デッサン
〜水色の恋〜

第二部最終話 君が生きている街で


退院の日・・・。



白いワイシャツに着替え、ボタンをしめる陽春



「兄貴。大丈夫か・・・?」



「え・・・。あ・・・はい・・・」



頷く陽春だが少し重たい言葉が不安をうかがわせる・・・




「・・・通院治療っていっても・・・。毎日一回点滴にこなけりゃ
いけねぇし・・・。それより・・・。色々・・・混乱・・・すると思う・・・」



「・・・」



「でも・・・兄貴は一人じゃねぇから・・・。だから・・・だから・・・」





陽春は夏紀の頭をポンポンと撫でる・・・



「僕は本当に・・・。優しい弟を持ったんですね・・・」



「兄貴・・・」



「ありがとうございます。夏紀さん」




(兄貴・・・)



幼い頃・・・。辛いことがあると陽春は夏紀の頭を撫でてくれた・・・




(変わってねぇよ。兄貴は・・・。何も・・・)




「・・・外の空気・・・。今日はとてもいい空気そうだ・・・」



尽きぬ不安と・・・窓から少し吹き込む緩やかな風を頬に感じていた・・・






病院玄関口。


自動ドアが開き・・・



陽春は約2ヶ月ぶりに外気を体に感じた・・・



(・・・風は・・・気持ちいい・・・)



秋晴れ・・・。花壇のコスモスは揺れて・・・


だが陽春が待っているのは秋風じゃない・・・。


「・・・ったく。水里の奴・・・。迎えに来るっていってやがったのに」


「・・・。いいんです。水里さんにも都合があるんだ・・・」



「でも・・・」



「夏紀さん、行きましょう・・・。ここで待っていては
他の患者さんにご迷惑です」



陽春は自ら荷物を持って駐車場の車に乗り込む・・・



(兄貴・・・。今の口調・・・やっぱり兄貴は兄貴だよ・・・)



夏紀はエンジンをかけ、病院を跡にする・・・



車窓から見える景色。



当然、陽春には見覚えの無い景色だ・・・





(・・・それに・・・)



できた筈のことが出来ない。


車の運転。


(・・・病院にいくたびに夏紀さんに頼まなくてはいけない)



こんな自分が。


こんな自分を・・・






周囲の人々は受け入れてくれるだろうか・・・






陽春の不安は尽きること無かった・・・。






「兄貴。ついたぜ」



車から降りる陽春。




(ここが・・・。僕の”店”・・・)





赤レンガの壁に・・・


赤い屋根。



(・・・わからない・・・)



陽春が店を見上げていると・・・。




「あらぁ!マスター!!」



「え・・・」



店の常連だった近所の主婦が陽春に声をかけてきた。




「心配してたのよー。事件に巻き込まれたって聞いて・・・。でも安心したわ。
またマスターのコーヒーが飲めるわねー」

主婦はポンポンと陽春の背中をたたく。


「あ、あの・・・。貴方は・・・どなたですか?」




「・・・え?やーだー。何いってるの。もうー。私よわ・た・し♪」


「・・・。すみません。わからないんです・・・」


陽春の深刻な表情に主婦は一瞬、戸惑う・・・


「・・・。や、やだわー。もう。朝から冗談・・・」




「あー!焼き鳥屋おばちゃん、おっはようございまーす!」


主婦と陽春の二人の間に割ってはいる夏紀。



「すんませんねぇ。兄貴、退院してきたばっかで
ちょっとぼうっとしてて・・・。それよりおばちゃん。今日も美人
だねぇ〜」




「やだわ、もう、夏紀くんってば朝から口がお上手でー・・・」



夏紀は後ろで陽春に中に入るよう手で指示・・・




(・・・すみません。夏紀さん・・・)




パタン・・・。



陽春は静かに・・・。店の中へと入った・・・。




帰ってきて早々・・・



夏紀に迷惑をかけてしまった。



庇ってもらって・・・




(・・・。これから・・・。こういう事が起こるのか・・・)




記憶の中にない風景、人、物・・・





それらに囲まれて・・・




(・・・僕は・・・何処に還って来たのだろうか・・・。僕の居るべき場所は・・・)




髪を掻き揚げる・・・



(水里さんの声が聞きたい・・・)





陽春の心は揺れていた・・・







その夜。 ”兄貴・・・。今日はとにかく早く休んみな・・・。じゃあな” 夏紀にそういわれ、ベットに横になる陽春・・・。 だが落ち着かない。 自分の部屋なのに、自分の部屋じゃない。 本棚には難しい医学書がずらりとならび、机の上や引き出しには 難しそうな資料が積み上げられて・・・ ぺらぺらと本や資料をながめるが (何一つ・・・理解できない・・・) ”医者だった優秀で誠実な”藤原陽春。 その事実だけが 突きつけられるよう・・・ ”こんな自分になれ・・・と” 「ハァ・・・」 深いため息をつく陽春。 慣れない空気に・・・どっと疲れが体を支配する・・・ コツン。 (・・・?) 窓に何かがぶつかる音がする・・・。 (・・・もしかしたら・・・!) 陽春は起き上がり窓をあけた。 (・・・ん?) 真下に黄色い花が動いている。 「・・・あ・・・。春さんこんばんは・・・!」 葉っぱの影から水里の顔がひょこっと顔を出す。 「水里さん・・・」 「今日、病院に行けなくてごめんなさい。これ、取りに郊外の里山まで 行ってたら遅くなってしまって・・・」 「・・・。わざわざ僕に見せるために・・・?」 「はい。でも私も見たかったから。へへ。ちょっと遠出しすぎました」 頬と鼻の頭にちょこっと泥をつけて・・・ 微笑む水里・・・。 「水里さん、今そっちに降りていきます」 「ううん。外は冷えてる・・・私はもう帰ります。この花、花壇においておきますから」 (水里さん・・・) 水里は山吹の枝を下ろし、たてかける。 「・・・じゃあ。おやすみなさい!」 「おやすみなさい」 水里は帰ろうとしたが立ち止まり振り返った。 「・・・。大事なこというの忘れてました」 「大事な・・・こと?」 水里はしっかりと頷いた・・・。 「・・・。春さん。おかりなさい・・・」 (水里さん・・・) 「・・・ただ・・・いま」 ”おかえりなさい・・・” 一番待ってた言葉。 一番・・・欲しかった言葉。 「あの・・・。えっと不束な友人でありますが、これからまた・・・。よろしくお願いします!」 「こ、こちらこそ・・・」 お辞儀をしあう二人・・・。 水里の微笑みは・・・ ここがスタートだと、 ここからまた ”始めようよ・・・” と伝えてくれている様に・・・ 思えた・・・ 水里はぺこりと頭を下げ、明るい街灯の中に 消えていく・・・。 ”おかえりなさい・・・” 陽春の耳に 響く・・・ 一言・・・。 「・・・」 陽春は病院の荷物が入ったバックを開け・・・ 夏紀がくれた日記帳をあける・・・ ”これからまた・・・。宜しくお願いします” 最初のページに・・・ 日付を書く。 そして 『こちらこそ・・・。よろしくおねがいします・・・』 そう・・・一行書く・・・。 ・・・水色の色鉛筆で・・・。 「・・・。僕は・・・還って来た・・・。生きるために・・・。 君が生きていているこの街で・・・」 水色の色鉛筆に呟きかける・・・ 不安は尽きない。 けれど・・・ この体が動いている以上。 呼吸をしている以上。 ・・・心というものを感じている以上・・・。 生き続けなければ行けない・・・。 辛い現実でも 投げ出したい想いでも・・・。 人は生き続けなければいけない 水色の色鉛筆と竹とんぼを見つめる・・・ その二つが陽春に伝えている。 (僕は・・・。一人じゃない) 明日、もしかしたら とてつもなく不幸なことが 身をちぎられるようなことが 待っているかもしれない。 それでも・・・ 生きていく・・・。 「僕は・・・。生きていく・・・。君がいるこの街で・・・」 ささやかだけど掛け替えのない 希望を見出しながら・・・
デッサン第2部 目次

デッサン目次

オリジナル小説目次


・・・やっぱり長すぎたしご都合主義のマンネリでしょうか(汗)まぁと、とりあえず、第3部という形でまだ続きます(焦)内容は、もう少し主人公と陽春の二人の恋愛模様が 軸となると思われますので、もっとほんわかラブシーンがあると思います。 ただ恋愛ばかりじゃなくて色々な人間関係を描きつつ・・・みたいなニュアンスは 変わらずだと・・・(汗) ま、と、ともかくまた、お時間がありましたら覗いてやってくださいませ(汗)