デッサン2
水色の恋
第9話 母 A
「あ・・・」
ミニピカの散歩に行こうとしていた水里。
散歩の紐を持って出てきたが・・・
「こんにちは。先日はどうもありがとうございました」
「い、いえそんな・・・。あ、あのどうしてここが・・・」
「陽春に聞きましたの。それでお礼を一言いいたくて・・・」
「あ、そんな・・・。あ、ここではなんですので
なかへどうぞっ」
水里は恐縮しながら二階の居間にあげた
(朝、掃除しておいてよかった・・・(汗))
座布団を差し出し、お湯を沸かす
「あ、おかまいなく・・・」
(お構いなくといわれても。着物姿のご婦人に何も出さないわけにはいかないだろう(汗))
急須でお茶をコポコポと注ぐ水里。
「すいません。本当にお茶しかないんですが・・・」
「いえ。こちらこそ突然伺って・・・」
ハンドバックから真っ白なハンカチを取り出し女らしい仕草に
なおさら緊張する水里。
「はぁ・・・。おいしい・・・。これってどこのティーですの?きっと
ブラジルのティーかしら??」
「・・・。ゴク普通の日本茶ですが・・・(汗)」
(この天然なノリは・・・。確かに春さんのお母さんだ)
沙織の慎ましやかな外見とのギャップに逆に親しみを感じた。
「・・・あの・・・。ひとつお聞きしてもよろしいかしら?」
「はい」
「お店のウィンドウの絵は・・・。どなたがお描きなったか・・・」
「私の父です。昔画家をしていたんですが・・・」
水里は沙織が父のことを知っているのか驚いた
絵を見ただけで父の絵だとわかるのはよほど
絵に詳しいか、父の絵を良く知っている人間だけだから
「野山水紀さん・・・ですわよね?」
「・・・はい。父は野山水紀です」
ぱぁっと急に電球がついたように沙織は笑顔になり、ぎゅっと
水里の手を握る沙織。
(な・・・なんだ・・・?)
「ワタシ・・・。水紀先生の大FANなんですー」
少女のように目をきらきらさせる。
「若い頃に一度だけ出版された画集、今はもう絶版になってネットオークション
でもなかなか手に入らないんです!!ちなみにホームページの管理人もやってますのvv」
「・・・は、はぁ・・・(汗)」
アイドルグループのおっかけのように興奮し
水紀の絵のオリジナル葉書をつくったと水里に見せるほど・・・
(なんか・・・。キャラのあるお母さんだなぁ・・・)
近寄りがたい高貴なご婦人なのかな・・・と思っていたが
父の絵を慕ってくれていることを知り
喜びを感じる水里・・・
「・・・やだ・・・。私ったら一人ではしゃいでしまって・・・。ごめんなさいね。
でも本当のお父様の絵は私、大好きなの・・・。若い頃、勇気付けられたというか・・・」
「ありがとうございます。父のことをそんな風に言ってもらって・・・。
娘としてもとても嬉しいです」
「”癒し系”なんて陳腐な言葉が世の中では口にされているけれど・・・。
お父様の絵は本当に人の心を包んで労わってくれた・・・。色使いもタッチも本当に
優しげで・・・」
湯のみを静かに手に乗せ、お茶を飲む沙織
何かを思い出しながら話す・・・
「・・・。お父様の”水辺の母”という絵・・・。川辺で泥だらけになった子供の手足を
あらっている絵・・・。母親の手が小さな子供手足を包んでいる姿が川面に
映って・・・」
その作品なら水里も知っている
屋根裏のアトリエに保管されている・・・
「母親と子供の顔までは描かれていないのに、手と足だけで
親子の愛情が伝わってくる・・・。母親の手が指先が本当に
小さな足に愛しそうに触れて・・・。あ、ごめんなさい。私ばかり話して・・・」
「・・・」
沙織の目がうっすら濡れている・・・
よほど、何か想いいれがあるのか・・・
「あの・・・。その絵なら今ありますがよろしかったら
ご覧になりませんか?」
「えっ・・・。よろしいの・・・?」
「はい。父の絵が好きだと言ってくださって・・・。それが春さ・・・じゃなくてマスターの
お母さんなのもきっと何かのご縁だと思います。是非見ていってください」
水里はそう言うと階段裏からあがって屋根裏のアトリエから
”水辺の母”を持ってきた・・・
「嗚呼・・・。懐かしいわ・・・」
キャンバスを沙織に手渡す。
沙織は嬉しそうに食い入るように眺めて・・・
「父は昔から・・・。水辺が好きでした。だから川や海。水があるところをよく
旅して・・・」
水里が言うとおり。水紀の絵には水をモチーフにしたものが多い。
「水は全ての命の源・・・。新しい命を生み出す母親と同じ・・・。よく言っていました。
水に触れると人は心が癒される・・・。優しくなれる・・・」
沙織は水里の話を聞きながら
絵をただ・・・懐かしそうに
そしてどこか寂しそうに
「お茶、淹れて来ますね・・・」
水里がお湯を急須に入れ、お茶を入れなおして戻ると・・・
「あ・・・」
沙織は絵を抱いたまま
ソファに横になって眠ってしまっていた・・・
絵を大切そうに・・・
(・・・そんなにこの絵が好きなんだ・・・)
水里は沙織にそっと毛布をかける・・・
「おやすみなさい・・・」
どんな夢を見ているのか・・・。
微笑みながら眠る沙織・・・
なんと夕方までぐっすりで・・・
「というわけで、春さん、お母さん、今日、泊まって貰うことにしたんですがよろしいですか?」
「そんな。こっちこそ申し訳ない・・・。すぐ夏紀に迎えに行かせますから!
母は今、どうしていますか?」
「あの・・・。SMAPの『世界に一つだけの花』を絶唱しながらお風呂にはいっていらっしゃいます」
受話器を風呂場に向ける水里。
「〜ナンバーワンにならなくてもいい〜♪♪」
沙織の美声(?)が確かにシャワーの音に混じって聞こえます。
「・・・母さんったら・・・(汗)すみません。全く勝手な母で・・・」
「あの。春さん、私は逆に嬉しいです。春さんのお母さん、父の絵の大FANだって・・・。
だから迷惑だなんて滅相もないです」
「母が・・・?そんなこと初耳だな・・・」
絵などに興味があったなんて
聞いたことがなかった陽春。
首を少しひねる。
「本当にいいんでしょうか?お世話なっても・・・」
「はい。私、お母さんともっとお話してみたいし、お夕飯もごちそうになって
本当に美味しかったです」
「・・・すみません。じゃあお言葉に甘えてよろしくお願いします。明日、朝一番で
迎えに行きますので・・・」
「あ、あの、は、はい、じゃあよろしくお願いされますッ」
陽春にお願いされるなんて、水里は逆に申し訳なさを感じ
思わず受話器を持ったままおじきする水里。
「・・・。ふふ。水里さん、今、おじきしたでしょ?」
「えっ。あ、あの・・・。な、なんで分かったんですか?」
「なんとなくそんな気がしたから・・・。可愛い水里さんのお辞儀姿が浮びます」
「・・・そ、それはまことに光栄であります(照)」
頬を染めながら水里はちょっと考える。
(う、嬉しいけど・・・これは褒められているのかそれとも子供っぽいと思われているのか・・・。
微妙だ(汗))
「じゃあ、春さん、おやすみなさい」
チン・・・。
黒電話の受話器を置く。
水里が振り返るとピカチュウパジャマを着た沙織がたっていた。
「ごめんなさい。沙織さん。あの、寝巻き色々探したんですがそれしかなくて・・・(汗)」
「ううん。とってもプリティーだわ♪この黄色い生き物がとってもかーいーvv
似合うかしら♪」
モデルのようにくるっと一回点する沙織。
「・・・とってもよくお似合いです」
「うふv」
女子高生並のノリ。
お茶目なところが水里は可愛い人だなぁと思った。
「あのところで水里さん。貴方・・・。もしかしてお子さんいらっしゃるの?
お風呂場に子供の玩具が・・・」
太陽の『ピカチュウお風呂セット』だ。
ピカチュウ人形にピカチュウシャンプーはっと等等・・・
「あ、いえ、私の子じゃないんですが時々、友達の子供を預かったりしているもので・・・」
「まぁ。そうなの・・・。よかった」
「?」
首を傾げる水里。
「あ・・・。私が漬けている梅酒あるんです。飲まれますか?」
「まぁ!ええ是非♪」
小さなカクテルグラスに
ライトグリーンの梅酒が注がれる・・・
水里と沙織はベランダに出て夜風にあたる。
「うん。美味しい・・・。お若いのに手作りの梅酒なんて感心するわ。お母様に習ったの?」
「・・・。いえ・・・。母は私が物心つく前に・・・」
「あ・・・。ごめんなさい。無神経なこと言って・・・」
「いえ。もう私は割り切っていますから大丈夫です。こちらこそかえって気を使わせてしまってすみません」
謙虚すぎるほど謙虚な水里の態度に・・・
沙織は幼い頃、きっと何事も我慢して育った子供なのだと察知した。
「・・・。どうしてわたしが”水辺の母”がすきなのか・・・。お話していいかしら?」
「はい」
「あの絵・・・。実はお父様が私と陽春を描いたものなの」
「えっ・・・」
意外なところで陽春と沙織、そして父の接点を知り、水里は大きく驚く・・・
「陽春が6歳で・・・。私が再婚してすぐの頃・・・」
「再婚って・・・」
「ええ。陽春は前の奥様の子供なの・・・。結婚して夏紀がすぐ生まれた・・・」
陽春の家庭事情を初めて知る水里・・・
驚くことが多くて水里はただ沙織の話をじっくり聞いている・・・
「陽春は幼い頃から本当にいい子で・・・。私にも懐いてくれた・・・。
でも・・・。本当は無理に”いい子”をしてくれてたの・・・。
私や夫を傷つけまい、家族の空気を乱したくないって・・・」
「・・・」
「その優しさがかえって他人行儀に私には思えて・・・。必要以外のことは
あまり話さなかった・・・私と陽春はないの。
まだ若かったから私は悩んでいた・・・」
どうしたら本気でぶつかり合えるか
どうしたら心を開いてくれるか・・・
「そんな夏の日・・・。私は子供達をつれて近所の川に散歩に出かけた・・・」
まだ赤子の夏紀を抱き、6歳の陽春はただ、だまって
川をぼんやりながめていた
「二人きりできっと何を話していいかわからなかったのね・・・。私も陽春も」
沈黙に耐えかねた陽春は沙織から離れ、
一人、川の石を投げ始めた
黙って自分を拒絶する小さな背中。
沙織は陽春と本当の親子になれるか不安が重くなって・・・
そんなとき・・・
「陽春が・・・川の深みに足をとられておぼれそうになったの」
”陽春!!”
すぐに飛び込んで助けに行こうとしたが、背中には夏紀を背負って
身動きがとれない
”だ・・・だれか・・・!!だれかあの子を・・・!!”
沙織の叫びを聞きつけ一人の男が
スケッチブックをかなぐり捨て、川に飛び込んだ。
「それが・・・。貴方のお父様だったの・・・」
幸い、陽春は水も飲んでおらずケガ一つなかった
ただよほど怖かったのかぶるぶる震えていた・・・
「そのときね・・・。あの子・・・。私に抱きつかずに・・・。貴方のお父様の腕をつかんだの・・・」
目の前に母の自分がいるのに・・・初対面の男に・・・
沙織の心は痛んだ
夏紀を置いて、自分が飛び込めばよかったと・・・
「・・・貴方のお父様は勘の鋭い方だった・・・。私と陽春の仲が
どこか不自然だって感じていたのね・・・。私は陽春のことで悩んでいると
お父様に話したの」
不思議な男だと思った。
見ず知らずの男に身の上の話など簡単にするはずもないのに
何気ない世間話をしていたら自然に自分のことを話していた・・・
「そしたらお父様がね。おっしゃったの」
”裸足になって・・・。川の水で息子さんの足を洗ってみてあげてください”
「最初は一体どういう意味なんだろうって思ったんだけど・・・。言われるとおりにしたの」
赤ん坊の夏紀を水紀に託し、沙織は浅瀬で陽春の足の泥を静かに
洗う・・・
”優しく・・・小さな足を撫でて・・・洗ってあげてください・・・”
言われるまま
ただ陽春の足を爪先もかかとも揉んで
擦って洗う・・・
「・・・なんか不思議だった・・・。何の会話もないんだけど・・・。
なんだかあったかいの」
体温じゃない
なにかあったかい感触・・・
この
安堵感・・・
幼い陽春も同じことを感じていたのか初めてこんなことばを漏らした
「”お母さん痛いよ。力いれすぎで痛いよ・・・”って・・・。初めて陽春がお母さんって言ってくれた
・・・。親子らしい会話をしたの・・・嬉しくて嬉しくて・・・」
嬉しくて嬉しすぎて
足を擦りすぎた・・・
「・・・お父様が言っておられたの。”肌と肌が触れ合えば心も少しずつ触れ合える”って・・・。
本当ね・・・。手を握り合う、抱きしめる・・・触れ合うという”会話”。
お父様にはとっても大切なことを教えていただいたの・・・」
「父が・・・」
自分の知らない父・・・
でもその父が一つの親子の心の架け橋になったのだと分かって
水里はなんだかとても嬉しかった・・・
「・・・ふぅ・・・。酔いがまわったのかしら・・・。しゃべりすぎちゃったかな」
「大丈夫ですか?お布団ならもう敷いてありますから・・・」
「うふふ・・・。これもきっと貴方のお父様のお導きかもしれないわね・・・。あの絵に
また出会えて嬉しかった・・・」
「・・・私も父の過去を知って嬉しかったです」
にこりと穏やかに微笑みあう二人・・・
「おかわり・・・行きますか?」
「ええ。勿論」
カチンとグラスをあわせ乾杯したのだった・・・
「うー・・・。もう飲めません・・・」
さきにダウンしたのは水里の方だった。
ソファに転がり眠る水里・・・
水里に静かに毛布をかける沙織。
「・・・可愛い寝顔だこと・・・。お父様にそっくりね・・・」
正直、水里に会いにきたのは陽春との関係を探るためだったが・・・
遠い日の懐かしい思い出に巡りあって・・・
「お節介はなしね・・・。おやすみさない・・・」
ソファで毛布に包まる水里の枕元に
”水辺の母”が描かれたキャンバスをそっと置き、
沙織は早朝に帰宅した・・・
朝、水里がおきると台所のテーブルの上に
できたての玉子焼きとご飯と味噌汁が用意され
一枚のメモが置いてあった
『水里さんへ おはようございます。 昨晩は本当にお世話になりました 本当は朝食もご一緒したかったのですが・・・
息子達の怒った顔を夢にみてしまったので今日は帰ります。
それと勝手にお台所お借りしちゃってごめんなさいね。もしよかったら
食べてください。 ・・・素敵な一夜をありがとう・・・ 沙織』
「わぁ・・・」
ゴク一般的な和食の朝食。
だけどどこか・・・
(あったかい・・・)
白いご飯からあがる湯気
味噌汁の中で揺れるわかめ
母親が
家族のために朝早く起きて作った
気持ちが伝わってくる・・・
”誰かに作ってもらう朝食”
(本当においしい・・・。これが・・・お母さんの味・・・なのかな・・・)
「・・・いただきます・・・」
水里は椅子に背筋を伸ばして座り、指先をきちんとそろえて
合掌
そして一口食べた・・・
「とってもおいしいです。沙織さん・・・」
一粒遺さず
綺麗に食べつくした・・・
「やっぱりうめぇな。お袋の朝飯はー」
夏紀がばくばくご飯を口にかきいれる
「あんたの食べっぷりも相変わらずだわねぇ。うふふ。はい。陽春」
茶碗にご飯を盛り陽春に手渡す沙織。
「相変わらずなのは母さんの方だろう。ったく・・・。水里さんの所に泊まるだなんて。
余計なこと聞いたり言ったりしてないだろうな」
「余計なことってどんなことっていうの?」
沙織は逆に陽春に質問するように尋ねる
「だ・・・だから・・・。根掘り葉掘り聞いたり言ったり・・・」
「さぁあねぇ〜。でもま、独身でお友達の子供さんがよく遊びに来ていて
その子はピカチュウが大好きってことぐらいしか聞いてないわよ〜」
沙織はちょっとお茶目っぽく言った。
「・・・しっかり聞いてるじゃないか。ふぅ・・・。言っておくけれど母さんが勘ぐる
ようなことはなにもない」
「何もないって・・・”何”があるっていうの〜vv」
「母さん・・・!!」
陽春は少し乱暴に箸をおいた。
「ごめんなさい。確かに余計なことだったかもしれない・・・。でも貴方が
雪さんのことをまだ辛い想いしているんじゃないかって思ったら母親として・・・
何かしたいと思った。それだけなの」
「・・・母さん・・・」
「でもだめね。本当の親なら・・・。もっと上手な見守り方するのに・・・」
沙織がそっと箸置きに箸を置き、
陽春をみつめた。
シリアスな緊張感が流れる
朝食をがっついていた夏紀も流石に端が止まる。
「・・・母さん。オレは・・・」
「”水辺の母”覚えてる・・・?おぼれそうになった貴方を川から助けた画家さんで・・・
私と陽春をモデルに描いた・・・」
「・・・ああ・・・。おぼろげだけど・・・」
「・・・その絵が・・・。水里さんの家にあったの。あの若い画家さんは水里さんの
お父様だったのね」
微かに覚えている
川の底土に呑まれそうになった自分を力強い腕が引き上げた・・・
「懐かしい絵にあって思い出したの・・・。その画家さんが言った言葉を」
”親がすべきことは・・・。子供の心をじっと見守って待つこと・・・”
「早く陽春が笑顔になりますように・・・。そう祈って見守ることが
私の務めなのにね・・・。ふふ。お節介おばばが顔を出しちゃったわ」
「母さん・・・」
「はいこれ・・・」
沙織は着物帯から一枚の栞を出した。
すずらんの押し花の小さな・・・
「・・・陽春に幸せが訪れますように・・・。未熟な母の代わりにお守りよ」
すずらんの花言葉は・・・
”あなたの幸せ”
「母さん・・・。ありがとう」
「しんみりしないで。さわやか〜な親子愛を演出しているんだから」
「・・・。さわやか〜ね・・・。ふふ。ではその親子愛に感謝して
母さんにモーニングコーヒーあとで淹れるよ」
「ええお願いするわ〜」
お互い
どこか気を使ったり見えない壁があった
”実の親子ではない”
(・・・少しずつ・・・。少しずつ・・・。オレと母さんなりの
親子を・・・築いていけばいいんだ・・・)
”お母さんって・・・。呼べないんだ。おじさん・・・オレ・・・”
”・・・いつか呼べるさ・・・。お母さんを大好きって気持ちがあるなら・・・
きっと・・・。信じていればきっとな・・・”
絵の具の匂いがした。
幼い頃
水里の父と交わした少ない言葉だったけど・・・
今、その言葉の意味がわかる・・・
「陽春。お節介はわかってるけれどこれだけは言わせてね・・・。」
「何だ?」
「・・・あなたの心の”雪”はきっと今も降り続いているのかもしれないけれど・・・。
できるだけ前向きに・・・。ね。お願い・・・」
「母さん・・・」
陽春の心を心配する沙織の瞳。
医師の道を捨て雪と共に生きると決めたとき、
周囲の反対を押し切って唯一、味方してくれた・・・
「ああ・・・。わかってる・・・。オレは一人じゃないから・・・」
陽春は自分を気遣う母に穏やかに微笑んだ・・・
「ったくよ〜。なーにお袋と兄貴ふたりで親子愛の劇場やってんだよ。
明日はな!オレの新刊が出る記念すべき日なんだぜ。祝ってくれよ」
「あ、そうだったの。売れたらいいわね〜。”売れたら”
おでこなでなでしてあげるわ♪で、おかわりチョウダイナ。夏紀」
そっけない笑って夏紀に茶碗を渡す沙織・・・
「ちっ・・・。調子のいい母親だぜ」
「人の事いえないだろ。確実にお前は母さん似だ。ふふ・・・」
「・・・兄貴の毒舌はオヤジ似だな・・・(汗)」
久しぶりの親子三人の朝食・・・
血のつながりより
目には見えない確かな”つながり”を
感じる
味噌汁の香りと
白米の甘さが・・・
水色堂の前をたけぼうきで掃く
目の前を母親に手を引かれた小さな女の子が歩いてく・・・
「・・・”母”か・・・」
(・・・)
誰でも必ず存在する”母”
けれど水里には・・・
ワンワンッ
「・・・!」
ミニピカの吠える声にはっとする。
ミニピカは尻尾を振って水里を見上げている
水里はミニピカを抱き上げた
「・・・。ありがとう。ミニピカ。そうだよね。あたしは一人じゃない・・・。
だから幸せなんだ」
ワンワンッ
ミニピカの体温。
自分に笑いかけてくれる存在があれば
心強い・・・
「さーて!今日も一日頑張るぞー!」
心の奥で燻る母への憧れを押し消し
せっせと歩道を掃く水里だった・・・