のお陰で体調良くなりました。ふふ・・・」 水里は自分に合った仕事が見つかったことも報告して・・・ 微笑み合いながら二人はコーヒーカップを カチンと合わせ、味わう・・・ ゆっくりとした和む空気が流れる・・・ 「あ・・・。そうだ。春さん。これ・・・」 水里は画用紙一枚陽春に手渡す・・・ そこには 水里の部屋から見える、風景の絵・・・ 陽春の店の屋根が真ん中に描かれている・・・ 「時間がなくて・・・。色づけができなかったんですけど・・・。 色々お世話になったお礼ってことで・・・。貰ってもらえますか?」 「・・・はい。喜んで・・・」 陽春は絵を本当に嬉しそうに受け取った・・・ 「・・・。この景色は・・・。水里さんの部屋の窓からの景色ですよね?」 「え、あ、は、はい・・・。ちょうど公園の木々と春さんのお店が真ん中に きてすごくいいなって」 「僕も貴方のアパートが近くで嬉しいです。ご近所さんですね。よろしく」 「あ、はい。こちらこそ不束なご近所ですがよろしく」 お辞儀しあう二人。 ちょっとくすぐったい・・・ ボーンボーン・・・ 柱時計のふりこ・・・ 和やかな空気が流れる・・・ 「・・・。春さん」 「はい」 「私・・・。つくづく実感しました・・・。一人で生きている人は誰もいないって・・・」 「・・・はい」 水里は琥珀色の水面を見つめる・・・ 「家も父の思い出も失くして・・・現実は大変だけど・・・。 ううん。大変だからこそ・・・自分は誰かに支えられてるって・・・気づきました・・・」 商店街の人たちが水里のために 家具や洋服、色々なものを持ち寄ってくれた。 とても助かったし・・・人の情を知った。 「・・・。なんか懐かしいな」 「え?」 「ここでこうして春さんのコーヒーを飲むようになって もう2年以上経つなんて・・・。なんだか不思議です」 「そうですね・・・」 何気ない話。 太陽の話・・・ 色んなことを話した。 他愛もない話でも 水里にとってはそれがいつのまにか 当たり前の日常になって・・・ 「・・・。本当に私はこのお店が、春さんのコーヒーが 支えになってて・・・。当たり前みたいに・・・。甘えちゃいけないって 思ってるんですけど、私の体はここのコーヒー飲みたい!って体質に なっちゃったみたいなんです。ホント、困ります(笑)」 「・・・。今の僕にはそれが支えです貴方が喜んでくれることが・・・」 「え・・・」 「僕は前向きになりたい」 陽春はカップを静かに置き・・・ 水里を真直ぐ見つめた・・・ 「”自分は誰かに必要”とされてるって感じられる・・・。それに勝る希望は ない・・・」 「・・・春さん。あの・・・」 水里は真剣な陽春の眼差しにただただ・・・ 驚く・・・ 「水里さん」 「は、はいっ・・・」 水里は緊張のあまり背筋をピン!と伸ばす。 「貴方が笑ったり泣いたりしているとき・・・ 僕は誰より貴方の・・・そばにいたい・・・。一番近くに・・・」 「・・・あ、あの・・・」 「・・・だから・・・僕の側にいてください」 (・・・春さん・・・) 水里を愛しげに見つめる陽春・・・ 「・・・」 「・・・」 二人はただ・・・ 互いを見つめあう・・・ 優しい 空気が流れる・・・ だが。 「・・・あ、あの・・・え、えっと・・・。いまいち春さんの言ってる意味合いが わからないのですがそ、側ってどのくらいですか?」 「え・・・(汗)」 陽春、水里の質問にちょっと拍子抜け・・・ 「わ、わ、わた、わた、 私はケーキの味見役は全然大丈夫なんですが、側で見てるだけっていうのは・・・」 明らかに陽春の言葉の真意が掴みきれず、困惑している水里。 自分の気持ちを伝えたはずなのに 水里にはどう聞こえたのか・・・ それとも鈍感なだけ・・・? (ふふ) 水里の混乱振り可愛らしくて 陽春はくすっと笑う。 「側にって・・・。私、ケーキ30個はちょっと無理で」 「じゃあ永遠、ケーキの味見役お願いしようかな。専属でお願いします。 僕の側で」 「・・・え、永遠はちょっと・・・。でもま、糖尿病にならない程度にお願いします」 「ふふふ・・・。もう適わないなぁ。でもそういう貴方だから 僕は・・・」 「え?」 「いいえ。何でもありません。じゃあケーキの味見役、よろしくお願いします」 「は、はい・・・」 二人は照れくさそうに握手・・・ 優しい手の温もり 水里のドキドキは止まらない 体が火照って・・・ (私は・・・) 感じたことのない熱に 水里は戸惑う・・・ だけど・・・ (この人を笑顔が私は・・・本当に) 必要だと 求めていると 感じていた・・・