デッサン
第16 話 Scene16 命が生まれてくる場所


吉岡太陽。6歳。特技。働く車シリーズの全部の歌詞がいえること。

キムタク似(本人談)で夢はピカチュウと友達になって飛行機に乗ることだ。

彼は今、ある大きな”疑問”を抱えている。

夜も眠れないほどに。


大好きな『ポケモン』のアニメの時間も忘れるほどに。



彼が何を疑問と思っているかというと・・・。



それは『生命の神秘』についてだ。



週末恒例『水里の家お泊りの日』



台所で洗物をしている水里の足元にちょこっと走ってきた太陽。


「何?太陽」



水里をじっと見つめる太陽。



「そ、そんなに見つめると照れるでないか。ナンの様だね?」



太陽はある本を水里に見せた。



(こ、こ、これはッ!???)



『赤ちゃん、どこから生まれるの?』

そんなタイトルの絵本だった。



「・・・太陽。これを読めと・・・?」



太陽はこくんとうなづいた。



「・・・。わかった。太陽もそういう事に
興味を持つ年になったのか。わかった。洗物が終わったらよんであげよう」



太陽は嬉しくなって水里に抱きついた。


だが当の水里は・・・。



(・・・。絵本だからそう”詳細”なことは書いてないだろう・・・きっと・・・)


少し不安だった。



そして。


「太陽、おいで。絵本よむぞよー!」



とことこっと走ってきてソファに座る水里の膝にのっかった。


「じゃあ、読むね。『赤ちゃん、どこからくるの?』」


タイトルを読み、最初のページをめくるとそこには
なんと。



(・・・)



大きなお腹のお母さんと女の子が出てきた。



柔らかいイラストでほっと胸をなでおろす水里。


中身も、お母さんと女の子のほほえましい会話がメインの絵本だった。



「”ゆみ”ちゃんはお母さんに聞きました。ねぇ、お母さん、いつ、赤ちゃんうまれてくるの?
するとお母さんは応えました。あと7日寝たら、生まれてくるのよ」


水里の膝の上に太陽、思わず指折り数える。



「ねぇお母さん、赤ちゃんはどうやってお腹からでてくるの?するとお母さんは言いました
”産道”っていう赤ちゃんが通るトンネルがあるの。そこを通ってくるのよ」


太陽は水里のお腹のあたりを撫でたりさすったり。”産道”が
どこにあるか探した。



「早く、赤ちゃん、うまれてくるといいね。ゆみちゃんは笑顔でそういいました・・・終わり。はい。
太陽。おしまいでーす!」


水里が絵本を閉じて太陽をひざから下ろした。


しかし太陽はまだ何か納得行かない顔をしている。


「なんだい。太陽。まだ何か疑問なの?」

太陽はうなづいた。


「一体何がそんなに不思議なの?赤ちゃんはどうやって生まれてくるかはわかったんでしょ?」


太陽はやっぱりうなづいた。


「じゃあ一体、何が・・・」


水里はハッとした。


そう。


親になれば誰もが困るであろう。この質問。




「・・・赤ちゃんはどうやったら・・・できるか・・・?ですか・・・。太陽博士」



ピンポーン!と言わんばかりに両手で丸を書く。



「・・・」



どうする水里。さすがにそれは”絵”に書いて説明することも出来ない。

どうする、水里。



太陽は水里がどう応えるかめをキラキラさせている。



(うッ・・・。太陽のキラキラ光線・・・。これは応えないとあとあと
引きずるな。でもなんと言ったら・・・)




「あ、あのね、太陽・・・。赤ちゃんはね・・・」


コウノトリなんて今時流行らないし。


神様がくれるんだよっていうのもイマイチ真実味がないし。


水里の頭は機関銃のように答えを探した。



「あのね・・・。赤ちゃんは・・・。大人の男の人と女の人が・・・」


”うん、うん、それで??”

太陽の視線がそう言っている・・・。



「ウ・・・お、大人の男の人と女の人があ、握手すれば出来るんだよ」



握手?と言わんばかりに太陽は水里の手を握った。


「いや、大人の人同士じゃないと無理なんだよ」



”ああ、そうか。じゃあ無理だね”

そう言う顔で何度もうなづき、納得したご様子・・・。



「じゃあ、もうこの質問は終わり!さ、寝るべ!太陽!」


やっと、質問地獄から脱したと思った水里だったが、

それは甘かった。


次の日・・・。




「やあ!太陽君!いらっしゃい!」


陽春の店にいつもの如く、ホットココアを飲みに太陽を連れてきた水里。


もちろん、あの”ピカチュウカップ”を持参している。


「はい。太陽君特製ホットココアです」


”ありがとうよ、マスター”と言わんばかりに腕組みをする太陽。



「かっこつけちゃって。ふふ。太陽。ふーふーして飲むんだよ」


カップを両手でもってちゃんとふーふーする太陽。

おりこうさんです。


「ふふ。太陽君はいつも元気だなぁ」


「元気がありすぎて困ってるんです。昨日も質問攻めにあって」


「質問?どんな質問ですか?」


「あ、あか・・・」


”赤ちゃんはどうしてできるの?”


そんな質問、陽春向かっていえるわけがない。



「あ、赤いトンボはどうして赤なのか・・・っていう質問で・・・(汗)」


「ふふ。男の子は昆虫が好きですからね。僕も昔、色んなものに興味を
もったものです」


「へぇ。マスターはどんな昆虫が好きだったのですか?」


「バッタとか、コオロギとか・・・カブトムシなんかも・・・」


陽春の幼い頃の話で盛り上がる二人を、となりでピカチュウカップを持った太陽、
じいっと見ています。

じいいっと。


”赤ちゃんはね、大人の男の人と女の人が握手をしたらできるんだよ”




ポン!


太陽は何かを思いついたように手をたたいた。


そして、席をおりると、水里の手をひっぱりカウンターまでつれてきた。



「太陽?どうしたの?一体・・・」


今度陽春の手をひっぱって、水里と握手させた。



(はッ。ま、まさか太陽・・・)



昨日、自分が言ったことを太陽はそのまま”実践”してしまったようだ・・・。



陽春は不思議そうに首をかしげている。


「あ、あの・・・。た、太陽、これからも私共々、よろしくおねがいしますって
言っています」


必死にフォローする水里。


「ふふ。そうか。いやいやこちらこそ、よろしくお願いします。
水里さん」


握手する二人の手をじいっと真剣なまなざしで見つめる太陽。


そして、水里のお腹に耳をあててみた。


(な、なにすんじゃい!!(滝汗))


多分、もうできたかな・・・と思っているらしい。


(ラーメンじゃないんだぞ!と、ともかくこれ今日は以上、太陽と
このお店にいられない。いったん家に退散しよう・・・)



「あ、ま、マスターちょっと買い物思い出したので今日はこれで帰ります。じゃあッ!!」


水里は太陽を抱きかかえ、突風のように店をあとにした・・・。



「ふふ。本当にあの二人は元気だなぁ・・・」


水里の苦労も知らず、陽春は笑っていたのだった・・・。





「フウ・・・。なんだか疲れた・・・」 水里たちは近くの公園に来ていた。 ベンチにぐったりした顔で座る水里。 その水里のお腹をまだ、さわったり耳を当てたりしている。 「・・・太陽。君の探究心には参ったよ・・・。だけどこればっかりは 神様じゃないとわからないんだ・・・」 そう。 水里の言っている意味がわからず首を傾げる太陽。 その太陽が発見! 水里の膝の上からひょいっと降り、隣のベンチに座っていた お腹の大きな奈美子の所へ走っていった。 今の太陽にとって、もってこいの質問対象である。 (あちゃ・・・。太陽ったら・・・) 水里の気苦労はまだつづく。 「まぁ。僕。かわいいわね。いくつ?」 太陽は右手をパーにして左手人差し指を奈美子に見せた。 「そう。6つなの」 太陽は元気にうなづいた。 「すみません・・・。こら太陽。迷惑だよ。こっちにおいで」 水里は太陽を連れて行こうとした。 が、太陽は妊婦のお腹に耳をあて離れない。 「こらッ。太陽。ご婦人に失礼な・・・」 「うふふ。構いませんよ。子供ってみんなこうしたがるのよ」 「す、すみません・・・」 水里は申し訳なさそうに奈美子の隣に座った。 それから、太陽が”生命の神秘”についてこだわって 応えに困っていることを話した。 「困るわよねぇ。本当、どう応えていいかわからないわ。私だって上にもう一人女の子がいるんですけど 質問攻めはすごかったもの。貴方はまだお若いのに・・・。10代ごろでお産みになったの?」 「え、あ、は、はぁ・・・」 いちいち”親友の子です”と説明するのもめんどくさかったので 適当に応えてしまった水里。 「私もそうなの。いわゆる未婚の母ってやつ・・・。結婚する前に逃げちゃって・・・」 水里の親友、陽子と奈美子の境遇が似ている。 水里は奈美子の身の上話をじっくりと聞いた。 「あ・・・。ごめんなさいね。つい、しゃべりすぎちゃって・・・。誰にも 話すことできなかったから。若いお母さんとか見るとついね・・・」 「いえ・・・。奈美子さん(奈美子の名前)はすごいです。とっても・・・。実はあの、太陽は 私の子じゃないんです」 「え?」 水里は亡き親友の子だと奈美子に話した。 「そうなの・・・。なんか他人事とは思えないわね。でも水里さんだって偉いじゃない。親友の子を 育ててるなんて・・・」 「いえ。私が育ててるわけじゃ。今、太陽は施設にいて時々私の所へ遊びに来るんです。それで・・・」 「そう・・・。でも太陽君は強い子だわ。ほら、あんなに笑ってるじゃない」 砂場でどろんこになって遊ぶ太陽。 きっと陽子も生きていたら太陽の成長した姿を 見たかっただろうと水里は思った。 「あの頃って見るもの全てが新鮮で不思議に満ち溢れているのよね。いいこともわることも・・・」 「・・・そうですね・・・」 砂場で遊ぶ太陽。 太陽の目には一体この世の中はどんな風に映っているのか・・・。 おしゃべりが出来ない分、太陽はきっと人一倍、心の中で色んなものと おしゃべりしているにちがいない。 「大人が忘れているものをきっとあの子達の年代の子は持っているのよね・・・。 優しさとか、思いやりとか・・・。”親は子供に育てられる”っていうけど本当、そう思うわ・・・」 奈美子の言葉だけあって説得力が在る。 水里は自分のお腹にもう一つの命が在る、という不思議さが どういうものなのだろう・・・太陽じゃないけれど、すごく知りたくなった。 「う・・・ううう!」 急に奈美子が苦しみだした。 お腹に手をあてて痛がっている。 「だ、大丈夫ですか、も、もしかして、陣痛とか・・・!?」 「そ、そうみたい・・・。ううッ。二週間も早いなんて・・・ううううッ!!」 奈美子の異常に太陽も気づき、砂場から走ってきた。 ”大丈夫?どうしたの?”そう言わんばかりに うずくまる奈美子を覗き込む。 水里は最近やっと持ち始めた携帯で119番をおした。 「あ、も、もしもし。救急車すぐお願いします!公園で奈美子がに陣痛が急に来て・・・!場所は中央児童公園です!」 救急車は3分もたたないうちにやってきた。 救護隊員が担架に奈美子を乗せ、救急車にかつぎこんだ。 「あなた、この方の身内の方ですか!?」 「い、いえ、た、たまたまこの公園で知り合って・・・」 「じゃあ、申し訳ありません。ご一緒には載せられません」 「まって・・・その二人も乗せてあげて・・・!」 奈美子が救護隊員に申し出た。 「しかし・・・」 「い、いいの。是非立ち会ってください。これも・・・何かの縁だから。ううッ!!」 「わ、わかりました。さ、乗って!」 水里と太陽も救急車に乗り、救急車は一路、病院へ急ぐ。 『分娩室』 奈美子はそこへ運ばれる。 「ちょ、ちょっと待って」 分娩室に入る際、奈美子が水里と太陽を呼んだ。 「山野さん・・・でしたわね?」 「あ、は、はい」 「太陽君に教えてあげて。命はこうして生まれてくるんだって・・・」 「はい」 「太陽君、おばちゃん、今、神様からの贈り物を頑張って生んでくるからね!見ててね!」 太陽は拳をにぎって”うん!ぼくもがんばる”と 笑った。 「ううッ・・・」 顔をゆがませる奈美子。 分娩室の翠のランプがぱっとついた。 分娩室の前。 長いすで待つ。 この光景は二度目だ・・・。 そう。太陽が生まれた時。 夫に逃げられ、たった一人で太陽を生むことを決意した陽子。 ”私も外で一緒に戦ってるよ!がんばって!!陽子!” 制服姿の水里が分娩室に入る前の陽子の手を握った。 ”ありがとう。水里・・・” チッチッチッチ・・・。 ドラマ中の光景。 落ち着かず、廊下をあっちにいったりこっちにいったり・・・。 ドラマのなかでは旦那だが、制服を着た水里だった。 また、そんな場面に遭遇するなんて・・・。 水里はもしかしたら境遇の似ている奈美子と自分を陽子が導いたのかと思った。 「ZZZ・・・」 既に暗くなり、太陽は長いすで眠ってしまった・・・。 自分が着ていたジャケットをそっと太陽に着せる水里。 6年前、自分がこんな長椅子でずっと待っていた命が、今、 こんなにも大きくなって・・・。 水里は月日の流れの速さを深く実感した・・・。 「あ・・・!」 奈美子が分娩室に入って二時間。 分娩室のランプが消え、そして・・・。 「オギャアアーーー!」 元気のいい赤ちゃんの鳴き声が廊下まで響いた・・・。 「太陽!おい、オキナ!生まれたよ!!」 目をこすりながら太陽は飛び起きた。 「赤ちゃん、産まれたんだ。奈美子さん、お母さんになっただよ・・・!」 嬉しそうに話す水里。 太陽も バンザーイ!と両手をあげ、大喜び。 「バンザーイ!バンザーイ!」 太陽と水里、二人で万歳三唱をした。 「こら!お静かに!」 看護婦さんにちょっとしかられたけど、二人は嬉しい。 30分ほどして、奈美子が分娩室から出てきた。 「奈美子さん!よく頑張りましたね!私、すっごく感動しちゃって・・・!」 「まぁ。ふふ・・・。二人の”万歳三唱”中(分娩室)まで聞こえてきたわよ」 「あ、すみません。つい、感激のあまり・・・」 「うふふふ・・・。そうだ。太陽君」 担架に背伸びをして太陽は奈美子に顔を近づけた。 「命はどうやってできて、どこからくるか・・・。それが知りたいのよね?」 太陽は静かにうなづいた。 「大人になったとき、自分の一番大好きな人を探すの。 そして思いっきり大好きだよ・・・って気持ちになるの。そうしたらきっとわかるわ。だから、早く 大きくならなくちゃね・・・!」 ”うん!”太陽は力強くうなづいた・・・。 「奈美子さん、本当にありがとう。奈美子さんのお陰で太陽、とっても 大切な勉強できました」 「こちらこそ・・・。本当は一人で出産するの怖かったの・・・。でも太陽君と水里さんの ”がんばってー”って声にすごく励まされた・・・。ありがとう・・」 奈美子は水里の手をぎゅっと握り締め放し、病室に静かに運ばれた・・・。 その後、太陽と水里の二人は新生児室の前にいた。 ガラス越しに生まれたての赤ちゃんが たくさん眠っている。 「ほら・・・。三番目の赤ちゃんが奈美子さんの赤ちゃんだよ。太陽」 水里は太陽をだっこし赤ちゃんを見せた。 太陽はひたすら、じいーっと見つめている・・・。 「太陽。あんたもこんなちっちゃかったんだよ。みんな 生まれた時はおんなじなんだ。ちっちゃくて・・・」 だが、それぞれ違う個性、人生をこの先花咲かせていく。 太陽はこれからどんな花を咲かせるのだろう・・・。 「太陽。いい男になれよ。陽子ママが空の上から見てるからね・・・」 病院からの帰り道・・・。 水里におんぶされた太陽は夢を見ていた。 真っ白な世界。 どこだろうここは・・・。 陽子ママだ。 写真でしかみたことはないが・・・。 髪がさらさらで。 真っ白なスカートをはいている。 ”太陽・・・。つらいことがあるかもしれないけど・・・。強い気持ちをいつも 忘れないで・・・” そう聞こえた。 優しい声。 ”それから。水里ママにも・・・ありがとうって・・・” 太陽はうん!とうなづく・・・。 ”最後に。水里ママにね、言っておいて。かっこいいコーヒー屋さんと 仲良くってね・・・” ラジャー!といわんばかりに陽子ママに敬礼。 「ZZZ・・・ラジャー・・・。むにゃむにゃ」 水里の背中で眠りながら敬礼する太陽・・・。 その日の満月は限りなく優しい光だった・・・。