デッサン

〜優しい春〜
桜が咲いた。

公園の桜。

芝生の上で親子連れが敷物をしいてサンドイッチを食べて。

バトミントンする母と少女。

少女の方は6歳ぐらいでバトミントンが大きく見える。

一生懸命に羽根を的にあてて飛ばそうとするが空振り。

ぐずり始めた少女がやけをおこしてバトミントンを投げつけた。

母親は「がんばってあきらめないで」と優しく声を掛け、少女に最後まで羽根を打たせようと応援・・・。

「いち、にの、さんッ!」

母親のかけ声と一緒に羽根はポーンと的に当たり飛んだ!

「きゃ〜♪できたぁ!!ママ、できたよッ!できた!!」

バトミントンと羽根を持ったままぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶ少女。

母親は少女を手をとって一緒に喜んだ・・・。

そんな母娘の光景を水里は少し離れた場所からずっと見つめていた・・・。

微笑ましい光景・・・。

自然と水里の心も綻ぶ。

心のキャンバスに捉えていつか絵にしたいと思う水里・・・。

その水里の前に、一人のお客が・・・。

「あの・・・。妻の似顔絵をお願いしたいのですが・・・」

見ると、初老の男と車椅子に乗った白髪混じりの中年の女性だった。

足が悪いのか・・・。膝にはベージュのあたたかそうな膝掛けをかけて・・・。

「あ、はいあの・・・。奥様だけでよろしいのですか?」

「はい。妻の似顔絵を・・・。今日、この公園にきた記念に一枚欲しいなと思いまして・・・」

細身で品のある落ち着いた趣の夫・・・。

妻を気遣うように話す・・・。

「わかりました。そちらの方に奥様を・・・」

水里の言うとおり、夫は妻のいい位置に車椅子を動かした。

「15分程で仕上げますから・・・。それから多少動いて下さって結構です、たまにこちらに視線を送っていただければ・・・」

「あ、あの・・・。すみません。妻はその・・・病気で・・・」

夫の言うとおり、妻のほとんど無表情・・・。虚ろな目をして・・・。

「あ・・・はい、あの気になさらないで下さい。空を眺められてもいいし、奥様とお話してされてください。気楽になさってください。では始めますね・・・」

水里はコンテで、カーボン紙に老夫婦をデッサン仕始めた・・・。

無表情の妻に夫は何気ない言葉をかける。

「菊江、ほら・・・あの雲は何だか魚ににているな・・・。そうだ今晩の夕食はさんまにするか。季節はずれだけどな・・・。フフ・・・」

夫の言葉にも無反応の妻・・・。

「寒くはないか?温かいといってもまだ春先だからな・・・」

妻の手を両手でこすって温める・・・。

しわしわの手・・・。

荒れている手・・・。水仕事のしすぎでなる荒れ方だ。

その手を見たら夫が家での妻の介抱をしている一人でしていることが伺えた・・・。

二人のやりとりから色々なことを感じながら水里はペンを走らせた・・・。

「では・・・。完成しました。如何でしょうか・・・?」

水里は夫の方にできた絵を見せた・・・。

「ほう・・・。お若いのに上手いものですね・・・。お若いのにというのは失礼でしたね。でも本当に上手いものだ・・・。短時間でこれだけ・・・」

「喜んでもらえて私も嬉しいです」

「ほら、菊江、見てごらん。私とお前だよ。すごくよくかけているな」

夫の方が妻に絵を見せると・・・。

「こんなの・・・。こんなしわの寄った顔、私じゃない、私じゃない・・・ッ!!!」


ビリビリビリッ!

妻は絵を真っ二つに、粉々に破り捨てた。

「な、何をするんだ。菊江!」

「あんなの私じゃない!!私はまだ若い!!あんなの私じゃないィッ!!」

妻は混乱し、髪を手で掻きむしる。

「わかった。わかった・・・。ワシが悪かった。そうだったな。お前はまだ若い・・・。わかったから菊江、落ち着いて落ち着いて・・・」

必死に妻を宥める夫・・・。

手足をばたつかせて子供の癇癪の様に暴れる妻・・・。

否応なしに周囲の人々の視線が老夫婦に集まる・・・。

「か、帰ろう。今日はもう帰ろうな・・・。菊江。あ、あのすみません。これ代金です。本当にすみませんでした」

慌てて夫が水里にお札を握らせた。

なんとそれはくしゃくしゃの一万円札・・・。

「あの、ちょ、ちょっとこれ・・・っ」

水里が一万円札を返そうと老夫婦を呼び止めようとしたが、もう老夫婦の姿はなかった・・・。

後に残されたのは、破かれた絵と一万円札と・・・。

「あ・・・」

クリーム色の腰掛けが芝生の上に落ちていた・・・。

その日の帰り、喫茶「四季の窓」に寄る。

店のマスターで名前は陽春(ようしゅん)。

水里は陽春が入れたコーヒーを飲みに毎日通っている。

一番右端の椅子が水里が座る席だ。

「・・・。そんなことがあったんすか・・・」

「ええ・・・。何だか・・・その旦那さんと奥さんがなんか痛くて・・・。あたし・・・」

周囲の人達の好奇な視線がまるで自分に刺さるようで痛かった・・・。

陽春はコーヒーカップを丁寧に拭きながら真剣に水里の話を聞く。

「はぁ・・・。でもどうしようかと・・・。この一万円と・・・。腰掛け・・・」

料金500円なのに一万円札。そして大切そうな腰掛け・・・。このまま自分が持っているわけにはいかない・・・。

「公園で待っていたらまた会えませんかね?」

「ならいいんでけど・・・。騒ぎになったからもしかしたらしばらくはあの公園には来ないかもしれないし・・・。どうしようかな・・・。私・・・。どうしてもお金と腰掛け返したい・・・。それからもう一度絵をあの奥さんと旦那さんの絵を描きたい」

もう一度会いたい。

会って今度こそ、老夫婦に満足してもらえる絵を描きたいと想うのだが・・・。

「待っていれば会えますよ」

「え・・・」

「これは僕の勝手な想像ですけど・・・。そのご夫婦はきっとあの公園が好きなんですよ。あの公園は不思議と人を和らげる空気があるから・・・。だからしばらく時間が経てばまたきっと来る気がするんです・・・」

「陽春・・・」

陽春が笑顔でそう言うと本当に待っていれば来る気がする・・・。

「そうですね。きっとまた会える・・・。うん、きっと!はー。マスター、コーヒーおかわりください!」

「承知しました」

陽春のコーヒーは不思議だ。

不安な心を本当に包むようなあたたかさがある。

「はい、おまちどうさま」

「ありがとうございます」

水里はゴクゴクとおかわりを飲み干した。

「水里さん」

「はい」

「もう敬語はやめましょうか。何だか堅苦しいです」

陽春は穏やかな笑顔を浮かべた。

「・・・。そうですね。なんか私も少し敬語だと緊張しちゃって・・・。じゃあ、今からマスターも敬語なしですよ」

「はい、わかりました。ってあ・・・」

やはりそう簡単には敬語はぬけきらないらしい。

「ふふっ・・・」

二人は顔を見合ってくすっと同時に笑う・・・。

マスターが笑うと自然に頬が緩む感じがする・・・。


(なんでかな・・・不思議だな・・・)

コーヒーも美味しいけれど・・・。

陽春がいるこの店は・・・。

とても居心地がいい・・・。


夜。アイロン台の上にはあの一万円札が。

丁寧にアイロンがけをしてピシッと新札並にしわをのばして綺麗にした。

そしてあのクリーム色の腰掛けはしわにならないようにハンガーにかけられて・・・。

「もう一度会えるといいな・・・」

そしてもう一度絵を描きたい・・・。

水里は次の日から店じまいしてから一時間程毎日、公園に通ってみた。

しかし何日経ってもあの老夫婦は現れない・・・。

「ハァ・・・。今日もだめかな・・・」

夕暮れのベンチに一人座りため息をつく水里・・・。

(ううん・・・。きっといつか来る・・・。あのご夫婦きっとこの公園が好きなはずだ・・・。また明日来るか・・・)

水里がそう思って腕時計を見たとき。

(・・・ん?)

噴水の向こうの植え込みのなかを四つん這いになって一人、男が何かもそもそ探している。

(あれはもしかして・・・)

水里が静かに近づいてみると・・・。

「ない・・・ 。くそ・・・。どこいったんだ・・・。菊江のショール・・・。くそ・・・くそ・・・」

やはり、あの老夫婦の夫の方だった。

「あの・・・っ。すみません」

「わぁッ!?」

老夫婦の夫は腰を抜かして驚いた。

「あ、貴方は・・・。絵描きさん!」

「すみません、驚かせて・・・。あの・・・。もしかしてお探しのもってこれですか・・・?」

水里は紙袋からあの腰掛けを取り出した。

「ああ、そうです!これを探していたんです!貴方が拾って下さったんですね・・・。いや、ありがとうございます!!」

「それはよかった・・・」

老夫婦の夫は体中草だらけ。

この腰掛けは相当に夫婦にとって大切な物だったことが伺える・・・。

「あの、それとこれ・・・」

更に水里は貰った一万円札を返した。

「こんなに頂けません。お返しします・・・」

「いえ、これは受け取ってください。酷いことをしてしまいました。貴方がせっかく描いて下さった絵を・・・」

「それは気になさらないで下さい。あの・・・。寒くなってきましたしここでは話がなんですからお時間がありましたらご一緒くださいませんか?」

水里は老夫婦の夫を陽春の店に連れてきた。

「マスター。コーヒー二つよろしく」

「はい承知しました」

水里達は窓際の席に座り、互いに自己紹介した。

老夫婦の夫は松岡と名乗った。

妻の菊江が入院してずっと散歩にはこられなかったという・・・。

「はいおまちどおさまでした。ごゆっくり・・・」

陽春の入れたコーヒー。

香ばしい香りと湯気が二つのカップからたつ・・・。

「あの腰掛けは私が結婚した時にワシが妻に贈ったものなんです・・・。妻はずっとそれを大切にしていてくれて・・・。だからあの腰掛けがなくなったとずっと泣いていたんです・・・」

妻の事を話す松岡の顔は実に優しげで労りの気持ちに満ちている・・・。

「あ、そうだ。まだお詫びしていませんでした。本当にこの間は失礼なことをしました・・・。実は・・・妻の頭のなかでは 自分はまだ二十歳程の年だと思いこんでいて・・・。長年の闘病生活で・・・。心も病んでしまって・・・」

「・・・」

深刻な松岡の話に、水里は恐縮な気持ちになり何故だか姿勢を正した・・・。

「この間の様に人前で騒ぎになったりで・・・。ああ、すみません。私の話などどうでもいいですな・・・」

松岡はコーヒーをズズッと飲んだ。

「・・・うまい・・・。久しぶりにこんな美味しいコーヒー呑みましたよ。やぁ・・・。体がなんだかホッとします」

「あの・・・。松岡さん。もう一度、描かせてくださいませんか?」

「え・・・?」

「奥さんと松岡さんをもう一度描かせて下さい・・・。お願いします・・・!」

水里は松岡に頭を下げて頼んだ。

「それはもう嬉しい申し出なのですなのですがあ、あの・・・。でも妻は自分をまだ二十歳だと思っているんです・・・。描いて下さってもまた破いてしまうかも知れない・・・」

「あの・・・。口をはさんでもうしわけありません。奥様の若い頃のお写真とかはないのですか?」

陽春が松岡に尋ねた。

「それが・・・。妻も私も長年共働きで旅行など行ったことがなく、写真はほとんどないのです・・・」

松岡は寂しげな表情を浮かべた。

「大丈夫!写真がなくても描けますから」

「え?」

「人物画が私は一番得意なんです。奥さんを世界一の二十歳の美人に描いて見せます!!ですから、松岡さんと奥さんを・・・描かせて下さい・・・!」

水里は胸をドン!と叩いて松岡に言った。

水里の迫力に圧倒する松岡と陽春・・・。

こうして水里は松岡夫妻の絵を描くことになったのだが・・・。

しかし。若い頃の写真もないのに今現在、60歳の人間の二十歳の頃をどうやって描くのか・・・。

それこそ、ハイテクのコンピュータでも使わなければ無理だろう。

・・・が。

実は水里にはその『コンピュータ』が頭に備わっている。

他人には秘密の能力がある・・・。


「父さん。あんまり人前では描くなって言っていたけど・・・。人がもし喜んでくれるなら・・・。いいよね?」

机の上の父親の写真に向かってそう呟く水里・・・。

実は水里にはちょっと変わった特技があった。

水里は幼い時から人一倍、記憶力が良く、目で見た風景や物のイメージを自由に広げる事に優れていた。

おとりよりの若い頃をの姿をイメージしながら、皺(しわ)や輪郭を調整しつつ描く・・・。

小学校の頃、図画の時間に担任の教師の子供の頃をイメージして何気なく水里は絵を描いた。

それが本当に子供の頃の姿そっくりで、水里の特技は大人の間では評判になった。

けれどクラスメートの間では・・・。

「ふう・・・。でもそういう描き方久しぶりだから大丈夫かな・・・。何だか急に心配になってきたぞ・・・」

松岡の前で大風呂敷をしいてしまった水里・・・。

(・・・。父さん。天からお力をおかし下さいませ・・・!)

そう呟きながら、ペンを真っ白なキャンバスにペンを走らせる。


一度しか見ていない松岡の妻の顔・・・。


”こんなしわくちゃな顔は私じゃない!私じゃない!”


姿形は年老いても、松岡の妻の心はまだ二十歳のまま・・・。

松岡の愛情を受けて、とても綺麗だった・・・。


水里は浮かぶ松岡の妻の笑顔を線にして、そして色づけていく・・・。


車椅子を押す松岡も若い青年に・・・。


2日、3日・・・。水里は毎晩夜、ほぼ徹夜で絵を描き続けた。


そして朝になり・・・。

「できたーーーッ・・・!・・・と・・・ZZZ」

そのままベットにバタン、キュウ・・・3秒で熟睡した水里だった・・・。


暫く経って・・・。

陽春の店に松岡と妻が訪ねていた。

「妻にもここのコーヒーを是非飲んで欲しくて・・・。それに退院してから初めての外出なんです」

「そうですか・・・。今日は天気がいいですから・・・。ほら外の風景が綺麗です」

歩道の街路樹を眺める窓際の席に座る松岡夫婦。

のんびりと・・・。

太陽の光を浴びて、外の風景を眺める・・・。

行き交う人々の表情一つ一つ・・・。

コーヒーをじっくり味わいながら・・・。


ボーンボーン・・・。

柱時計の針が3時を差している。

「水里さん、遅いなぁ・・・」

「マスター。いいですよ。私達にとっちゃ、待ち時間も楽しみの一つですから・・・。な、菊江」

「・・・」

無反応の妻に優しく語りかける松岡・・・。

松岡の幸せそうな表情が染みる・・・。

もし・・・。

死んだ妻が生きていたら・・・。

どんな状態でも生きてそばにいたら・・・。

そんな思考に捕らわれる・・・。


「あ、山野さんだ」

慌ててこちらへ走ってくる水里姿が見える。

カランカランカラン・・・ッ。

「す、すんません、遅れましたッ」

キャンバス抱えて息きらせる水里・・・。

何故か、松岡と陽春は水里に注目。

「あ、あの・・・。何か・・・?」

「・・・水里さん、徹夜されたんですね」

「え・・・?」

水里はフッと窓に映った自分の顔を見た。

(わッ・・・!!)

頬に、絵の具が・・・。

それに前髪が思い切り跳ねていた・・・。

ささっと前髪を整える水里。

「フフフ。山野さんは面白いなぁ・・・」

松岡にまで笑われてしまった・・・。

「あはは・・・」

苦笑いの水里。

(・・・。誉められてるんだか微妙だけどまぁいいか・・・)


「あ、あの・・・。松岡さん、絵、できました・・・見ていただけますか?」

「是非、拝見したいです」


水里はバックから静かにキャンバスを取り出した・・・。


「・・・おぉ・・・!」


そこに描かれているのは・・・。

桜吹雪の中、若い妻の菊江と凛々しい真っ黒の髪の松岡がいた・・・。


若い姿とはいえ、まさしくそこに描かれているのは顔かたち、松岡と菊江そのものだ・・・。

「そっくりです・・・!妻の若い頃そのまんまで・・・。いやぁ・・・。これは見事だ・・・。ほら、見てごらん、菊江、私とお前だよ」

松岡が菊江に絵を見せると・・・。

「桜・・・。綺麗な・・・桜・・・」


菊江はなんども手のひらで絵を撫でる・・・。


「ああ・・・。お父さん・・・。桜・・・。綺麗だったわね・・・。花吹雪がとても・・・」

「・・・菊江・・・。お前・・・今『お父さん』って・・・」

「ねぇ・・・。お父さん・・・。また桜が見たいわ・・・。この絵の様な桜が見たいわ・・・」


菊江の久しぶりに聞いた『おとうさん』

その声は、二十歳の頃と変わらず・・・。


ホッとする声・・・。


「ねぇ、お父さん、桜が見たい・・・」


「ああ、分かったよ・・・。そうだな。散り際かもしれないが、最後に見に行こう。菊江・・・」


そんな松岡夫婦に、陽春は桜の花びらが混じったケーキをプレゼント・・・。

「まだ試作なんですが・・・。食べていただけますか?」

「ありがとうございます。いただきます」

ピンク色のクリーム・・・。

絵の中の桜がケーキに散った様・・・。

「おいしい・・・。桜の味がします・・・。な、菊江・・・」


「・・・」


再び黙る菊江だが・・・。

それでも穏やかな顔だ・・・。


ケーキを食べ終え、店を跡にする松岡夫妻・・・。

帰り際に水里と陽春に何度も頭を下げ、


”いい春をありがとうございました・・・”


と呟いて帰っていった・・・。


車椅子を押す松岡の後ろ姿をずっと見送った水里と陽春・・・。


「私の描いた絵・・・。あれでよかったのかな・・・」

「え?」

「よかったのかなって思って・・・。私の一方的なイメージで・・・描いてしまって」

「ありのままじゃないですか。松岡さん夫妻の心は何十年経とうがお互いを思い合っているのは変わらない・・・。水里さんはそれを絵にしたんでしょう?ならそれでいいんじゃないでしょうか。僕はそう思いますよ」

「・・・そう・・・かな?」

「そうですよ」

「うん、そうだね・・・!」


陽春の言葉は不思議だ。

コーヒーの様に人を落ち着かせたり、和ませたり・・・。

『四季の窓』に人が惹かれる理由が分かる・・・。


「でも・・・」

「え?」


「何十年経っても変わらない心・・・か・・・」

「・・・」


遠くを見つめる陽春・・・。


遠く、遠く 遠く・・・。


見えない存在を追うように・・・。


(マスター・・・)


「・・・マスター!さっきのケーキまだあります?」

「ええ。ありますよ。水里さんも食べて下さい」

「マスター。敬語・・・ですよ」

「そういう、水里さんだって」


くすっと笑い合う水里と陽春。


「桜ケーキ、いっただきまーす!」


ぺろりとケーキを平らげた水里。

(マスター元気になってよかった・・・)

陽春の嬉しそうな様子に水里は少しホッとした。

さっき一瞬浮かべた寂しげな視線が何だか・・・。



『素敵な春をありがとうございました』

松岡の言葉・・・。


(マスターにもいい春が訪れますように・・・)


桜が散る・・・。


日本中のみんなにも幸せな春が訪れますよう・・・。