「陽春さん・・・。よかった・・・。私・・・。貴方が事件に巻き込まれたって 聞いて・・・」 必要以上に陽春に体を密着させ抱きつく愛子。 陽春はパッと愛子から離れる。 「・・・。あの・・・。すいません・・・。僕には貴方が誰だか・・・」 「・・・。ご、ごめんなさい。そ、そうでしたわね・・・。私ったらつい・・・ 。私愛子といいます」 「愛子さん・・・」 そんな名前にはやはり聞き覚えも無い。 「いいの。陽春さんが忘れていても私の気持ちは前と変わらない・・・」 意味ありげな視線を送る愛子。 (・・・なんなんだ。この人は) 微かに不快感を覚える陽春。 「兄貴、客か・・・?あ・・・」 「夏紀さん。お久しぶりです」 売店で果物を買ってきた夏紀。愛子とは何度か面識があるが・・・。 「愛子さん。どうしたんですか。急に・・・」 「お兄様のお見舞いが是非したくて・・・。ごめんなさい。ご迷惑でしたか?」 「いや別に・・・」 愛子が陽春に好意を寄せていたことは夏紀も知っている。 それに・・・。 (昼ドラ系一途まっしぐらお嬢様なんだよな・・・。純情ぶっこいて 結構はた迷惑なことしてる・・・) 夏紀の苦手とするタイプだった。 夏紀は陽春に肩をかし、ベットに寝かせた。 「あの・・・。私に何か・・・。何かできることありませんか? 身の回りのお世話ぐらいしかできないけれど・・・」 いそいそと愛子はエプロンを取り出してつけた。 (おいおい。押しかけ女房かよ) 愛子の行動にちょっと困惑の夏紀と陽春。 「お気持ちだけで充分ですから・・・。すんませんッス。愛子さん。 兄貴、まだ色々混乱してるんで」 「そうですか・・・。そうですよね。陽春さんの状態も考えずごめんなさい」 (・・・だったら最初にそれを考えてくれ(汗)) 心の中から密かに突っ込む夏紀。 「でも・・・私に出来ることがあったら何でも言ってください。 貴方のためなら・・・私は力を惜しみません」 (力って・・・。オヤジの金と地位か?お約束的思考・・・) 夏紀はかなりのお嬢様アレルギーなのだ。 「じゃあ私は失礼します・・・」 愛子は去り際にも陽春に切なげな瞳を送って帰った・・・。 「ったくよー!ホントにいるんだな。あーいう昼ドラにありがちな お嬢さんみてぇな女が。在る意味希少価値は高いが」 夏紀は呆れ顔で言った。 「・・・。夏紀さん。あの人と僕はどういった関係だったのですか?」 「あ?関係?単なる知り合いさ。ま、愛子お嬢様の方は兄貴に ぞっこんだったらしいけどな」 「・・・ぞっこん?」 「ああ。愛子お嬢様だけじゃなくて。兄貴はそりゃー。もてたからなぁ。女から・・・」 「女・・・」 (・・・) 水里の顔が浮ぶ。 「あの・・・。山野さんはどうだったんでしょうか・・・」 「・・・え?」 「・・・。い、いえあの・・・。なんでもないです。少し休みますっ」 陽春は少し照れくさそうにささっと布団にくるまった。 (・・・兄貴・・・)※それから愛子はしょっちゅう、陽春の病室を訪ねてくるようになる。 夏紀が来られない夜など、愛子が大学病院院長の娘ということで時間外でも 病院を出入りしていたからだ。 「ねぇ。知ってる?305の藤原さんの恋人だったんですって。 愛子お嬢様の」 「えー?でもじゃああの例の『タライ』の彼女は?」 「論外でしょ。だって。愛子お嬢様の方がいいに決まってるじゃない。 やっぱり『財力と将来性』がある方が・・・。」 エレベーターの中の看護婦達の下世話な会話・・・。 無言で水里が聞いていた。 (・・・) 陽春の病室は5階。水里は降りるのに一瞬躊躇ったがとりあえずおりた。 だがなんとなく、陽春の病室に向かいにくい・・・。 (ええい!人の噂なんか関係ないワイ!) 水里が病室に行こうとしたとき・・・ 「水里さん?」 エプロン姿の愛子に水里は呼び止められた。 「あ、こ、こんにちは・・・」 「お久しぶりです。水里さんも陽春さんのお見舞いに・・・?」 「え・・・。ええまあ・・・」 「今、陽春さん多分眠っていると思います。よかったら私とお茶でもいかが?」 「・・・は、はぁ・・・」 愛子の黄色いエプロンが”今、陽春の世話をしているのは私よ”と言っているように 水里には映ったのだった・・・ 病院の喫茶店で二人はコーヒーを頼む。 「・・・。私ね。もう一度陽春さんの淹れたコーヒーが飲みたいの」 「・・・」 白いコーヒーカップの淵にピンクのルージュが少し着く。 「水里さん私の事・・・。『押し付けがましいのお嬢様』って思ってる?」 「えっ。べ、別に・・・」 「うふふ。正直な人ね・・・。でも本当のことだわ。私自身もそう思ってる。 私みたいな『お金と権力を武器に男に言い寄る』お嬢さまはやっぱり 嫌われるわよね。少女漫画の中みたいに」 「・・・」 (どういう漫画、読んでいたんだ(汗)つーか少女漫画読むのか) 水里は少し遠慮深そうにコーヒーを一口含む。 「陽春さんの記憶は・・・。もう元に戻らない。後遺症も心配で・・・」 「・・・」 「原因が分からない分、治療も時間がかかるって・・・だから金銭的にもかかる・・・。 誰かが支えてあげないと・・・。誰かが守ってあげないと・・・」 「・・・」 水里は不快に感じた。 陽春がまるで、弱い人間になってしまったと決め付けているみたいで・・・ まるで自分に言われているみたいな気がした。 火災に見舞われ、仕事にもなかなかうまくなじめなかった少し前の 自分に・・・。 (・・・何かに負けた訳じゃない) 「・・・春さんは負けた訳じゃない」 「え?」 「何かに負けた訳じゃない、失ったことはあっても負けた訳じゃない」 水里は愛子をまっすぐ見つめて言った。 「春さんはただ、何かに負けたわけでもないし、 捨てたわけでもない。春さんは春さん。そうでしょう?」 「・・・それは・・・」 「春さんはちゃんと、私と愛子さんが生きる同じ世界で生きてるのに・・・。 同じように生きてるのに・・・」 病気になったからと言って、怪我したからと言って 何かに負けた訳じゃない。弱くなったわけじゃない。 便利な生活が出来にくくなった、それはとても大変な現実だけど 決して誰かに、何かに、負けたことじゃない。 なのにどうして・・・ 病や怪我を抱えている人は 肩を丸めて背中をすくませなくちゃいけないんだろう。 「水里さん。理屈はご立派だけど、それは役にたたないわ。陽春さんに今、何が 必要か、それが一番大切なことでしょう?」 「春さんに・・・必要なこと・・・。春さんが辛いこと、哀しいことそれを 一緒に感じて、考えていくことが大切なんじゃないんでしょうか・・・。」 「偉そうに言わないで!!理屈なんて役にたたないわ!貴方に経済的なこと、 医学的なこと、何が出来るっていうの!? ?理屈だけねなんとかなる程世間はそんなに甘くないのよ!?」 愛子の声に・・・ 周囲が水里と愛子に集まる・・・ 「・・・。ごめんない・・・。とっても失礼なこと言って・・・」 「いえ・・・」 「でも・・・私は色んな患者さんを診てきているの・・・。本人だけじゃない。ご家族 の気苦労も大変なものなのよ・・・。」 「・・・」 「・・・陽春さんの”美味しいコーヒーが淹れられるようになるためには 何が必要か・・・よく考えてみて・・・」 「・・・」 愛子は自分のコーヒー代をテーブルに置いて・・・喫茶店を後にした・・・ ”陽春さんがまた美味しいコーヒーを淹れられるように なるために何が必要か・・・” (・・・) ポケットからあるものを取り出した・・・ 竹とんぼだ。 「・・・。太陽。ごめん。今日は・・・渡せそうにもないや・・・」 太陽が学校で作った竹とんぼ・・・。 水里はただ・・・。コーヒーの水面をじっと見つめていた・・・。 その夜。 (今日は・・・。来なかったな・・・。山野さん) そう思いながら寝返りを打つ陽春。 コツン。 (ん?) 窓の外からなにか音がする。 コツン。 (・・・なんだ?) 陽春は気になりベットから出て窓を開けると・・・。 「あー。上手くとばない・・・」 「山野さん?」 見下ろすと水里が真下のベンチに居た・・・。 「こ、こんばんは!春さん。夜分遅くすいません」 「何してるんですか?」 「いや・・・。ちょっとこれを飛ばそうと思いまして」 水里は竹とんぼを取り出しひゅん・・・と飛ばした。 だがすぐ落ちてしまう。 「太陽が・・・。太陽が学校の木工教室で作ったんです。 春さんに見せるんだって・・・。それで私が預かってきたんですが、 もう面会時間過ぎてしまい・・・(汗)」 「それでわざわざ下から飛ばそうと?」 「え、あ、は、はい。あわよくば春さんの病室の窓にでも ひっかからないかと・・・」 水里は何度も飛ばそうと試みるが・・・落ちる。 (・・・。こんな高い場所なのに・・・不思議な人だな) 必死に竹とんぼを飛ばそうとする水里を陽春に瞳には・・・ どこか可愛らしく映った 「山野さん、頑張ってください。僕も受け止めますから」 「え。で、でも、夜、寒いからいいです。部屋に戻ってください」 「・・・竹とんぼがここまでとどけば・・・。僕は・・・頑張れる気がする・・・。 だから諦めないで下さい。お願いします」 (春さん・・・) 陽春は手を窓から伸ばす・・・ 「わ、わっかりました。山野水里、全速力で竹とんぼ飛ばします!! えい・・・ッ!!」 水里は思い切り両手を擦って飛ばす・・・。 「あ・・・。もう少し・・・!」 陽春も手を伸ばすが寸でのところで落ちる・・・ 「・・・山野さん、頑張って・・・!!」 「はい!!」 水里は陽春の優しい声に奮起。 (お願い・・・ッ!!太陽の竹とんぼ、届いて・・・ッ!!!) 想いを込め水里は小さな手を擦って飛ばした・・・。 (春さんの所に・・・!届いて・・・!) 竹とんぼは水里の想いを背負うようにヒュンっと真直ぐに陽春の病室の窓に 吸い込まれた・・・ 「やった!」 水里は思わずガッツポーズ。 陽春はすぐに竹とんぼを拾い、水里に見せようと窓を見下ろした。 「あれ・・・?」 水里の姿はなく・・・ 「山野・・・さん?」 竹とんぼに何か書いてあるのに気づく。 『ますたあへ。はやくげんきになってね。たいよう、みさとより』 とマジックで・・・。 「・・・届けたいものって・・・。これだったのか・・・」 陽春は竹とんぼを握り締めて微笑んだ・・・ ”郵便を届けに参りました!” 水里の笑顔が過ぎる。 「夜の郵便屋さんか・・・。今度は何を届けにきてくれますか・・・?」 夜空の星が優しく瞬いた・・・
・・・水里のすることは非常に子供っぽいかもしれません(汗) 書いている本人が子供っぽいので・・・(滝汗) でも、それが相手を喜ばせられたら、周囲からどう思われても 関係ないんじゃないかって思います。 何かのテレビ番組で、大道芸人のグループの人たちが 病院や色々な施設に”治療”という目的で芸を披露しに行く・・・ という内容の番組をやっていました。 ”慰問”とかそういう形ではなくて『治療』の一環として。 心と体は繋がっているっていうけれどそれは本当で、 大道芸人の人たちの素敵な芸の数々に患者さん達の 表情がすごく変化していました。 綺麗事ではなくて、本当に。 無表情だった人が目尻にしわを寄せるほどに笑顔を見せたり。 驚きのあまり「おー・・・」って声を出したり・・・。 プラスな前向きな気持ちは弱っている心や体に エネルギーをくれたんじゃないかなぁって思いました。 普通の人は大道芸なんて大きな事はなかなかできないけど、 家族や友人や恋人を元気づけたい、という気持ちを伝える、 ということは、何より”特効薬”なんだなぁと 柄にもなく真面目な気持ちでその番組を見ていました。