デッサン2
水色の恋
第8話  母 @





「くわぁあ・・・」




久しぶりに公園の似顔絵描き業を営む水里。





今日は天気は曇り空のせいか人の数もすくなく静かな公園・・・





向こうのベンチに一人の着物姿のご夫人が・・・




(清楚なご婦人だな・・・)






なんとなくご婦人を見つめていると・・・





(ん・・?)






バックから白いハンカチを取り出し汗をぬぐいなんだか息苦しそうだ・・・











「あの・・・。これ使ってください」






水里は持ってきていたおしぼりを婦人に差し出す・・・。






「これは・・・。相済みません・・・」




婦人は冷や汗をかいている







「ああ冷たくて気持ちいい・・・」





「よかった麦茶どうぞ・・・。今日は日差しが強いから・・・」






ポットの麦茶を差し出し、婦人は一口飲んだ。





「ふぅ・・・。ああおいしいわ・・・。本当にご親切にありがとうございます」



「いえ、とんでもないです」





清楚な物腰の婦人。



どこかシスターに似ていて水里は好感と持った。






「・・・あの・・・。ついでと言っては申し訳ないのですが
この辺りで『四季の窓』という喫茶店はご存知でしょうか?」




「あ、はい。知ってます。私、常連なので。よろしかったら
ご案内します」





「まぁ・・・本当ですか?よかった・・・。街の方へ出てくるのはもう10年ぶりなので
まったく道がわからなくて・・・」











水里は婦人の旅行バックを持った。




「あ、いえ荷物まで・・・」




「力だけは自信あります。では参りましょう」




旅行かばんをひょいっと軽々と持つ水里・・・






「まぁ・・・」





婦人は水里の腕力にふふ・・・と微笑む








「貴方は・・・。ずっとあそこで絵を描かれていらっしゃるの?」





「はい。日曜日に時々スケッチしたり・・・。似顔絵描いたり・・・。
まぁ気ままにやってます」





「素敵ね・・・。私も絵は大好きなの。最も描くのは下手なんだけど」





「絵が好きって行ってくれる人がいることが嬉しいです」






水里の素直な言葉に婦人も微笑む・・・







そして陽春の店に着く・・・





「ここです」





「ありがとうございました。本当に助かったわ。息子のお店なんです」






(む、息子・・・って・・・もしかして)





そういえば婦人の顔は陽春に似ているような・・・


「あの・・・。もしかして春さ・・・。マスターのお母様ですか・・・?」





「ええ。あ、申し送れました。私、波多野真紀と申します」





深々とお辞儀する沙織。




水里もお返し・・・









「い、いえ。こちらこそ・・・」






「あの是非、何かお礼させてくださいな。お茶でも
おごらせていただけませんか?」






「え、あ、いえ、あの。私はこれで失礼します」




「い、いえそんな訳には参りませんわ。親切にしていただいたのに」




「いえ、当たり前のことをしただけですから・・・。では失礼しますッ」




「あ・・・ちょっと・・・」





水里は会釈して足早に店を立ち去った・・・






カラン。




丁度、エプロン姿の陽春が出てきた。





「お・・・母さん!??」





「あ、陽春。久しぶり」




「久しぶり・・・。じゃない。どうしたんだ。一体・・・。と、ともかく
中に」




大きな旅行バックを陽春は気にしつつ、
母をカウンターに座らせ、
水を差し出した。





「ふぅー・・・。生き返った」




沙織はゴクゴクと一気にコップの水を飲み干す・・・






「お袋・・・。来るなら来るで連絡ぐらいしろよ」





「だって・・・。びっくりさせてやろうと思って」




ぺろっと可愛く舌をだす沙織。




「・・・。相変わらず陽気だな・・・。ったく・・・」





少し呆れ顔で皿をふく陽春。






「何よ。せっかく息子達の様子を見にきたっていうのに・・・。あら。夏紀の姿がみえないわね」





「ああ。買出しに行ってる。どうせ寄り道してパチンコ酔ってんだろうな」





「・・・パチンコね。いいじゃないの。私の久しぶりにしたいわ〜」





手でパチンコ台を回す仕草をする母に陽春はさらに呆れ顔・・・





陽春は昔から外見は母親似と言われてきたが、性格のほうは夏紀に受け継がれている
と陽春は思った。







「でも方向音痴のお袋がよく駅からここまでこれたな。タクシーできたのか?」





「タクシー??勿体無い。歩きにきまってるでしょ
道に迷って公園で一休み
していたらこの店の常連さんに案内してもらったの」






「常連?誰だよ」





「小柄な可愛らしいお嬢さんだったわ。スケッチブック持った・・・。
」





皿をふく陽春の手は止まる





「水里さんか・・・?」






「まぁ。あのお嬢さん水里さんっていうの?私が公園で一休みしていたらつめたいおしぼりとお茶をくれたの」





「そうか・・・。水里さんが・・・そうか・・・。。ならあとで礼の電話、いれとかないとな・・・」





陽春が少し穏やかに微笑を浮かべたのを母は見逃さなかった。






「な・・・。なんだよ。じろじろと・・・」





「ふぅん・・・。水里さんっていうのね・・・。ふうん・・・」




何だか意味ありげに笑う沙織。



ちょっと不気味に映る。






「・・・。お袋。始めに釘刺しておく。妙なこと企てるなよ・・・?
お袋がにたにた笑うとろくなことがない・・・。それより。

”今回”の親父とケンカの原因はなんだ」






「え?ケンカなんかしていないわよ〜。あ、私疲れたから
休ませてもらうわね〜」





陽春の追及から逃げるように母は
すたすたと二階へあがっていった・・・







「まったく・・・。あの調子のいいところは夏紀にそっくりだな・・・」






一見、和服の似合う清楚な日本女性という雰囲気だが
実はパチンコとカラオケが大好きな
お元気55歳、真っ只中。





だが雪のために医師の道を捨てた息子の生き方に反対も賛成もせず


見守ってくれている母の心ははっきりわかる陽春だった。










二階にあがった沙織・・・






(水里さん・・・。商店街の画材屋さんって行ってわね・・・。
うふふ。これは面白ことになりそうだわ・・・)















「・・・そんなくだらないことなのか」



夜。実家に電話をかけ、父親に夫婦喧嘩の原因を尋ねた陽春。







父親によると、たまには夫婦で旅行としようということになったのだが




”私は絶対熱海がいいの!!”




と譲らなかったらしい・・・






「に、三日したら帰すよ」






父親のことはオヤジと呼ぶ。陽春。








「・・・オヤジ、あんまり飲みすぎるなよ。肝臓、弱いんだからな」









父親に対しては気を使わず話せるが・・・







沙織はどうしても『オフクロ』と呼べない








沙織は陽春の実の母ではなく継母だった。






実子の夏紀と訳隔てなく育ててくれた母。






尊敬もしている







本当なら『オフクロ』と呼んでみたい。







(・・・一度・・・。実家の様子見に行くかな・・・)









そう思いながら店の電灯を消し二階のリビングに上がる・・・






ソファで横になり眠る沙織・・・。









「ったく・・・。このおしゃべりばばあ・・・。SMAPの話しまくって
寝ちまいやがった。年幾つだよ」







たばこをくわえ、火をつける夏紀





テーブルの上にはジャニーズのパンフレットなどが・・・





「親父に電話してたのか?兄貴」






「ああ。一応連絡はな・・・」





陽春は押入れからタオルケットを取り出しそっと沙織にかけた







「親父は親父できままにボランティアに精出して・・・。
ま、そういうところは親父似だけどな」





プシュっとビール缶を開ける夏紀。







「たばこはやめろ。母さんが寝てるんだから・・・」






「・・・。兄貴。いい加減『オフクロ』って呼べよ。母さんなんて
なんか仰々しい・・・。気にしてたぜ。オフクロ・・・」




「分かってる・・・。母さんは優しい人だから・・・」





優しい陽春。






だから余計に義理母と意識してしまい、気遣いしすぎて微妙な関係ができてしまった。




そんな微妙な距離を沙織のあっけらかんとした明るさに
陽春は助けられていた・・・







「しっかしよく。方向音痴のオフクロがよくここまで来たな」






「水里さんが案内してくれたらしい・・・。明日にでもお礼の電話いれとかないとな・・・」






「・・・。兄貴。あんまりオフクロに水里のこと言わないほうがいいぜ。
お袋の探偵好き魂が燃えるあがるぞ」





お気に入りの探偵小説を抱えたまま眠る沙織。


沙織は根っからの探偵小説FANで
何かを探ることとなると凄まじくしつこい。




「ああ・・。そうだな。水里さんに迷惑かける(汗)それに
変に誤解しそうだしな」















「・・・。誤解・・・?誤解ってどんな誤解だよ」









夏紀は陽春をじっと見つめた。







「・・・深い意味はないさ。さ、シャワーでも浴びるかな」








陽春はエプロンを脱ぎ、浴室に向かった・・・









「・・・。オフクロだったら今の質問・・・。きっともっと
突っ込んで聞いてただろうな・・・」








陽春は”核心”部分に触れらそうになると避ける。







(”誤解”じゃねぇだろ・・・。兄貴にとっては・・・)






夏紀は探偵好きの母親の力を
少し借りたい・・・と思いながら寝顔を眺めていた・・・








次の日。






「・・・全く。うちの息子たちきたら・・・。いつのまに緘口令
しいたのかしら」





案の定、水里のことを根掘り葉掘り陽春と夏紀に聞いてくる。






だが口は堅く、





探偵好き沙織は事情聴取に手間取っていた。






「でも探偵はね、情報が途絶えて八方塞(はっぽうふさがり)の
時にこそ燃えるものよ!」






着物姿の沙織。





水里がいた公園にさっそく手帳とペンを持って聞き込み開始・・・








「ああ。その絵描きさんなら商店街の画材屋さんの人だわ」






(有力情報GET!!)






日傘を差した沙織







水色堂の前で傘を閉じる・・・








ウィンドウの小さな額縁の絵に目が留まる・・・






(まぁ・・・。この絵はもしや・・・)





ワンワン!





「ミニピカ〜。ご飯だよ〜」





カラン・・・





ドックフードこんもり餌いれを持った水里が出てきた








「あ・・・。貴方は・・・」





「こんにちは。突然伺ってごめんなさい・・・。どうしても昨日のお礼がしたくて・・・」








薄紅の着物・・・









沙織の薄紅の着物が水里の心に止まった・・・









其の頃。






沙織の息子達は・・・








『名探偵・沙織を甘く見ちゃだめよ!自力で探すから!! BY母より』





「なぁあにが名探偵だ。『迷探偵』の間違いだろったくばばあが・・・」






「やれやれ・・・。何もおきなきゃいいが・・・」






母が残したメモに呆れていたのだった・・・