デッサン
〜水色の恋〜
第44話  恋愛じゃなくても
 




ゴー・・・





洗濯機の中で回る洋服を水里はぼんやり眺める










”貴方に側にいて欲しい”











想っていた人からそういわれたらきっと普通は


天地がひっくり返るくらいに嬉しいものだろう。





だいっきらいな食べ物も、美味しく感じられるくらいに幸せなのだろう・・・








(でも私は・・・)







不安と喜びと入り混じって






ぐるぐる回る洗濯機のように・・・





変な気持ちだ





(・・・やっぱり私の感覚は可笑しいのかもしれない・・・。
恋が・・・わからないなんて・・・)







今まで陽春との間にあった


居心地のよさが消えるのが怖い。







パン・・・




物干しにTシャツを干す・・・




温かい日差し・・・








濡れている心を照らすような





日差し・・・






目を閉じると自分がここにいても言いと思える





温かさ・・・








(春さん・・・)







「陽の匂い・・・」







その温もりが今の自分の支えだった







それが・・・







生々しい恋に変わってしまう戸惑い








(・・・)









怖い




でも・・・




太陽を見ると浮ぶ










笑顔






笑顔、笑顔、笑顔・・・









(・・・神様。私は変ですか・・・?自分の恋が怖いと想うのは・・・)










水里はただ






太陽を見上げていた・・・














買い物に出かけた水里。





休みの商店街はカップルが目立つ・・・





手を繋ぎ、嬉しそうなカップル・・・







(あれが・・・普通の恋人という関係・・・)





手を繋げば恋人というの?






どこからどこまで・・・







CD屋に立ち寄る水里。


『純愛、泣ける曲コーナー』




そんな見出しの売り場で立ち止まる。




『ILOVE YUO』『君だけを見ていた』『貴方だけが』



歌の世界では普段、言葉にするのには躊躇するような言葉が

沢山連ねられている。





それぞれの愛の世界を奏でている。






(私は・・・。聞いているだけで充分だとずっとおもっていた。
憧れの世界で充分と・・・)





でも・・・




現実の生身の人間同士の心





自分の気持ちになると・・・







「・・・ふぅ・・・」



水里はため息をついてCD屋を出ようとした。



そのとき入り口に




『恋愛じゃなくても』



というタイトルのCDが山済みにされているのに気づいた。






(・・・)




何気なく手に取り、裏面の歌詞を見てみる・・・








『恋愛じゃなくても  友情でも  何でもいい   私が欲しいのは 私が望むのは 貴方の幸せ  貴方の笑顔・・・  恋と呼べなくても 愛と呼べなくても  私が願うのは 前を見て貴方に歩いて欲しい 痛みを抱えていても強く 生きる貴方が見たい 隣で私は笑えなくてもいい ほんの少し 貴方の背中を少しだけ見させて下さい 見させてください・・・
「・・・」 水里はその歌詞に見入ってしまう・・・ 「あー。お客さん、そのCD、売り物じゃないよ」 「え?」 「無理やり聞いてくれって売れないバンドが置いてった奴さ」 店員が、積まれたCDを 「ください」 「え?」 「ください!!!」 水里は勢いで5つも購入。 家に帰って 聞いてみる・・・ ヘッドホンをつけて何度も何度も・・・ 『愛してる、が怖い 深い愛が怖い 傷つくのが・・・怖い こんな私が貴方をすきでいていいのかな。弱い私が・・・ でも私は思う 貴方のそばじゃなくていい 後ろでいいから 遠くでいいから・・・ 貴方の笑顔を少しだけ見せてください 恋愛じゃなくていいから・・・』 (・・・なんか・・・。身につまされる歌詞だな・・・) 水里は静かにヘッドホンを置いて窓を開けた。 一週間。 陽春の店には行っていない。 屋根を見つめる・・・ (あそこに・・・春さんが・・・いる・・・) そう思うと 行きたい! 急かす気持ちになる (でも・・・。春さんには雪さんという大切な人がいるんだ・・・。私 がどうこうするなんて・・・。いいの?神様・・・?) 逝ってしまった魂は 想いさえ伝えられないのに 私は生きている。 生きて、好きな人のそばにいられる・・・ (・・・いいのかな・・・。神様。私は・・・。自分の気持ちに 素直になっていいの・・・?) 空の白い雲に尋ねる・・・ PPPPP! 水里の携帯が鳴る・・・ 水里はビクッとして恐る恐る携帯に出る・・・ 「もしもし・・・」 「水里さん・・・」 (・・・春さん) 一週間ぶりの陽春の声に・・・ 水里の心に深い安心感が広がる・・・ 「・・・よかった。全然出ないからまた何かあったのかと思いました」 「・・・す、すみません」 「・・・。あの・・・。水里さんが何を気になさっているか・・・。いや、 それは僕が気にすべきことなのでしょう。僕も・・・正直 まだ迷いがある・・・」 「・・・」 気にすべきこと・・・ 雪の想い。 「ただ・・・。自分の気持ちだけは・・・伝えておきたかったから・・・」 「・・・」 「・・・。明日、待っています。ミルフィーユ作ったんです。食べに来て・・・ くださいね。じゃ・・・」 (・・・あ・・・) 携帯の向こうの・・・ 陽春の声が 消えた・・・ 深い 深い 寂しさが 沸く・・・ 声だけでもずっと聴いていたかった 聴いていたかった・・・ ポタ・・・ アルバムの上に・・・ 一つ・・・ 透明な粒が零れる・・・ (・・・春さん・・・) そしてやっと分かる・・・ 自分の気持ち。 誰かを強く想う 心。 (私も・・・側にいたい・・・。恋愛じゃなくていいから 好きな人の近くに・・・) オレンジ色の優しい夕暮れ 水里は何故かあの場所に行きたくなった (・・・初めてあったあの場所) 公園。 水里が陽春と初めて出逢った 公園の・・・ ベンチ。 白いベンチに座る水里・・・ ここで 陽春が水里に絵を描いて欲しいと言ってきて・・・ 「・・・。2年か・・・」 2年という時間が早いのか 遅いのか・・・ 2年半たってやっと 自分の気持ちに気づくなんて やっぱり・・・遅いのかそれとも・・・ 「・・・。でも・・・。やっぱり・・・私は・・・」 一歩が踏み出せない 勇気が・・・出ない 恋なのだろうかそれとも兄を父を慕うそんな気持ちなのだろうか。 この気持ちは。 恋なのだろうか。 俯く水里・・・ ただ分かったのは・・・ (春さんの笑顔が・・・私は・・・凄く・・・。好きなんだ・・・) 生活の一部のように 心の支えだと 笑顔を見ない一週間でわかった・・・ (でも雪さんがいるんだ・・・。春さんの永遠の女性・・・) ベンチに座る水里の影に 長い影が重なる・・・ (え・・・) 「・・・すみません。似顔絵を一枚・・・。描いてくださいませんか・・・」 顔を上げると・・・ 「・・・春さ・・・ん・・・」 オレンジ色の夕日に陽春の微笑が浮ぶ・・・ 「・・・。ここにいるとどうしてだか思って・・・」 陽春は静かに水里の隣に座った・・・ 「・・・」 「・・・」 静かなときが流れる 言いたいことは 想いはあるのに 言葉が見つからない・・・ こんな状況。 こんな気持ち・・・ 昔、水里は小学校の教室の前で感じた 「・・・。私は昔・・・。”おはよう”が言えませんでした」 「え・・・?」 「人と話をするのも怖かった・・・いつもクラスで一人でした。 一人の方が楽だったから・・・」 友達が欲しかったのに 怖かった 本当は 一人が怖かった・・・ 「一人の女の子はおはよう!って言ってくれる子がいたんです・・・。太陽みたいに明るく子」 「・・・。もしかして・・・。その子って・・・。太陽君のお母さんの・・・陽子さん?」 水里は頷いた。 「なのに・・・私ときたら、臆病者でおはようって・・・返せなかったんです・・・。 怖かった・・・。仲良くなるのが・・・」 でもあるとき、シスターに言われた。 ”勇気を出さないとね・・・、太陽はいつか消えてしまうのよ。 自分を照らしてくれる、支えてくれる太陽は・・・” 「・・・。シスターの啖呵が聴いたのか私・・・。思いっきって陽子に ”おはよう!”って言ったんです・・・そうしたら・・・陽子は”ありがとう。ずっと 待ってたんだ”と・・・。私、凄く嬉しかった。本当に・・・」 ちょっとの勇気を出せば 手が届く 繋ぐことができる・・・ 心と心・・・ 「・・・。だ、だから・・・。わ、私も勇気・・・出して言わなくちゃ・・・」 「・・・」 「・・・。今、一番大切な人に・・・。自分の気持ち・・・。伝えなくちゃ・・・」 水里は陽春を真直ぐ 真直ぐ見つめる・・・ 「・・・春さんの側で 笑顔を見ていていいですか・・・?少しだけでいいから・・・。見ていてもいいですか・・・?」 あの曲が 水里の耳の奥で響く・・・ 「・・・。あ、そ、側が駄目だったら、後ろでも構いません、斜めでも遠くでもあ、あの・・・。 私・・・」 水里は照れの極致で言葉が空回り・・・ 「側がいいです」 「え」 「僕の隣で・・・。隣が僕はいい・・・」 「・・・」 陽春は水里に微笑む・・・ 嬉しい 陽子に”おはよう” がいえたときみたいに・・・ 優しい気持ちに なれる・・・ 水里は 照れくさくって くすぐったくて・・・ (どう、どいうリアクションしていいかわ、わからん・・・) 「水里さん・・・」 (!!!) 水里、思い切り後ずさりしてしまう。 「あ、で、でもあの・・・・・。あんまりそ、側といってもですねっあんまり間近ではちょっと。 なんていうか自分が自分じゃなくなるというか、一人で勝手に妄想が・・・。いやいや 緊張がMAXになるといいますか、あのその・・・、 多分錯乱してしまうと思われますから、あのその・・・(滝汗)」 慌てふためく水里・・・ そんな水里が可愛らしく陽春には映る・・・ 「だ、だからですね、あのその・・・。、 在る程度の距離を保っていただけると 私としてはまことに・・・。有難いのですが・・・。ど、どうでしょう?」 「じゃあ・・・。どの位の”距離”がいいですか?」 「・・・。この・・・くらい・・・がいいです・・・」 水里は顔を真っ赤にして陽春に手を差し出す・・・ 「・・・はい。わかりました」 陽春は握手を受け、握り返す・・・ 「”これ”が僕と貴方の“距離”で・・・。関係なんですね」 「あ、は、はい。い、一応・・・(汗)」 「貴方の手の温もりが感じられる・・・。そんな距離・・・」 陽春が水里の小さな手を包む・・・ 「・・・はい・・・。春さん。ありがとう・・・。私に一杯勇気を暮れて ありがとう・・・。ありがとう・・・」 水里の瞳からぽろぽろ 落ちる・・・ 恋の切なさを教えてくれた 苦しみを教えてくれた・・・ 「僕も・・・。ありがとう。笑顔をくれて・・・。ありがとう・・・」 水里の元気が 生きる活力を与えてくれた ・・・希望を与えてくれた・・・ 二人の繋がれた手は とても力強く・・・ ベンチに座って ずっと優しい夕日を 見ていた・・・ 恋愛じゃなくていい 友情じゃなくていい 二人のつながりに 名詞はいらない ただ、互いが哀しいとき 辛いとき 楽しいとき・・・ 側にいる、居て欲しい、人。 ふたりなりの関係が築ければ それはとても素敵なこと。 それが 確かな絆になるから・・・