(夢だ・・・夢だからいつか醒めるはず・・・) 何が起きたんだろう・・・。 「夢なら醒めるはず・・・醒める・・・筈なんだ・・・醒める醒める・・・」 薄暗い手術室の前・・・ 陽春の母と父、夏紀が長いすに座り手術が終わるのを重たい表情で待つ・・・ 一番端っこで水里が俯いて・・・ 冷たいコンクリートの床と水里は睨みブツブツと・・・ 呟く・・・ 「醒めるはず醒める・・・」 だが・・・自分の真っ赤に染まったブラウスが・・・夢ではないと水里に告げている・・・ 「水里・・・。お前しっかりしろよ・・・おい・・・。お前だって 休まねぇと・・・」 虚ろな瞳の水里に夏紀が声をかける・・・ 「嫌だ・・・。私はここにいる・・・。だって・・・春さんは私を庇って・・・。庇って・・・」 「お前のせいじゃねぇ・・・。兄貴は・・・何が何でもお前を 守りたかった・・・。そんな男が・・・。簡単にくたばると思うか・・・!? 兄貴の生命力を信じろ!」 「・・・」 窓の外は雨・・・ 水里は額の前で手を組んでひたすらに祈る・・・ (雪さんお願いします・・・。お願い・・・。春さんを連れて行かないで・・・) あの夢の中の雪・・・ もしかしたら・・・怒っていたのかもしれない (・・・私の恋は捨ててもいい・・・。だから・・・だから・・・春さんを連れて行かないでください お願いします・・・お願い・・・) 「・・・。もう恋なんてしないから・・・。だから雪さん春さんを 連れて行かないで・・・。お願い・・・お願い・・・」 (水里・・・) 手術室に向かって跪き蹲って水里は呟く・・・ 床に・・・祈りの涙が落ちた・・・ 手術は朝までかかり・・・ 「陽春・・・!!」 「兄貴!!」 手術室から出てきた陽春にかけよる両親と夏紀 「先生・・・!息子は・・・!」 「手術は終わりました。もう最悪な時期は乗り越えましたのでご安心を・・・」 医者の言葉に陽春の両親はほうっと肩をなでおろす 「・・・。ただ・・・。まだ色々とお話がありますのでご両親、こちらへどうぞ」 陽春の両親は医師と看護婦に病室まで突いていった・・・ 「・・・。何だよ。兄貴助かったんじゃ・・・」 「・・・春さん・・・助かっただよね・・・?」 「え、ええ。ああ・・・」 「・・・よかった・・・っ。本当に本当に本当によかった・・・っ。 春さん・・・」 水里は力がすっと抜けその場に座り込む・・・ 「春さん・・・春さん・・・」 涙が止まらない・・・ 陽春の右手の力が抜けた瞬間・・・ 怖かった。怖くて記憶なんてないくらいに・・・ 「もう・・・。大好きな人が・・・大切な人がいなくなるあの恐怖感は嫌だ・・・。 もう・・・もう・・・」 (水里・・・) 冷たい廊下で・・・。水里は泣きじゃくった・・・ 朝・・・ 水里は警察に呼ばれ、事情聴取された。 陽春を刺した男の正体。 田辺の子分的存在の男で田辺から借金をチャラにするかわりに 陽春を襲えと命じた さらに意外な事実もこの男は自供した。 「え・・・?私の家のあの火事があの男が放火・・・?」 田辺に水色堂に火をつけろと命じたのも・・・田辺の仕業だったのだ。 (田辺・・・。絶対に許せない・・・。どうして・・・。どうして酷いことばかりするんだ・・・!) 警察を出る水里・・・。桜の大門が堂々と掲げられいるけれど・・・ (・・・頼りにならないよ・・・) 水里は湧き上がる怒りを抑え・・・すぐさま病院に戻る。 「・・・水里・・・。お前、戻ってきたのかよ」 「それで春さんの容態は・・・?」 「・・・ああ・・・。手術は成功したしもう命の心配はないって・・・」 妙に夏紀の口調が重い・・・ (何か・・・あったの?) 「春さんの顔・・・。ひと目みたい・・・。私は家族じゃないから無理かもしれないけど ひと目でいいから・・・。お願い。夏紀くん」 「・・・。水里。お前、何が起こっても動揺しないって約束できるか?」 「え・・・」 夏紀の真剣な眼差しに水里は少し不安を感じた。 「・・・わかった。じゃあ来い」 暗い顔で病室を案内する夏紀・・・ 心なしか足取りが重たく感じるのは気のせいか・・・? 「・・・。水里。いいか・・・?とにかく・・・。動揺するな。兄貴が・・・ 兄貴が混乱するから・・・」 「・・・わかった。春さんの顔がみられたら私はそれいいから・・・」 (手術、上手くいったんじゃないの・・・?) 水里は少し不安を抱いて病室に入る・・・。 ガラ・・・。 一人部屋で・・・白いカーテンがなびく・・・ 黄色い液体が入った点滴2本・・・太い管から流れ 陽春の腕にながれいてく 心電図の電子音が・・・耳に響く・・・ (・・・春さん) 額に包帯を分厚く巻かれ、呼吸器を口にあてられている・・・ (・・・春さん) 痛々しい姿に・・・水里の目尻にじわりと涙が浮ぶ・・・ 水里は手を震わせながら陽春の手に触れる・・・ (・・・あったかい・・・。生きてる・・・春さんは生きてる・・・) 温もりが・・・ 陽春の命がそこに在ることを水里に伝える・・・ (よかった・・・。よかった・・・) 安堵が・・・水里の目下を濡らし・・・ポタリと陽春の手の平に落ちた・・・ (あ・・・) 薄っすらと・・・陽春の瞼が開いた・・・ 「春さん・・・!」 水里は陽春の名を思わず呼んだ・・・ 「春さん・・・っ」 「・・・」 水里の声に・・・陽春は反応し涙で濡れる水里をぼんやり見つめる・・・ そして何か言いたいのか口を動かす・・・ 「・・・え・・・?何・・・?」 水里は酸素マスクに耳を近づけ聞き取ろうとする・・・ だが聞こえてきた単語に・・・ 水里は一瞬理解ができなかった (え・・・?) 『アナタハダレ』 「・・・!??」 『ボクハダレ。アナタハダレ・・・。ボクハダレ』 「・・・。しゅ、春さん・・・」 『シュンサン・・・シュンサンハダレ』 「・・・。しゅ・・・春さん・・・」 目の前で何が起きているのか・・・把握できずに思考が停止する・・・ 「”感覚器官と記憶を司る海馬の近くまで 炎症が・・・”ってな・・・。ヘボ医者の奴。難しい言葉並べて説明しやがった・・・」 夏紀が奥歯を噛んで悔しそうに話す・・・。 「・・・。”記憶喪失”なんてのは小説の中じゃよく使うネタだけどな・・・。 兄貴のはそんな簡単じゃねぇ・・・」 「・・・。どういうこと・・・」 「・・・”一度損傷した部分はもう完治することは無い・・・。絶対にないって・・・」 (絶対に・・・ない・・・?) 水里の思考はただただ・・・混乱し・・・ 「記憶どころか・・・。感情さえ戻るかわからねぇって・・・。 それに・・・感覚器官もやられたからどんな後遺症が出るかわからねぇとかなんとか ほざきやがって、あのヘボ医者・・・ッ!!!」 ドン!! 夏紀は奥歯を噛んで悔しそうに・・・やり場のないキモチを壁にたたきつける・・・ 「・・・。あっかいよ・・・。夏紀クン・・」 「え・・・?」 「あったかいよ・・・。春さん・・・。生きてる・・・。ちゃんと 生きてるから・・・。それだけで充分・・・。充分だよ・・・」 水里は陽春の手を頬にあてる・・・ その頬に・・・涙がつたって・・・ 「水里・・・」 「生きてるだけで・・・。いい・・・。生きててくれるだけで・・・。もう・・・。 誰かの冷たい手に触れたくはない・・・」 この温もりさえ確認できれば それでいい・・・ ”雪さん・・・お願いです。春さんを連れて行かないで” 水里はそう願った・・・ (・・・。雪さん・・・。春さんの命の変わりに 記憶を連れて行ったんですね・・・。それでもいい・・・。命さえ在れば・・・) 「生きていてくれるだけで・・・。それでいい・・・」 もう二度と・・・ 誰かの冷たくなった手は握りたくない・・・ 水里はずっと・・・ 陽春の手を離さなかった・・・※陽春は一命を取り留めたものの・・・ 残った後遺症は決して軽くは無い。 意識を取り戻して二週間・・・。 陽春は自力で起き上がれるまでに体力を快復していたが・・・ 「グァアッ」 「兄貴・・・!!」 ベットから体を起こし、立ち上がろうとする陽春だが、体を起こした瞬間に 吐き気と眩暈が陽春を襲う・・・ 「・・・兄貴・・・!!大丈夫か!??」 「・・・。まわる・・・。天井が・・・ゲホ・・・ッ」 「兄貴・・・っ」 立ち上がれない・・・ 立ち上がり歩こうとすると天井が回って見える・・・ 頭部の損傷で平衡感覚を司る器官の機能が低下していると夏紀は 医者から告げられていた・・・ 歩くこともままならない状態で・・・ 「・・・。リハビリすれば歩けるようになるつって 医者の奴はよ・・・。吐き気止めみてぇなモンしかくれねぇ。 何が最新医学の病院だ・・・」 患者への気遣いや家族への言葉があまりにも・・・ 事務的で・・・心が無い・・・。 夏紀は陽春をベットに寝かせ、休ませる・・・ 「兄貴・・・。あんまむりすんな・・・。オレがついてる」 「・・・ご迷惑・・・。おかけ・・・します」 「兄貴・・・」 他人行儀な返事・・・。 陽春は意識は取り戻したが・・・。 その表情は虚ろであの優しい眼差しは消えてしまっていた・・・ 家族の者にさえ・・・ コンコン。 「こんにちっはーーー!!」 水里、ひょこっと元気よく登場。 「水里・・・。お前な・・・」 「いや〜。今日はいい天気ですねぇ。夏紀くん、春さん。ふふ」 水里の異様な元気さに夏紀は困惑気味・・・。 「春さん!こんにちは!あ、そか初めまして・・・の方がいいかな」 「・・・」 陽春は微かに軽く会釈するだけ・・・。 「春さん。初めまして。私、夏紀くんの友達の山野水里って言います! よろしく♪」 「・・・」 陽春はぼんやり外を見ているだけ・・・ 「・・・!」 水里が陽春の手を握った瞬間 陽春ははっと水里の方を振り向いた。 「春さん。人と人の挨拶はまずは握手からです。えへ」 「・・・あい・・・さつ・・・」 (アッタカイ) 小さな水里の小さな手・・・ 自分が何者かわからない、心の中が空っぽなのに この小さな手の感触は・・・ (・・・知っている気がする) 陽春は暫く水里の手を見つめたまま握っていた・・・ 「・・・。僕は・・・春さん・・・というのですか」 「あ、いや、私がそう呼んでるんです。響きがいいから。 嫌ですか?」 「・・・嫌も何も・・・。僕は僕なのかもわからない・・・」 すっと水里の手を離し・・・再び虚ろな瞳に戻る・・・ 「・・・。ふーん。んじゃば、春さんは今日から春さんです。 いいですか?」 「・・・貴方がそれでいいなら・・・」 「じゃあそうします。春さん。私と友達になってください」 「トモ・・・ダチ?」 水里は右手を差し出した。 「友達になりたくて。今日、私はここへ来ました。あ、嫌ならいいんですよ。 こんなちびっこい女なんてタイプじゃないわ〜っていうならとっとと たいさんいたしやす!」 水里はぺろっと舌をだしてお茶目に言う・・・ (・・・) 不思議だった・・・ はじめて見る声。初めて見る顔なのに・・・ 陽春の心は緊張しない・・・ (・・・この人は・・・怖くない) 「・・・友達・・・でいいのなら・・・」 陽春は水里の手に握る・・・ 「よかった・・・!嬉しいな・・・。友達・・・。私と春さんは友達・・・」 「トモ・・・ダチ。トモ・・・ダチ・・・」 水里の心が緩む・・・ 思わず微笑んでしまって・・・ (兄貴!?) 一瞬・・・水里の微笑みにつられるように・・・ 陽春の口元が緩んだことに夏紀は 見過ごさなかった・・・ 「・・・お前って女はんっとに場をよめねぇやつだな」 夏紀は水里を病院のロビーの待合室の席に座って話す・・・ 「・・・ごめん・・・。でも・・・。私家族じゃないし 春さんのために何でるかって考えたけど分からなくて・・・。 いつもの私でいるぐらいしかできないから・・・」 「・・・。オレやお袋達はそれができなくて正直・・・辛い・・・」 「え・・・」 夏紀は前髪をくしゃっと苦しそうに掻き揚げる・・・ 「兄貴の中じゃ俺達家族も”初対面の人間”・・・。兄貴顔には出さないが 警戒してるんだ・・・。オレもソレを感じて・・・緊張して疲れちまって・・・」 大好きだった兄に”夏紀さん”と呼ばれるたびに なんともいいながたい寂しさと疎遠さを感じる・・・ 小説の中の記憶喪失は・・・なにかの拍子に思い出す・・・という展開も あるが陽春の記憶はもう戻らない・・・ 戻らない。 「医者は有りの侭を受け止めてやれっていうけど・・・どう接していいかわからねぇ・・・。 兄貴のために何かしてやりたいのに・・・」 「・・・」 きっとそれは陽春も同じだろう・・・水里はそう思った。 「お前は辛くないのか。戸惑わないのか?」 「・・・」 水里はバックからスケッチブックを取り出した。 そして書き掛けのページを引きちぎる。 「・・・真っ白。春さんの心と記憶は・・・。真っ白になっちゃったんだよね」 「ああ・・・」 「・・・。だったら待つしかないよね・・・。春さんが・・・ 心のスケッチブックに何かを描きたくなるまで・・・。私達も辛いけど・・・。信じて 待つしかないよね・・・」 「水里・・・」 水里は夏紀にスケッチブックと色鉛筆を手渡す。 「無理に言わないでいい・・・。ただ・・・渡しておいて・・・。 描きたくなったら描けばいいって・・・。時間はたっぷりあるから・・・。 じゃあ・・・」 水里はリュックを背負い夏紀に会釈する・・・。 「おい・・・っ水里」 「・・・。兄貴の・・・兄貴の支えになってくれ・・・。 だからまた絶対来いよな・・・」 「・・・」 水里は少し微笑んで・・・ 頷いた・・・ (・・・。一緒に待つ・・・か) 夏紀が病室に戻ると陽春は さっきと変わらずただぼんやり景色を眺めている・・・ (兄貴・・・) 夏紀は布団の上に水里から受け取ったスケッチブックと色鉛筆のセットを 静かに置いた。 「?」 「・・・気が向いたら・・・。なんか描いてみろよ。絵なら座ってでも 描けるだろ。それに気分転換になるかもしれねぇから・・・」 「・・・」 陽春は夏紀の言葉にも関心を示さない・・・ 「・・・兄貴・・・。兄貴は一人じゃねぇからな・・・。 それだけは覚えておいてくれ・・・。洗濯モンとってくるな・・・」 夏紀は静かに病室を出た・・・ 「・・・」 兄貴と言われても”弟”というものが分からない。 (・・・何もかも分からない・・・。怖い・・・) 知らない顔。知らない声・・・ 「・・・」 陽春はスケッチブックの表紙 窓から入る柔らかい風だけが・・・素直に感じ取れる ペラペラ・・・ スケッチブックがめくれて・・・ (真っ白・・・。オレと同じ・・・。何も・・・ない) サラサラの真っ白のスケッチブックを撫でる・・・ 自分の心の様で・・・ (何もない・・・) グシャっと陽春はページの端を掴む・・・ 不安と焦りが襲ってくる・・・ (怖い・・・。何もかもが怖い・・・。ただ怖い・・・。怖いんだ・・・) 「うわぁああッ!!」 ガシャンッ!! 陽春の腕にあたりスケッチブックと色鉛筆が 床に落ちる・・・ 「・・・」 落ちた色鉛筆・・・ 散らばった色鉛筆・・・ 「・・・」 一本の色が陽春の心に止まった・・・ 水色の・・・色鉛筆・・・ (・・・) ”トモダチになりにきました・・・” 水里の微笑みが浮ぶ・・・ 水色の色鉛筆を自然に手が伸びる・・・ 澄んだ空と同じ色・・・ 不思議に・・・不安が和らぐ・・・ 「トモダチ・・・」 一本の色鉛筆を陽春は・・・いつまでも見つめ続けていた・・・
ヘタレな癖に主張だけはいっちょまえですが、とりあえず、第三部があって続きます、ということだけ申しあげたいなぁと(汗)・・・。長い過ぎますかね、やっぱり・・・(汗)