デッサン
第18 弟登場





お兄ちゃん。


どうして、お兄ちゃんばかり

規
そんなになんでももっているの。


同じ兄弟なのに。


お兄ちゃん



お兄ちゃん・・・。




商店街の本屋。 店頭に山積みになっている一冊の本を手に取る水里。 『新人賞受賞作・”空の階段”藤 和春』 水色の表紙だからなんとなく 手にとって見たが・・・。 内容は一人の女性を兄弟が同時に好きになる・・大まかに言えば そんな内容だ。 著者は男性なのにまるで女性が描くような柔らかでだけどどこか 孤独で激しくて・・・。 そんな描写が女性読者に受けたのか ドラマ化の話まであるという。 「・・・。昼ドラじゃあるまいし。こんなもんのどこが面白いのかね。」 買い物の帰り。足元においてある スーパーの袋から長ネギが飛び手で居る。 「昼寝代わりの枕にもなりそうな厚さでもないし。 あ、そうだ。卵きらしてたんだった」 ペラペラッとめくっては すぐに本を戻し水里は本屋を出た。 「・・・」 その水里の後姿を週刊誌を手にした男がじっと見ていた・・・。 「こんにちは〜!」 四季の窓に水里の元気な声が響く。 「ああ、水里さん、いらっしゃい!」 陽春は早速、虹色のカップにコーヒーを注ぎ、 差し出す。 「街路樹の紅葉、色づいてきましたね」 「ええ。また、落ち葉とかしおりとかコースターとか つくろうかな。最近は落ちてる枝でコサージュ作るのにも はまってちゃってつい夜更かししちゃってます」 「ふふ。ほどほどにしてくださいね。でも、そのコサージュで きたらまた、見せてください。うちで飾りたいから」 「ありがとうございます!!」 自分が作ったものが、 誰かに喜ばれることはとてもうれしい。 大げさな言い方だけど、 自分の存在を認めてもらった気持ちになるから・・・。 「・・・あれ?この本・・・」 カウンターについさっき本屋でみかけた水色の表紙の本・・・。 「オレの本だ」 「?」 水里が振り向くとそこには茶髪でちょっと派手めな赤いシャツを着た 男が立っていた・ 「・・・あんたさん、どなだ?」 「だから。その本の作者。『藤 夏生』」 夏生は本の裏表紙の作者の写真を見せた。そして 夏生は赤いシャツのえりをちょっと偉そうに整える 「で?・・・なんでその作者がここにいるの?」 首を傾げる水里。 「お前・・・。オレの顔をしらないのか?」 「・・・知らん」 思いっきりきょとんとした顔で素直に言った。 「・・・ぷ・・・くはははは・・・!」 何故かとつぜん陽春が大笑い。 さらに水里はわけが分からず首をかしげた。 「わ、笑いすぎだろ。兄貴」 (!?あ、兄貴!?) 「すまんすまん・・・。あんまり水里さんの 反応がストレートだったもんだから・・・」 「あ、あの。マスター、もしやこちらの方は・・・」 「紹介がおくれてすみません。僕の弟の夏生です」 水里は夏生を足元からじいっと見た。 ジーンズに赤いシャツ。 茶髪で・・・。 (・・・マスターの弟にしては色が派手だな) 「・・・じろじろ見てんじゃねぇよ。てめぇ、本屋でオレの本のこと 散々言ってくれたな」 「え?」 「オレの本を枕にするだ?この新人賞とったこのオレ の本を枕にするなんてなんて女だ」 夏生は水里の横に座り、コップの水をぐいっと人のみした。 「あ、いや・・・それはごめん。私、本とかあまり 読むほうじゃないもんで・・・」 まさか・・・。陽春の弟だったとは。 (・・・世の中、狭いのか広いのか・・・) 水里はずずっとコーヒーをすする。 「ふッ。まぁいい。特別にオレのサイン入れて お前にやる。ありがたく受け取りな」 どこからともなくマジックを取り出して、きゅっきゅと 背表紙にサインして水里に強引に渡した。 「・・・ど、どうも・・・(汗)」 とりあえず受け取ってはおくが・・・。 多分読まないと水里は思った。 「すみませんね。水里さん・・・。強引な弟で・・・。許してやってください」 「い、いえ」 陽春に謝られるとこっちまで恐縮していまう水里。 そんな水里の態度を夏生は敏感に感じ取る。 「浮かれているんですよ。一度賞をとったぐらいで すべてがうまくいくほど、甘い世界じゃないでしょうに・・・」 「へッ・・・。悪ぅござんしたねぇ。お兄様。ま、元医者の兄貴みたいに、 オレはおつむもねぇし、甲斐性もねぇ。でもこれからは違うぜ。 オレだってやりゃできるんだ」 夏生はアイスティーをがぶ飲みした。 「・・・。あまり図に乗るな。ちやほやされて、自分を見失う ことだけはないようにしろ」 「・・・。うっせーな・・・。オレの本、読んでもいねぇくせに わかったようなこと言うんじゃねぇよ」 陽春の厳しい言葉・・・。 夏生の表情がひどく曇ったのに水里は気づく。 反発するというより・・・寂しそうな・・・。 「それにしても。兄貴の方こそ、いつまでこんなちんけな茶店やってんだよ」 「お前には関係ない」 「雪さんへの供らいかはしらねぇけど、医者の方ががっぽり じゃねぇのか。雑誌で『イケメンマスター』なんて載りやがって。 オレに説教できる立場かよ」 「・・・」 陽春は無言で皿を拭く。 「今時な、茶店なんて儲かりもしねぇだろ。兄貴がいい男じゃなかったら 流行らねぇだろに・・・。へッ」 ドン!! 水里の小さな拳がカウンターテーブルを叩いた。 「あんたね!さっきから聞いてればなんなのさ! ここにはね、色んな人が来てゆっくり時間を過ごせるとっても 素敵な場所なんだよ!そんな空気がある場所なのに悪くいわないでよ!」 思わず声をあげてしまった水里。 かなり迫力があったのか陽春も夏生もかなり驚いている。 「・・・あ・・・。す、すんません。つい・・・」 「へぇ・・・”素敵な場所”ねぇ・・・」 夏生は水里を何かを見通したようにじろじろ覗き込む。 「フン。女の客は兄貴目当てだろうけどな。 あんたもそんなモンだろ?まぁいいや。オレ、あんた相手にするほど趣味悪くないし」 ピキ・・・っと水里の血管がきれにかかるが・・・。 「帰れ。夏生。今すぐだ・・・」 「兄貴・・・」 「帰れ・・・」 陽春が鋭く夏生を睨む・・・。 「ふ、フン。わかりましたよ。じゃあな”素敵なお兄様”!」 バタン!! 夏生はまるで拗ねた少年のようにふくれっ面で 店を出て行った・・・。 「水里さん。本当にすみません・・・。弟が失礼なこと言ってしまって・・・」 「あ、いえ・・・」 「・・・昔からアイツは子供っぽいところがあって・・・。もう26にもなるなに 抜けきらないんです。末っ子のせいでしょうか・・・。困ったものです」 「・・・」 弟の愚痴を言っている割には陽春の顔が穏やかに見える・・・。 「・・・でもマスターは夏生さんのこと、きっとすきなんですね」 「え?」 「だって・・・。今、マスター、とても穏やかな顔してました。 とっても・・・」 水里の指摘に陽春も自然に顔が綻んだ。 本当に水里は人の気持ちに敏感だな・・・と思った。 「でも夏生の方はどうかな・・・。僕がお説教がましいことばかり 言うからうるさいんじゃないかな・・・。煙たがっているかもしれません」 「・・・。これは私の勝手な憶測だけど・・・。 マスターに反発するのもマスターの事が好きだから・・・じゃないかな。 さっきもお店に来たのは、賞をとったことを報告に来たんじゃないかって・・・」 陽春を見つめていた夏生。 あれは反抗心というより、陽春に何かを知って欲しいっていう願いに 見えたり・・・。 「あ、すみません。本当に今のは私の勝手な憶測だから・・・。気になさらないで ください」 「いえ・・・。嬉しいです。そんな風に言ってもらったのは初めてですから。ふふ・・・」 「・・・(照)」 いつもの陽春スマイルだが、やっぱりなんだか慣れない。 水里は少し柄にもなく頬を染めた。 「おかわりしますか?」 「はい、おねがいします!」 和みムードが漂う店の様子を・・・ そっと茶髪が窓際から覗いていた・・・。
「うーっし!今日もいい天気だ!」 『水色堂』のシャッターが開く。 『OPPN』 の看板をだして。 「さーてと・・・」 バケツの水でタオルを絞り、 ウィンドウ拭く。 「上の方も磨かないとな」 脚立を持ってきてガラスを拭こうとしたとき。 「おう」 「!!」 ウィンドウの向こうで茶髪の夏生が水里を見下ろす。 カランッ・・・。 夏生は済ました顔で店に入ってきた。 「へぇ〜。ここがあんたの店か」 店の中をじろじろ見回す。 「何の用・・・?悪いけど今、掃除中」 「ん?あぁ。ちょっとあんたに”忠告”しに着たんだよ」 水里は夏生を無視するようにきゅっきゅと窓を拭く。 「ちっ。嫌われたもんだねぇ。ま、あんたに好かちゃ 迷惑旋盤だけどな」 煙草をふうっとわざと水里の顔の近くで煙をはく夏生。 (・・・(怒)こいつ。マスターの弟じゃなかったら どうしてくれよう・・・) それでも我慢してひたすら窓拭き、水里。 「で。本題にはいるけど。あんた、兄貴のこと、 好きなわけ?」 (・・・!) ガタン!! 脚立からこける水里。 「けっ・・・。わっかりやすい女だなぁ」 「・・・」 水里、やっぱりぐっと怒りをこらえて再び窓拭き再開。 「ま、妻をなくして痛みを抱えるイケメン男・・・なーんてのは女の母性本能 に火ィつけやすいからなぁ。女好みな設定だしな」 「・・・」 「でも。ま、あんたもわかってっと思うが兄貴にゃ 後にも先にも雪さんしかいねぇんだ。雪さん程兄貴のことわかってる 女もいねぇ・・・」 「・・・」 水里の脳裏に雪と陽春が笑顔が浮かぶ。 「”私が貴方の傷を癒してあげる”なーんて自己満足で近づいたって 兄貴の雪さんを想う気持ちには到底及ばないぜ」 「・・・」 夏生は二本目の煙草を取り出し火をつけた。 「ま・・・。案外あんたのことは 兄貴は気に入ってるみたいだけど・・・。それだって、”トラウマ”を 甲斐性する”道具”みてぇなもんなんだよ。あ、あんたじゃ『道具』にさえ みられてねぇかも・・・」 ”トラウマを解消する道具にさえならない” 夏生の言葉にガラスを拭く水里の手が止まった。 俯く水里・・・。 (けッ。へこみやがった・・・。よわっちぃ女だぜ) 作戦成功・・・と言わんばかりに夏生はフッと鼻で笑うが・・・。 「ふぁああ・・・。眠む・・・」 「!?」 水里の大きなアクビ。 予想外のリアクションに夏生は驚く。 「さっきからべらべらとなんかしゃべってたけど、 どこまでだっけ?」 「あ?てめぇ聞いてなかったのかよ!」 「聞いてたけど、まぁ、要するに”オレの大事な兄ちゃんに近づくな” っていいたんでしょ?」 「・・・なッ・・・」 図星なのか瞬時に言い返せない夏生。 「あんたの本、昨日の夜読んだよ。一人の女を同時に好きになった 兄弟の憎愛・・・なんてうたってたけど、私にはそうは感じられなかったな」 「・・・どう感じたってんだ!」 「なんていうか。兄に認められたい弟の複雑な感情・・・。 それが隠れてる気がした」 「・・・。お、お前。わかったようなこと言うな」 さっきの勢いはどうしたのか。 夏生のトーンが下がった。 「・・・。でも・・・。ラストの兄弟が和解するシーンはなんだか いいな・・・って思えた。公園での場面。なんか描写がリアルで 風景がつたわってきた・・・」 微笑む水里・・・。 連続する予想外の水里のリアクションに夏生は 戸惑いまくっている。 「い・・・。今更おだてても意味ないぜ。と、とにかく、忠告はしたからな! 兄貴を好きになっても傷つくのはあんたなんだからな!」 バタン!! 形勢逆転・・・というほどでもないが、この勝負はどうやら 水里の勝ちらしい・・・。 夏生の”口”撃に・・・。 「さーて。台風は去った。掃除の続きをしなければッ!!」 水里はロッカーからほうきとちりとりを取り出し、店の前の落ち葉を掃く。 銀杏の葉。 容赦なく落ちてくる。 「ったく。掃除するほうの身にもなれっての・・・」 ”あんたなんて兄貴のトラウマ解消の道具でさえならねぇよ” ”後にも先にも兄貴には雪さんしかいねぇんだ。あんたなんて 問題外の外だ” (・・・) 今になって・・・。 夏生の言葉が水里の胸に激しい痛みを与える・・・。 ”兄貴を好きになったって傷つくのはあんたなんだからな!” 「余計なお世話だ。馬鹿野郎ッ!!」 ほうきを持ち上げ、思わず叫んでしまった・・・。 歩行者の注目の的・・・。 「あははは・・・(汗)」 水里は慌てて店の中に入った・・・。 「ふうー・・・」 (・・・なんか・・・。疲れた・・・(汗)) 言いようのない脱力感・・・。 「掃除は明日にするか。ちょっと早いけど。 午前のおやつにしよう・・・。疲れたときは甘いもの・・・」 食べかけのケーキが残っていた筈。 水里はへこんでいる割には残さずケーキを 食べ尽くしたのだった・・・。 一方。夏生は水里の店に行ったことを陽春に告げに 来ていた。 「お前・・・。なんで水里さんのところなんかに・・・」 「・・・へ。あのガキンチョ女に忠告してきてやったんだ」 「忠告って・・・。お前、何いったんだ!?」 「あんたなんかじゃ雪さんを失った兄貴のトラウマ解消の”道具”にすら ならねぇってな」 ガッ・・・! 陽春の大きな手が夏生のワイシャツの襟を掴んだ・・・。 「・・・。な・・・なんだよ・・・。その反応は・・・」 ギロッと自分を睨む陽春の視線に・・・。 夏生は少し怯んだ。 「・・・。へ、へんッ。オレは雪さんのために言ってやったんだ! 兄貴に恨まれる覚えはないぜ・・・」 陽春は静かに手を離した・・・。 「・・・。もう店には絶対に来るな・・・」 「うるせぇ。オレは客だ。いつこようと・・・」 「・・・来るんじゃない・・・。帰れといってるんだよ・・・」 滅多に怒りを表さない陽春だが・・・。 強張った低い声からは激しい怒りが伝わって・・・。 「・・・。わかったよ。誰が来るか。こんな店・・・!!」 バタン・・・ッ!!! 夏生は飲みかけのアイスティーを放り投げ、 荒々しく帰った・・・。 「・・・夏生・・・」 カウンターの上の夏生の水色の本を・・・。 陽春は静かに見つめていた・・・。 そしてその夜。 「ふう。今日は冷えますな。こんな夜は〜♪」 コンビニから買いたてのあんまんを我慢できずに つまみ食いして出てくる水里。 「ん〜♪おいしい。やっぱこれって別バラだよね」 ほかほかのあんまんを一口ほおばる水里。 「ん?」 家まで帰る途中。 街路樹に歩行者が群がっている。 (なんだろ・・・。酔っ払いでもねてんのかな) ひょこっと覗くと・・・。 (な、夏生くん・・・!?) 口元から血がながれ、頬には青あざが ある夏生が街路樹の根元に倒れていた・・・。