デッサン
第14
心の拠り所
心が辛いとき。
哀しいとき。
自分が分からなくなったとき。
そっと荷物を下ろすように心を置ける場所があればどんなにいいだろう。
心が軽くなる場所があればいいだろう。
そんな心ががあったらきっと・・・。
少しだけ強くなれる気がする・・・。
明日が来るのが怖くなくなる気がする・・・。
人が怖くなくなるかもしれない・・・。
自分だけの『拠り所』が欲しい・・・。
※
”変な子。可哀想だから可愛がってあげているのに。無表情なんだもの”
”どうしてしゃべらないのかしら?何を怯えているの?”
大人たちが私に言う。
見えないところで言う。
”山野さんグループにいれたら雰囲気暗くなる”
”空ばっかり見て。変なの・・・”
クラスメートが私に言う。
見ているところで大声で言う。
だから私は聞こえないように隠れる。
人がこない場所に。
何も聞こえてこない場所に。
・・・みんなが怖いから・・・。ひとが怖いから・・・。
「・・・わッ」
店のレジでうたた寝していた水里。
額に汗をかいて目覚める。
(・・・夢か・・・。昔の・・・)
幼い頃の辛い記憶。
今でも時々、夢に見る・・・。
「あ、そうだ。在庫の補充しなくちゃ」
ダンボールから品物を種類別に分ける。
嫌な夢だった。
余韻が重い・・・。
周囲の人間が全て怖かった。幼い頃。
だから今でもそれは残っていて・・・。
「わッ」
ビクッと背中を強張らせる。
「こんにちは!水里ちゃん!」
しゃがんで画材を整理していると、後ろから菊田(母)が
水里の背中を叩いた。
「ど、どうしたの。そんな驚いて・・・」
「う、ううん。ご、ごめん。ちょっと驚いて」
「驚き『すぎ』よ〜」
「そ、そうだね。オーバーリアクションすぎたね。はは・・・」
だけど、水里の心臓はまだバクバクだ。
夢の中の恐怖心が残っているから・・・。
「で。何のよう・・・?」
水里お見合い事件以来、美容院の菊田(母)と菊田(娘)はある人物とある人物
の仲をとりもとうとなにやら画策している。
朝から水色堂に来る母娘。
「水里ちゃん。とつぜんだけど、今、好きな人、いる?」
「は?何。おばちゃんもかなちゃん(菊田・娘の名前)も・・・」
「重要なことなのよ。例えば・・・。四季の窓のマスターとか」
ガタガタガタ・・・!
段ボール箱を片付けていた水里、レジの奥でこける。
「・・・ふふふ。分かりやすい答え方だわねぇ。これで水里ちゃんの気持ちは
わかったわ」
「な、何を企ててるんだ!あんたらはー!」
「ふふふ。まかせて!この間のお見合いは残念だったけど、
今度は成功させて見せるから♪じゃあね〜」
怪しげなそしてまことに不気味な笑みを浮かべ、菊田母娘は
水色堂をあとにした。
「・・・果てしなく。嫌な予感が・・・(汗)」
水里は何事もないよう、秋の空に願った。
その頃。菊田母娘は陽春の店に居た。
「ねぇ。マスター」
「何ですか?菊田さん」
「マスターは・・・この先ずっと独身を通されるつもりですか?」
余りにも唐突な菊田(母)の質問にグラスを拭いていた
陽春の手が止まった。
「ど、どういう意味でしょう・・・」
「再婚とか、お考えではない?あ、今すぐにとは言わないの。
だってまだ奥様亡くされてまだ3年経つか経たないかですものね。あくまで
先の話としてお聞きしているの」
「・・・それは・・・。なんとも・・・」
優しい陽春だがさすがにこの手の質問には答えがつまる。
菊田母娘は決して悪気じゃないのがわかるので”余計なお世話”だとも言いづらく。
「ごめんなさい。意地悪な質問だったわね。じゃあ、どんな女性が
好みかしら?」
「・・・は?」
「小柄で。わりと童顔なタイプはいかが?」
まるでメニューみたいに菊田(母)は言う。
「あ、あの・・・。申し訳ありません。菊田さん一体、何をお話になりたいのでしょうか?
話の趣旨がいまいちわからないので・・・」
「ふふふ。主役の二人は分からなくていいの。さーて。お互いの気持ちは大体把握できたわ!
あとは、外堀をうめていくだけね!マスター、コーヒーご馳走様でした♪」
ご機嫌気分で菊田(母)はコーヒー代を払い、店を出て行った・・・。
「一体。ナンなんだ・・・」
首をかしげ、再びカップを拭き始めた陽春だった・・・。
菊田(母・娘)の暴走、いや、画策は止まらない。
勝手に見合い上を決め、着物をしんちょうし、なんと仲人まで
頼んだ始末。
そしてそのプランを水里に見せにやってきた
菊田(母・娘)
「な、な、なんちゅうことを企ててんだ!勝手に!!!」
「こういうことはね、周りでお膳立てしてあげないと。ただでさえ、水里ちゃん
、貴方は奥手の引っ込み思案なんだから」
「あのね。おばちゃん。マスターには奥さんがちゃんといるんだよ!何考えてるの!」
水里の怒鳴り声が店に響く。
「わかってるわ。でももう、3年近くたつんだし。いい頃合かと」
「頃合もなにもないよ・・・、どうして勝手なことを・・・」
「水里ちゃん。貴方、今年の冬で幾つになるの?」
「・・・う。い、いくつって・・・に、二十と五年ですけど・・・」
「もういい年じゃない。周りを見て御覧なさい。貴方の年で結婚してる人、結構いるのよ」
「だ、だから?」
「ずっとこのお店を一人で結婚もせず続けていく気・・・?はっきり言うけど
そんな儲かってはないでしょう・・・」
「・・・」
確かに。最近は赤字だ。
生活も正直苦しい・・・。
だけど、この店は守りたい。
「私はね、貴方の小さいときを知っているわ。だから心配なの。幸せになってほしいの。
水里ちゃんは親兄弟もいないし、可哀想で見てられないの。お金にこの先困るでしょうし、誰かが
何かして”あげな”くちゃ・・・」
「可哀想・・・」
言葉は励ましのつもりでも。
哀れんでる。ただ、それだけに聞こえた・・・。
「”こんな店”を続けるより、自分が幸せになれる”居場所”みつけなくちゃ!
こんな店たたんで、駐車場にしたらきっと生活がらくに・・・」
”こんな店”菊田(母)のその言葉が水里の心の怒りに火をつけた。
「うるさいな・・・」
「え?」
「”こんな店”だって・・・?駐車場だって・・・?冗談じゃないよ!!ここは・・・。
ここは私にとって父さんから預かった大切な場所なんだよ・・・!!それを悪く言わないでよ!!」
唯一の肉親。父から預かったたった一つの場所・・・。
それを駐車場だって?
野ざらしにしろって・・・?
「それに、誰がいつおばちゃんに心配してくれって頼んだの?
余計なお世話なんだよ!私は私なりの思いがあるのに・・・!!」
「帰って」
「水里ちゃ・・・」
「帰ってったら!!」
バタン!!
水里は菊田(母)を追い出し、店の鍵をがちゃっと閉めた。
「水里ちゃん・・・」
菊田(母)は哀しげに閉められたカーテンを見つめていた・・・。
その日、水色堂は臨時休業。
夕方になって、
水里の足は気がつくと陽春の店の前に来ていた。
カラン・・・。
「いらっしゃいませ、あ、水里さん!」
陽春の笑顔が興奮していた水里の心をほっとさせる・・・。
「今日は結構暑かったですね。コーヒーはアイスにしますか?」
「あ、はい・・・お願いします」
水里の元気がないのをすぐに陽春は感じた。
だが何も聞かない。
水里自身から話すまでは・・・。
「はい。おまちどうさまでした。アイスコーヒーです」
「・・・相変わらず・・・。マスターのコーヒーは美味しいな・・・」
冷たいのに、あったかい・・・。
「・・・何があったか・・・。聞いてもいいですか・・・?水里さん」
「・・・はい・・・」
水里はさっきの菊田(母)との出来事を陽春に話した。
「すみませんでした。マスターも巻き込んじゃって・・・」
「いえ・・・。菊田さんだってきっと悪気じゃない。いささか強引だけれど・・・」
”小柄で童顔はいかが?”
その質問の意図がようやく陽春はわかった。
「菊田のおばちゃんは昔から私に良くしてくれて・・・。
父がなくなった後も・・・」
「世話好きですからね」
「でも・・・おばちゃんの一言
が許せなくて・・・。カッとなってひどいことを言ってしまった・・・」
『余計なお世話だよ!!帰って!!』
水里は前髪をくしゃっと掴んで顔を歪ませた。
「おばちゃんは本当はいい人なのに・・・。いつも私のこのくせッ毛を
優しくブローしてくれる・・・。私・・・。本当はおばちゃんが好きなのに・・・」
”水里ちゃん、お嫁に行くときは私が絶対に髪、セットしてあげるからね”
それが口癖だった。
おばちゃんにブローしてもらうのが
一番好きだったのに・・・。
「大丈夫ですよ。きっと菊田さんだって水里さんの気持ち、分かって
くれます。きっと・・・!」
「マスター・・・」
陽春の言葉は不思議だ。
陽春が言うと本当に本当にそう思える・・・。
コーヒーをもう一口ごくっと飲む。
ホッとする。
体にぬくもりがしみこむよう・・・。
そう・・・。
水里は何だか気分がふわふわしてきた。
「マスター・・・。このコーヒー・・・。
何か入っていますか?他に・・・」
「ええ。ブランディを少しいれてみたんですが・・・」
「あ・・・。やっぱり・・・」
アルコールが回るのが早い水里。
もう頬が赤くなってきている。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫。私、いつも、ビール一缶はあけますから」
開けることは開けるが半分残す程に下戸だった。
「それにしても・・・。おばちゃんにも本当に参ったな。
マスターと私がお見合いだなんて・・・。どこからそんな発想が・・・」
「ふふ。”お見合いの達人”の魂はすごいですね」
「・・・本当に。マスターの相手が”私”だなんて。せめてもっと綺麗で優しいあったかい人
でないと・・・。人選ミスですよね・・・」
「・・・そんなことは・・・」
酔いがまわってきたのかぼんやりとする。
壁に飾ってある自分が描いた公園の風景画を見つめた。
陽春と雪の思い出の場所。
そしてその二人を水里が見ていた場所・・・。
「・・・。マスターの隣には・・・。『雪』さんじゃないと
いけません・・・」
「・・・」
「・・・。雪さんはまだ生きてる・・・。おばあちゃんは時がたてば亡くなった人は
時がたてば”思い出”になるって言ってたけど・・・。それは違う。時間が経てばたつほど
『生きて』くるんですよね・・・」
水里の一言一言が陽春の心に染みる。
その通りだからだ。
時間が経てば経つほど。
生きていたときの記憶が鮮明に、そしてそれに救いを求める。
大切なものを失った痛みは・・・。
「一度しか会ったことはないけれど・・・。雪さんの笑顔はすごく心に残っています・・・。
なんかこう・・・。春に咲くピンクの花・・・みたいな」
「・・・」
水里の雪へのイメージがなんとも可愛らしくて陽春は少し嬉しく感じた。
「だから。雪さんとマスターはずっと一緒なんです。
私の心の中のスケッチブックにはずっと一緒に笑ってる・・・」
揺れるコーヒーの表面に
あの公園を笑って歩く雪と陽春が浮かぶ。
”なんてお互いをしっかり見詰め合って笑っているんだろう”
たった一度の雪との接触だったけど、
雪と陽春はきっと強い心の絆で結ばれているんだと水里は
肌で感じた。
「何も知らない私が言うのも変だけど・・・。
本当に”素敵”だなって思った・・・。そういう風に人同士が
繋がりあえるっていうことが・・・」
「・・・そんな。誉めすぎですよ・・・」
水里は静かに首を横に振った。
「私には・・・。できない」
「・・・。何がですか・・・?」
「私は・・・私は・・・人と深く付き合うことが・・・。繋がることが・・・」
蘇る昨日見た夢。
恋だとかなんてなんか・・・突飛過ぎる話で・・・。分からないんです・・・。
きっと人から見たら変かもしれないけど・・・」
「・・・」
急に水里の表情が固く、強張ってきたように見えた。
何か嫌な記憶を思い出しているような・・・。
「分からない・・・」
「・・・何がです・・・?」
「恋っていうものが・・・」
「・・・」
「酔っているとはいえ、水里のとつぜんの予想外の言動に陽春はかなり動揺する。
「おばちゃんに、マスターのことを好きかどうかと聞かれました・・・」
陽春は思わず水里から視線を逸らす。
でも心は・・・。
少し緊張して言葉を待った・・・。
「頭に浮かんだのはマスターの淹れたコーヒーの香りだった」
(・・・こ、コーヒーの香りって・・・)
拍子抜けした感じの陽春。
「マスター。私・・・。おかしいのかな・・・?変なのかな・・・?
恋とか愛とか・・・。ううん・・・人と深く”関わる”事自体が、どうやったら
いいのか・・・分からないんだ・・・。子供の頃から、ずっとずっとずっと
分からなかった・・・」
だから。
いつも一人だった。
教室のすみっこに一人。
”おはよう”
の一言さえ、言えなかった。
「お店やっていても。時々、「こんにちは」って入ってこられた
ら必要以上に緊張するし・・・。お客さんに
絵のことをくわしくきかれたら、頭の中でどう応えようか言葉がぐるぐるまわってしまう・・・。
メリーゴーランドみたいに。そんな自分が情けなくて・・・」
そんなことが、
まだこの年になってもある。
情けない。
悔しい・・・。
「だから、私には”恋”なんて難しすぎるんです。
”恋”っていうのは人と人の心が深く関わっていって大きくなるものでしょ・・・
私にはそれが・・・。できないし・・・。分からない・・・。
怖い・・・。怖くてたまらない・・・。人が怖いんだ・・・。人が・・・。
人の心と触れ合うのが・・・。今でもとてつもなく怖いんだ・・・」
水里の肩が震えている。
子犬のように。
まるで怯えた・・・。
「自分でも馬鹿みたいってわかってる・・・。どこか変だってわかってる・・・。でも。怖い・・・。
”恋”でも”友情”でも何でも人と触れ合うことが怖い・・・。
いつまでもこんなんじゃいけないってわかってるのに・・・。」
”人と触れ合うことが怖い”
雪をなくしてから、陽春もそうだった。
この店を開いて様々な客が来たけれど、
心のどこかで、人とのコミュニケーションをとり辛かった。
・・・人と深く関わってそして失すのが怖いから・・・。
「変なんかじゃないです。僕だって・・・。雪をなくしてから・・・。
人と関わることが苦しくなった・・・。笑顔で”いらしゃいませ”が
言えなかった・・・」
この店を守りたいのに・・・。
笑えなかった。
笑っていたとしても。
心は泣いていた・・・。
「水里さん。そんなに自分を責めないで・・・。人が怖い・・・。
そう思う貴方だから、人と人を繋げる”絵”が描けるだ・・・きっと。
だから、自分を責めないでください・・・」
陽春。
名前の通り本当に春の陽のよう・・・。
水里はそう思った・・・。
「今なら・・・。おばちゃんの質問に応えられる気がする」
「え・・・」
おばちゃんの質問。それは”マスターをどう思っているか”
陽春の鼓動はドキッと反応した。
「2つ頭に浮かびました。一休さんみたいに」
(一休さん・・・か。ふふ・・・)
「・・・2つですか・・・?」
「はい。2つ・・・」
水里はアイスコーヒーを一口飲んだ・・・。
「・・・一つは・・・。何ですか?」
「・・・この世で一番。マスターが淹れるコーヒーが好きって・・・こと・・・」
水里は虹色のカップを優しく見つめた。
「疲れもふっとぶし、栄養満点だし・・・。だからつい飲みすぎちゃうけど(笑)」
陽春はふふっと顔をほころばせた。
「でも。本当にマスターの淹れるコーヒー。ううんコーヒーだけじゃない。
言葉もみんな・・・。元気がでるんです。こんな私でも・・・。人と関われる
”勇気”が湧いてくる・・・。本当に。心の底から・・・」
虹色のカップを大切に大切そうに
撫でる水里・・・。
虹色のカップを見ていると
気持ちも虹色になって明るくなる・・・。
「あとの・・一つ目は・・・なんですか・・・?」
「・・・このお店が・・・。マスターのいるこのお店が大切な私の”居場所”だってこと・・・」
「居場所・・・?」
「素直な自分で居られるとっても大切な居場所なんです・・・。ずっとずっとそんな場所が欲しかった・・・」
「・・・」
自分もそうだ。
雪を失くした痛みを和らげる、そんな場所が・・・。
「だから・・・。居場所をくれたマスターには。ううん。このお店を
つくってくれた雪さんとマスターにいっぱい、ありがとうって言わなくちゃ・・・」
「水里さん・・・」
「ありがとう。雪さん。マスター」
立ち上がり、店の壁やコーヒーカップにおじぎをして言った。
店、全部に言いたい。
全部に・・・。
「いつも、お世話になってます。ありがとう。雪さん、マスター」
何だか小さな体が何だかコケシの人形みたく可愛らしいので
陽春はくすっと笑った。
「・・・それと、おかわりし放題の不束者ですがこれからもよろしくお願いします。マスター・・・」
水里は右手をすっと陽春に差し出した。
「こちらこそ・・・。ありがとう水里さん・・・」
スッと水里の小さな手を包んだ。
小さな手。
でも。
とても心地いいぬくもりがする。
「・・・よろしく・・・。よろ・・・」
「あ、水里さん・・・!」
カクン・・・と水里の小さな体は
陽春の大きな腕にまるで洗濯物のシーツの様に引っかかった。
「スースー・・・」
完全に、アルコールが回り眠ってしまった水里・・・。
さっきまで怯えていた子犬は
なんともあどけない寝顔をしている。
「ふふ・・・」
陽春は水里を静かに座らせ、
自分が着ていたカーディガンをそっと水里にかけた。
そして。
「・・・こちらこそ・・・。末永くご贔屓にお願いします・・・」
と小さくつぶやいた・・・。
その日の陽春の日記。
『雪・・・。君は僕に言ったね・・・?”あなたの人生を・・・あなたらしく・・・”
だけど僕の人生は雪、君そのものだった。君がいなくなっても・・・
僕の居場所は永遠に君だ・・・』
写真たてを手に取る陽春。
『雪・・・。君がいなくなってから僕は君とはじめたお店を守ることだけが僕の支えだった。
でも心は・・・いつも死んでいた。君がいないことに。君を・・・守れなかった自分に・・・』
暗い部屋で。
大好きなはずの笑顔が痛かった・・・。
あの笑顔がない現実。
守れなかった自分。
責めて。責めて。責めて続けて。
そこから抜け出したかった。
辛くて狂いそうだった自分を・・・。
『だけど・・・。今日。君を守れなかったこんな僕を。君が大好きだったこの場所を
必要だって大切な居場所だってってくれたんだ・・・。それが・・・本当に本当に嬉しかった・・・』
”ありがとう。マスター・・・本当にありがとう・・・”
水里の声が陽春の心の奥の奥にあった痛くてたまらなかった
場所の棘をスッと・・・
抜いてくれた気がした・・・。
”貴方は、生きてここにいていいんだ・・・と”
『やっぱり僕は・・・”生きて”いるんだな・・・。
人は生きていると・・・”欲”が出るものなのだろうか・・・。
今、生きている僕はもう一つ・・・”居場所”があったらいい・・・そう思ってしまっている・・・』
”このお店は私の居場所なんです・・・”
水里の涙と言葉が脳裏によぎる・・・。
『僕の永遠の居場所は雪、君だけだ。変わらないよ。ずっと・・・。でも・・・。いつか・・・。
許されるなら
片隅に、ほんの片隅にもう一つ、小さい”居場所”をつくっていいだろうか・・・。
ずっと先かもしれないけれど・・・いつか・・・』
”自分が素直になれる・・・こんな自分でも”ここ”にいてもいいんだって思える場所・・・”
水里の言葉が陽春を包む・・・。
『雪・・・。僕はまだ君の笑顔を忘れることは出来ない・・・。永遠に・・・
でも・・・。生きていく。僕らしく・・・。強く・・・。だから。見守ってくれ・・・』
その日の最後日記はそう締めくくられた・・・。
そして。
日記に挟まれた栞の色は・・・。
白から水色にその日から変わったのだった・・・。