第7話 許さない 許せない
〜一枚の短冊〜
「・・・」 雪の命が消えた場所 白いガードレールに今も絶えず花が添えられている・・・ 黄色の菊。 この菊を添えた人物はただ一人・・・ 「・・・田辺さんか・・・」 雪の命を奪った田辺の父。 そして一年前、無関係だった太陽と水里を襲った・・・ 「・・・」 昔ならばすぐさま菊の花を花瓶から取り上げ、捨てた。 だが今は・・・ (腹は立つけれど・・・この人の謝罪の想いを踏みにじることは 雪への謝罪を無にすることになる・・・) ガラス瓶の中の濁った水を取り替え、菊の花に自分が持ってきたカスミソウを添える。 「・・・。雪・・・。オレはまだ・・・アイツを許したわけじゃない・・・。 許せるはすもない・・・。でも・・・。アイツを憎み続けても・・・何も得られないんだよな・・・」 カスミソウの花びらを撫でながら語る陽春・・・ 「・・・雪・・・」 雪が跳ねられた現場は綺麗に舗装され・・・ 何事もなかったようにビュンビュンと車が走る・・・ 「・・・4年・・・か・・・」 長いのか短いのか・・・ だが道路がいくら舗装されようが 記憶の中のあの光景は鮮やかに時間が止まっている・・・ 救急車のサイレン 道路につけられたブレーキ痕・・・ (・・・終わりはないんだ・・・。終わりは・・・) ビュウン・・・ 携帯電話をかけながら片手で運転するドライバー・・・ 4年前ここであった悲劇を踏みつけるようにスピードを出して・・・ 陽春はしらばく走り抜ける車を少し睨むように 眺めていた・・・ 「・・・今日は暑くなりそうだなぁ・・・」 家の前をたけぼうきではく水里。 そんな水里に近づく初老の男・・・ 「山野水里さん・・・。ですか?」 「はい、そうですが・・・」 作業着で痩せた白髪の男・・・ (どこかで・・・) 「初めまして・・・。田辺と申します・・・」 (・・・田辺ってあの”田辺”の父親・・・) 低姿勢で深々とおじぎをする田辺の父。 去年、太陽が連れ去られ襲われた事件の後、何度か水里の元に田辺の代理人 の弁護士が何度か水里の元に訪れた。 保証金のお金やら治療費のことやら・・・ 法律的なことを色々手続きするために だが法律的なことが済むとぴたりと来なくなった・・・ 「・・・突然伺って申し訳ありません・・・」 「・・・。あの・・・。一体どんな御用でしょうか・・・。もう示談としてお話は ついている筈では・・・」 「・・・。いえ・・・。一度直接あってお詫びをしたかったもので・・・」 「・・・。とにかくここではなんですから中へ・・・」 水里が田辺の父を招きいれようとしたとき 「う・・・」 田辺の父親は突然呻き声をあげ、地面に蹲った 「ど、どうしたんですか!??」 「う・・・」 下腹部を押さえ、苦しそうだ・・・ 「・・・た、大変だ・・・。救急車・・・っ」 水里が電話をかけようと店の中に行こうとしたが 田辺の父親は水里の腕を掴んで止めた。 「大丈夫・・・薬あるから・・・大ジョブ・・・」 「で、でも・・・」 「お願いです・・・。病院だけは・・・」 水里はともかく田辺の父親を背負い、中へいれ、椅子に座らせた 「バックの中に・・・くすりが・・・」 「あ・・・。は、はい」 黒い手提げカバンの中から薬袋からカプセルを取り出し、コップに水を入れ 田辺の父親に飲ませた 「・・・ほ・・・。本当に大丈夫なんですか・・・?苦しそうなのに・・・」 「しばらく・・・休めば・・・。す、すみません・・・」 「い、いえ、あの、今、毛布もってきますね・・・」 水里はそっと毛布をかけ、田辺の父親の額の汗をぬぐう。 顔色は青白くやはりこのままほおっておくわけにはいかないと水里は感じた・・・ (どうしよう・・・。でもきっと具合はよくないんだ・・・) 悩んだ水里は・・・ 陽春に連絡を取った。 「・・・わかりました。僕が診ましょう。すぐいきます」 陽春は電話のあと、すぐに店に駆けつけてくれた。 「薬を飲んで・・・少し楽になったみたいなんですけど・・・」 陽春は田辺の父親の脈拍や腹部を触診してみる。 「・・・硬いな・・・。肝硬変おこしてるかもしれない・・・。黄疸も出てる・・・。 すぐ入院したほうがいい・・・ どうしてこんなになるまでほおっておいたんですか・・・」 「・・・。お金を・・・。お金を払わなくては・・・」 「・・・。僕への慰謝料のためと言うんですか・・・?やめてください・・・。」 「・・・すみません。すみませんすみませんすみません・・・」 田辺の父親は陽春の手を握りって何度も何度も頭を下げる・・・ 「・・・」 謝られれば謝られるほど。 怒りの持って行き場をなくしてしまう。 逆にこちらが何か悪い気がして・・・ 「あの。春さん・・・」 「水里さん。申し訳ないんですがタクシー呼んでくださいませんか。 僕は知り合いの病院にすぐ連絡しますから」 「あ・・・はい」 水里が受話器に手を書ける。 「や・・・やめてください・・・。私などのために・・・。私など・・・。 老いた男などいっそこのまま逝ってしまったほうがいいんです・・・」 「馬鹿なことを言うなッ!!!!!!」 陽春の怒鳴り声が店に響く・・・ 「あんたが死んだら・・・。誰があんたの息子を更正させるんだ・・・!?? 親の務めを果たさずに勝手に死ぬなんて俺は絶対に許さない・・・!!あんたには 息子の罪を背負う義務があるんだ・・・ッ!!!」 「ふ・・・藤原さん・・・」 陽春は田辺の父親の手を静かに離す・・・。 「・・・。大声を出してすみません・・・。けれど・・・。田辺さん・・・。 限りあった雪の命・・・。 あなたは治療すればまだ生きられるかもしれないんだ・・・。 最後の最後まで生きて・・・。息子さんを・・・きちんと・・・。 罪を償わせて欲しい・・・。一生かけて・・・」 「・・・。うぅ・・・。すみません。申し訳ありません・・・。うぅぅ・・・」 田辺の父は背中を丸めて床に手をついて 泣きながら謝る・・・ 何度も何度も・・・ 「・・・」 何回・・・自分に土下座する この父親の背中をこうして見下ろしただろうか・・・ 憎しみで一杯になって殴りたい衝動にかられたときもあった・・・ けれど今は・・・ (・・・こんな・・・。痩せこけた背中を見るために・・・。オレは・・・。オレは・・・) 憎しみが消えることはない だが それ以上に 憎悪を抱えて生きていくエネルギーもないんだ・・・ (春さん・・・) 田辺の父親を静かに起こし、寝かせる陽春。 「・・・きちんと治療してください・・・。謝るくらいなら親としての勤めを 果たしてください・・・。それが・・・。何よりもの雪への供養だと・・・思ってください・・・。 お願いします・・・」 「藤原さん・・・」 「頼みますから・・・。雪の死を・・・。無意味にしないでくれ・・・。 これ以上もう・・・もう・・・」 陽春はグッと感情を抑えようとするが・・・ 目尻が微かに濡れていることに・・・ 水里は気がつく・・・ (春さん・・・) かける言葉が見つからない・・・ 水里はただ・・・微かに震える陽春の肩を・・・ 見守っていた・・・ 陽春の紹介で田辺の父親は肝臓病の治療で有名な病院へ入院することになった。 「・・・じゃあ・・・。ヨロシクお願いします・・・」 病院の受付で陽春と水里が入院手続きを終え 玄関から出てくる・・・ そして帰りの車の中・・・ 「春さん・・・」 帰りの車の中・・・ 「家まで送ります・・・。あなたには本当にご迷惑をおかけしてすみませんでした・・・」 「春さん・・・」 水里は気落ちする陽春に声をかけられず二人とも沈黙したままだった・・・ 陽春の車が水色堂の前で止まる。 「・・・。今日は本当にありがとうございました・・・。田辺の父親のことは ちゃんと病院にお願いしてきましたからもう心配はいらないです・・・」 「春さん・・・。あの・・・。あの・・・あ、そ、そうだ。 お、お茶一杯飲んでいきませんか?見てもらいたいものがあるんです。 太陽が春さんの絵描いたんです」 「・・・」 俯く陽春・・・ 「あ・・・。ご、ごめんなさい。そ、そうですよね。そんな気分じゃないですよね。 じゃ、じゃあ、今度持ってきます。じゃあ・・・」 水里が降りようとしたとき・・・ (え・・・) 手を掴む陽春。 「・・・。お招きにあずかってもいいですか・・・。太陽君の絵が見たいから・・・」 「・・・春さん・・・」 水里の手を掴む陽春の手が・・・ 細い糸を掴むような すがるような・・・ 「これなんですけど・・・」 カサ・・・。 一枚の画用紙。 タイトルは 『ますたあとみにぴかとぼく』 で、この間、一緒にホームセンターに行ったときの絵だ。 ショッピングカートを陽春と太陽が押しているところが描いてある。 「ふふ。太陽ってば、よっぽどショッピングカートを押すのにはまったのか 私につくってくれって言うんですよ。”ミニピカとぼうけんするん”だって・・・」 「ははは。楽しそうだな。冒険か・・・。」 「あ、春さん、だからって太陽を焚きつけないでくださいよ。本気になってしまいますから」 「水里さんも結構過保護なんですね。男の子は冒険しなくっちゃ。強くなれない」 「春さんこそ、放任主義すぎですよ。それでなくても太陽今でもやんちゃで・・・。ほら、 あそこの襖の穴、”ポケモンキック”とか言って破ったんです。んっとに・・・。 襖代だってばかにならないんだから・・・」 「あはは・・・。大変だぁ・・・」 水里は必死に話す・・・ 陽春の悲しみに対して 自分は上手な言葉をかけらない 励ましも 慰めも できない・・・ だから 少しでも笑って欲しいと・・・ 「でね・・・。太陽、学校で七夕の短冊に願い事書いたんです。なんて書いたと思います?」 「うーん・・・。わかった。”ピカチュウに会いたい”かな?」 「おしい・・・!正解は『ピカチュウと会って一緒にショッピングカートで旅行がしたい』でした」 「あははは・・・。そりゃあ楽しい願い事だなぁ」 陽春はパチパチ・・・と拍手。 それからいっぱい、いっぱい水里は 話した。 楽しいこと、おもしろいこと・・・ (きっと春さんは勘がいい人だから・・・反対に私に気を使って 笑ってくれてるのかもしれないな・・・) そう感じながらも 水里はただ笑顔をふりまく・・・ 一番大切な人が 突然、それも他人の悪意によって奪われてしまった・・・ その悲しみの深さ 痛みの激しさ・・・ 経験した者にしかわからない。 経験していない人間が 不用意に分かったような言葉を駆けちゃいけない だからどんな言葉を伝えたらいいか どんな言葉なら 柔らかく伝わるか 探すけれど・・・ (春さんが少しでも元気になってくれたら・・・。元気の足しに なれば・・・) 水里はそう思いながらいっぱい いっぱい話した・・・ ボーンボーン・・・ 柱時計が夕方6時を指す・・・ 「あ・・・。いけない。もうこんな時間か・・・。すみません。つい長居してしまって・・・」 「いえ・・・。こちらこそ・・・。上手なお招きもできなくて・・・」 陽春の車まで見送る水里。 「春さん、気をつけて・・・。あの・・・。ごめんなさい。 私・・・。なんかはしゃぎすぎて・・・」 「・・・」 運転席から水里をじっと見つめる陽春・・・ 「春さん・・・?」 「今日は本当に・・・ありがとう・・・。貴方の笑顔で沢山元気もらました・・・」 「そ、そんなこと・・・(照)でも私のにやけたまぬけ顔がお役に立つならいくらでも にやけますよ。こんな風に」 照れくさくてサイドミラーで百面相する水里。 (・・・。春さんの目の前で女捨てるようなことを・・・(汗)でもいいんだ。それが何かの足しになるなら・・・) 「ってね・・・。春さん、今度にらめっこでもしましょうか?ふふ・・・」 「・・・」 (・・・!?) 陽春は屈む水里の三つ編みを静かに引っ張り顔を引き寄せた・・ 水里、至近距離に陽春の顔が目の前に来て固まる・・・。 そして耳元で呟いた・・・ 「・・・。貴方がいてくれてよかった・・・」 「・・・」 ブロロン・・・ 「新しいメニュー入れたんです、明日、是非食べに来てください。じゃあおやすみなさい」 エンジンを ふかし陽春は水色堂を後にした・・・ ワンワンッ 「・・・はッ」 陽春の囁きで水里の意識、一時、宇宙に飛んでいたがミニピカの泣き声で 覚醒。 (いかんいかん・・・) でも・・・ (春さん・・・。元気になれたかな・・・どうかな・・・) ”ありがとう・・・” 返って気遣いをさせてしまったんじゃ・・・ (春さん・・・。私は・・・。私ができることは・・・何ナノかな・・・。 春さんの痛みの欠片・・・少しでも和らげられたかな・・・) クワン・・・。 ミニピカが水里の足元に擦り寄ってきた。 抱き上げる水里。 「・・・ミニピカ・・・。あんたも祈ってね・・・。春さんが・・・。笑顔で頑張れますようにって・・・」 夜の空を見上げ水里は呟いた・・・ ちょうどそのとき・・・ 赤信号で止まった陽春。ジャケットのポケットの画用紙がはいっているのに気づく・・・ (これは・・・) さっき見た太陽の絵だった・・・ 水里がこっそり入れた様・・・ (あ・・・) 裏を見ると・・・ 七夕の短冊が一枚貼り付けられ、そこには・・・ 『七夕の日、春さんの夢に雪さんが出てきて会えますように』 と・・・ 「・・・水里さん・・・」 白の短冊・・・ 雪の色だ・・・ 「・・・ありがとう・・・」 陽春は短冊を額にあてて 何度もそう呟いた・・・ 短冊に 少し涙で濡らして・・・