デッサン
〜水色の恋〜
第46話 悪夢
 
陽春が家に戻り、 留守電ボタンを押した。 (・・・!!) 陽春の顔から一片に微笑が消える・・・ 「春さん?」 水里が陽春に駆け寄るすると聞こえてきた 入っていたメッセージの主は ・・・この世で一番憎い男の父の声・・・ (な・・・) 水里の顔からも余裕が消える・・・ 「・・・藤原さん。ご無沙汰しております・・・。田辺です・・・。 このたび・・・。どうしてもお伝えしたいことがあってお電話させていただきました・・・。 」 パサっと 水里の手から紙袋が落ちる・・・。 「何で今頃・・・」 ただただ驚く水里と陽春・・・。 メッセージはまだ続く・・・ 「息子が・・・。一週間前に無事償いを終え、私の元に帰ってまいりました・・・。 本当ならば藤原さんの前に息子を連れてきて土下座でも何でもさせるのが 親の務めと思いましたが、もう私共の顔などきっと見たくはないだろうと思い、こうして お電話という形にさせていただきました・・・」 「勝手な理屈を・・・!」 水里は奥歯を噛み締める・・・ 「絶対に息子を立ち直らせます・・・。それが親としての生涯かけた 仕事と思っております・・・。それだけお伝えしたく・・・。 雪さんの命を無駄にしないように・・・。突然のお電話本当にすみません。 では失礼致します・・・」 留守電はそこで終わって・・・ P・・・ 留守電ボタンを押す陽春の指先が・・・かすかに震えている・・・。 (春さん・・・) 「・・・。弁護士や警察からは何も僕は聞いていなかった・・・。田辺が釈放された なんて・・・」 「春さん・・・」 「こんな・・・。こんなに早く出てくるなんて・・・。水里さんと太陽君まで 巻き込んで事件を起こしておきながら・・・。アイツは・・・。アイツは・・・っ!」 必死に怒りを抑えようとするが・・・ 手先の震えが止まらない・・・。 「春さん。私は大丈夫です。大丈夫だから・・・」 「水里さん・・・」 「私、アイツに蹴り入れたし、それにね、アイツ、犬嫌いなんですよ! だからいざってときはミニピカにアイツの急所ガブって噛ませますよ。ガブって」 水里は力強く拳をグーにして 陽春を励ます・・・ 「お尻あたりをガブって噛んでけってやりますよ!ね!!」 「ふふ・・・頼もしいな・・・」 水里の元気よさが 笑顔が 陽春の怒りを和らげていく・・・ 「大丈夫・・・春さんは大丈夫です・・・。もう自分を見失ったりしない・・・。 ね・・・!」 「・・・はい・・・。僕はもう・・・大丈夫です」 しっかりと互いを見つめあい・・・ 頷きあう・・・ 「・・・よかった。さぁてと。春さん、植えちゃいましょう。 花壇に」 「・・・水里さん」 (え・・・) 陽春は水里の手を握り締め引き止める・・・ 「・・・あ、あの・・・」 「水里さん・・・」 (え、え、え・・・) まっすぐ見つめられ近寄られて水里は凝固・・・ (わ、わ、わ・・・) 水里は思わず目を閉じてしまう・・・ (しゅ、春さん・・・) 「髪に葉っぱがついてますよ」 「え」 陽春は水里の三つ編みについていた葉っぱを取った・・・だけ。 「・・・植木の葉っぱついちゃったんですね。ふふ」 「・・・。あ、ははは。そ、そうみたいです・・・ね(汗)」 水里、何を想像したのやら・・・。 「水里さんは本当に三つ編みが似合いますね」 「え、あ、そうですか・・・。なんか余計に子供っぽく見えるかな って想うんですけど編むの楽しいし・・・」 「僕も素敵だと思います。可愛らしくて・・・」 陽春は右側の三つ編みを静かに手にする・・・ (・・・(照)) 「あの・・・。 しばらくこうしていていいですか・・・。安心するんです・・・」 陽春は三つ編みをそっと上下に撫でる・・・ 「え、あ、ど、どうぞッ。こんなくせっ毛がお役に立てるなら お好きなだけ・・・っ(照&慌)」 「ふふ・・・」 顔を赤らめる水里が 可愛く思える・・・ (・・・なんか・・・くすぐったいな・・・) 大きな手の温もりと優しさが・・・ 髪から水里の胸に伝わっていく・・・ 甘い言葉はないけれど・・・ とても 心地いい空気が二人を包むのだった・・・ その夜・・・ 水里は夢を・・・見た・・・ (え・・・) 白いシャツを着た陽春が立っている・・・ 真っ白な世界に 一人たって・・・ (春さん・・・どうして・・・) パタン・・・ (春さん・・・!) 陽春が倒れこみ・・・水里が駆け寄る・・・ 「しゅ・・・」 水里はギョッと息を呑む・・・ (・・・血・・・) 白いシャツが・・・真紅に染まって・・・ 「春さん・・・!!春さん・・・!!」 陽春を抱え、水里は何度も呼び続ける・・・ 「目、あ、開けてよ・・・お願い・・・ね、ねぇえ・・・!!」 何度揺すっても呼んでも・・・ 動かない、目覚めない・・・ 「しゅ、春さんお、お願い・・・お願いだから・・・目を開けて・・・」 (え・・・) 白い世界の向こう・・・ 真っ白なワンピースをきた髪の長い女性のシルエット・・・ (あ、あれは・・・。雪・・・さん・・・?) 後姿・・・ チラリと水里に視線を送る・・・ 鋭く・・・厳しい視線・・・ 「雪さん・・・!雪さん・・・!!春さんを連れて行くの・・・!??」 白いワンピースの後姿が・・・ 消えていく・・・ 同時に陽春の体も・・・透き通って消えていく・・・ (まって・・・!!行かないで・・・!!) 消えて・・・ 「待ってーーーーーー!!!」 チッチッチ・・・。 額に冷や汗を背中にも汗をべったりかく水里・・・ 「・・・。夢・・・」 胸が重い・・・。 (なに・・・。この嫌な感じ・・・。嫌な夢・・・) 手が震える 「・・・。春さんに何かあるって・・・いう・・・」 田辺が釈放された・・・ (・・・。まさか・・・。またアイツが・・・) 予知夢なんて信じるわけじゃないけれど・・・ ”貴方は僕が守ります・・・” 陽春が言ってくれた台詞・・・ (ならば・・・。私も春さんを守らねば・・・!) ということで。 「よーし!田辺対策バッチしだ!」 背中にはミニピカを背負い、 画材がはいったバックにはひそかに棍棒と痴漢撃退用のブザーを潜め、水里は 仕事に出かける。 そして仕事の帰りに陽春の店による・・・ いや、田辺の影がうろついていないかと偵察に。 腰をかがめてまるで探偵気分? 「・・・何やってるんですか。水里さん」 「え・・・(汗)あ、あの、田辺対策を・・・」 水里の奇妙な行動に陽春、困惑(笑) 水里はミニピカを店の看板の横につないで店の中に入った。 いつもの右から二番目の席に座って、水里はバックの中から ごそごそと色々取り出して陽春に見せた。 「田辺対策って・・・(汗)」 「防犯ブザーに、懐中電灯。催涙スプレー、それから突っ込み用スリッパもあります!!」 水里、自信満々。 (・・・そんな堂々としなくても。というか突っ込み用スリッパっての役割って(汗)) 「・・・田辺は犬嫌いなんですよ。もしなんか変なことしてきたら、 アイツのお尻でも一発、噛み付いてやるようにミニピカに仕込んで置きました!」 (・・・いや。ミニピカまで駆り出さなくても(汗)) 「春さん、大丈夫です!!田辺が何をしてこようとも私が 春さんに指一本触れさせませんから。いや、半径50メートル以内近づけません」 「・・・ふふ。ふふふ・・・」 水里、自信ありげにトン!と胸を叩く。 「?どうして笑うの?」 「本当に貴方って人は・・・。不思議だな。ふふ」 田辺という名前を口にしただけで苛苛が 腹立つ。 だがあるがままの水里の素直さに触れていると・・・ (和らぐ・・・。中和されていく) 「でも水里さん。田辺はここにも貴方のところにもこれませんよ」 「え?」 「田辺の父親に電話したんです・・・。そうしたら田辺はなんでも 仏門に入って修行している・・・。地方の山奥の寺にその水里を預けているそうです・・・。 少なくともあと10年は出てこられない・・・。アイツの身も心も洗い流すと・・・」 「・・・」 水里も陽春も安心はしなかった。 どれだけ許しを請うても田辺の罪が消えるわけではない・・・ 少し重たい空気に水里は・・・ 「・・・。仏門・・・。アイツに仏様なんてなんか似合わないですね。 でも髪の毛つるつるなったあいつの顔は相当間抜け面です。仏様もびっくりだ ナンマイダ」 水里、合掌。 「ふふふ・・・。水里さん、ところでスリッパの役割ってなんですか?」 「あ・・・いや、これは・・・(汗)」 応えに困る水里・・・ 「ふふふ。”オチ”をつけようと思って持ってきたんでしょ? でもなんかいまいちなんだよなぁ」 「・・・わ、わ、悪うぅございましたね。私にはギャグセンスないですよ」 「・・・ふふふ・・・」 陽春と水里は顔を見合って笑う・・・ この和やかさがあれば 怒りもきっといつかは消えるときが来る・・・ 陽春はそう感じていた・・・ 「でも水里さん。前にも言ったけど・・・」 (・・・え) 陽春は水里の三つ編みをそっと掴む・・・ 「貴方は僕が守ります。だから・・・無茶はしないでくださいね・・・」 細長い指が水里の三つ編みを往復させるように撫でる・・・ 「・・・春さんあの・・・」 「あ、す、すいません。なんかつい、触りたくなってしまって」 (さ、さ、触りたい!???) ちょっぴり爆弾発言に水里の思考はてんやわんや。 「・・・嫌ですか?」 「べ、べべべべ、別に(慌)ご、ごごご自由にご利用ください」 「・・・はい。ご利用します」 陽春は余裕でにこにこ。 自動販売機のように水里はカチンコチンに固まる。 (・・・な、なんだか・・・。春さんペースだな・・・) だけどこういう陽春との間に流れる柔らかな空気が心地いい・・・ (ずっとこんな感じでいられたいいな・・・) 「ずっとこんなふうに・・・」 「え・・・?」 水里は思わず口に手を当てる。 「い、いや・・・な、なんでも・・・」 「・・・。僕も・・・。ずっとこんな風にいられたらいいな。貴方と・・・」 (春さん) ドキドキが止まらない。 目の前にいる陽春を体全身で意識している・・・ (私も・・・。春さんとずっとこんな風にいたいです・・・) 言葉に出来ない想いを必死に抑え・・・ 水里は陽春の微笑みを受け止めていた・・・ だが。その夜・・・。水里はまたあの夢をみた・・・ 「・・・春さん・・・っ」 陽春が血まみれになって倒れていて・・・。 無表情の雪が消えていく・・・ 「春さん・・・」 何だ・・・。この嫌な感じ。真っ黒いものに目の前を覆われたような・・・ (・・・田辺はもう社会には出て来れない・・・。春さんに 危害を加えることもないはずなのに・・・) 水里は言い知れぬ不安感にただ・・・落ち着かなかった・・・
水里の不安感はしばらく続いたが、陽春の身辺にも水里自身の身辺にも 怪しい人間の影は全くなかった。 (やっぱり取り越し苦労だったんだよね) 一ヶ月たって水里の不安も薄れてきた頃・・・ 「水里さん」 「しゅ・・・春さん!?」 仕事が終わるころ・・・水里が勤めている画材店に陽春が。 レジの前に薄いブルーのワイシャツ姿の陽春が目の前に立っていた。 「ど、どうしたんですか(慌)」 「いや通りかかったから水里さんと一緒に帰ろうと思いまして。 もうお仕事おわる時間ですよね」 にっこりスマイル。 周囲の客や女子店員が陽春に注目・・・ 「あ、すみません。突然・・・。迷惑でしたか?」 「い、いえ、迷惑などと滅相も・・・っ」 「そうですか。よかった・・・」 (・・・。う、嬉しいけれど・・・。登場の仕方がやっぱり 天然だ・・・) 水里は女子店員たちの視線を浴びながら帰る支度し、陽春と 歩いて家路につく・・・ 「水里さん。お仕事、もう慣れられましたか?」 「え・・・あ、は、はい。やっぱり絵の道具に囲まれていると落ち着くのか 仕事にも集中できます」 「よかった・・・。でも無理だけはしないでくださいね。何事も体が資本ですから」 「はい。主治医様」 二人は顔を見合ってくすっと笑う・・・。 オレンジ色に染まる歩道を二人並んで歩いて・・・ (・・・あ) その二人の真横を腕を組んでいちゃいちゃするカップルが通り過ぎた・・・ なんとなく水里と陽春は振り返ってカップルの後姿に視線を送る・・・。 (・・・) (・・・) あれが巷の”恋人”というのだろうか。 人目もはばからず必要以上に体を密着させ、自分達だけの世界をつくりあげる・・・。 本人達は楽しいだろう幸せだろう。 でも・・・ (・・・私には) (オレには・・・) わからない・・・。出来ない。 「・・・。前に水里さん言ってましたよね」 「え?」 「親でも恋人同士でも・・・。想いを伝えあうのには”スキンシップ”が 大切だって」 「あ、は、はい・・・」 水里は少し俯いて話す・・・ 「確かにスキンシップは大切だけど・・・。その”形”や速度は・・・。 色々あると思うんです。熱烈な触れ合いだけじゃないって・・・」 「・・・。春さん・・・」 二人はゆっくりと歩道橋の階段を上がる・・・ 「・・・。ゆっくり・・・。自分の気持ちを伝えたい。僕は」 (え) 陽春は立ち止まり、一段上って水里を振り返り 右手を差し出した・・・。 「・・・。ゆっくりと・・・。自分の気持ちを・・・。この手から・・・」 「春さん・・・」 「・・・貴方の手から・・・伝えてくださいますか・・・?」 トクン・・・ 胸が温かくなる 水里は静かに頷く。 オレンジ色に染まる陽春の微笑みに水里の右手が・・・ 自然に触れる・・・ 大きな手のひらに小さくて白い手をきゅっと握り締められる・・・ (ずっと・・・こうしていたい) トクン・・・ 高鳴るキモチを抑えられない・・・ (私・・・。本当にこの人が・・・好きだ・・・) 手のひらから伝わってくる温もりに・・・ (本当に・・・好き・・・。春さんが・・・好き) 水里は自分の気持ちを心の底から感じる・・・ 陽春の微笑がもっとみたい。 水里はふっと顔を上げた・・・ ほんの一瞬・・・生々しい音が聞こえて (え?) すると若い見知らぬ男が・・・ 陽春と重なるように立っていた・・・ 「へ・・・へへへ・・・。これで借金はチャラだ・・・。田辺の兄貴も 喜ぶ・・・」 「・・・な、な、何。アンタ・・・!??」 不気味な笑いを浮かべている男が陽春から離れた瞬間・・・ (え・・・っ) 陽春の脇腹からナイフが引き抜かれ・・・陽春の体は グラリと倒れこみ、階段を転げ落ちていく・・・!! 「しゅ・・・春さん・・・ーーッ!!!!!!」 水里はバックを放り投げて階段を駆け下りる・・・ 「春さん、春さん、春さん・・・っ!!!!!」 水里は倒れる陽春の体を抱き起こし何度も陽春の名を呼び叫ぶ・・・ (春さんが俊さんが春さんが俊さんが) 水里の心も頭も真っ白・・・ 血まみれの目の前の光景がげんじつではないように・・・ 「・・・み・・・さ・・さん」 「春さん・・・!!」 こめかみから血が流れる陽春・・・ 水里は自分のブラウスで血を止めようとする・・・ 「ケガ・・・な・・・い・・・?け・・・」 「春さん!!しゃべっちゃ駄目!!春さん!!」 「・・・み・・・さ・・・と・・・」 血まみれの右手が・・・水里をさがすように 頬に触れる・・・ 水里もその手を握り締める・・・ 「・・・春さん・・・っ」 「・・・み・・・さと・・・さ」 水里の無事を確認して・・・安堵して微笑を浮かべる陽春・・・ 「春さん!!春さん・・・。目・・・閉じちゃ・・・駄目・・・駄目だ・・・」 「・・・」 スッっと・・・水里の頬に添えられた陽春の右手が・・・落ちる・・・ 「い・・・イヤッ・・・嫌・・・っ!目、開けて・・・。春さん、春さん・・・!!」 (夢だ・・・これは夢だ・・・) 水里のブラウスが陽春の血で染まっていく・・・ 救急車のサイレンの音が・・・ 水里の耳に響く・・・ (・・・夢・・・夢を見てるだけ・・・) 視界が歪んで見えて・・・ 「嫌・・・。お願い春さん・・・春さん・・・」 ただ・・・陽春の名をこえがかすれるまで呼び続けた・・・